『大丈夫だよ。夏月ならできる』
『あたしに言えばよかったのに。何が言えるわけじない
けどさ』
車の中で満月の言葉を思い出していた。
あの優しい言い方が泣きそうになる。
「夏月?」
「何」
声がいつもどおりに出ない。
「満月、元気でよかったな」
「あぁ、案外強いからな」
心も、体も。
『まずは挨拶くらいでいいんじゃん?』
『もし少し慣れてきたらどんなことでも聞いてあげる』
『こっちは絶対必死になっちゃダメ。
相手も緊張してることを忘れないで』
俺は冷えてきた手を握った。
まだ、明日までは時間があるのに。
すごい緊張してる。
『大丈夫だよ。夏月ならできる』
そんな時に満月のあの優しい言葉を思い出す。
『夏月なら、って思ってるんじゃないかな』
そうなのかな……
俺は、彼女の期待に答えるとことはできるだろうか。
「夏月?」
「えっ、何?」
「着いたぞ?」
「あ、うん」
俺は車から降り、家の中へ。
「はい」
「あぁ、俺 部屋行ってる」
「分かった」
俺はベッドに飛び込んだ。
そして仰向けになり、天井を見つめる。
何で俺だったんだろ。
『大丈夫。あたしができたんだから。夏月ならできるよ』
本当かよ……
ついに涙が溢れた。
俺は起き上がり、ハンカチを目元に当てた。
「夏月?」
何で今来るかな。
俺は仰向けになり、目の上に腕を乗せた。
「失礼?」
超失礼だわ。
「おっ……」
行った。
「はぁ」
鍵でも付けっかな。
その時、下で家の電話が鳴った。
すぐ鳴り止んだ。
あ、また来たよ。
「夏月〜」
マジか。
誰だよ。
俺は仕方なくドアを開けた。
「何」
「満月」
満月か。
ならいいか。
「あっ。うん」
『夏月?』
「夏月。どした?」
『ほんっとに昴そっくり』
「それはよかった」
『大丈夫?そんなに緊張しないで?』
「えっ…?」
『やっぱり。緊張してるかなーと思って掛けたの』
「はぁ。満月にぁ何も隠せねぇな」
『バカ。何も隠すなよ』
「はい」
『大丈夫だよ。夏月はできるから』
「満月のSが働いてるな」
『常に働いてるけどね』
「まぁな」
『あたしは、そこにはいてあげられないけど応援してる
から。頑張りすぎないでね?』
「俺は大丈夫だから」
『へぇ~』
「いいから大人しくしてろよ?」
『えー?無理ー』
「無理でもやれ」
『もう寝よっかな』
「そうしろ」
俺が泣く前に。
「俺の心配はもういいから、寝ろ」
『無理しないでね。あ、まだ付いてる?あたしが作った
お守り』
「あぁ」
俺は足首を見て言った。
満月がくれた、一番簡単で一番そばにあるもの。
「まぁ今日は寝ろ」
『それをあたしだと思え』
「はいはい。おやすみ」
『はーい』
って言っても寝ないんだろうな。
俺は電話を切った。
『それをあたしだと思え』
無理だろ。
満月、分かってねぇんだな。
俺にとって満月が、どんな存在か。
俺は部屋のドアを開けた。
「うーわっ!んでいんだよ」
「いや、何となく」
「ふざっけんな」
「ハハッ」
笑ってるよ。
早く二人帰ってこねぇかな。
「あぁ、下行くならこれ持ってけ」
「持ってけ?」
「あっ、お願いします」
こういうのもめんどくさい。
俺は部屋のドアを閉め、ベッドに。
「はぁ」
あと何日こういう日々を過ごすんだか。
昴さんみたいな人がいればな。
あれっ、昴さんってどう仲良くなったんだっけ。
今は昴さんいないとダメだな。
何なんだろ。
昴さんといるときの、あの安心感。
俺はベッドの下のペットボトルを見た。
空のペットボトルを。
「マジか……」
下、行くの?
やつがいる、下に?
「はぁ」
めんどくさいなぁ。
後でいっか。
「あっ」
電気をつける音。
どこの音?
風呂場?
