満月は俺の胸の中で泣いている。
ちょうど、あの時の傷に手を当てて。
「あの、満月さん?泣いてくれるのは嬉しいんだけど、
手の位置、変えてくれないかな……」
満月は大人しく手の位置を変えてくれた。
「どうしたんすか?」
「いやさ、ちょうど当たってんのよ。痛いとこ」
「あっ……あの時の。最近、一気に良くないことが
起こっててもう……」
夏月……
「こんだもん俺らだけでも何にもなく過ごさねぇとな」
陽希の明るい声。
夏月も頷いた。
「あたし……なんで………」
「満月?どうした?」
「あたし、なんで忘れたかったんだろう……」
忘れたかった。
陽斗か。
「そんな時もあるだろ」
「けど……こんな自信持ってんものどうかと思うけど
陽斗にはあたしがいないと……」
「大丈夫だよ。もうずっと陽斗のそばにいてやるんだろ?
陽斗はそれだけでいいんだよ。それ以上は望んでない」
「すばる……」
「昴さん、もう何なんすかね。もう分っかんないっすわ」
陽斗にもそんなようなこと言われた。
何者?って言われたんだっけ。
「前も言われた」
「やっぱり」
「何か、誰のことも分かる感じ。怖いくらい」
分かろうとは思ってる。
あの日から。
あの日、あいつに言われた、その瞬間から。
『おはよっ』
『あ、おぉ』
『昴くん……』
真面目な顔で俺を呼ぶ叶。(かなえ)
『どした?』
『昴くんだけは、私を分かってくれるよね』
『えっ?』
俺が訊くと叶はふふっ、と笑った。
『前から思ってたの。昴くんは優しい人だって』
初めて言われた。
今までクールだとか大人しいとしか言われたことが
なかった。
『だから、私のことも分かってくれるかなって』
俺はこの時、初めて思った。
こいつのことは俺が分かってやんねぇといけねぇんだ
って。
だが、なぜ優しいから自分のことも分かってくれると
思ったのかは全く分からない。
けど、それから俺はずっと関わる人の全てを分かって
やりたかった。
「何で誰のことも分かるの?そして、何でその人に合った言葉をかけられるの?」
夏月……
「分かんない。ただ分かってやりたいと思ってるだけ。
それで分かってやれたら、かける言葉も分かる」
「昴……お前タダもんじゃねぇな」
「そんなこたねぇよ」
俺はただの高校生。
何をしてやれるわけでもない。
そして分かってやりたいとは思ってても、
実際ほんの少ししか分かってやれてないだろう。
そのほんの少しすら分かってやれてないかもしれないし。
「そんなに分かってやりてぇやつがいるのか?」
「そういうわけじゃないけど、ただかっこよかった。
どんな人のことも分かってあげられて、その人の、
その状態に合った言葉をかけられるってのが」
「夏月……」
夏月は笑った。
俺も笑った。
「うーん。才能かもなっ」
陽希が余計なことを。
「才能、か」
「明らかに何か持ってそうだもんな」
「俺は何も持ってないし、何をしてやれるわけでもない」
「昴……」
「あっ、ごめん……」
「何かあったか」
陽希は優しくそう言い、俺の隣に座った。
「何もねぇよ……」
「そっか。言いたくねぇなら無理に言う必要はねぇ。
ただ……」
俺は陽希を見た。
「ただ……溜まりすぎる前に、出せよ……」
「陽希……」
「溜め込んじゃダメっすよ」
夏月……
「小学生でも分かってんぜ?」
「まぁ昴さんなら上手く……」
「夏月は……夏月は俺らに何を期待してる」
「期待?」
夏月は少しバカにしたように笑った。
満月そっくり。
「俺は誰にも期待なんかしない。期待したら、その分後で辛いから」
「夏月?」
夏月は軽く笑って窓の前へ。
「俺はもう決めた。誰にも期待なんてしないし、誰も……」
「信じない、と」
夏月は素早く振り返った。
俺は夏月に笑顔を見せた。
「昴……さん?」
「だと思った」
夏月、信じない人の目、してたから。
どんなに話すようになっても、遠い人を見るような。
「でも、俺……何で…昴さんは信じてましたよ?
