昔の記憶はとうにない。
それはきっと、邪魔だったからであろう。
人の記憶とは便利なもので、僕が意識をしたときには、すでに意識を手放していた。
…そうは言っても。
「…僕に繋がれる趣味はないぞ、ルドルフ」
目の前の見慣れた人物、キッと見据える。
頼りない上に位置の悪い蝋燭が、辛うじて照らし出したのは、嫌なことに、俺が世界で40番目くらいに信用している男の姿だった。
僕の視線から逃れるようにして、男はバツが悪そうに首元を掻いた。
それの名はローカス・ルドルフ。最高幹部の男である。
「言うな、俺もお楽しみタイムを抜けてきてんだよ」
「……ああ、あの娼婦か」
「ちげーけど、まあ、こっから先はアダルトゾーンだ。お子様は繋がれてろ」
繋がれてろ。そうだ、僕は今、もの暗い冷たい鉄格子の向こう側に、捕虜のようにして、5㎝ほどの枷に繋がれている。
だが原因が分からない。一体どんな理由があって、僕はこんな埃っぽくてカビ臭い牢獄にいるんだろう。
こんな事態に陥る前の記憶が一切ない。
ルドルフはよっこいしょと年を思わせるかけ声のもと、手頃な椅子に腰掛けて、ゆるりと僕を見据えた。
こころなしか、いつもの頼りなさに拍車がかかっている気がする。
「…俺は、残念で仕方ないよ、エヴァン」
「…は」
唐突な憐れみに、ただただ疑念しか湧かない。それでも、ルドルフは続けた。
「……この魔薬は、いったい誰のだ?」
「ヴァ、ヴァイパーの、だろ…?」
「ちげえんだよキッズ!!」
「っルド、」
突然、本当に、突然の吶喊だった。
穏やかに情けないルドルフの姿はどこにもなく、堰を切ったように溢れ出すのは、ーーー
ーーーああ、これ、"見たことある"。
メシア
「麒麟の魔薬を盗んできやがったな、裏切りもんの救世主め!!」
堰を切ったように溢れ出すのは、これは、憎悪だ。
