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東方幻霊奏
- 第九話 出会い -

パシャ、パシャ、と一定の間隔で水音がする。それに気付いて私は目を開けた。
いつの間にか空はすっかり暗くなり、幾つもの星が光っている。随分長い間気を失っていたらしい。早く帰らなくては、とそれだけを考えながら地面に手をついて起き上がって、私は固まった。
私の隣には、人魚が座っていた。髪と同じ深い藍色の目に心配そうな表情をたたえてこちらを覗き込んでいる。
「貴女平気なの?」
「え、あっ、はい。多分大丈夫です」
そう答えて初めて、身体が凍りそうなほど冷え切っているのに気が付いた。
「湖に落ちてきたから岸まで運ぼうと思ったんだけど…」
その人は申し訳なさそうに俯いた。
「急に足を掴んだりしたからびっくりしたわよね。ごめんなさい」
「…確かに驚きましたけど、助けてくれたし、いいです。ありがとうございました」
御礼を言うと、ほっとしたようにその人は表情を綻ばせた。
「ありがとう。…ほら、早く帰りなさい。………この辺り、夜になると質の悪い奴が寄って来るの。急いだ方がいいわ」
「はい。あの…私、美咲って言います」
「よろしく。私はわかさぎ姫よ」
もう一度ぺこりと頭を下げてから、私は帰路に着いた。
ずぶ濡れで帰ってきた所為で美鈴さんにものすごく心配された。その夜は、咲夜さんとお嬢様にことわってからお風呂できっちり身体を温めて、泥のようによく眠った。


「えーっと、これで全部かな…」
買い物籠を覗き込みながらそう呟いた。買い忘れたものがないか確認すると、顔を上げて周りを見回した。
人間の里。幻想郷で唯一、平凡な人間が日常を過ごす集落である。チルノとのあの一件から空を飛ぶのも上達したという事で咲夜さんからお遣いを頼まれたのだ。歩きでは気が遠くなるほど無理な距離だったが、飛ぶと二十分くらいで着いたのでびっくりした。
「凄い人だなぁ」
この幻想郷では、妖怪が数多く存在する。そのほとんどが頑強な肉体と高い身体能力、そして強い妖力を持つ極めて危険な存在だ。その為幻想郷の人間のほぼ全ての人間はこの人里から出ずに暮らしているらしい。妖怪の間でも色々と取り決めがあり、人里の人間は襲ってはならない事になっているそうだ。しかし人里の外に居る場合にはその限りでは無い。私だって『紅魔館のメイド』という肩書きで辛うじて身の安全が確保されているだけで、私自身には強力な能力は無いのだ。
和服を着ている人が圧倒的に多い中で、メイド服の私は明らかに浮いていた。物珍しい物を見る視線があちこちから向けられる。なんとなく居心地が悪く、早く帰ろうと早足で大通りを抜けた。人気の無い裏路地に入ってほっとすると、軽く地面を蹴って空に舞い上がった。冷えた空気が軽く顔を叩き、私の短い髪をなびかせる。
この際他の所を見て回って見ようか。中身が落ちないように籠をしっかり抱え、身体を前に倒し、空を蹴って勢いをつける。それから速度を落として、眼下の景色を見渡した。
人里の隣には、鬱蒼とした暗い森が広がっている。その反対側の隣には竹林があり、遠目でも分かるほどの立派な竹が何本も群れて生えている。
そのまま後ろを向こうとして、私はある一点に目を留めた。
「神社?」
遠いのでよく見えないが、確かに小高い山の上の石段の先に神社によくある赤鳥居があり、そしてその向こう側にはお社のような建物が見える。
「…行ってみようかな」
大した理由は無い。ただの興味本位だ。神社に向かう前にふと思い出し、じっと耳をすます。
これも深い意味は無い。ただ留守だったら無駄足になると考えただけである。
まず人里の喧騒が一番に聞こえる。その他にも様々な音を感じるが、聞きたいものだけを感じられるように選り分けていく。これも訓練をするうち出来るようになった事の一つだ。
次に葉擦れの音。引き戸を開け閉めする軽い音。そして、かすかに聞こえた人の声。
『は〜あぁ。今日も暇ね…。掃除は昨日済ませたし、お茶菓子は切れちゃったし、どうしようかしら』
……ちょっと空中でずっこけた。神社に居るなら神主さんか巫女さんだと思うのだが、どうもそれらしく無い事を言っている。まあ掃除が云々とか言っていたし、休憩しているだけなのかもしれない。
「…あ、そういえば」
恐ろしく強い巫女さんが居ると聞いたことがある。異変が起きれば自身の勘だけを頼りにしてあっという間に黒幕へ辿り着き電光石火で退治する、そんな巫女さんが。
「どんな人なんだろうなあ」
思わず笑顔になった私を、すっかり冷たくなった秋風が通り過ぎて行った。


