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忘れないで


「香っ」

「萌?」

私は香を誰も来ないような場所に連れ出した。

「何よ、いきなり」

痛そうに私の掴んでいた腕を擦る香。

本当、ごめんね。

私は少し申し訳ない気持ちになりながらも、話し始めた。

「坂城、観ちゃったの、かな」

「どうだろう。まぁ何がきっかけかは分からないけど、
また事件のことを思い出しちゃったって事は、確かだろうね……」

そして、忘れられるなら辛くないよね、と付け加える
ように、呟くように続けた香。

「そう、だよね……」

「今日さ、坂城のお母さんの、お姉さん?に話聞きに
行かない?」

香がこんな事を言い出したのは、初めての事だった。

香はさっき、屋上に行った時に辛そうな坂城の姿でも
見たのだろう。

この私がその言葉に首を振らない訳もなく、思い切り
頷いた。

香の顔にも、僅かながら笑みが浮かんだ。

私は少し安心して教室に戻った。

教室には、隣の席には坂城が居た。

その手には、今日も携帯が乗っていた。

そしてその携帯を眺める目は、今日もとても心配そう
だった。

その携帯には、誰からどんな連絡が来るのだろうか。

私達は、やっぱり何も知らない。

「えっ…?」

泣いてるの?

「龍、どうした?」

「別に」

戻って来ちゃった。

私は進めず、坂城は戻って来る。

そんな私達を置いて、香はどんどん先へと進んで行く。

何かを、考えて。

何かを思い付いて。

その通りに、進んで行く。

『少し、力を借りる時もあるかもしれない……』

坂城が来るようになってすぐの頃、香が私に言った言葉。

それは、私のセリフだったのかもしれない。

今となっては、私が言う言葉。

私が必死に坂城と関わりたくて。

香はそれをサポートするだけ。

本当、最初の頃とは全く逆になってる。

「私達、昨日やっと知ったんだ。だから、その上で聞く。
私達に出来る事はある?」

「俺とは、か、関わらないでくれ……」

その言葉が出てくるのに、少し時間はかかったけど、龍は
確かにそう言った。

「坂城っ、確かに、確かに頼れないよ?私達。けど、
出来る事があるなら、全力でするから。私達は、本気で
坂城を支えたいの」

「だから、今のお前らに出来んのがそれなんだよ」

そう言ってまた教室を出てしまった龍。

「なぁ」

香の言葉が変わった。

本気になってきたという合図。

私はそんな香に視線を移す。

「あれが、あいつの本当の望みだと思うか」

私はその言葉に、首を振った。

そんなはずはないと、私達にはまだ彼にしてあげられる
事があると、信じてるから。

そして私達は、再びドアの方へ視線を戻した。

龍が言ったドラマのような事ってあの事件の事だったの?

母親を、そんな形で亡くしたという、少し現実的ではない
ような、あの事?

なら尚更、何で私達に関わるななんて言ったの?

あの事を、少しでも話そうとしたことは間違いないはず。

私達に。

そんな龍が、何でいきなりあんな事を。

これにもきっと、何か理由があるのだろう。

彼の言葉に隠された、彼の本当の気持ちを、私達は絶対に
受け取りたい。

絶対に。

あの言葉が、本当なら。

本心なら、別に構わない。

けど、どうしてもそうとは思えなかった。

ただ信じたくないだけ、そうとも思えなかった。

何か、大きな理由があるのだと、心が聞かない。

今、そんな心を頭が受け入れようとしている。

だからさっき、香の言葉に頷いたんだ。

彼と、更に深く関わろうとしてるから。

そんな心を今、頭が受け入れようとしているから。


<2016/08/21 23:57 秋の空>消しゴム
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