目の前にいる二人は、手を繋いでいる。その二人が誰であるか、俺は知っている。
つまりは、そういう事なのだろう。
対象にして、俺は一人で突っ立っている。もちろん、当時からずっと行方を見失っていた手は、もう誰も付け入る隙を与えない意思を表すように、強く、握りしめる。
俺が通っているはずの高校。今は連休中のため門は閉じている。
「俺たち、付き合ってるんだ」
ポーカーフェイスを保ったまま二人を見やる。
その顔は申し訳なさそうな、または別れを告げる時のそれだ。
そうだよな、あの頃から分かってたんだ。俺は排除された。……いや、見放された。
俺はその二人に対して、かつて俺たち三人が幼馴染であった事を否定する態度をとった。
「……そうか、良かったじゃないか。…………神居(かむい)も、火縄(ひなわ)も」
「…………」
すると、神居はその言葉に触発され、俺との距離を詰める。
睨み合い。正確には、ポーカーフェイスの俺を、神居が一方的に睨みつけているといった状況だ。
この現状に取り乱すだろうと予測していたが、自分はいたって冷静だった。心は波風ひとつ立てない。
「お前、何とも思わないのかよ。普通だったらそんな反応……幼馴染なら、あり得ない……」
「……何がだよ。第一当然の状況だろう。俺は幼馴染なんかじゃないんだろ? 俺からしたら、別に予想通りの展開でむしろ安心した」
「……嫌だとか、どうして自分の思った事を素直に言わない? 自分を押し殺すなんて、どうしてそこまで……」
もう自分を押し殺すなんて慣れてしまったので別にどうもしない。
もう、終わった事だ。今更行動を起こして、いったい何が変わるというのだろう。無くなったものを探したって見つかるわけがない。再び作り出すなんて事もない。
それでも、神居は引き下がらない。何がしたくてそこまでするんだよ。
「俺が消えて、二人が付き合って、むしろ良いじゃないか。変にこじれる事もないし喧嘩をする事だって…」
「お前…‼︎」
神居が急に俺の胸ぐらを掴んできた。身長差があまりないとはいえど、引きこもり生活ですっかり力が無くなった体は軽々と持ち上がる。
……息が、しずらい。
実力行使に出た神居を火縄が止めに入る。ただ見ていただけのくせに。
「…ちょ…ちょっと筑也‼︎ やめなよ‼︎ そんな事するために来たんじゃないでしょう⁉︎」
「止めるなよ。俺たちが幼馴染だって事まで否定して……こいつが何を考えているのか俺にはわからない!」
ならば何をしに来たのか。聞こうにも、息をするのが精一杯でそれ以外の動作が封じられている。
「……なにを…怒ってんだよ……俺なんか…放っておいてくれよ」
「…………ふざけんのも大概にしろ‼︎」
神居が右拳を振り上げた。一瞬にしてそれが眼前に迫る。
*
約二時間前に遡る。
バイト先でいつも通りバイトをしていた。
だが突然、異端分子が入り込んできた。
中一以来会っていない、いや、会うことを避けていた俺のかつての幼馴染が目の前にいた。最も合うのを避けていた人物が。
「ああ」「そうか」としか言っていなかった気がする。ショックのあまり記憶が曖昧だ。
俺の知らないうちに話は進んだらしく、どういう訳かバイト後に会うことになったらしい。
そんな身勝手な行為に従う選択肢なんてありえないが、バイトが終わるのは一時間後。あちらからしたら十分に待つことのできる範疇だ。
絶対に避けなければいけない。どうして何も感じていない風に関わることができる? 忘れたわけではないだろう?
バレようのない嘘をつく。
流石に待つことが退屈に思えるくらいの時間を提示してやれば帰るだろう。
しかし、俺の予想以上にその幼馴染はタチが悪かった。
「いや、俺は遅番だから終わるのは10時過ぎだ。早く帰れ。待ってても無駄だ」
「そんなこと言わないで早めに上がってくれよ、それが無理なら俺達は待ってるからさ。終わったら声をかけてくれよ、それじゃ」
俺達? 嫌な予感がしてキャップから少しだけ目を覗かせてフードコートに視線を走らせる。その先には、女の方の幼馴染が座っていた。
背を向けていたから、もとい、見なかったので気づかなかったが、その二人が会話しじゃれ合う姿は、はたから見てもどう見ても付き合っているとしか思えなかった。
心の古傷が疼くのを感じた。
幼馴染なら、当然のことか。それも、男二人女一人の輪から俺が外れたとなれば尚更。
いや、そんな事はどうでもいい。感傷に浸る暇はない。それに、俺は早く帰れと言った。なのに、早く上がれだと?
