大学で学んでいる経済と詩はまったく関係がなかった。経済を学んでいても、僕の頭には詩というものが大きなウェイトを占めていて、僕はそこに現出する言葉の世界を愛していた。イギリスの詩人ワーズワースが様々な人間模様や湖水、自然といったものを詩に変えていったみたいに、僕は自分の置かれている情景や人物を言葉にしていた。主題は時として、インスピレーションが引き起こしていく。インスピレーションは、常に研磨し、自分の肉体や精神と分離させてはならない。ささやかな不文律が僕の創作活動にはあった。
「昨日はありがとうな。由美、すっかり喜んでいたよ。本当のステップじゃないにしろ、異性とデートをしたことは初めての経験だったし、嬉しい言葉だってあったって上機嫌だった。湊は女の子を扱うことが上手だと僕は思う。詩だって書くし、文学や音楽の造詣が深い。それにしても、どうしてそんな君に恋人ができないのだろうね」
幸一は笑った。ここは大学のキャンパス内にある、ベンチだ。僕たちの所属する音楽同好会の集会があって、僕たちはそこへ顔を出していた。音楽同好会では邦楽からイギリスやアメリカのロックソング、スウェーデンのポップ、フォーク、邦楽といもので、ノンジャンル。CDを複製して皆で回したり、路上でフォークソングのイベントをしたりしていた。
何か音楽的成果を求めているサークルではなかった。成果と呼べるようなものはひとつだってない。路上ライブだって、気まぐれのささやかなものに過ぎない。緩い雰囲気のなかで、楽しみを見出して、お付き合いを深めましょうというのが僕たちのスローガンだった。そのスローガンは、僕にとってこのサークルを居心地の良い場所へしていた。
「恋人は作ろうとしないからだよ。独りでそっと時間を使うことが好きなんだ。求めていなくても、いつかはまた恋人を作るだろうね。今はまだその時期ではない。インベーダーゲームみたいに、次から次へテンポよくステージが進むというわけじゃない、少しずつ世界が変わっていく。変化の途上で、また恋人が必要になったら、その時は作るさ。僕の詩には、移ろいというものが重要なテーマとなっている。色々なものが姿や性質を変貌させていく、その瞬間をとらえて、言葉に封じ込め、詩として作品になる。恋人のいない時期にしか書けないものだって、きちんとある」
「いつか詩集にでもなると良いのにね」幸一は言った。
僕は頷いた。「文学としての詩では食べて行くことはできないだろうけど、音楽に混ぜて商業性を持つことができたのなから、あるいはその夢が叶うかもしれない。僕が詩を提供しているインディーズ・バンドなら、うまくいけば夢を叶えてくれそうだよ」
レトロ・フィーチャー。それが彼らのバンドの名前だった。フリーターの集まりで年齢は平均二十五歳、ブログを通して知り合った。彼らは東京近郊や名古屋、大阪でライブ活動を行っている。詩を提供していると言っても、彼らの作品のすべてにではないし、ある一部分だけだ。
レトロ・フィーチャーと僕は親密だった。
彼らの夢はメジャーデビューを果たし、わけのわからない地点まで成功すること。ビートルズやオアシスがそうであったように、音楽を世界中で駆け巡らせて、ツアーに出て、時代の潮流を作り出す。夢みたいなことを本気で語り、彼らは音楽に人生を捧げているのだ。
幸一は電話を取って、誰かと話していた。春の陽気がその日にはあった。しかし、風はまだ冷たく、僕たちの下を吹き過ぎていった。
「由美が近くまで、来ているらしいんだ。湊に会いたいって。会ってあげてくれないか? キャンパスまで来るからここで待っているだけで良い。僕は用事があるから、この場を離れるけどね」
僕は了承した。幸一は笑顔を見せて、キャンパスから去っていった。春休みなので大学の敷地内は、静かなものだった。人の姿はまばらで、太陽は高みにあり、風は時折刃のようにその姿を現していく。
バッグのなかからタブレットを取り出して、インターネットをする。僕のブログ『オーヴァードライブ』にアクセスして、新しくアップした詩のコメントを返信する。時計は刻み、三十分は待っただろうか、そこへ由美が姿を見せ、ベンチに座っている僕の隣に座る。僕のブログのトップには、ウィリアム・ワーズワースの詩『ルーシーの歌』を掲載している。英語で原文のまま、載せている。