なら今のうちに。
俺は静かに階段を降りた。
リビングにあいつはいない。
「よし」
俺は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを一本取り、
自分の部屋へ。
「ふぅ」
水取りに行くのにこんなに疲れるとは。
いつからこう思うようになったんだろ。
何か変なんだよな。
何がって言われたら難しいけど、本当に、何か。
何考えてるか分かんないっていうか。
俺もよく言われるけど。
みんなこう思って言ってんのかな。
なら直さなくては。
「えっ?」
俺は部屋のドアを見た。
そしてそっとドアを開けた。
「はぁ……」
もうこういうこと考えだすと止まんないのね。
後ろ向くのも怖い。
ホラー映画みたいな。
「夏月?」
「うーっわ!ったく。んだよ」
「大丈夫か?」
「あぁ」
お前のせいなんだけどね。
俺は階段の方に向かった。
「ちょっ」
「何?」
「どこ行くの?」
怖いんだけど。
「いや、入ろうかと……ってか、あの、腕離して……」
俺は腕をつかむ父親の手を見た。
「あっ、わりぃ」
俺は部屋のドアを閉め、少し急いで階段を降りた。
前はあんなじゃなかったんだけどな。
何かあったのかな。
この際話でも言うことでも何でも聞く。
それで、あの人が普通になるなら。
俺が気にし過ぎなのかな。
部屋に戻ると何か違うような気がした。
「ハハッ」
まさか。
何考えてんだよ。
しばらく二人いねぇのに。
「夏月〜っ」
「っ!?あ、何?」
「そんな驚くなよ」
それは無理だろ。
「何か食うか?」
「いや、大丈夫……」
「そっか」
「うん」
俺はあの人が階段を降りるのを見つめてた。
「ふぅ」
もう、来ないよね。
俺はなんとなくテレビをつけた。
内容は夏休みについてだった。
夏休み何をするかねぇ。
あ、もう夏休みか。
『去年の夏休み何した?』
『お父さんと虫取り行った』
お父さん……
呼んだことなかった。
そういえば俺から話しかけることがなかった。
関わらなすぎたか。
それで、だよね。
俺はテレビを消し、ベッドの上でを目を閉じた。
今日も朝が来た。
「はぁ」
「夏月?起きてっか?」
「あぁ」
俺は学校に行く準備をした。
どうか夏休みまでに二人が帰ってきますように。
俺は玄関へ。
「行くの?」
「うん」
「気を付けてな」
「うん」
普通、だよな。
あの人。
そういう人なんだよな。
そう。世の中にはいろんな人がいる。
「夏月!」
俺を呼ぶ声と同時にランドセルを軽く叩かれる。
「うわっ!?あ、大樹。おはよ……」
「大丈夫?」
「うん」
「なーつきっ!」
「おはよ」
「もうちょっとで夏休みだぜぇ!早く終わんねぇかな」
「なっ」
大樹が心配そうに俺を見る。
俺は、大丈夫だよ。という意味で笑顔を見せた。
大樹も笑ってくれた。
俺らは教室へ。
「深月、おはよ」
深月。
同じ名前。
「夏月くん……」
俺を見上げる深月に笑顔を見せた。
俺は初めて思った。
学校が落ち着く、と。
「あらっ、荒井先生っ」
「おはようございます」
俺はその声が聞こえた廊下を見た。
「夏月くん?」
「何?」
「大丈夫?」
「うん」
どっちがだよ。
深月の前では普通でいないと。
『大丈夫だよ。夏月ならできる』
大丈夫。
「あのさ……」
「ん?」
「ニュースでやってた……青山満月さんて……」
「あぁ、姉ちゃん」
「何でこんなとこにいるの?お姉さんのところいなくて
いいの?」
「大丈夫。驚くほど元気だったから」
「そう……」
階段を上る音。
子供の音じゃない。
「えっ?」
深月が俺のズボンを掴む。
「ごめん……」
消えそうな声で言う深月。
「大丈夫」
俺は横向きに座り、深月の手を包み込むようにした。
すごい冷たい……
足音が近づくにつれて深月の顔から余裕が消えていく。
最初から余裕なんてないかもしれないけど。
「ちょっ……」
「ごめん」
俺は深月の手を離した。
深月は両手で自分の服を握った。
「深月さん、大丈夫?」
深月は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
「ちょっと、外出ましょうか」
深月は何も言わず、立ち上がった。
そしてそのまま倒れた。
「あっ、ちょっ、深月さん!?」
