絶体絶命だった。
どうあがいても、言い逃れはできない。
アーボイン長官がにやりと笑った。
まるで地獄から舞い戻ったばかりのような、
不気味な笑みだった。
こうなることを待っていたのだと、
言わんばかりの悪辣な微笑みだった。
アーボイン「ふ……ふふふ……」
アーボイン長官は、ようやく手に入れたいものが
手に入ったといわんばかりの笑みを浮かべた。
アーボイン「わ、わ、わしは、見……」
わしは見たぞ。
おまえらが睦み合う現場をな。
そう言いたかったに違いない。
だが、そう言いかけたきり------
長官は倒れてしまった。
それっきり動かない。
おれもロクサーヌも息を呑んで見つめていたが、
うんともすんとも言わない。
そのうち、凍結の魔法がとけてきた。
なんだか、妙だなという気がする。
リュート「長官……?」
アーボイン「------」
返事はなかった。
いったいどうしたのか。
リュート「長官------」
近づいた途端、
マドワーズ「アーボイン様!」
茂みに潜んでいたマドワーズが飛び出してきた。
マドワーズ「アーボイン様!アーボイン様!しっかり!」
身体を揺らすが、
まるで人形みたいに腕も首もだらんとして反応がない。
マドワーズ「ひっ!ま、まさか、死------」
ロクサーヌ「早く城に運んで」
着替えを済ませたロクサーヌが、
動じている家令に命令を発した。
ロクサーヌ「何をしてるの、マドワーズ!早く!」
マドワーズ「は、はい、奥方様!」
ロクサーヌ「リュート殿!今からあなたが長官代理です。頼みます」
リュート「は、はい!」
--------------------------------------------------------------------------------
急遽、長官が寝室に運び込まれ、医者も呼び寄せられた。
城内は大騒ぎになった。
だが------医者は首を横に振っただけだった。
回復の見込みなし。
もはや、どうにもならなかった。
マドワーズは、終始ビクビクしていた。
長官の部屋にいる間も、しょっちゅうそこら中を見ていた。
時々、机の方を気にしている。
何を気にしているのか。
長官のことが心配ではないのか。
おれの胸も平穏ではなかった。
最大の危機を逃れたのはいいが、
果たして長官は大丈夫なのか。このまま死んでしまうのか。
いきなりロクサーヌから長官代理を言い渡されてしまったが、
果たしてうまくやっていけるのか。
不安な中、
ようやく落ち着いたのは夜になってからのことだった。
マドワーズ「あっ」
リュート「何?」
マドワーズ「い、いや……まだリュート殿いらっしゃったんですか」
リュート「うん……目を覚ますかなと思って」
マドワーズ「あっしが面倒を見やすよ」
リュート「うん……もう少しここにいるよ」
マドワーズ「お疲れになったでしょ。あっしがやりますよ」
リュート「いや……ここにいてあげたいんだ。
倒れたの、おれの責任だから」
マドワーズ「い、いえ、そこまで背負わなくても……」
リュート「ありがとう」
マドワーズ「本当にあっしが------」
リュート「平気。その気持ちだけで充分だよ」
マドワーズ「そ、そうですか……。じゃ、じゃあ」
マドワーズは長官の部屋を出ていった。
いつになく、粘る感じだった。
何か、探しにでも来たのだろうか……?