お待たせしました、と由美が白い歯を見せる。「そのブログ、全部じゃないけどだいたい目を通しましたよ。湊さんって言葉に鋭敏なのですね。私には、新鮮で共感できるところばかりでした。女子高校生向けの海外文学って何か良いのありますか? 私はそういったものに疎くて」
フランスの女流作家フランソワ・サガンの『悲しみよ、こんにちは』を勧めてみた。サガンの簡単な経歴を説明し、僕がこの小説によって感じたものを彼女に伝えた。
切ない者をつなぎとめる楔となっていくのかもしれない、由美にとって。最も小説というのは、読む人生の時期によって何もかもが変わるということもある。サガンの世界が、必ずしも由美に溶け、何かを与えてくれるとは限らない。肌にしっくりくるのかは、読み終えてみるまで分からないものだ。
彼女は僕の言葉をしっかりと耳に入れて、内容を確かめていた。
「私は愛している人がいる。その愛は途方もなく重たいもので、どうしようもないぐらいに、私は持っている感情を持て余しています。毎日が苦しいし、息をしていても、しんどくなってしまうこともあります」
「文学で救われることだってあるよ。あるいは一篇の詩で、すっかり心に色が戻っていくこともある」
「『オーヴァードライブ』、何度も読み返しました。湊さんの詩って、若い人たちのほろ苦さを代弁しているような気がします。共感する部分が多いです」
僕は彼女の目を見て、少しの間沈黙に身を浸した。
「僕は代弁などしてない、代弁するような立派な人間じゃない。自ら表現したいものがあったら、そこに拙い言葉しかなくても自分自身で書き始めることだよ。正しい言葉は、おのずから精神に生じてくる。君がその言葉を求めることを決して止めなかったらね」
そのセリフはある種の効力を持って、彼女の内側に入っていったみたいだった。大学のキャンパスを出て、僕は煙草を一本吸った。春休みの学生街。活気はなく、静かなものだ。
「さて、いったいどこへ行こう?」
「湊さんの住んでいる部屋へ行きたいです。お金だってないし、男の子の部屋がいったいどういったものか私は知らない。兄の部屋に時々足を踏み入れることはあります。でも兄は兄だし、予想通りのものです。参考にはなりませんね」
僕は了解した。ずいぶん散らかっているけど、それでも良ければ。
マンションはこの大学から、歩いて十分ぐらいのところにあった。学生街のマンションで、スーパーやコンビニエンスストアが揃っていて、デカダンス的なところとはかけ離れた平和的なマンションとその周囲。面白味も文学もそこにはなかった。
部屋に由美を招き入れて、僕はそこに広がっている様々な情報を整理していた。歴史や映画に関する本は、テーブルの向こう側に追いやって、フランスの抒情詩人のものは本棚に収め、富士通のノートパソコンの向きを直し、埃がつもっているところには布巾を持って拭いて回った。
彼女は僕の様子をじっと眺めていた。言葉を発することなく、座って動くこともなかった。僕はパソコンの電源が入っていることを確かめると、エンターキーとパスワードでスクリーンセーバーのロックを解き、ユーチューブにアクセスする。
僕が関わっているバンド、レトロ・フィーチャーの音楽を流し始める。「レトロ・フィーチャーのこの曲は僕が作詞したものなんだ。アクセス数はまだ少ないけど、彼らは僕の詩に鋭い曲を乗せて作った。出来はまずまずと言ったところだよ」
しばらくその音楽を流していた。僕は彼女の分とコーヒーを作って、テーブルの上に置いた。
「私の恋のことだけど、終わってしまったのです。その予備校の先生、結婚してしまって。私はそのシチュエーションで、自らに踏ん切りをつけるために告白しました。相手は固まってしまって、声を出すことすら一苦労です。冷静になりなさいとかそんなことを言われました。私は差しあたって冷静です、と返事をしました。冷静に好きなのです」
僕は彼女の口がすっかり閉じていることに気付いた。彼女に浮かび上がっている、表情を見つめた。哀しかったのだろう。僕は由美の気持ちを思いやり、彼女の口に何か言葉が浮かび上がってくることを待った。