昴さん……何があったんすか?もう怖いっす……」
「何もねぇよ?」
「昴?落ち着けよ」
どっちがだよ。
俺は十分落ち着いてる。
「えっ」
俺は満月を見た。
満月も、こんな感じだったのかな。
いつもと何かが違うのは分かってる。
けど、何が違うのかが分からない。
それで冷静さを失ってる。
けど、自分では落ち着いてると思ってる。
落ち着いてると思いたい。
「昴っ!」
「満月……」
「何?何があった……あっ、ごめん……」
言っちゃいけない。
相手の中を覗いてはいけない。
陽斗があの時、必死に隠してたから。
満月、陽斗は何も隠しちゃいない。
隠そうと思って隠してるわけじゃない。
気づけば人前で明るくしてる。
それだけだ。
けどそれが辛い。
「寝てたんじゃねぇのか?」
「うん……昴、何か変だったから……」
やっぱ満月は全部分かってんだ。
けど俺も自分で何が変なのか分からない。
何かいつもと違うのは分かってる。
けど、それがどんな理由で、何がいつもとどう違うのか、
全く分からない。
「昴」
「ん?」
「泣け」
「満月?」
「一回泣いて。陽希が言ってたでしょ?
『溜まりすぎる前に出せ』って……あたしの中で泣いて?」
そう言って軽く両手を広げる満月。
「別に泣きたいわけじゃない」
「じゃあ一回、何かに抱きついてみて。あたしたちは外で待ってるから」
「えっ、満月?どんなスイッチ入ったの……?」
「ないか。じゃあ、ベッドに寝て、タオルケットでも
抱いてみて?」
満月は部屋にあるベッドを見て言った。
「あたしは、昴を泣かせたいわけじゃない。溜まったものを全部出してほしいだけ」
その時、耐えていたわけでもない涙が頬を伝った。
満月は俺をそっと支えるようにしてくれた。
抱きしめるほどじゃなくて、何もしないわけでもなくて。
「昴、大丈夫だよ。今日は思い切り、何も気にしないで
泣こう?」
「みづき……」
「あの時は二人で言ったじゃん。
笑うのは明日でも、明後日でも全然遅くないって」
俺は満月の言葉に頷いた。
「大丈夫だよ。きっと疲れちゃったんだよ。昴、いい人
だから」
「俺は……」
「優しいんだよ」
満月……
「優しいの。優しすぎるの。だから疲れちゃうの。
人の事ばっかり考えて、自分のことは後回し。
だからもう心は限界なのかもよ?
もう少し、自分に優しくしてもいいんじゃないかな?」
『及川さんが、すごい綺麗な心の持ち主ってことは』
陽斗の言葉を思い出す。
俺が綺麗な心の持ち主か。
そうしたいと何度思ったか。
「昴」
「ん?」
「もう、お願いだから無理しないで……」
「みづき?」
「言ったでしょ?昴がいないとダメなんだって。だから、溜まったら出して?今日の、あたしみたいに」
「俺は大丈夫。その言葉なら、陽斗に言ってやれ」
誰より溜め込むのは上手くて、発散するのは誰よりも下手な、陽斗に。
「じゃあ明日も会いに行かないとね」
「何か買うんだろ?」
「あぁ、そっか」
忘れちゃうんだ。
「満月、もういいよ?」
「うん。昴が昴になった」
満月はそう言って結局抱きしめてくれた俺の体を少し
離した。
そして、俺を見上げて笑う。
「あたしが昴にできることはある?」
「ねぇよ」
そんな大切な、大好きな女にさせることなんて。
「そっか。じゃあ、ひとつお願いしていい?」
「何」
「辛くなったら、あたしのとこに来て。
あたしが、そばにいてあげる」
「満月……」
「ふふっ。あっ、みんないなくなっちゃったね」
そういえば。
「ハルにぃ!」
「ハルにぃ」
「仲よくなってる」
「ナツにぃも来て!」
「えっ、ナツにぃも」
「仲よくなってる」
俺らは三人のいるところへ。
「えっ、でもどこにいんの?」
「この辺から聞こえた気がしたんだけど……外?」
「は!?」
「楓外大好きだから」
俺らは庭に出てみた。
「あっ!スバにぃとみづちゃん」
いた。
庭。
「はぁい。楓さん?中入りますよ?」
「やだーっ!」
これ夜まで続く感じだ。
「えっ、つか あか姉は?」
「あか姉?なんか行ってくるって」
行ってくる。
「えっ、ちょ、マジか……」
「昴?」
買い物か。
「ちょ、行ってくるわ」
「えぇ〜?スバにぃも〜?」
「すぐ戻ってくっから」
俺は楓と目線を合わせて言った。
「もういなくならないで?ずっと楓といて」
楓……
「分かった。ずっと一緒にいるよ」
俺は楓の頭をなでた。
楓は笑ってくれた。
「じゃあ行ってもいいよ。絶対戻ってきてね?」
「あれっ、こんな時間に何してんの?」
俺より先に茜が戻ってくるっていう。
「あか姉来ちゃったね」
で何となく分かってんのね。
俺がどこに行こうとしたか。
「あの、茜さん?」
「何?昴さん」
「今日、夜……」
「あたしが作ってあげるっ!」
楽しそうでいいんだけど、どうなっちゃうの?
