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大丈夫


『もういいよ……もうかくさないで……』

あんなに言ってくれたのに。

俺は何も言わなかった。

何も言えなかった。

『もうかくさないで』そう言ってくれたけど、何も
隠してるつもりはなかった。

「陽斗」

昴が隣で呼ぶ。

「ん?」

「『隠さないで』って、難しいよな」

俺は昴を見た。

「だってさ、隠してるつもりはないじゃん?ん〜で
『隠さないで』って」

「昴……」

昴は俺にニコッと笑った。

「隠してるわけじゃない。隠れてる」

「えっ……」

昴は笑って続けた。

「隠したいわけでも隠してるわけでもない。気付けば
人前で明るくしてる自分がいる」

俺は昴から視線を逸らした。

「んねっ、『無理すんな』『隠すな』って言われても
難しいんだよなぁ。って、俺に何がわかるわけじゃない
けど」

「十分。昴だけだよ?そんなふうに、言ってくれたの……」

今の俺には十分すぎるくらいだった。

「陽斗」

「寝ときな?」

俺は笑って言った。

「陽斗?」

「そろそろ帰ろっかな」

俺はバッグを肩にかけた。

「じゃあ、大人しくしとけよ〜?」

「ハハッ。お前こそここ来んなよ?」

「昴みたいんなってんでしょ」

「そうそう。それだけはちょっとね」

「大丈夫。俺、ツイてっから」

俺は笑ってそう言い、病室を出た。

そう。

俺はツイてる。

ツイてるっていうより、幸せ、かな。

昴に、昴たちに会えたから。

『及川さん……』

『どうした?』

『いや、どこ行くのかなって……』

『上行こうかな。行く?』

『じゃあ、行こっかな』

初めて昴と話したこと。

及川さん、か。

今じゃ当たり前のように昴、陽斗って呼び合ってる。


昴、何であんなに優しいんだろう。

何で俺に優しくしたんだろう。

及川 昴。

俺が初めて信じた、人。

前は陽希だけだった。

陽希以外の人を頼るなんて、信じるなんて思わなかった。

今じゃ陽希の前より昴の前でいる方が素に近い。

『昴がいる』そう思うだけでよかった。

そう思うだけで、落ち着けた。

そんなふうに思ったのは、昴だけだった。


俺はいつもより少し明るい気分で、家に向かった。

暗くなりかけた、空の下で。

珍しく短い方ですね。
<2016/07/22 09:59 秋の空>消しゴム
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