リュート「長官たちが怪しい?」
目が覚めたおれを待っていたのは、シャムシェルの話だった。
リュート「怪しいって、どう怪しいの」
シャムシェル「何か、悪巧みを考えてるみたい」
リュート「それは前にも聞いたけど」
シャムシェル「リュートも巻き込まれるよ」
リュート「そうなんだ」
シャムシェル「せっかく人が心配して言ってあげてんのに」
リュート「なる時はなるよ」
シャムシェル「ならないから言ってんの」
リュート「その時はシャムシェルが助けてくれるんじゃないの?」
シャムシェル「んもう、当てにして」
-------------------------------------------------------------------------------
長官の部屋に行くと、いつものように2人がそろっていた。
このボーアンを象徴しているような顔つきだ。
アーボイン「今日はおまえに重要な任務がある」
唐突に長官は切り出した。
アーボイン「これをリンゴバルト王国まで届けてほしい」
リュート「リンゴバルト王国へ?」
おれは聞き直した。
リンゴバルト王国といえば、亡くなった王妃の国だ。
騎士学校の同期、ボボン王子の母親の故郷である。
おれは少し気になった。
なぜ、ボーアンのような田舎が
リンゴバルトに密書を送るのだろう。
リュート「あの……密書の内容は」
アーボイン「おまえが知る必要はない」
つっけんどんな言い方だった。
マドワーズ「まあ、貿易みたいなもんでさ」
リュート「貿易?」
マドワーズ「また今年も麦の収穫が少なそうなんでね。
お隣の国に助けてもらえないかと。
王都を頼っていても、なかなか工面してくださらねえんで」
マドワーズがもっともらしいことを言う。
マドワーズ「ま、地方の苦しみってやつでさ。
王都みたいに、ものが溢れまくってるわけじゃ
ないですからね」
確かにそれはその通りだ。
アーボイン「そのうち、おまえもこの土地の貧しさを知ることになる」
マドワーズ「大切な仕事ですからね、お願いしやすよ」
リュート「わかりました」
アーボイン「それから、兵士は連れていくな。
極秘任務なのであまり知られたくない」
リュート「自分一人ということですか」
マドワーズ「リュート様は騎士学校の出ですからな。
万が一、敵に襲われたとしても大丈夫でしょう」
リュート「いや、でも、1人ぐらいは------」
アーボイン「命令だ」
いつになく反論を許さない、言い方だった。
-------------------------------------------------------------------------------
大広間に出ると、守備兵が待っていた。
モテールに絡まれて青くなっていた2人だ。
守備兵A「リュート殿」
守備兵B「お出かけですか」
リュート「うん」
守備兵A「お気をつけて」
守備兵B「おれたちゃ、いつでもリュート殿の味方ですから。
何かあったらすぐ駆けつけますよ」
リュート「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
--------------------------------------------------------------------------------
おれは馬に鞭をくれて、城を出た。
天気は快晴。
赴任して、初めての重要な仕事と言っていい。
奥方といっしょではないのが少し心残りだが、心も弾む。
ようやく、仕事らしい仕事だ。
そう思った時------
???「リュート殿~~っ!」
振り返ると、見知った人影が駆けてきた。
ロクサーヌ「リュート殿……」
リュート「お、奥方……」
ロクサーヌ「お1人でお出かけになるのですか?」
リュート「ええ。重要任務です」
ロクサーヌ「お止めになって。
きっと主人は悪いことを考えているのです」
リュート「え?」
ロクサーヌ「わたしにはわかります。あの人は------」
リュート「何を考えているっていうのですか?」
ロクサーヌ「わかりません。
でも、まっとうなことでないことだけはわかります」
リュート「……」
ロクサーヌ「それに、今日お出かけになったら、
しばらくお戻りにならないのでしょう?」
リュート「恐らく、帰りは明後日に」
ロクサーヌ「リュート殿にそんなに長くお会いできないのはいやです」
リュート「え……」
ロクサーヌ「その……お話し相手がいないのは寂しいから……」
リュート「……」
咄嗟にロクサーヌが誤魔化したのがわかった。
本当は違う意味で言ったに違いない。
ロクサーヌ「今日のお仕事はとりやめになって」
リュート「奥方様。自分も騎士です。騎士であるからには、
主君の命令に従わなければなりません」
ロクサーヌ「でも」
リュート「すぐに戻ります。では」
ロクサーヌ「あっ」
おれは馬に鞭を入れて走り去った。
いつまでも、背中にロクサーヌの熱い視線を感じながら------。
--------------------------------------------------------------------------------
リュート・ヘンデがボーアンの町を出た頃、
長官の部屋でアーボイン長官と家令マドワーズは
また密談を交わしていた。
マドワーズ「いやいや、まさか追い掛けていくとは思いやせんでしたね」
アーボイン「あれが?追い掛けていったのか?」
マドワーズ「へい」
アーボイン「ふん……惚れておるな」
マドワーズ「まったく、あんな平凡な顔のどこがいいんだか。
騎士学校っていっても、最下位卒業でしょ?
