ティーポットの中で茶葉が踊る。
高級な茶葉で紅茶を淹れたとき特有の動きを楽しむのは久し振りだった。
守銭奴と言う訳では無いが、金を余り使わない性格上、紅茶のために大金を使うことはない。
自分の取って置きを開けるのには勇気が要ったが、まあもう戻ってこれないのかも知れないのだ。良いだろう。
言い頃合いの色になった時を見計らいカップに注ぎ、特別な時用にと棚の隅にしまったまま忘れかけていたクッキーをかじる。
いったい誰から貰ったのかは忘れてしまったが、少ししけていても充分に美味しいそれは高級な物なのだろう。
(ありがとう。誰かわからないけど)
ユリアへの感謝の言葉を言うついでに、心の中で良くわからない感謝を呟てみる。
クッキーをじっくりと噛み締め、紅茶を啜っていると、ノックの音が響いた。
「開いてますよ」
少し無用心かもしれないが、どうせ部屋を訪ねて来る人物なんて限られている。
「おいフィーラ。少しは用心しろと日頃から言っているだろう。」
無愛想だが自分を心配してくれている事が分かる響きの声の主はアッシュ。
神託の盾第6師団団長である上司であり、この部屋を訪ねて来る数少ない人物の一人だ。
「第一声がそれなの?」
「…悪いか」
「そう言う訳ではないよ?」
短い会話の後、暫しの沈黙が場を支配する。
クッキーをもう一口かじってからアッシュを見れば、彼の目線はクッキーとカップの横に置かれた封筒に注がれているようだった。
「気になる?」
「…ああ」
封筒を振りながらそう聞けば、少し躊躇いがちに返答が返ってくる。
彼も同じものを書いたのだろうか。
「まあ大体分かってると思うけどね。遺書だよ。」
驚く事はない。軍人ならば書いたことが無いものはいないだろう。
大体が親へのメッセージだったり遺品がどうだったりはお金がどうだったり(お金に関してはほとんど教会に寄付してくれと言った内容だが)する。
「お前、遺書なんて書くやつだったか?」
「いいえ?今回だけ。たぶん…最初で最後」
アッシュの記憶に間違いはない。
今までに書いたことは無かった。
「分かっているでしょ?今回が正念場だから。さ」
「…そうか」
そのまま立ち去ろうとするアッシュ。
何が聞きたかったのか。
彼は彼で思う所があるのかも知れない。
「あ、え、ちょっと待って、用事は?」
「…あ」
雰囲気のままに立ち去ろうとしたのか、素で忘れていたようだ。
少し可愛い
「今、失礼なことを考えなかったか?」
「何を根拠にそんなことを。それで、本題は?」
ジト目で睨んできている気がするが何、気にすることでもない
「…明日の予定だったタルタロス襲撃が今日になった。15分後出発だ」
絞り出すように発された言葉に愕然とする。
軍での予定変更はまあ起こるときは起こるものだが、余りに無茶過ぎではないだろうか。
それだけ大切なのだろうが。
「はあ!?謡将無茶言い過ぎでしょう」
「俺に言うな!」
アッシュも同じ思いらしく、珍しいことに謡将に文句を言っても何も言わなかった。
「はあ…分かりましたよ。すぐ行きます」
盛大なため息と共に了承する(了承しないと言う選択肢はない。)と、アッシュは一言だけ、小さく返してきた。
「…死ぬなよ」
「…ありがとう」
小さく返した言葉は、背を向けて出て行った後の彼には聞こえなかったかも知れない。
いや、聞こえていないだろう。
もともと聞かせるつもりは無かったのだから。
それでも、言っておきたかった。
