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忘れないで


その状態で、暫く緊張感を含んだ沈黙が流れる。

その時、ため息に似た息を吐く先輩。

「そこまでされちゃ、何か申し訳ないわ。良いから、顔上げろ」

私達はゆっくり頭を上げ、再び視界に先輩が現れる。

「言っとくが、これは俺から言うのはおかしい事だ。
だからザックリ教えてやる」

「ありがとうございます!」

再び視界から先輩が消える。

それも、勢いよく。

「あぁ、そういうの良いから」

本当、ありがとうございす。

もう泣きそう。

「あの、俺がさせたとか思われても迷惑なんだけど」

「すみません……」

顔を上げながら言う私達の声は、既に震えていた。

「本気なんだな……」

私達は頷いた。

そりゃそうだよ。

それでここまですると思いますか。

「お前らが、絶対に何があっても坂城の傍から消えないと言うのであれば、俺はあいつと関わることを止めない」

私達はつい、続きがあるのかと頷いた。

「俺から言えるのは、本当にそれだけだ」

先輩はその後、悪いな、と呟いて教室に戻ってしまった。

「教えてくれたよ!」

「どうしよっ!泣きそう!」

そうは、見えないかな。

きっと、香から見た私も。

私達はお互いに抱きついた。

こんな事したの、初めて。

こんなに嬉しかったの、初めて。

「やったぁー!またこれで、龍に近付けたよ!」

「簡単な事だったね。消えないもんね、私達!」

お互いから離れ、お互いの涙に濡れた目を見て。

私達は大きく頷いた。

「あれ、けど……」

「萌?」

「山ちゃん先輩、かなり本気で言ってたよね?」

「まぁ、そこそこ?」

そんなに、かな。

龍も言ってたし。

『お願いだから消えないで』

あの言葉、もちろんそのままの意味なんだろうけど、
あんなに真剣に言われると、やっぱり関わりづらいかな。

絶対に消えないだなんて保証、ない。

「萌?何?」

「龍、龍どこ?」

「いや、私が知る訳ないし?」

私は階段を駆け下りた。

駆け、下りてた。

香も、私を追ってそんな気持ちなんだろう。

「どこ行くの!?走れ、ないけど……」

そう言えばこの人、走るのダメなんだっけ。

「土手だよ!」

「ど、て?なぜ?」

「居ると思ったからしかねぇだろ!走れねぇなら喋んな」

完全に女を捨てた言葉。

けど、私達っていつもこうなんだよね。

本気で何かしたいって思ったりすると、絶対言葉に出る。


少し走って土手に着けば、龍は居た。

「龍っ!」

「ちょ、はぁ、はぁ……」

隣で息を切らす香。

立ってるのもやっとってくらいに。

「龍?龍だよね?」

そちらへ向かって一歩踏み出せば、来るなの一言。

「何でそこまで出来んだよ。俺は、お前らが嫌いなんだよっ…」

「けど、それ以上に私達が龍を好きなの」

「良いから来んなっ!」

その言葉に、大人しく従った。

彼の横顔が、綺麗な横顔が、濡れてたから。

「何で来た…」

「会いたかったから。そして一つ、約束したかったから」

それに返事は無い。

けど、私は続けた。

「私達は、絶対。龍の傍に在るよ。いつまでも、傍に居るよ。それだけを、伝えたかった」

「傍に居て欲しいと言った記憶はない」

その言葉を聞いて、自分の中で何かが動いたのを感じた。

「私に、私の記憶に、ちゃんと残ってんだよ。龍が、龍が
言ったあの言葉。龍が覚えてなくても、私が覚えてんの!
心が忘れねぇようにしてんだよっ」

何故か、その言葉の言い方は決して優しいものではなく、
顔は涙で濡れていた。

やっぱり、その何かは動いていた。

「龍っ!私達が居るから!傍に、ずっと……」

声は小さくなり、その場に崩れ落ちた。

その隣にしゃがむ、いつの間にか呼吸を整えた香。

「助けてよ。この手を掴んで、龍を求める心の波から救い出してよ。それが出来るのは、龍だけなんだよ!」

再び叫ぶように言った後。

龍が近付いてきて、そのまま私の前にしゃがんだ。

そして私の顔を覗き込むようにして、口を開いた。

「もう少しだ。頑張れ」と。

とても、優しく。

その言葉を残して龍は、今日もどこかへと向かった。

私達を、置いて。

私は初めて、それを止めなかった。


<2016/08/23 13:07 秋の空>消しゴム
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