こんなところに来る時点で落ちこぼれもいいところですよ」
アーボイン「崩れたのが趣味なのだろう」
マドワーズ「もしかして、長官、妬いてやす?」
アーボイン「馬鹿を言え。こっちにとっては好都合だ」
マドワーズ「へい」
アーボイン「あの男が帰って来てからが見物だな」
マドワーズ「奥方はきっと待ってられないでしょうね。
ひひひ。媚薬の効果、大ありですよ」
アーボイン「ということは、明後日か」
マドワーズ「ええ。長官がようやく
軛から逃れられる時が来たってわけですよ」
アーボイン「待ち遠しいな」
マドワーズ「へい」
--------------------------------------------------------------------------------
リンゴバルト王国に着くと、
おれはすぐ手紙を役人の1人に手渡した。
相手が妙な目で見たのが、なんだか不思議だった。
そんなに自分の顔が変だったのだろうか?
道中、シャムシェルは現れなかった。
たぶん、気まぐれにどこか飛び遊んでいるのだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
馬を走らせて、ボーアンに戻ってきたのは、夜だった。
遠くから眺めても、ほとんど明かりらしきものは見えない。
すでに終課の鐘は鳴り終わっている。
ほとんどの者は、日没と同時に寝てしまったのだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
町はすっかり不気味な夜闇に包まれてしまっていた。
人通りもなく、蝋燭の炎も灯ってはいない。
夜の町中を歩くのは初めてだった。
マドワーズが言い含めてくれていたおかげで
開門してもらえたが、そうでなかったら
外で野宿のところだった。
おれはほっとした。
ほっとすると同時に、よろこびが込み上げてきた。
きっとシャムシェルは部屋だろう。
彼女に会える。
もちろん、奥方にも------。
疲れているのに、また欲望が疼き始めていた。
--------------------------------------------------------------------------------
城はすでにほとんど眠りに就いていた。
守備兵たちも、ろくに見張りをせずに眠っている。
この田舎では、わざわざ城を襲おうとする連中も
いないのだろう。
おれも、少し眠かった。
身体に疲れもある。
しかし、寝る前に報告を済ませねばならない。
--------------------------------------------------------------------------------
アーボイン「遅かったな」
2人はまだ起きて待っていた。
アーボイン「おかげで蝋燭が無駄になった」
リュート「すみません。これが相手からの親書です」
アーボイン「うむ。下がってよい」
リュート「失礼します」
--------------------------------------------------------------------------------
おれは長官の部屋を出た。
不意に人の気配がした。誰かがおれの後ろに立っている。
振り返ったその先にいたのは------
奥方だった。
まさか起きていまいと思っていたのだが------
おれを待っていてくれたなんて。
思わず、情熱が込み上げた。
嬉しかった。
もし長官という存在がなければ------
そしてここが城内でなければ、
おれは抱き締めていたかもしれない。
わずか2日ぶりに会うというのに、凄く久しぶりの気がする。
リュート「奥方様……」
名を呼びかけた途端、手を取られた。
ロクサーヌ「リュート殿……」
思い詰めた切ない瞳を向ける。
リュート「あの……?」
問答無用で、ぐいと引っ張られた。
その先は------奥方の寝室だった。
-------------------------------------------------------------------------------
リュート「奥方様、何を------」
ロクサーヌ「ずっと……お待ちしていました……」
リュート「え?」
ロクサーヌ「リュート殿がお帰りになるのを……
