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忘れないで


結局この日は彼に何もせず、そのまま大人しく家に帰った。

私も、香の家に。

なんでも『坂城くんとの仲良し良し作戦』に関する事で
お話があるようで。

「どうする?いきなり話し掛けるか、少しずつ近付くか」

「ごめん、バカなの?少しずつに決まってるでしょ?」

「決まってるんだ……」

というか、ここに居る私には一つ疑問が。

作戦会議をする程の事なのだろうか。

絶対違うと思う。

ただの気まぐれクンでしょ?

そんな男の子と仲良くなるために作戦会議を開くだなんて
時間の無駄にしか思えない。

私、冷たいのかな。

別に優しくなりたい訳でもないんだけど。

「え、少しずつ関わったところで仲良くなれるかな?」

「分からないけど、ああいう人は意外と繊細で……」

繊細。

もしそうなら、今朝見たあの表情には、何か大きな裏が
あるのかな。

「繊細、で?」

「繊細で、意外と、強い……」

もし、もしもそうなら。

繊細で傷付きやすいけど、それに負けない程、強い人。

「ごめん、ワケ分かんないんだけど」

私も、今バッチリそんな感じ。

自分で言ってる事の意味が分からない。

もう少しで分かりそうなんだけど、分からない。

「で?坂城くんが繊細なら、何?」

「なら、意外と色々警戒してるはずでしょ?だから、
少しずつって、思った、だけ……」

「いやいや、それだけじゃないよね?」

「何言ってんの、それだけよっ。でもさ、もう一回行って
みない?」

「坂城くんの家?」

「家ってか、お店に」

香はあまり喜んではいなかったけど、頷いてくれた。

何だか訳が分からない、という感じだった。

けど、凄く嬉しかった。

あの店には、何か見覚えがあったから。

「行こっ!」

「うっ!痛いよ……」

私達は香の家を飛び出した。

そして、走って彼のお店に向かう。

「今何時?」

「はぁ?喋ら、せる、の?」

「良いから何時だよ」

「萌、時計、持ってないの?」

「忘れてた。ごめん」

私は右手首の、最高に気に入ってる腕時計を見た。

その時計がさしていたのは、あの日と同じくらいの時間。

もしも、彼があの頃と全く同じ生活をしていたら、また
会えるはず。

もちろん何も無くて、あの日より早く家に着いたという
事も十分ある。

「着いたっ」

「も、え、はや、い……」

「しばらくここに居よう」

「も、動け、ない……」

「そんなに?」

私は大きく上下する香の背中をさすった。

「もー無理だーっ!」

そう言ってそのまま大の字に寝転ぶ香。

その辺は豪快なんだね。

本当、憧れっす。


しばらくして香の呼吸も落ち着いた。

結構、時間掛かるのね。

その頃には、辺りはすっかり明るさを消していた。

そんな時間までここに居ても、彼は来なかった。

男の子だから結構遅くまでプラプラしてるのかな。

この辺、そういう人多いみたいだし。

「香、歩ける?」

「もー帰んの?」

「そろそろ、ね?ほら、帰って来てたら迷惑だし」

そう言って香に手を差し伸べてみた。

その手は掴むことはなく立ち上がる香様です。

ですよね。

「何の為に来たの?」

「本当に、ここに住んでるのかなって」

「そうなんでしょ?あの時ここで会って、あの家に入って
行ったんだから」

私達の彼に対する興味は、初めてここに来た日や昼間とは
まるで逆になっていた。

明らかに私の方が興味ある。

「もう!仲良し良し作戦はどうする訳?」

私は香を置いてお店だった場所に入ってみた。

その中は、とてもヒヤッとしていた。

とても静かで、何も無い。

ただ薄暗くて、何も無い、この場所。

「バカバカバカっ!」

そんな室内に向かって叫ぶ香。

「何?そんなに慌てる事ないさ」

「何考えてるの?不法侵入とかんなったらどうすんの!」

今の私は、それも少し心配になった。

その心配は、決して要らぬものだとも知らずに。

もう、ここには誰も居ないんだから。

もう、ここには誰も来ないんだから。


<2016/08/20 12:42 秋の空>消しゴム
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