「そっとしとくのが一番です」
俺は深月を抱きかかえ、保健室に向かった。
閉まってるのね。
「えっ、深月?」
深月は少し笑った。
俺も笑った。
そして深月が開けてくれたドアから保健室の中に入った。
「夏月さん」
「ベッド空いてます?」
「えぇ」
先生が慌ててカーテンを開ける。
「じゃあここに……」
俺は軽く頭を下げ、深月を寝かせた。
「深月さん、どうしたの?」
「疲れてたんじゃないですか?」
「そう……」
しばらくして深月が起き上がった。
「深月……」
「なつきくん……」
「深月さん、大丈夫?」
先生の声が聞こえると深月の顔つきが少し変わった。
「今日は帰りなさい」
「そうだよ。無理しないほうがいいから」
「でもきょう……」
「ん?」
「いえ、いない………」
「誰もいないの!?」
先生の大きな声に深月は小さく頷いた。
「じゃあうち来る?」
「ここでもう少しゆっくりすれば平気……」
「無理しないでね?」
「うん」
「じゃあ夏月さんは戻っていいわよ」
「えっ……」
「私がいるから。ねっ?」
「行かないで!」
「深月さん?」
俺も振り返った。
「いかないで……」
「いいよ。いつまでもいる」
深月は安心したように笑った。
「何かすんごいラブストーリーの予感」
「先生、静かに」
「ふふっ」
「深月……」
笑った。
深月が先生のいる前で笑った。
「頑張ったね」
「夏月くん?」
「お疲れ」
俺は深月の頭をなでて言った。
「夏月くん……」
いつか、夏月と深月になればいいな。
「夏月くんなら……」
「ん?」
「何でもない……」
深月は俺から目を逸らした。
「そっか」
いいよ。
深月が全て言えるようになるまで、俺は待ってる。
「夏月くん、すごいね」
「ん?」
「初めてだよ。『頑張ったね』って言ってくれたの」
「そっか。でもほんとに頑張ったよ?」
深月は少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか、病院に見えてきた」
俺は黙ってカーテンを閉めた。
何で開いてたのか。
「夏月くんおもしろい」
「そう?」
「うん。そしてかっこいい」
「初めて言われた」
「そうなんだ」
「かっこいいはないな」
「優しいは?」
「は〜、何度か」
「でもそんなもんなんだ……」
「大丈夫?」
「ちょっとボーっとするだけ……」
そう言って深月は横になり、おでこのあたりに腕を
乗せた。
先生がカーテンを少し開ける。
「熱、計って」
深月は起き上がり、熱を計った。
ピピピピ……
「どう?」
俺が訊くと深月はなんとなく笑って体温計を俺に渡した。
「えっと……」
「これは早退」
「っすね。って何でそんな近くにいるんすか」
「いや、何℃かなぁと」
「はぁ」
「ってか、気付かなかったの?抱いてきたんでしょ?」
「俺が連れてきた時は普通だった」
「もう帰りなさい」
言われなくてもそうするし。
「歩ける?」
「うん……」
深月は少し辛そうにベッドから降りた。
「おっ、大丈夫?」
俺はふらつく深月の体を支えた。
「ありがと……」
「失礼しました」
俺は保健室のドアを閉め、深月に背中を向けて
しゃがんだ。
「夏月くん?」
「乗って?」
「歩けるよ?」
「いいから」
「ごめん……」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ?」
まぁ、ダメとは言えないか。
俺は昇降口に向かった。
「どこ行くの?」
言う人によってこんなに違うんだ。
「帰るんでしょ?」
「荷物……」
「後で取り来るから」
「いいよ……教室行こ?歩くから」
「いいからゴタゴタ言わないの」
「ゴタゴタ……」
あっ。
素が出た。
「いいよ。降りる」
「ごめんね」
俺は深月を一旦降ろし、靴に履き替えた。
「はい」
「はい?」
「いやいや。乗れって」
「何でそんな優しいの?」
「『優しくなんかない。
大切にしたい人を大切にしてるだけ』」
「夏月くん……」
「ハハッ。もうあんま喋んな」
俺は家に向かった。
「あっ、鍵」
ランドセルん中だよね。
俺はポケットに手を突っ込んでみた。
「だよな……」
俺は庭にある倉庫へ。
どんだけ掃除してねぇんだよ。
「あった……」
えっ、こんなとこにあって大丈夫?