「えっ、茜が……」
「そうよ?あか姉が作ってあげるのっ」
「えっ、あか姉?」
楓も心配するレベル。
「みんなどうしたの?」
満月と陽希は知らないのか。
「いや、ねっ?」
「何よ。まぁ早めに中戻って来なさいよ?」
「はい」
茜は何かを作りに家の中へ。
「昴?楓ちゃん?」
「いや、あか姉は、ね?」
楓が頷いた。
これは相当。
「あか姉のご飯ね、怖いの」
「ご飯が怖いの?」
楓は大きく頷いた。
「いろんな味がするの……」
いろいろ入れ過ぎちゃってるからね。
「まえは炒飯が変に酸っぱかったの」
お酢だね。
「うん。お酢入れちゃったね」
下手なんだから余計なもん入れない方がいいのに。
満月は静かに家の中へ。
それが安心。
「俺らも、入るか……」
「す、昴?」
「楓と部屋で待ってて」
「あ、はい」
俺は恐怖キッチンの内容を知るため、リビングへ。
「あぁ茜さん!それ要らない」
「美味しそうだけどなぁ」
こんな感じで作ってんの?
ダメだ。
いつか健康的な被害が。
「ちょっ、指、大丈夫ですか?」
そっから?
俺でもやらなそうだけど。
俺は自分の手を見た。
「えっ、茜さん、今日、何作るんですか?」
「野菜炒めでいいかなって」
「結構本格的で………」
満月が大人しくなってるよ。
本格的?
指?
「まんま買ってきたんだ……」
その時満月と目が合った。
俺は首を振った。
満月は笑って頷いてくれた。
「ああかねさん?」
「そんなに心配しないで?いつもやってるから」
「えっ、何炒めるんですか?」
嘘だろ。
大丈夫かな。
「うーん。とりあえずキャベツ」
だけ?
野菜炒め、難しい。
「あの、すいません、カットの買ってきません?」
「あ、そっか。何でそれ買わなかったんだろう」
誰もがそう思う。
「じゃ行ってくる」
「あぁ、あたしも行きます」
そうしてくれ。
「あっ」
俺は急いで廊下に出た。
行った、か。
俺はキッチンへ。
何があった。
ごっちゃごちゃ。
俺はとりあえず茜が買ってきたものを見た。
出てるのはキャベツ、か。
袋の中には
人参、大根、もやし……
もやし買ったならそばにあったろ。
人参、キャベツなら分かるけどなぜそこに大根が来る。
「はぁ……」
俺は茜が買ってきた野菜たちを切ることにした。
人参、大根はいいんだけど。
このキャベツ、どう切るよ。
なんか小さいボールみたいになっちゃってるし。
こう切るのも難しい。
千切り?