今か今かと待ちわびて……」
リュート「奥方様……」
ロクサーヌ「お願い。昨日も今日も、
リュート殿と二人きりになれなかったから……
ずっとお乳が……張っておりますの」
リュート「え?」
ロクサーヌ「お願い、搾って」
リュート「え?め、召使は……?」
ロクサーヌ「リュート殿じゃなきゃいや」
ロクサーヌが迫った。
リュート「あ、あの、夜、遅いですから明日------」
ロクサーヌ「わたしのことは、お嫌い?」
リュート「え?」
ロクサーヌ「お嫌いなら、わたしも無理強いしません。でも------」
おれは黙った。
嫌いなんて言えるわけがなかった。
リュート「嫌いなわけ……ないじゃないですか……」
ロクサーヌ「リュート殿……!」
ロクサーヌがおれに駆け寄ろうとする。
おれは、それを言葉でさえぎっていた。
リュート「でも、あなたには------」
ロクサーヌ「その先はおっしゃらないで。
結婚しているといっても、夫はいないのと同じです。
どうしてわたしたちに子供がいないか、おわかり?」
リュート「……」
ロクサーヌ「あの人、最初の頃はわたしに夢中だったの。
でも、わたしにあまり財産がないとわかってから……。」
ロクサーヌ「あの人、わたしが下級貴族の娘だったから、
結婚しただけなの」
リュート「……」
ロクサーヌ「お願い。哀れみでも何でもいいの。お乳を搾って」
リュート「奥方様……」
ロクサーヌ「今夜だけでもいいから、寂しい夜をあたためて。
一人にしないで……」
切実なる告白だった。
騎士に恋愛(ミンネ)はつきものだ。
もっともその恋愛には、肉体の関係はつきまとわない。
でも、それは物語の話だ。
現実には------。
おれは奥方の手を握った。
リュート「……声を立てないと、約束できますか?」
ロクサーヌ「それではリュート殿……」
リュート「せめて、胸だけでも楽にならないと」
ロクサーヌ「は、はい……!」
ロクサーヌは目を輝かせた。
おれは……何をしているのだろう。
どこへ向かおうとしているのだろう。
もし長官が起きていて、この機会を窺っていたら……?
でも。
欲望と情熱の疾風怒濤がおれを働き動かしていた。
久しぶりに会ったロクサーヌを前に、
おれは恋情と欲望を感じていた。
ロクサーヌが欲しい。
今すぐ、欲しい。
彼女がおれを欲しているのと同じように------。
目が覚めたおれを待っていたのは、シャムシェルの話だった。
リュート「怪しいって、どう怪しいの」
シャムシェル「何か、悪巧みを考えてるみたい」
リュート「それは前にも聞いたけど」
シャムシェル「リュートも巻き込まれるよ」
リュート「そうなんだ」
シャムシェル「せっかく人が心配して言ってあげてんのに」
リュート「なる時はなるよ」
シャムシェル「ならないから言ってんの」
リュート「その時はシャムシェルが助けてくれるんじゃないの?」
シャムシェル「んもう、当てにして」
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長官の部屋に行くと、いつものように2人がそろっていた。
このボーアンを象徴しているような顔つきだ。
アーボイン「今日はおまえに重要な任務がある」
唐突に長官は切り出した。
アーボイン「これをリンゴバルト王国まで届けてほしい」
リュート「リンゴバルト王国へ?」
おれは聞き直した。
リンゴバルト王国といえば、亡くなった王妃の国だ。
騎士学校の同期、ボボン王子の母親の故郷である。
おれは少し気になった。
なぜ、ボーアンのような田舎が
リンゴバルトに密書を送るのだろう。
リュート「あの……密書の内容は」
アーボイン「おまえが知る必要はない」
つっけんどんな言い方だった。
マドワーズ「まあ、貿易みたいなもんでさ」
リュート「貿易?」
マドワーズ「また今年も麦の収穫が少なそうなんでね。
お隣の国に助けてもらえないかと。
王都を頼っていても、なかなか工面してくださらねえんで」
マドワーズがもっともらしいことを言う。
マドワーズ「ま、地方の苦しみってやつでさ。
王都みたいに、ものが溢れまくってるわけじゃ
ないですからね」
確かにそれはその通りだ。
アーボイン「そのうち、おまえもこの土地の貧しさを知ることになる」
マドワーズ「大切な仕事ですからね、お願いしやすよ」