俺は倉庫にあった鍵を持って玄関の前へ。
「えっ?」
回らない。
俺はドアを引いてみた。
「うそ……」
開いた。
「あっ、夏月?どーしたの?」
「えっ、満月?」
「ふふっ、帰ってこれたのっ。お母さんもいるっ」
嬉しそうに言う満月。
「夏月、忘れもん?」
「いや、ちょっとな」
「まぁ入んな?」
まぁそうするよね。
「えっ、誰?」
「しっ。昨日言った子」
満月は何度か大きく頷いた。
「じゃあリビングに」
「いいの?」
「上じゃ暑いでしょうよ」
「ありがと」
俺は家の中に。
「ちょ、深月の靴」
「あら、みづきちゃんって言うの?」
「うん。いいから靴」
「はいはい」
俺は深月を背負ってリビングへ。
「夏月かっこいいじゃん」
人生で二回目。
「まぁな」
「認めちゃうんだ……」
俺はリビングの空いてるところに深月を寝かせた。
「どうしたの?この子」
「倒れちゃって、熱あったから早退しろって」
「いや、何でここに来たの?」
「俺 深月ん家知らねぇし」
「いや、連絡したら親が迎え来るでしょ?」
「あ、今日誰もいないんだって」
「仕事?でも迎え来るもんじゃないのかな……
まぁいいけど」
「ならいいべ」
俺と満月は深月を見た。
「かわいい子ね」
「だろ?」
「ゲホッ、ゲホ……」
「深月」
「夏月くん?ごめん……」
「いいから」
深月は満月を見ると不思議そうな顔をした。
「大丈夫……ですか」
「あ、あたし?全然大丈夫よ。みづきちゃんこそ
大丈夫?」
「はい……」
「ただの風邪ならいいけどねぇ」
「寒くない?」
あんまワチャワチャ声掛けんなって。
「いいから。大丈夫だから」
「夏月には聞いてないわよ」
「ふふっ。大丈夫です」
「そういえば何で今日誰もいないの?」
俺が訊くと深月は悲しそうな顔をした。
「旅行……だって……」
旅行。
「そっか。変なこと訊いてごめんね」
深月は首を横に振った。
「今まで、ずっとこうだったから……」
「みづきちゃん……」
「私、ずっと一人だったから。でも大丈夫。
もう慣れたから。もう、一人には…」
満月は深月を抱きしめた。
「慣れちゃダメ……一人なんかに慣れちゃ……」
「満月さん?」
「もう、一人じゃないよ。みづきちゃんにはあたしたちが
いる」
あたしたち。
俺は深月に何ができるだろう。
「満月さん……」
「大丈夫。泣きたい時は泣くの。
笑うのは、明日でも明後日でも遅くないから……」
『泣きたい時は泣くの。笑うのは明日でも明後日でも
遅くないから』
満月が俺に言った言葉。
「満月さんも優しいんだね」
「あたしは優しくないよ。大切にしたい人を大切にしてるだけ」
「ふふっ、夏月くんも言ってました」
「そっか」
バレちゃったよ。
「かっこいい二人ですね」
「そんなことないよ?」
「あ、もう大丈夫です……」
そう言って深月は満月から少し離れた。
『大丈夫』
きっと深月は大丈夫じゃない時ほどそう言う人。
「深月」
「ん?」
「いいんだよ。深月は深月で」
「夏月くん?」
「誰に迷惑かけないようにとか心配させないように
とか?そんなのどうでもいいんだよ」
「夏月くん?」
「あ、ごめん……」
俺は急に恥ずかしくなって深月から目を逸らした。
「ううん。そう言われたの、初めてだからビックリした
だけ」
ピーンポーン。
「誰かしら」
「あたし行くから」
そう言って満月は玄関へ。
「はい」
「すみません。川原 深月の母です」
綺麗な声。
「あ、そうですか……」
そう言って満月はリビングに戻ってきた。
「深月ちゃん、お母さん来たよ?」
「あ、はい……」
「深月?」
「何でもない。ありがとうございました」
深月は深々と頭を下げ、うちを出た。