めんどくさいけど。
けどそうしとかないと茜じゃ無駄にするよね。
もうしょうがないわ〜
みたいな。
塩であんなに怒ってたのに。
「おっ!昴か」
俺はその声が聞こえた方へ振り向いた。
「陽希」
「なかなか来ないから来ちゃった」
「楓が行こって言ったの!」
「そっか。楓は待ってて?」
「スバにぃなにしてんの?」
キャベツボール事件のお片づけ。
「ちょっとね」
「あか姉、大丈夫?」
ダメだった。
「もう一回お買い物行ってくるって」
「そっかぁ」
「陽希、部屋……」
あっ。
「統一感なさ過ぎる買い物だね」
陽希は袋からレシートを出した。
「だろ?」
「何かレシートもやたら長い気がするし。
えっと?」
読み上げなくていいからね。
「人参、キャベツ、大根、もやし、ピーマン、
トマト!?」
えっ、トマトなんてあったっけ。
「えっ、マジで?」
「書いて……あるけど…」
ほんとだ。
何作る気だよ。
買ったもの全部見ても何が出来上がるか分からない。
「はぁ」
「何、昴切ってたの?」
「え?あぁ。あいつじゃ無駄にすると思ってな。
後で使えるように」
「すげぇ。こういうの売ってるよね」
「そりゃねぇわ。どんなとこ買い物行ってんだよ」
「はっ!?」
「何今度は」
「キャベツ千切りにしてんの?」
「あぁ、それくらいしかなかった」
「いやぁ、野菜片っ端から買ってきちゃった感じ?」
みたいだな。
「ってわけで、二人はお部屋に」
「お兄ちゃんモード入ってるんだね」
「はいはい。戻りましょうね〜」
二人は二階の俺の部屋へ。
俺は野菜たちを切り終え、冷蔵庫を覗いた。
「ここは……」
やたら片付いてるのね。
何もない。
そんな冷蔵庫に野菜たちを。
そして俺はやっと部屋へ。
「お疲れ」
「あぁ」
俺は陽希の隣に座った。
「そうだっ!昴はお塩事件で、茜さんは?」
「キャベツくんボール事件」
「くん」
「なくてもいいけど」
「えっ、てかそのボールって?」
「キャベツくんがまな板の上でコロンってなってた」
「コロン」
「ゴルフボールくらいのサイズで」
「そんな小ちゃくなっちゃったの?」
「それはねぇか、テニスボールくらいはあったかな?」
「まぁずいぶん小さく……」
「んでまんっまるなのよ」
「マジか……ああいう人ってシレッとすごいことするよね」
「すごいってかとんでもねぇこと?」
「だな……」
少しして二人が帰ってきた。
「なにー?超綺麗になってるーっ!」
茜、大騒ぎ。
「えっ、片付けまでしたの?」
「とりあえずな」
「昴じゃないですか?」
「余計なことしやがって」
感謝しやがれ。
「あれっ、夏月は?」
「昴さん?」
いた。
「電気つけるか」
陽希は電気の紐を引っ張った。
明るくなった部屋で見えた夏月の表情は暗かった。
「大丈夫?」
「はい……」
「何かあった?」
夏月は何も言わず、下を向いた。
ちょうど、あの時の傷に手を当てて。
「あの、満月さん?泣いてくれるのは嬉しいんだけど、
手の位置、変えてくれないかな……」
満月は大人しく手の位置を変えてくれた。
「どうしたんすか?」
「いやさ、ちょうど当たってんのよ。痛いとこ」
「あっ……あの時の。最近、一気に良くないことが
起こっててもう……」
夏月……
「こんだもん俺らだけでも何にもなく過ごさねぇとな」
陽希の明るい声。
夏月も頷いた。
「あたし……なんで………」
「満月?どうした?」
「あたし、なんで忘れたかったんだろう……」
忘れたかった。
陽斗か。
「そんな時もあるだろ」
「けど……こんな自信持ってんものどうかと思うけど
陽斗にはあたしがいないと……」
「大丈夫だよ。もうずっと陽斗のそばにいてやるんだろ?