また、扉が開いていた。
リュート「なんだい、マドワ------」
入ってきたのは、ロクサーヌだった。
ロクサーヌ「あの人は?」
リュート「いえ。いまだに」
ずっとそばにいたおれは、低い声で答えた。
ロクサーヌが色々と城内の者に指示を与えている間も、
おれは長官のそばにいたのだ。
ロクサーヌ「きっとこの人、覗いていたのね。マドワーズといっしょに」
リュート「------」
ロクサーヌ「あなたをけしかけて、
浮気の現場を見るつもりだったんだわ」
リュート「どうしてそんな------」
ロクサーヌ「この人、別の人がいたの」
リュート「別の人?」
ロクサーヌの言葉でおれは理解した。
長官は、別の女と浮気をしていたのだ。
ロクサーヌ「その子と結婚したかったのでしょうね。
わたしも、離婚を迫られたけど、わたしにだって、
下級貴族の娘としてのプライドがあります」
リュート「……」
ロクサーヌ「首は振らなかった。だから、この人、わたしに浮気させて、
わたしを処刑しようとしたのよ」
リュート「……」
ロクサーヌ「この人の考えそうなことだわ。たいした才覚もないのに、
いつか王都に戻ることを夢見て、余計なことばかり考えて」
おれは黙っていた。
おれと同じく騎士学校を最下位で卒業して、
この希望のない田舎に流された人。
やっと数年前にロクサーヌとの結婚を手に入れた中年の男。
哀れと言えば、哀れなのかもしれない。
おれを罠にはめようとしていたのも、
おれを利用しようとしたのも事実なのだろうけど、
だからといって憎む気にはなれない。
ロクサーヌ「ボーアンには大きな胸を好きな人が少なくて、
わたし、ずっとつらい思いをしていたの」
ロクサーヌが告白を始めていた。
ロクサーヌ「いつかわたしの胸を好きだって言ってくれる人が現れて、
わたしを幸せにしてくれるんじゃないかって……」
リュート「……」
ロクサーヌ「そこにあなたが現れた」
リュート「……」
ロクサーヌ「運命の人だって思った。あなたがわたしの胸に
興味があるのはすぐわかったし、それに……
あなたの優しい雰囲気が、凄く気持ちよかった」
ロクサーヌ「あなたが来るまでは、わたし、
後ろ向きのことばかり考えていて、
自殺まで空想したりしていたから……」
リュート「ロクサーヌ様……」
ロクサーヌ「騎士学校の人ってね、みんなエリート面しているの。
自分は凄いんだ、おれは普通の人間じゃないんだぞって
意識ばかり強くて刺々しいの。この人も同じ」
ロクサーヌ「でも……あなたは違った。まるで気負っていなくて、
自然体で。それが……会った時にわかったの。
また会いたいって、思った」
リュート「……」
ロクサーヌ「それは、いけないこと?
夫がいる者がしてはいけないこと?」
リュート「ロクサーヌ様……」
ロクサーヌ「ごめんなさい……こんな話。それも、この人の前で……」
リュート「いえ……」
ロクサーヌ「また……明日も会いに来てくれる?」
リュート「ええ」
ロクサーヌ「きっとよ」
リュート「はい」
ロクサーヌ「おやすみなさい、リュート殿」
リュート「おやすみなさい、ロクサーヌ様」
ロクサーヌは微笑むと、長官の部屋を出ていった。
どうあがいても、言い逃れはできない。
アーボイン長官がにやりと笑った。
まるで地獄から舞い戻ったばかりのような、
不気味な笑みだった。
こうなることを待っていたのだと、
言わんばかりの悪辣な微笑みだった。
アーボイン「ふ……ふふふ……」
アーボイン長官は、ようやく手に入れたいものが
手に入ったといわんばかりの笑みを浮かべた。
アーボイン「わ、わ、わしは、見……」
わしは見たぞ。
おまえらが睦み合う現場をな。
そう言いたかったに違いない。
だが、そう言いかけたきり------
長官は倒れてしまった。
それっきり動かない。
おれもロクサーヌも息を呑んで見つめていたが、
うんともすんとも言わない。
そのうち、凍結の魔法がとけてきた。
なんだか、妙だなという気がする。
リュート「長官……?」
アーボイン「------」
返事はなかった。
いったいどうしたのか。
リュート「長官------」
近づいた途端、
マドワーズ「アーボイン様!」
茂みに潜んでいたマドワーズが飛び出してきた。
マドワーズ「アーボイン様!アーボイン様!しっかり!」
身体を揺らすが、
まるで人形みたいに腕も首もだらんとして反応がない。
マドワーズ「ひっ!ま、まさか、死------」
ロクサーヌ「早く城に運んで」
着替えを済ませたロクサーヌが、
動じている家令に命令を発した。
ロクサーヌ「何をしてるの、マドワーズ!早く!」
マドワーズ「は、はい、奥方様!」
ロクサーヌ「リュート殿!今からあなたが長官代理です。頼みます」
リュート「は、はい!」
--------------------------------------------------------------------------------
急遽、長官が寝室に運び込まれ、医者も呼び寄せられた。
城内は大騒ぎになった。
だが------医者は首を横に振っただけだった。
回復の見込みなし。
もはや、どうにもならなかった。
マドワーズは、終始ビクビクしていた。
長官の部屋にいる間も、しょっちゅうそこら中を見ていた。
時々、机の方を気にしている。
何を気にしているのか。
長官のことが心配ではないのか。
おれの胸も平穏ではなかった。
最大の危機を逃れたのはいいが、
果たして長官は大丈夫なのか。このまま死んでしまうのか。
いきなりロクサーヌから長官代理を言い渡されてしまったが、
果たしてうまくやっていけるのか。
不安な中、
ようやく落ち着いたのは夜になってからのことだった。
マドワーズ「あっ」
リュート「何?」
マドワーズ「い、いや……まだリュート殿いらっしゃったんですか」
リュート「うん……目を覚ますかなと思って」
マドワーズ「あっしが面倒を見やすよ」
リュート「うん……もう少しここにいるよ」
マドワーズ「お疲れになったでしょ。あっしがやりますよ」
リュート「いや……ここにいてあげたいんだ。
倒れたの、おれの責任だから」
マドワーズ「い、いえ、そこまで背負わなくても……」
リュート「ありがとう」
マドワーズ「本当にあっしが------」
リュート「平気。その気持ちだけで充分だよ」
マドワーズ「そ、そうですか……。じゃ、じゃあ」
マドワーズは長官の部屋を出ていった。
いつになく、粘る感じだった。
何か、探しにでも来たのだろうか……?