『あたしに言えばよかったのに。何が言えるわけじない
けどさ』
車の中で満月の言葉を思い出していた。
あの優しい言い方が泣きそうになる。
「夏月?」
「何」
声がいつもどおりに出ない。
「満月、元気でよかったな」
「あぁ、案外強いからな」
心も、体も。
『まずは挨拶くらいでいいんじゃん?』
『もし少し慣れてきたらどんなことでも聞いてあげる』
『こっちは絶対必死になっちゃダメ。
相手も緊張してることを忘れないで』
俺は冷えてきた手を握った。
まだ、明日までは時間があるのに。
すごい緊張してる。
『大丈夫だよ。夏月ならできる』
そんな時に満月のあの優しい言葉を思い出す。
『夏月なら、って思ってるんじゃないかな』
そうなのかな……
俺は、彼女の期待に答えるとことはできるだろうか。
「夏月?」
「えっ、何?」
「着いたぞ?」
「あ、うん」
俺は車から降り、家の中へ。
「はい」
「あぁ、俺 部屋行ってる」
「分かった」
俺はベッドに飛び込んだ。
そして仰向けになり、天井を見つめる。
何で俺だったんだろ。
『大丈夫。あたしができたんだから。夏月ならできるよ』
本当かよ……
ついに涙が溢れた。
俺は起き上がり、ハンカチを目元に当てた。
「夏月?」
何で今来るかな。
俺は仰向けになり、目の上に腕を乗せた。
「失礼?」
超失礼だわ。
「おっ……」
行った。
「はぁ」
鍵でも付けっかな。
その時、下で家の電話が鳴った。
すぐ鳴り止んだ。
あ、また来たよ。
「夏月〜」
マジか。
誰だよ。
俺は仕方なくドアを開けた。
「何」
「満月」
満月か。
ならいいか。
「あっ。うん」
『夏月?』
「夏月。どした?」
『ほんっとに昴そっくり』
「それはよかった」
『大丈夫?そんなに緊張しないで?』
「えっ…?」
『やっぱり。緊張してるかなーと思って掛けたの』
「はぁ。満月にぁ何も隠せねぇな」
『バカ。何も隠すなよ』
「はい」
『大丈夫だよ。夏月はできるから』
「満月のSが働いてるな」
『常に働いてるけどね』
「まぁな」
『あたしは、そこにはいてあげられないけど応援してる
から。頑張りすぎないでね?』
「俺は大丈夫だから」
『へぇ~』
「いいから大人しくしてろよ?」
『えー?無理ー』
「無理でもやれ」
『もう寝よっかな』
「そうしろ」
俺が泣く前に。
「俺の心配はもういいから、寝ろ」
『無理しないでね。あ、まだ付いてる?あたしが作った
お守り』
「あぁ」
俺は足首を見て言った。
満月がくれた、一番簡単で一番そばにあるもの。
「まぁ今日は寝ろ」
『それをあたしだと思え』
「はいはい。おやすみ」
『はーい』
って言っても寝ないんだろうな。
俺は電話を切った。
『それをあたしだと思え』
無理だろ。
満月、分かってねぇんだな。
俺にとって満月が、どんな存在か。
俺は部屋のドアを開けた。
「うーわっ!んでいんだよ」
「いや、何となく」
「ふざっけんな」
「ハハッ」
笑ってるよ。
早く二人帰ってこねぇかな。
「あぁ、下行くならこれ持ってけ」
「持ってけ?」
「あっ、お願いします」
こういうのもめんどくさい。
俺は部屋のドアを閉め、ベッドに。
「はぁ」
あと何日こういう日々を過ごすんだか。
昴さんみたいな人がいればな。
あれっ、昴さんってどう仲良くなったんだっけ。
今は昴さんいないとダメだな。
何なんだろ。
昴さんといるときの、あの安心感。
俺はベッドの下のペットボトルを見た。
空のペットボトルを。
「マジか……」
下、行くの?
やつがいる、下に?
「はぁ」
めんどくさいなぁ。
後でいっか。
「あっ」
電気をつける音。
どこの音?
風呂場?