陽斗はそれだけでいいんだよ。それ以上は望んでない」
「すばる……」
「昴さん、もう何なんすかね。もう分っかんないっすわ」
陽斗にもそんなようなこと言われた。
何者?って言われたんだっけ。
「前も言われた」
「やっぱり」
「何か、誰のことも分かる感じ。怖いくらい」
分かろうとは思ってる。
あの日から。
あの日、あいつに言われた、その瞬間から。
『おはよっ』
『あ、おぉ』
『昴くん……』
真面目な顔で俺を呼ぶ叶。(かなえ)
『どした?』
『昴くんだけは、私を分かってくれるよね』
『えっ?』
俺が訊くと叶はふふっ、と笑った。
『前から思ってたの。昴くんは優しい人だって』
初めて言われた。
今までクールだとか大人しいとしか言われたことが
なかった。
『だから、私のことも分かってくれるかなって』
俺はこの時、初めて思った。
こいつのことは俺が分かってやんねぇといけねぇんだ
って。
だが、なぜ優しいから自分のことも分かってくれると
思ったのかは全く分からない。
けど、それから俺はずっと関わる人の全てを分かって
やりたかった。
「何で誰のことも分かるの?そして、何でその人に合った言葉をかけられるの?」
夏月……
「分かんない。ただ分かってやりたいと思ってるだけ。
それで分かってやれたら、かける言葉も分かる」
「昴……お前タダもんじゃねぇな」
「そんなこたねぇよ」
俺はただの高校生。
何をしてやれるわけでもない。
そして分かってやりたいとは思ってても、
実際ほんの少ししか分かってやれてないだろう。
そのほんの少しすら分かってやれてないかもしれないし。
「そんなに分かってやりてぇやつがいるのか?」
「そういうわけじゃないけど、ただかっこよかった。
どんな人のことも分かってあげられて、その人の、
その状態に合った言葉をかけられるってのが」
「夏月……」
夏月は笑った。
俺も笑った。
「うーん。才能かもなっ」
陽希が余計なことを。
「才能、か」
「明らかに何か持ってそうだもんな」
「俺は何も持ってないし、何をしてやれるわけでもない」
「昴……」
「あっ、ごめん……」
「何かあったか」
陽希は優しくそう言い、俺の隣に座った。
「何もねぇよ……」
「そっか。言いたくねぇなら無理に言う必要はねぇ。
ただ……」
俺は陽希を見た。
「ただ……溜まりすぎる前に、出せよ……」
「陽希……」
「溜め込んじゃダメっすよ」
夏月……
「小学生でも分かってんぜ?」
「まぁ昴さんなら上手く……」
「夏月は……夏月は俺らに何を期待してる」
「期待?」
夏月は少しバカにしたように笑った。
満月そっくり。
「俺は誰にも期待なんかしない。期待したら、その分後で辛いから」
「夏月?」
夏月は軽く笑って窓の前へ。
「俺はもう決めた。誰にも期待なんてしないし、誰も……」
「信じない、と」
夏月は素早く振り返った。
俺は夏月に笑顔を見せた。
「昴……さん?」
「だと思った」
夏月、信じない人の目、してたから。
どんなに話すようになっても、遠い人を見るような。
「でも、俺……何で…昴さんは信じてましたよ?
昴さん……何があったんすか?もう怖いっす……」
「何もねぇよ?」
「昴?落ち着けよ」
どっちがだよ。
俺は十分落ち着いてる。
「えっ」
俺は満月を見た。
満月も、こんな感じだったのかな。
いつもと何かが違うのは分かってる。
けど、何が違うのかが分からない。
それで冷静さを失ってる。
けど、自分では落ち着いてると思ってる。
落ち着いてると思いたい。
「昴っ!」
「満月……」
「何?何があった……あっ、ごめん……」
言っちゃいけない。
相手の中を覗いてはいけない。
陽斗があの時、必死に隠してたから。
満月、陽斗は何も隠しちゃいない。
隠そうと思って隠してるわけじゃない。
気づけば人前で明るくしてる。
それだけだ。
けどそれが辛い。
「寝てたんじゃねぇのか?」
「うん……昴、何か変だったから……」
やっぱ満月は全部分かってんだ。
けど俺も自分で何が変なのか分からない。
何かいつもと違うのは分かってる。
けど、それがどんな理由で、何がいつもとどう違うのか、
全く分からない。
「昴」
「ん?」
「泣け」
「満月?」
「一回泣いて。陽希が言ってたでしょ?
『溜まりすぎる前に出せ』って……あたしの中で泣いて?」
そう言って軽く両手を広げる満月。
「別に泣きたいわけじゃない」
「じゃあ一回、何かに抱きついてみて。あたしたちは外で待ってるから」
「えっ、満月?どんなスイッチ入ったの……?」
「ないか。じゃあ、ベッドに寝て、タオルケットでも
抱いてみて?」
満月は部屋にあるベッドを見て言った。
「あたしは、昴を泣かせたいわけじゃない。溜まったものを全部出してほしいだけ」
その時、耐えていたわけでもない涙が頬を伝った。
満月は俺をそっと支えるようにしてくれた。
抱きしめるほどじゃなくて、何もしないわけでもなくて。
「昴、大丈夫だよ。今日は思い切り、何も気にしないで
泣こう?」
「みづき……」
「あの時は二人で言ったじゃん。
笑うのは明日でも、明後日でも全然遅くないって」
俺は満月の言葉に頷いた。
「大丈夫だよ。きっと疲れちゃったんだよ。昴、いい人
だから」
「俺は……」
「優しいんだよ」
満月……
「優しいの。優しすぎるの。だから疲れちゃうの。
人の事ばっかり考えて、自分のことは後回し。
だからもう心は限界なのかもよ?