「でも、私は今度デートに誘われてしまったのです。妻をめとったばかりの三十歳の男性に。嬉しいという気持ちはもうありません。予備校にも行きづらくなったので、辞めようかと思っています。彼は思っていた人と違っていた。あるいは、もっと別の何か狙いのようなものがあるのかもしれない。彼の気持ちが分からないでいます」
「それでそのデートは断ったんだね?」
彼女は頷いた、うっすらと涙を浮かべ、僕を見つめた。「恋愛は抱いていたよりも、ずっと怖いものとして私の目に映りました。ワイドショーでは次から次へと不倫の話が持ち上がっています。私だって、その意味するところを考えてみるときもありました。彼は不倫をして、私と寝たいのだ、と結論付けました。大人と違って、高校生にはその事実は重たかった。いや、大人にだって、不倫は重みのあるものですよね」
僕はコーヒーを飲み、煙草を吸った。「ゆっくりと眠ることだね。起きているあいだに、サガンやサリンジャーの本を読み、時々お兄ちゃんの相手をして、時間を過ごす。その感情の傷を埋めるには、時間を過ごすことしかないんだ。誰だって、そんな話を持ちかけられたら、ショックを受けるに決まっている」
僕はそこで言葉を止めて、彼女の様子を眺めた。「二回目のデートはどうする? デモンストレーションとしてのデートではなくなってしまった。意味を成すことのないものなのかもしれない」
由美は僕の言葉を受け止め、思考を巡らせていた。「湊さんのほうの都合が悪くなければ、二回目のデートをしたいです。未成年だからお酒も煙草も駄目だけど、もしご迷惑じゃないとすれば」
「レトロ・フィーチャーのライブを観に行こうか? 来週の土曜日に高円寺であってね。チケットが余っているということもあって、もし良かったら」
彼女の表情に喜色が浮かんだ。「ありがとうございます。申し訳ないのですが、レトロ・フィーチャーのCDを複製して欲しいです。ライブの事前準備みたいなものです。ライブって演奏する曲を知っていると、知らないのではずいぶん違ったものになると聞いたことがあります。できることなら、楽しい時間にしたいです」
僕はその申し出を受けた。「あとで複製を行って、彼らのCDを渡すよ」
「ところで、パソコンを少し貸してくれませんか? 湊さんのブログにアクセスしたいです。急に、湊さんの詩を読みたくなってしまって」
「昨日はありがとうな。由美、すっかり喜んでいたよ。本当のステップじゃないにしろ、異性とデートをしたことは初めての経験だったし、嬉しい言葉だってあったって上機嫌だった。湊は女の子を扱うことが上手だと僕は思う。詩だって書くし、文学や音楽の造詣が深い。それにしても、どうしてそんな君に恋人ができないのだろうね」
幸一は笑った。ここは大学のキャンパス内にある、ベンチだ。僕たちの所属する音楽同好会の集会があって、僕たちはそこへ顔を出していた。音楽同好会では邦楽からイギリスやアメリカのロックソング、スウェーデンのポップ、フォーク、邦楽といもので、ノンジャンル。CDを複製して皆で回したり、路上でフォークソングのイベントをしたりしていた。
何か音楽的成果を求めているサークルではなかった。成果と呼べるようなものはひとつだってない。路上ライブだって、気まぐれのささやかなものに過ぎない。緩い雰囲気のなかで、楽しみを見出して、お付き合いを深めましょうというのが僕たちのスローガンだった。そのスローガンは、僕にとってこのサークルを居心地の良い場所へしていた。
「恋人は作ろうとしないからだよ。独りでそっと時間を使うことが好きなんだ。求めていなくても、いつかはまた恋人を作るだろうね。今はまだその時期ではない。インベーダーゲームみたいに、次から次へテンポよくステージが進むというわけじゃない、少しずつ世界が変わっていく。変化の途上で、また恋人が必要になったら、その時は作るさ。僕の詩には、移ろいというものが重要なテーマとなっている。色々なものが姿や性質を変貌させていく、その瞬間をとらえて、言葉に封じ込め、詩として作品になる。恋人のいない時期にしか書けないものだって、きちんとある」
「いつか詩集にでもなると良いのにね」幸一は言った。