なら今のうちに。
俺は静かに階段を降りた。
リビングにあいつはいない。
「よし」
俺は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを一本取り、
自分の部屋へ。
「ふぅ」
水取りに行くのにこんなに疲れるとは。
いつからこう思うようになったんだろ。
何か変なんだよな。
何がって言われたら難しいけど、本当に、何か。
何考えてるか分かんないっていうか。
俺もよく言われるけど。
みんなこう思って言ってんのかな。
なら直さなくては。
「えっ?」
俺は部屋のドアを見た。
そしてそっとドアを開けた。
「はぁ……」
もうこういうこと考えだすと止まんないのね。
後ろ向くのも怖い。
ホラー映画みたいな。
「夏月?」
「うーっわ!ったく。んだよ」
「大丈夫か?」
「あぁ」
お前のせいなんだけどね。
俺は階段の方に向かった。
「ちょっ」
「何?」
「どこ行くの?」
怖いんだけど。
「いや、入ろうかと……ってか、あの、腕離して……」
俺は腕をつかむ父親の手を見た。
「あっ、わりぃ」
俺は部屋のドアを閉め、少し急いで階段を降りた。
前はあんなじゃなかったんだけどな。
何かあったのかな。
この際話でも言うことでも何でも聞く。
それで、あの人が普通になるなら。
俺が気にし過ぎなのかな。
部屋に戻ると何か違うような気がした。
「ハハッ」
まさか。
何考えてんだよ。
しばらく二人いねぇのに。
「夏月〜っ」
「っ!?あ、何?」
「そんな驚くなよ」
それは無理だろ。
「何か食うか?」
「いや、大丈夫……」
「そっか」
「うん」
俺はあの人が階段を降りるのを見つめてた。
「ふぅ」
もう、来ないよね。
俺はなんとなくテレビをつけた。
内容は夏休みについてだった。
夏休み何をするかねぇ。
あ、もう夏休みか。
『去年の夏休み何した?』
『お父さんと虫取り行った』
お父さん……
呼んだことなかった。
そういえば俺から話しかけることがなかった。
関わらなすぎたか。
それで、だよね。
俺はテレビを消し、ベッドの上でを目を閉じた。
今日も朝が来た。
「はぁ」
「夏月?起きてっか?」
「あぁ」
俺は学校に行く準備をした。
どうか夏休みまでに二人が帰ってきますように。
俺は玄関へ。
「行くの?」
「うん」
「気を付けてな」
「うん」
普通、だよな。
あの人。
そういう人なんだよな。
そう。世の中にはいろんな人がいる。
「夏月!」
俺を呼ぶ声と同時にランドセルを軽く叩かれる。
「うわっ!?あ、大樹。おはよ……」
「大丈夫?」
「うん」
「なーつきっ!」
「おはよ」
「もうちょっとで夏休みだぜぇ!早く終わんねぇかな」
「なっ」
大樹が心配そうに俺を見る。
俺は、大丈夫だよ。という意味で笑顔を見せた。
大樹も笑ってくれた。
俺らは教室へ。
「深月、おはよ」
深月。
同じ名前。
「夏月くん……」
俺を見上げる深月に笑顔を見せた。
俺は初めて思った。
学校が落ち着く、と。
「あらっ、荒井先生っ」
「おはようございます」
俺はその声が聞こえた廊下を見た。
「夏月くん?」
「何?」
「大丈夫?」
「うん」
どっちがだよ。
深月の前では普通でいないと。
『大丈夫だよ。夏月ならできる』
大丈夫。
「あのさ……」
「ん?」
「ニュースでやってた……青山満月さんて……」
「あぁ、姉ちゃん」
「何でこんなとこにいるの?お姉さんのところいなくて
いいの?」
「大丈夫。驚くほど元気だったから」
「そう……」
階段を上る音。
子供の音じゃない。
「えっ?」
深月が俺のズボンを掴む。
「ごめん……」
消えそうな声で言う深月。
「大丈夫」
俺は横向きに座り、深月の手を包み込むようにした。
すごい冷たい……
足音が近づくにつれて深月の顔から余裕が消えていく。
最初から余裕なんてないかもしれないけど。
「ちょっ……」
「ごめん」
俺は深月の手を離した。
深月は両手で自分の服を握った。
「深月さん、大丈夫?」
深月は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
「ちょっと、外出ましょうか」
深月は何も言わず、立ち上がった。
そしてそのまま倒れた。
「あっ、ちょっ、深月さん!?」