もう少し、自分に優しくしてもいいんじゃないかな?」
『及川さんが、すごい綺麗な心の持ち主ってことは』
陽斗の言葉を思い出す。
俺が綺麗な心の持ち主か。
そうしたいと何度思ったか。
「昴」
「ん?」
「もう、お願いだから無理しないで……」
「みづき?」
「言ったでしょ?昴がいないとダメなんだって。だから、溜まったら出して?今日の、あたしみたいに」
「俺は大丈夫。その言葉なら、陽斗に言ってやれ」
誰より溜め込むのは上手くて、発散するのは誰よりも下手な、陽斗に。
「じゃあ明日も会いに行かないとね」
「何か買うんだろ?」
「あぁ、そっか」
忘れちゃうんだ。
「満月、もういいよ?」
「うん。昴が昴になった」
満月はそう言って結局抱きしめてくれた俺の体を少し
離した。
そして、俺を見上げて笑う。
「あたしが昴にできることはある?」
「ねぇよ」
そんな大切な、大好きな女にさせることなんて。
「そっか。じゃあ、ひとつお願いしていい?」
「何」
「辛くなったら、あたしのとこに来て。
あたしが、そばにいてあげる」
「満月……」
「ふふっ。あっ、みんないなくなっちゃったね」
そういえば。
「ハルにぃ!」
「ハルにぃ」
「仲よくなってる」
「ナツにぃも来て!」
「えっ、ナツにぃも」
「仲よくなってる」
俺らは三人のいるところへ。
「えっ、でもどこにいんの?」
「この辺から聞こえた気がしたんだけど……外?」
「は!?」
「楓外大好きだから」
俺らは庭に出てみた。
「あっ!スバにぃとみづちゃん」
いた。
庭。
「はぁい。楓さん?中入りますよ?」
「やだーっ!」
これ夜まで続く感じだ。
「えっ、つか あか姉は?」
「あか姉?なんか行ってくるって」
行ってくる。
「えっ、ちょ、マジか……」
「昴?」
買い物か。
「ちょ、行ってくるわ」
「えぇ〜?スバにぃも〜?」
「すぐ戻ってくっから」
俺は楓と目線を合わせて言った。
「もういなくならないで?ずっと楓といて」
楓……
「分かった。ずっと一緒にいるよ」
俺は楓の頭をなでた。
楓は笑ってくれた。
「じゃあ行ってもいいよ。絶対戻ってきてね?」
「あれっ、こんな時間に何してんの?」
俺より先に茜が戻ってくるっていう。
「あか姉来ちゃったね」
で何となく分かってんのね。
俺がどこに行こうとしたか。
「あの、茜さん?」
「何?昴さん」
「今日、夜……」
「あたしが作ってあげるっ!」
楽しそうでいいんだけど、どうなっちゃうの?
「えっ、茜が……」
「そうよ?あか姉が作ってあげるのっ」
「えっ、あか姉?」
楓も心配するレベル。
「みんなどうしたの?」
満月と陽希は知らないのか。
「いや、ねっ?」
「何よ。まぁ早めに中戻って来なさいよ?」
「はい」
茜は何かを作りに家の中へ。
「昴?楓ちゃん?」
「いや、あか姉は、ね?」
楓が頷いた。
これは相当。
「あか姉のご飯ね、怖いの」
「ご飯が怖いの?」
楓は大きく頷いた。
「いろんな味がするの……」
いろいろ入れ過ぎちゃってるからね。
「まえは炒飯が変に酸っぱかったの」
お酢だね。
「うん。お酢入れちゃったね」
下手なんだから余計なもん入れない方がいいのに。
満月は静かに家の中へ。
それが安心。
「俺らも、入るか……」
「す、昴?」
「楓と部屋で待ってて」
「あ、はい」
俺は恐怖キッチンの内容を知るため、リビングへ。
「あぁ茜さん!それ要らない」
「美味しそうだけどなぁ」
こんな感じで作ってんの?
ダメだ。
いつか健康的な被害が。
「ちょっ、指、大丈夫ですか?」
そっから?
俺でもやらなそうだけど。
俺は自分の手を見た。
「えっ、茜さん、今日、何作るんですか?」
「野菜炒めでいいかなって」
「結構本格的で………」
満月が大人しくなってるよ。
本格的?
指?