リュート「わかりました」
アーボイン「それから、兵士は連れていくな。
極秘任務なのであまり知られたくない」
リュート「自分一人ということですか」
マドワーズ「リュート様は騎士学校の出ですからな。
万が一、敵に襲われたとしても大丈夫でしょう」
リュート「いや、でも、1人ぐらいは------」
アーボイン「命令だ」
いつになく反論を許さない、言い方だった。
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大広間に出ると、守備兵が待っていた。
モテールに絡まれて青くなっていた2人だ。
守備兵A「リュート殿」
守備兵B「お出かけですか」
リュート「うん」
守備兵A「お気をつけて」
守備兵B「おれたちゃ、いつでもリュート殿の味方ですから。
何かあったらすぐ駆けつけますよ」
リュート「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
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おれは馬に鞭をくれて、城を出た。
天気は快晴。
赴任して、初めての重要な仕事と言っていい。
奥方といっしょではないのが少し心残りだが、心も弾む。
ようやく、仕事らしい仕事だ。
そう思った時------
???「リュート殿~~っ!」
振り返ると、見知った人影が駆けてきた。
ロクサーヌ「リュート殿……」
リュート「お、奥方……」
ロクサーヌ「お1人でお出かけになるのですか?」
リュート「ええ。重要任務です」
ロクサーヌ「お止めになって。
きっと主人は悪いことを考えているのです」
リュート「え?」
ロクサーヌ「わたしにはわかります。あの人は------」
リュート「何を考えているっていうのですか?」
ロクサーヌ「わかりません。
でも、まっとうなことでないことだけはわかります」
リュート「……」
ロクサーヌ「それに、今日お出かけになったら、
しばらくお戻りにならないのでしょう?」
リュート「恐らく、帰りは明後日に」
ロクサーヌ「リュート殿にそんなに長くお会いできないのはいやです」
リュート「え……」
ロクサーヌ「その……お話し相手がいないのは寂しいから……」
リュート「……」
咄嗟にロクサーヌが誤魔化したのがわかった。
本当は違う意味で言ったに違いない。
ロクサーヌ「今日のお仕事はとりやめになって」
リュート「奥方様。自分も騎士です。騎士であるからには、
主君の命令に従わなければなりません」
ロクサーヌ「でも」
リュート「すぐに戻ります。では」
ロクサーヌ「あっ」
おれは馬に鞭を入れて走り去った。
いつまでも、背中にロクサーヌの熱い視線を感じながら------。
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リュート・ヘンデがボーアンの町を出た頃、
長官の部屋でアーボイン長官と家令マドワーズは
また密談を交わしていた。
マドワーズ「いやいや、まさか追い掛けていくとは思いやせんでしたね」
アーボイン「あれが?追い掛けていったのか?」
マドワーズ「へい」
アーボイン「ふん……惚れておるな」
マドワーズ「まったく、あんな平凡な顔のどこがいいんだか。
騎士学校っていっても、最下位卒業でしょ?
こんなところに来る時点で落ちこぼれもいいところですよ」
アーボイン「崩れたのが趣味なのだろう」
マドワーズ「もしかして、長官、妬いてやす?」
アーボイン「馬鹿を言え。こっちにとっては好都合だ」
マドワーズ「へい」
アーボイン「あの男が帰って来てからが見物だな」
マドワーズ「奥方はきっと待ってられないでしょうね。
ひひひ。媚薬の効果、大ありですよ」
アーボイン「ということは、明後日か」
マドワーズ「ええ。長官がようやく
軛から逃れられる時が来たってわけですよ」
アーボイン「待ち遠しいな」
マドワーズ「へい」
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リンゴバルト王国に着くと、
おれはすぐ手紙を役人の1人に手渡した。
相手が妙な目で見たのが、なんだか不思議だった。
そんなに自分の顔が変だったのだろうか?