「そっとしとくのが一番です」
俺は深月を抱きかかえ、保健室に向かった。
閉まってるのね。
「えっ、深月?」
深月は少し笑った。
俺も笑った。
そして深月が開けてくれたドアから保健室の中に入った。
「夏月さん」
「ベッド空いてます?」
「えぇ」
先生が慌ててカーテンを開ける。
「じゃあここに……」
俺は軽く頭を下げ、深月を寝かせた。
「深月さん、どうしたの?」
「疲れてたんじゃないですか?」
「そう……」
しばらくして深月が起き上がった。
「深月……」
「なつきくん……」
「深月さん、大丈夫?」
先生の声が聞こえると深月の顔つきが少し変わった。
「今日は帰りなさい」
「そうだよ。無理しないほうがいいから」
「でもきょう……」
「ん?」
「いえ、いない………」
「誰もいないの!?」
先生の大きな声に深月は小さく頷いた。
「じゃあうち来る?」
「ここでもう少しゆっくりすれば平気……」
「無理しないでね?」
「うん」
「じゃあ夏月さんは戻っていいわよ」
「えっ……」
「私がいるから。ねっ?」
「行かないで!」
「深月さん?」
俺も振り返った。
「いかないで……」
「いいよ。いつまでもいる」
深月は安心したように笑った。
「何かすんごいラブストーリーの予感」
「先生、静かに」
「ふふっ」
「深月……」
笑った。
深月が先生のいる前で笑った。
「頑張ったね」
「夏月くん?」
「お疲れ」
俺は深月の頭をなでて言った。
「夏月くん……」
いつか、夏月と深月になればいいな。
「夏月くんなら……」
「ん?」
「何でもない……」
深月は俺から目を逸らした。
「そっか」
いいよ。
深月が全て言えるようになるまで、俺は待ってる。
「夏月くん、すごいね」
「ん?」
「初めてだよ。『頑張ったね』って言ってくれたの」
「そっか。でもほんとに頑張ったよ?」
深月は少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか、病院に見えてきた」
俺は黙ってカーテンを閉めた。
何で開いてたのか。
「夏月くんおもしろい」
「そう?」
「うん。そしてかっこいい」
「初めて言われた」
「そうなんだ」
「かっこいいはないな」
「優しいは?」
「は〜、何度か」
「でもそんなもんなんだ……」
「大丈夫?」
「ちょっとボーっとするだけ……」
そう言って深月は横になり、おでこのあたりに腕を
乗せた。
先生がカーテンを少し開ける。
「熱、計って」
深月は起き上がり、熱を計った。
ピピピピ……
「どう?」
俺が訊くと深月はなんとなく笑って体温計を俺に渡した。
「えっと……」
「これは早退」
「っすね。って何でそんな近くにいるんすか」
「いや、何℃かなぁと」
「はぁ」
「ってか、気付かなかったの?抱いてきたんでしょ?」
「俺が連れてきた時は普通だった」
「もう帰りなさい」
言われなくてもそうするし。
「歩ける?」
「うん……」
深月は少し辛そうにベッドから降りた。
「おっ、大丈夫?」
俺はふらつく深月の体を支えた。
「ありがと……」
「失礼しました」
俺は保健室のドアを閉め、深月に背中を向けて
しゃがんだ。
「夏月くん?」
「乗って?」
「歩けるよ?」
「いいから」
「ごめん……」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ?」
まぁ、ダメとは言えないか。
俺は昇降口に向かった。
「どこ行くの?」
言う人によってこんなに違うんだ。
「帰るんでしょ?」
「荷物……」
「後で取り来るから」
「いいよ……教室行こ?歩くから」
「いいからゴタゴタ言わないの」
「ゴタゴタ……」
あっ。
素が出た。
「いいよ。降りる」
「ごめんね」
俺は深月を一旦降ろし、靴に履き替えた。
「はい」
「はい?」
「いやいや。乗れって」
「何でそんな優しいの?」
「『優しくなんかない。
大切にしたい人を大切にしてるだけ』」
「夏月くん……」
「ハハッ。もうあんま喋んな」
俺は家に向かった。
「あっ、鍵」
ランドセルん中だよね。
俺はポケットに手を突っ込んでみた。
「だよな……」
俺は庭にある倉庫へ。
どんだけ掃除してねぇんだよ。
「あった……」
えっ、こんなとこにあって大丈夫?