僕は頷いた。「文学としての詩では食べて行くことはできないだろうけど、音楽に混ぜて商業性を持つことができたのなから、あるいはその夢が叶うかもしれない。僕が詩を提供しているインディーズ・バンドなら、うまくいけば夢を叶えてくれそうだよ」
レトロ・フィーチャー。それが彼らのバンドの名前だった。フリーターの集まりで年齢は平均二十五歳、ブログを通して知り合った。彼らは東京近郊や名古屋、大阪でライブ活動を行っている。詩を提供していると言っても、彼らの作品のすべてにではないし、ある一部分だけだ。
レトロ・フィーチャーと僕は親密だった。
彼らの夢はメジャーデビューを果たし、わけのわからない地点まで成功すること。ビートルズやオアシスがそうであったように、音楽を世界中で駆け巡らせて、ツアーに出て、時代の潮流を作り出す。夢みたいなことを本気で語り、彼らは音楽に人生を捧げているのだ。
幸一は電話を取って、誰かと話していた。春の陽気がその日にはあった。しかし、風はまだ冷たく、僕たちの下を吹き過ぎていった。
「由美が近くまで、来ているらしいんだ。湊に会いたいって。会ってあげてくれないか? キャンパスまで来るからここで待っているだけで良い。僕は用事があるから、この場を離れるけどね」
僕は了承した。幸一は笑顔を見せて、キャンパスから去っていった。春休みなので大学の敷地内は、静かなものだった。人の姿はまばらで、太陽は高みにあり、風は時折刃のようにその姿を現していく。
バッグのなかからタブレットを取り出して、インターネットをする。僕のブログ『オーヴァードライブ』にアクセスして、新しくアップした詩のコメントを返信する。時計は刻み、三十分は待っただろうか、そこへ由美が姿を見せ、ベンチに座っている僕の隣に座る。僕のブログのトップには、ウィリアム・ワーズワースの詩『ルーシーの歌』を掲載している。英語で原文のまま、載せている。
お待たせしました、と由美が白い歯を見せる。「そのブログ、全部じゃないけどだいたい目を通しましたよ。湊さんって言葉に鋭敏なのですね。私には、新鮮で共感できるところばかりでした。女子高校生向けの海外文学って何か良いのありますか? 私はそういったものに疎くて」
フランスの女流作家フランソワ・サガンの『悲しみよ、こんにちは』を勧めてみた。サガンの簡単な経歴を説明し、僕がこの小説によって感じたものを彼女に伝えた。
切ない者をつなぎとめる楔となっていくのかもしれない、由美にとって。最も小説というのは、読む人生の時期によって何もかもが変わるということもある。サガンの世界が、必ずしも由美に溶け、何かを与えてくれるとは限らない。肌にしっくりくるのかは、読み終えてみるまで分からないものだ。
彼女は僕の言葉をしっかりと耳に入れて、内容を確かめていた。
「私は愛している人がいる。その愛は途方もなく重たいもので、どうしようもないぐらいに、私は持っている感情を持て余しています。毎日が苦しいし、息をしていても、しんどくなってしまうこともあります」
「文学で救われることだってあるよ。あるいは一篇の詩で、すっかり心に色が戻っていくこともある」
「『オーヴァードライブ』、何度も読み返しました。湊さんの詩って、若い人たちのほろ苦さを代弁しているような気がします。共感する部分が多いです」
僕は彼女の目を見て、少しの間沈黙に身を浸した。
「僕は代弁などしてない、代弁するような立派な人間じゃない。自ら表現したいものがあったら、そこに拙い言葉しかなくても自分自身で書き始めることだよ。正しい言葉は、おのずから精神に生じてくる。君がその言葉を求めることを決して止めなかったらね」
そのセリフはある種の効力を持って、彼女の内側に入っていったみたいだった。大学のキャンパスを出て、僕は煙草を一本吸った。春休みの学生街。活気はなく、静かなものだ。
「さて、いったいどこへ行こう?」
「湊さんの住んでいる部屋へ行きたいです。お金だってないし、男の子の部屋がいったいどういったものか私は知らない。兄の部屋に時々足を踏み入れることはあります。でも兄は兄だし、予想通りのものです。参考にはなりませんね」
僕は了解した。ずいぶん散らかっているけど、それでも良ければ。