また、扉が開いていた。
リュート「なんだい、マドワ------」
入ってきたのは、ロクサーヌだった。
ロクサーヌ「あの人は?」
リュート「いえ。いまだに」
ずっとそばにいたおれは、低い声で答えた。
ロクサーヌが色々と城内の者に指示を与えている間も、
おれは長官のそばにいたのだ。
ロクサーヌ「きっとこの人、覗いていたのね。マドワーズといっしょに」
リュート「------」
ロクサーヌ「あなたをけしかけて、
浮気の現場を見るつもりだったんだわ」
リュート「どうしてそんな------」
ロクサーヌ「この人、別の人がいたの」
リュート「別の人?」
ロクサーヌの言葉でおれは理解した。
長官は、別の女と浮気をしていたのだ。
ロクサーヌ「その子と結婚したかったのでしょうね。
わたしも、離婚を迫られたけど、わたしにだって、
下級貴族の娘としてのプライドがあります」
リュート「……」
ロクサーヌ「首は振らなかった。だから、この人、わたしに浮気させて、
わたしを処刑しようとしたのよ」
リュート「……」
ロクサーヌ「この人の考えそうなことだわ。たいした才覚もないのに、
いつか王都に戻ることを夢見て、余計なことばかり考えて」
おれは黙っていた。
おれと同じく騎士学校を最下位で卒業して、
この希望のない田舎に流された人。
やっと数年前にロクサーヌとの結婚を手に入れた中年の男。
哀れと言えば、哀れなのかもしれない。
おれを罠にはめようとしていたのも、
おれを利用しようとしたのも事実なのだろうけど、
だからといって憎む気にはなれない。
ロクサーヌ「ボーアンには大きな胸を好きな人が少なくて、
わたし、ずっとつらい思いをしていたの」
ロクサーヌが告白を始めていた。
ロクサーヌ「いつかわたしの胸を好きだって言ってくれる人が現れて、
わたしを幸せにしてくれるんじゃないかって……」
リュート「……」
ロクサーヌ「そこにあなたが現れた」
リュート「……」
ロクサーヌ「運命の人だって思った。あなたがわたしの胸に
興味があるのはすぐわかったし、それに……
あなたの優しい雰囲気が、凄く気持ちよかった」
ロクサーヌ「あなたが来るまでは、わたし、
後ろ向きのことばかり考えていて、
自殺まで空想したりしていたから……」
リュート「ロクサーヌ様……」
ロクサーヌ「騎士学校の人ってね、みんなエリート面しているの。
自分は凄いんだ、おれは普通の人間じゃないんだぞって
意識ばかり強くて刺々しいの。この人も同じ」
ロクサーヌ「でも……あなたは違った。まるで気負っていなくて、
自然体で。それが……会った時にわかったの。
また会いたいって、思った」
リュート「……」
ロクサーヌ「それは、いけないこと?
夫がいる者がしてはいけないこと?」
リュート「ロクサーヌ様……」
ロクサーヌ「ごめんなさい……こんな話。それも、この人の前で……」
リュート「いえ……」
ロクサーヌ「また……明日も会いに来てくれる?」
リュート「ええ」
ロクサーヌ「きっとよ」
リュート「はい」
ロクサーヌ「おやすみなさい、リュート殿」
リュート「おやすみなさい、ロクサーヌ様」
ロクサーヌは微笑むと、長官の部屋を出ていった。