俺は倉庫にあった鍵を持って玄関の前へ。
「えっ?」
回らない。
俺はドアを引いてみた。
「うそ……」
開いた。
「あっ、夏月?どーしたの?」
「えっ、満月?」
「ふふっ、帰ってこれたのっ。お母さんもいるっ」
嬉しそうに言う満月。
「夏月、忘れもん?」
「いや、ちょっとな」
「まぁ入んな?」
まぁそうするよね。
「えっ、誰?」
「しっ。昨日言った子」
満月は何度か大きく頷いた。
「じゃあリビングに」
「いいの?」
「上じゃ暑いでしょうよ」
「ありがと」
俺は家の中に。
「ちょ、深月の靴」
「あら、みづきちゃんって言うの?」
「うん。いいから靴」
「はいはい」
俺は深月を背負ってリビングへ。
「夏月かっこいいじゃん」
人生で二回目。
「まぁな」
「認めちゃうんだ……」
俺はリビングの空いてるところに深月を寝かせた。
「どうしたの?この子」
「倒れちゃって、熱あったから早退しろって」
「いや、何でここに来たの?」
「俺 深月ん家知らねぇし」
「いや、連絡したら親が迎え来るでしょ?」
「あ、今日誰もいないんだって」
「仕事?でも迎え来るもんじゃないのかな……
まぁいいけど」
「ならいいべ」
俺と満月は深月を見た。
「かわいい子ね」
「だろ?」
「ゲホッ、ゲホ……」
「深月」
「夏月くん?ごめん……」
「いいから」
深月は満月を見ると不思議そうな顔をした。
「大丈夫……ですか」
「あ、あたし?全然大丈夫よ。みづきちゃんこそ
大丈夫?」
「はい……」
「ただの風邪ならいいけどねぇ」
「寒くない?」
あんまワチャワチャ声掛けんなって。
「いいから。大丈夫だから」
「夏月には聞いてないわよ」
「ふふっ。大丈夫です」
「そういえば何で今日誰もいないの?」
俺が訊くと深月は悲しそうな顔をした。
「旅行……だって……」
旅行。
「そっか。変なこと訊いてごめんね」
深月は首を横に振った。
「今まで、ずっとこうだったから……」
「みづきちゃん……」
「私、ずっと一人だったから。でも大丈夫。
もう慣れたから。もう、一人には…」
満月は深月を抱きしめた。
「慣れちゃダメ……一人なんかに慣れちゃ……」
「満月さん?」
「もう、一人じゃないよ。みづきちゃんにはあたしたちが
いる」
あたしたち。
俺は深月に何ができるだろう。
「満月さん……」
「大丈夫。泣きたい時は泣くの。
笑うのは、明日でも明後日でも遅くないから……」
『泣きたい時は泣くの。笑うのは明日でも明後日でも
遅くないから』
満月が俺に言った言葉。
「満月さんも優しいんだね」
「あたしは優しくないよ。大切にしたい人を大切にしてるだけ」
「ふふっ、夏月くんも言ってました」
「そっか」
バレちゃったよ。
「かっこいい二人ですね」
「そんなことないよ?」
「あ、もう大丈夫です……」
そう言って深月は満月から少し離れた。
『大丈夫』
きっと深月は大丈夫じゃない時ほどそう言う人。
「深月」
「ん?」
「いいんだよ。深月は深月で」
「夏月くん?」
「誰に迷惑かけないようにとか心配させないように
とか?そんなのどうでもいいんだよ」
「夏月くん?」
「あ、ごめん……」
俺は急に恥ずかしくなって深月から目を逸らした。
「ううん。そう言われたの、初めてだからビックリした
だけ」
ピーンポーン。
「誰かしら」
「あたし行くから」
そう言って満月は玄関へ。
「はい」
「すみません。川原 深月の母です」
綺麗な声。
「あ、そうですか……」
そう言って満月はリビングに戻ってきた。
「深月ちゃん、お母さん来たよ?」
「あ、はい……」
「深月?」
「何でもない。ありがとうございました」
深月は深々と頭を下げ、うちを出た。