マンションはこの大学から、歩いて十分ぐらいのところにあった。学生街のマンションで、スーパーやコンビニエンスストアが揃っていて、デカダンス的なところとはかけ離れた平和的なマンションとその周囲。面白味も文学もそこにはなかった。
部屋に由美を招き入れて、僕はそこに広がっている様々な情報を整理していた。歴史や映画に関する本は、テーブルの向こう側に追いやって、フランスの抒情詩人のものは本棚に収め、富士通のノートパソコンの向きを直し、埃がつもっているところには布巾を持って拭いて回った。
彼女は僕の様子をじっと眺めていた。言葉を発することなく、座って動くこともなかった。僕はパソコンの電源が入っていることを確かめると、エンターキーとパスワードでスクリーンセーバーのロックを解き、ユーチューブにアクセスする。
僕が関わっているバンド、レトロ・フィーチャーの音楽を流し始める。「レトロ・フィーチャーのこの曲は僕が作詞したものなんだ。アクセス数はまだ少ないけど、彼らは僕の詩に鋭い曲を乗せて作った。出来はまずまずと言ったところだよ」
しばらくその音楽を流していた。僕は彼女の分とコーヒーを作って、テーブルの上に置いた。
「私の恋のことだけど、終わってしまったのです。その予備校の先生、結婚してしまって。私はそのシチュエーションで、自らに踏ん切りをつけるために告白しました。相手は固まってしまって、声を出すことすら一苦労です。冷静になりなさいとかそんなことを言われました。私は差しあたって冷静です、と返事をしました。冷静に好きなのです」
僕は彼女の口がすっかり閉じていることに気付いた。彼女に浮かび上がっている、表情を見つめた。哀しかったのだろう。僕は由美の気持ちを思いやり、彼女の口に何か言葉が浮かび上がってくることを待った。
「でも、私は今度デートに誘われてしまったのです。妻をめとったばかりの三十歳の男性に。嬉しいという気持ちはもうありません。予備校にも行きづらくなったので、辞めようかと思っています。彼は思っていた人と違っていた。あるいは、もっと別の何か狙いのようなものがあるのかもしれない。彼の気持ちが分からないでいます」
「それでそのデートは断ったんだね?」
彼女は頷いた、うっすらと涙を浮かべ、僕を見つめた。「恋愛は抱いていたよりも、ずっと怖いものとして私の目に映りました。ワイドショーでは次から次へと不倫の話が持ち上がっています。私だって、その意味するところを考えてみるときもありました。彼は不倫をして、私と寝たいのだ、と結論付けました。大人と違って、高校生にはその事実は重たかった。いや、大人にだって、不倫は重みのあるものですよね」
僕はコーヒーを飲み、煙草を吸った。「ゆっくりと眠ることだね。起きているあいだに、サガンやサリンジャーの本を読み、時々お兄ちゃんの相手をして、時間を過ごす。その感情の傷を埋めるには、時間を過ごすことしかないんだ。誰だって、そんな話を持ちかけられたら、ショックを受けるに決まっている」
僕はそこで言葉を止めて、彼女の様子を眺めた。「二回目のデートはどうする? デモンストレーションとしてのデートではなくなってしまった。意味を成すことのないものなのかもしれない」
由美は僕の言葉を受け止め、思考を巡らせていた。「湊さんのほうの都合が悪くなければ、二回目のデートをしたいです。未成年だからお酒も煙草も駄目だけど、もしご迷惑じゃないとすれば」
「レトロ・フィーチャーのライブを観に行こうか? 来週の土曜日に高円寺であってね。チケットが余っているということもあって、もし良かったら」
彼女の表情に喜色が浮かんだ。「ありがとうございます。申し訳ないのですが、レトロ・フィーチャーのCDを複製して欲しいです。ライブの事前準備みたいなものです。ライブって演奏する曲を知っていると、知らないのではずいぶん違ったものになると聞いたことがあります。できることなら、楽しい時間にしたいです」
僕はその申し出を受けた。「あとで複製を行って、彼らのCDを渡すよ」
「ところで、パソコンを少し貸してくれませんか? 湊さんのブログにアクセスしたいです。急に、湊さんの詩を読みたくなってしまって」