道中、シャムシェルは現れなかった。
たぶん、気まぐれにどこか飛び遊んでいるのだろう。
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馬を走らせて、ボーアンに戻ってきたのは、夜だった。
遠くから眺めても、ほとんど明かりらしきものは見えない。
すでに終課の鐘は鳴り終わっている。
ほとんどの者は、日没と同時に寝てしまったのだろう。
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町はすっかり不気味な夜闇に包まれてしまっていた。
人通りもなく、蝋燭の炎も灯ってはいない。
夜の町中を歩くのは初めてだった。
マドワーズが言い含めてくれていたおかげで
開門してもらえたが、そうでなかったら
外で野宿のところだった。
おれはほっとした。
ほっとすると同時に、よろこびが込み上げてきた。
きっとシャムシェルは部屋だろう。
彼女に会える。
もちろん、奥方にも------。
疲れているのに、また欲望が疼き始めていた。
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城はすでにほとんど眠りに就いていた。
守備兵たちも、ろくに見張りをせずに眠っている。
この田舎では、わざわざ城を襲おうとする連中も
いないのだろう。
おれも、少し眠かった。
身体に疲れもある。
しかし、寝る前に報告を済ませねばならない。
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アーボイン「遅かったな」
2人はまだ起きて待っていた。
アーボイン「おかげで蝋燭が無駄になった」
リュート「すみません。これが相手からの親書です」
アーボイン「うむ。下がってよい」
リュート「失礼します」
--------------------------------------------------------------------------------
おれは長官の部屋を出た。
不意に人の気配がした。誰かがおれの後ろに立っている。
振り返ったその先にいたのは------
奥方だった。
まさか起きていまいと思っていたのだが------
おれを待っていてくれたなんて。
思わず、情熱が込み上げた。
嬉しかった。
もし長官という存在がなければ------
そしてここが城内でなければ、
おれは抱き締めていたかもしれない。
わずか2日ぶりに会うというのに、凄く久しぶりの気がする。
リュート「奥方様……」
名を呼びかけた途端、手を取られた。
ロクサーヌ「リュート殿……」
思い詰めた切ない瞳を向ける。
リュート「あの……?」
問答無用で、ぐいと引っ張られた。
その先は------奥方の寝室だった。
-------------------------------------------------------------------------------
リュート「奥方様、何を------」
ロクサーヌ「ずっと……お待ちしていました……」
リュート「え?」
ロクサーヌ「リュート殿がお帰りになるのを……
今か今かと待ちわびて……」
リュート「奥方様……」
ロクサーヌ「お願い。昨日も今日も、
リュート殿と二人きりになれなかったから……
ずっとお乳が……張っておりますの」
リュート「え?」
ロクサーヌ「お願い、搾って」
リュート「え?め、召使は……?」
ロクサーヌ「リュート殿じゃなきゃいや」
ロクサーヌが迫った。
リュート「あ、あの、夜、遅いですから明日------」
ロクサーヌ「わたしのことは、お嫌い?」
リュート「え?」
ロクサーヌ「お嫌いなら、わたしも無理強いしません。でも------」
おれは黙った。
嫌いなんて言えるわけがなかった。
リュート「嫌いなわけ……ないじゃないですか……」
ロクサーヌ「リュート殿……!」
ロクサーヌがおれに駆け寄ろうとする。
おれは、それを言葉でさえぎっていた。
リュート「でも、あなたには------」
ロクサーヌ「その先はおっしゃらないで。
結婚しているといっても、夫はいないのと同じです。
どうしてわたしたちに子供がいないか、おわかり?」
リュート「……」
ロクサーヌ「あの人、最初の頃はわたしに夢中だったの。
でも、わたしにあまり財産がないとわかってから……。」
ロクサーヌ「あの人、わたしが下級貴族の娘だったから、
結婚しただけなの」
リュート「……」
ロクサーヌ「お願い。哀れみでも何でもいいの。お乳を搾って」
リュート「奥方様……」
ロクサーヌ「今夜だけでもいいから、寂しい夜をあたためて。
一人にしないで……」
切実なる告白だった。
騎士に恋愛(ミンネ)はつきものだ。
もっともその恋愛には、肉体の関係はつきまとわない。
でも、それは物語の話だ。
現実には------。
おれは奥方の手を握った。
リュート「……声を立てないと、約束できますか?」
ロクサーヌ「それではリュート殿……」
リュート「せめて、胸だけでも楽にならないと」
ロクサーヌ「は、はい……!」
ロクサーヌは目を輝かせた。
おれは……何をしているのだろう。
どこへ向かおうとしているのだろう。
もし長官が起きていて、この機会を窺っていたら……?
でも。
欲望と情熱の疾風怒濤がおれを働き動かしていた。
久しぶりに会ったロクサーヌを前に、
おれは恋情と欲望を感じていた。
ロクサーヌが欲しい。
今すぐ、欲しい。
彼女がおれを欲しているのと同じように------。