「まんま買ってきたんだ……」
その時満月と目が合った。
俺は首を振った。
満月は笑って頷いてくれた。
「ああかねさん?」
「そんなに心配しないで?いつもやってるから」
「えっ、何炒めるんですか?」
嘘だろ。
大丈夫かな。
「うーん。とりあえずキャベツ」
だけ?
野菜炒め、難しい。
「あの、すいません、カットの買ってきません?」
「あ、そっか。何でそれ買わなかったんだろう」
誰もがそう思う。
「じゃ行ってくる」
「あぁ、あたしも行きます」
そうしてくれ。
「あっ」
俺は急いで廊下に出た。
行った、か。
俺はキッチンへ。
何があった。
ごっちゃごちゃ。
俺はとりあえず茜が買ってきたものを見た。
出てるのはキャベツ、か。
袋の中には
人参、大根、もやし……
もやし買ったならそばにあったろ。
人参、キャベツなら分かるけどなぜそこに大根が来る。
「はぁ……」
俺は茜が買ってきた野菜たちを切ることにした。
人参、大根はいいんだけど。
このキャベツ、どう切るよ。
なんか小さいボールみたいになっちゃってるし。
こう切るのも難しい。
千切り?
めんどくさいけど。
けどそうしとかないと茜じゃ無駄にするよね。
もうしょうがないわ〜
みたいな。
塩であんなに怒ってたのに。
「おっ!昴か」
俺はその声が聞こえた方へ振り向いた。
「陽希」
「なかなか来ないから来ちゃった」
「楓が行こって言ったの!」
「そっか。楓は待ってて?」
「スバにぃなにしてんの?」
キャベツボール事件のお片づけ。
「ちょっとね」
「あか姉、大丈夫?」
ダメだった。
「もう一回お買い物行ってくるって」
「そっかぁ」
「陽希、部屋……」
あっ。
「統一感なさ過ぎる買い物だね」
陽希は袋からレシートを出した。
「だろ?」
「何かレシートもやたら長い気がするし。
えっと?」
読み上げなくていいからね。
「人参、キャベツ、大根、もやし、ピーマン、
トマト!?」
えっ、トマトなんてあったっけ。
「えっ、マジで?」
「書いて……あるけど…」
ほんとだ。
何作る気だよ。
買ったもの全部見ても何が出来上がるか分からない。
「はぁ」
「何、昴切ってたの?」
「え?あぁ。あいつじゃ無駄にすると思ってな。
後で使えるように」
「すげぇ。こういうの売ってるよね」
「そりゃねぇわ。どんなとこ買い物行ってんだよ」
「はっ!?」
「何今度は」
「キャベツ千切りにしてんの?」
「あぁ、それくらいしかなかった」
「いやぁ、野菜片っ端から買ってきちゃった感じ?」
みたいだな。
「ってわけで、二人はお部屋に」
「お兄ちゃんモード入ってるんだね」
「はいはい。戻りましょうね〜」
二人は二階の俺の部屋へ。
俺は野菜たちを切り終え、冷蔵庫を覗いた。
「ここは……」
やたら片付いてるのね。
何もない。
そんな冷蔵庫に野菜たちを。
そして俺はやっと部屋へ。
「お疲れ」
「あぁ」
俺は陽希の隣に座った。
「そうだっ!昴はお塩事件で、茜さんは?」
「キャベツくんボール事件」
「くん」
「なくてもいいけど」
「えっ、てかそのボールって?」
「キャベツくんがまな板の上でコロンってなってた」
「コロン」
「ゴルフボールくらいのサイズで」
「そんな小ちゃくなっちゃったの?」
「それはねぇか、テニスボールくらいはあったかな?」
「まぁずいぶん小さく……」
「んでまんっまるなのよ」
「マジか……ああいう人ってシレッとすごいことするよね」
「すごいってかとんでもねぇこと?」
「だな……」
少しして二人が帰ってきた。
「なにー?超綺麗になってるーっ!」
茜、大騒ぎ。
「えっ、片付けまでしたの?」
「とりあえずな」
「昴じゃないですか?」
「余計なことしやがって」
感謝しやがれ。
「あれっ、夏月は?」
「昴さん?」
いた。
「電気つけるか」
陽希は電気の紐を引っ張った。
明るくなった部屋で見えた夏月の表情は暗かった。
「大丈夫?」
「はい……」
「何かあった?」
夏月は何も言わず、下を向いた。
