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サクラ学院魔獣討伐科


エリスの覚悟を決めた声を頼りにレンツはただ静かに耳を傾けていた。
視界ゼロの濃霧や夜の闇で相手が見えない時は眼に頼らず己のありとあらゆる感覚を研ぎ澄ませ集中しろ。

これは父親であり剣術の師匠であるセブン・シュタイナーの教え。
今、成す術が無い彼はそれをただ実行している。

相手の位置を割り出そうとしていた刹那。
大砲のような爆発が無数に鳴り響き砂嵐が起こった。恐らく、絶技とやらの影響だろう。

砂嵐の中、レンツは目では絶対に追えないエリスの動きを心の眼で捉えていた。
どんなに早い動きでも相手が人間である限り心臓の音はするし、呼吸の音もする。その小さな音、気配を探知できるのが、レンツの最大の能力「水心」である。

その名の通り、水のような一片の曇りもない透き通った心の鏡で相手の姿形を捉える技である。

レンツは瞬間的に繰り出された十数の致命傷狙いの剣舞を自分の身に降りかかる直前まで我慢し、全て正確に弾き返した。

エリスの絶技は途中で途切れ、高速で体を移動させた負荷が掛かり各関節は悲鳴をあげた。
その痛みに耐え切れず、止むを得ず腹部着陸をする羽目になった。
腹部着陸の末、着ていた制服は擦り切れて部分的に破けたり穴が空いたりして素肌が見え、切り傷も何ヶ所か露わになり、少量の血液が制服に滲んでいた。

その状態でもエリスは立ち上がり、なお対峙しようと鋭い殺気を漂わせ、強い視線の先にはレンツが居た。

「まだ、やれるのかよ…」

レンツは思わず声に出してしまった。エリスが今まで受けたダメージを考えると至極当然の事。

豪快な投げ技。
腹部の深く重い一撃。
高速移動の負荷で傷んだ関節。
数カ所に及ぶ切り傷。

これ程のダメージを負っていれば普通の者ならば闘志は途切れ降参しているだろう。

しかし、今此処で戦う彼女エリス・ロード・ヴィルフルートには一切そんな気は無いらしい。
それどころか、序盤に比べるとさらに闘志を燃やし、瞳には活きた炎が宿っている。

そんなエリスに気迫負けしたのかレンツは少し後退りした。

「次は必ず決めるわよ…絶技ーー裏彩葉」

レンツの心の準備を無視し、再び絶技を発動させようとエリスは姿を消すも、すぐに姿を現した。

「な……身体が…ついて来な…い?」

現したと言うよりは寧ろ、現さざるを得なくなったが正しいだろう。

絶技を続け様に使おうとした結果、疲弊と負荷が相まって身体が絶技について行かなくなったのだ
。エリスは被弾した戦闘機のように空中から地上へ墜落した。

その様子を見たレンツは流石に立ち上がれないだろうと判断し背を向けた。

しかし、エリスの闘志は死んでおらず震える手足を動かし必死に立とうとレンツの足首を掴む。

「わ……たしは…………負けられ……な…い」

不甲斐ない己への怒りと悔しさが相まって今にも泣き出しそうな表情を見せた。
レンツはエリスの表情に構わず掴んだ手をいとも簡単に振り払った。

傷を負い疲弊しきったエリスは去っていくレンツの背中を眺めるしか出来なかった。
それでも精一杯戦う姿勢を見せたが、これ以上身体を動かせることができないエリスは審判を務めるアーニャ教官の口から負けを宣告された。

「エリスちゃん。よく頑張ったね」

アーニャ教官はエリスの身体をなるべくショックを与えないよう静かに起こし、医療班に引きわたした。
戦いの影響で自分で歩くことさえ困難なエリスは白衣を着た医療班の男性によって肩を貸してもらい医療室へ運ばれていた。

その様子を傍観していたレンツは自分との戦いの末、ボロボロになったエリスの姿を見つめ、心の内で思っていた。

自分みたいな人間のためにあんな真剣な表情で戦ってくれたのはエリス。彼女が初めてだったのだと。

「エリス!さっきは手を抜くな。なんて偉そうな事言って悪かったな。楽しかったよ。お前との戦い。機会があれば再戦したいな」

レンツは心の底から思っていた。
互いに真剣な表情で行う戦いは気持ちの良いものだと。
エリスはレンツの言葉を耳にし少し口元を緩ませた。これはレンツの言葉に対し返事をしたものだと捉えて良いだろう。

若桜戦、第一回戦。
エリス・ロード・ヴィルフルート対レンツ・シュタイナーの戦いは、エリス・ロード・ヴィルフルート戦闘不能によりレンツ・シュタイナーの勝利で幕を閉じた。

「優勝候補のエリスとやらには少々がっかりさせられたが、レンツという男なら少しは骨があって楽しめそうだ。アイツを潰した後、学院最強の首を取る」

闘技場の暗く静かな廊下で佇む男はレンツの戦いを傍観していたらしい。
この物言いから、彼もまた若桜戦にエントリーしているものだと思われる。

痩せた身体に黒を基調とした軍服に身を包む彼は蛇のように鋭い眼を引きつらせ高らかに笑い、煙草を静かに吹かせていた。













<2016/06/26 00:07 ライスマン>消しゴム
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