紅魔館の大図書館、その最奥にある書斎机に座り、幾つもの分厚い書物を広げつつ夢中で羊皮紙に何か書きつけていたパチュリー・ノーレッジは、唐突にその手を止めた。
「………おかしい……」
そして顎に手を当て、じっと黙考する。端から見ると微動だにしていないが、その瞳は彼女の動揺を映して忙しなく震えていた。
「…こぁ、居る?」
直ぐに、本棚の隙間から赤い髪の司書が顔を出した。
「はい、どうしました?」
「レミィと咲夜、呼んできて」
「はい〜」
____程なくして数分後、訝しげな表情の吸血鬼とメイドがその場に立っていた。
「どうしたのよパチェ。いきなり呼び出したりして」
レミリアが早速訊いた。少々ご機嫌斜めである。
「分かったら直ぐに話しておこうと思って。____二人の意見を聞きたいのよ」
「私も、ですか?」
咲夜が控えめに声を抑えて尋ねた。パチュリーはそれに頷く。
「ええ、二人に、よ。まず、私は人間が記憶を失うのは、どういう事が起きた時か調べたの」
彼女は早口に言い連ねた。
「大きく分けて二つ。一つ、何か致命的な精神ダメージを受けた時。本人がその事を忘れたいと強く願うから、その事象、それに関する記憶がごっそりと抜け落ちる。でもそれ以外の関係ない事はしっかりと覚えている。そしてもう一つは」
そこで一息入れ、彼女は興奮冷めやらぬ声音のまま、言った。
「_____頭部に強い衝撃を受けて、脳の記憶を司る部分が損傷した場合。一命は取り留めても殆どの場合は何も覚えていない……自分の名前すらね」
それを聞いて、レミリアが眉を跳ね上げた。
「…ちょっと待ちなさい。美咲はちゃんと覚えていたわよ。ちゃんと調べたの?」
「勿論個人差はあるわ。運良く何かしら断片的に覚えている場合もあるかもしれない。それでも、都合が良過ぎないかしら?他は全部忘れているのに、運良く名前だけ覚えている。でも____でもね、レミィ。美咲はもっとおかしいのよ」
「………どこが?」
「彼女の力と合わせて考えると、有り得ないのよ、こんな事は」
「…有り得ない、ですか」
咲夜は冷静に何かを感じたようだが、レミリアは未だ疑わしそうに首を傾げている。
「あの子がどんな力を持つのか、分かってるわね?普通では聞こえない音を感じる。気配などのあやふやなものも『音』という明確な情報として感じ取る事が出来る。声に出すことで、対象の動きを止めたり動きを一時的に操る事が出来る…。………『音に干渉し、また過干渉される』という事よ」
「音に干渉し、また過干渉される…」
レミリアが呟いた。ふいっと顔を上げて、パチュリーを見る。
「でも、過干渉されるなんて普段うるさくてまともに過ごせないんじゃない?遠くの音も聞こえるんでしょ?だったらなんで湖の音とか、森の音とか気にならないのよ。記憶失くしてて、飛び方も出来ても忘れてたのになんで中途半端に能力だけ使いこなしてる…の…………!」
話の途中でレミリアも気付いたようだ。
「…もう一つの、『音に干渉する程度の能力』が余計な音を遮断しているから。そういう事ですね?」
咲夜が言った。
「うん、そう。その通りよ、咲夜。『中途半端』…確かに私もそう思った。私はこれに、何か人為的なものを感じるのよ。何者かが彼女の力の加減を都合よく操っている……そう、思うの。更におかしいのが…名前は覚えているのに、他の事は思い出しつつも忘れている事よ」
レミリアが低い声で、独り言のように呟いた。
「名前は、あらゆる魔術や霊術の内でも高い拘束力を持つ。使い魔召喚や魔物退治の時も、名前を呼んで術の効果を高めたり服従をより確かなものにする。『名前』は自分そのものを表すものだから。音に過干渉されるなら、『名前』を聞いたらすぐさま思い出していいはず……矛盾してるわね」
「何らかの方法で何者かが無理矢理思い出し難くしている…という事ですか?」
「…私は、その二つの能力は元々別人の物だったと考えるわ」
「はぁ?」
レミリアが顔を上げた。その顔には確かに疑いの色が張り付いている。
「別人の物って、元々美咲の能力は一つだったって事?別の能力が後から入るなんて有り得るの?冗談でしょ?」
「そう思うのも無理ないわ。あくまで推論よ。…私自身も有り得ないと思いたいけど」
「…いえ、有り得ます。一つだけ」
それまで相槌だけで、ずっと黙っていた咲夜が唐突に口を開いた。
「お二人はご存知ないかもしれませんが、一時的に、部分的にですが別人の能力を取り込む事が出来る人物を知っています」
「…それは確かなの?」
レミリアは信じていないが、パチュリーは真剣な目をして無言で先を促した。
「……東風谷早苗です」


「こんにちはー」
言いながら鳥居をくぐる。周りの木からオレンジ色に色づいた葉がはらはらと舞い落ちている。葉の形を見るに桜の木だろうか。引っ切り無しに葉が落ちているにしては量が少ない。こまめに掃除されているのが分かった。古ぼけているがこぢんまりとした本殿があり、その奥には母屋が見える。
取り敢えずお参りでもしようかと鈴を鳴らした。しゃらん、と思ったより澄んで綺麗な音がした。買い物のお釣りの小銭を二、三枚賽銭箱に入れ、二礼二拍手。しばらく目を閉じ、手を合わせてから目を開ける。そしてお辞儀。顔を上げて改めて近くから見ると自然と落ち着いてきた。こんな雰囲気は嫌いじゃない。母屋の方から静かにお茶をすする気配が分かる。後ろの木々から小鳥が飛び立つ。冷たい風が上空よりはるかに優しく、穏やかに吹いて来る。さわさわと秋の森の葉擦れの音が心地良かった。
突然、コンと硬い音がして、母屋から誰かが近寄って来た。振り返ると、鮮やかな紅白が目に沁みた。
「あんた、誰?」
ぶっきらぼうな声だった。
幻想となった彼女は、知らなかった。
この瞬間に新たな人生の歯車が勢い良く回り出した事を。
to be continued…

はい、どうも。あまなつみかんです。
すっかり遅くなってしまいました、すみません。最後の投稿いつだったっけ…(おい)
説明;パチュリー達の会話
音に過干渉されるのに、名前の影響は受けない。そこが矛盾しているって事です。
<2016/10/30 16:40 あまなつみかん>消しゴム
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