一体いつまで自分勝手でいるつもりだ。
「俺はそんなに人が良くねえし、昔のこと忘れてんじゃねえよ……」
声は驚くほどに小さかった。客には聞こえていないようだ。
……どうにかして逃げなければ。あれに感づかれないように。
すぐにいなくなってしまえば、気付かれる。このショッピングモールから出るのにはそれなりに時間がかかる。その間に先回りでもされれば……。
普段なら考えもしない不安がどんどん湧き上がってくる。しなくてもいい心配。再び関わる恐怖が纏わりついて、徐々に思考が冷静さを失っていく。
そんな中、俺は肩を叩かれて意識が戻った。
「……篠村くん?」
「あ……え?」
「どうした? なんかやたら顔色が悪いし息も荒いよ」
「……すいません、意識が飛んでました」
「まぁ、客があまりいないから良いけど。……もしかして発情?」
「ちっ……違います‼︎ 男が男に向かって言う言葉じゃないでしょう!」
「……冗談だ」
「……はぁ」
「さっきの客か? なんか言い合ってたみたいだけど」
「そんなに顔色悪いですかね……。中学の頃の、クラスメイトですよ。ただの」
「そうか……なら、今日はもう帰れ」
「……え? 帰れってどうして…」
「会いたくないんだろう。そんなに顔色悪いといてもらっても迷惑だ。店長が見たら問答無用で帰宅させるレベルだよ」
この先輩は俺が不登校であると知っているし引きこもりであることも知っている。人手のことしか考えない久茂先輩は社会的地位がどうであれ採用してくれた。以前、俺のシフトを午前にしたのは同年代を避けたい次第ですと伝えてある。それを今思い出してくれたのだろう。
先輩の温情措置はありがたかった。
しかし、
「でもそれじゃ、キツくないですか。人数が足りないんじゃ……」
「なら、レジの方は僕が担当するから、篠村くんは商品の方に回ってくれ。ほぼ厨房にいて良いから。それでちょこちょこ顔を出してくれれば、あとは頃合いを見て早く帰って良いよ」
先輩の意外過ぎる提案に耳を疑った。
そこまでしてくれる義理はない。引きこもりへの対応としては十分すぎる。
賛意を示したいがなんでそこまで俺の心配を?
「確かに、あれは会いたくない相手ですけど、どうしてそこまで……」
「そうか……、ていうか、むしろ何かしらトラブルがあって、後々篠村くんが来なくなったらキツイんだよ。……安市くんはあれだしさ。今人手不足は困るんだ」
……ああ、やっぱり俺の心配ではなくてそっちか。少し期待したのに俺の様子を見ても変わらないんだな。この人は。
それでも逃避行には一番の良策だ。利用させてもらおう。
厨房での作業は、レジよりも気楽だった。異物混入さえ気をつければ、多少形が崩れていたってそれで文句を言いに来る客なんていない(客を金づるとしか考えない最悪の店員)。
あれから30分は経った。フードコートにまだ二人はいる。食べ終わってはいるが、スマホを見たりノートを出して勉強したりしている。
事実、フードコートでの勉強は控えてもらいたい。フードコートは勉強場所ではなく食事用のテーブルと椅子を提供しているにすぎないのだ。
久茂先輩に声をかける。
「あの、俺はそろそろ」
「ああ、そうか。これでフェードアウト完了だな」
「はい。…………あの、ありがとうございます」
「分かってる。今日は気にしない。いつか通し番をしてもらうだけだから」
「……え」
「しょうがないから、なんか聞かれたら遠方(トイレ)に行ってるとか伝えとくよ」
そして急いでロッカーへ。
制服をハンガーにかけて、上着を取る。荷物は少ないので乱暴にポケットに押し込む。
………そういえば昨日、久茂先輩は果たして十秋先輩にフォルダを見せたのだろうか。事の顛末が気になるが、この際気にせずに去る。
猛ダッシュ。最後に全力でダッシュしたのを思い出せないが、約3年はする機会がなかったはずだ。
重々しい雰囲気を放つドアの前にたどり着く。ここを開ければ本当にフェードアウト完了。すぐさまゴーホーム。
安堵して思わず笑みがこぼれた。狂気から逃げ去った達成感によるものか、安心感によるものか。
しかし、ドアを開けた次の瞬間、俺は表情をなくした。
「……早く上がったのか、改めて久し振りだな。京士郎」
声が出ない。何故ここに? フードコートにいたんじゃ。
そして、その傍らに佇むもう一つの影が口を開く。
「……京士郎…3年振り…だね。……元気にしてた?」
そこにいたのは俺のかつての幼馴染の神居筑也(かむいちくや)と火縄理沙(ひなわりさ)の二人だった。申し訳程度の笑顔だった。
つまりは、そういう事なのだろう。
対象にして、俺は一人で突っ立っている。もちろん、当時からずっと行方を見失っていた手は、もう誰も付け入る隙を与えない意思を表すように、強く、握りしめる。
俺が通っているはずの高校。今は連休中のため門は閉じている。
「俺たち、付き合ってるんだ」
ポーカーフェイスを保ったまま二人を見やる。
その顔は申し訳なさそうな、または別れを告げる時のそれだ。
そうだよな、あの頃から分かってたんだ。俺は排除された。……いや、見放された。
俺はその二人に対して、かつて俺たち三人が幼馴染であった事を否定する態度をとった。
「……そうか、良かったじゃないか。…………神居(かむい)も、火縄(ひなわ)も」
「…………」
すると、神居はその言葉に触発され、俺との距離を詰める。
睨み合い。正確には、ポーカーフェイスの俺を、神居が一方的に睨みつけているといった状況だ。
この現状に取り乱すだろうと予測していたが、自分はいたって冷静だった。心は波風ひとつ立てない。
「お前、何とも思わないのかよ。普通だったらそんな反応……幼馴染なら、あり得ない……」
「……何がだよ。第一当然の状況だろう。俺は幼馴染なんかじゃないんだろ? 俺からしたら、別に予想通りの展開でむしろ安心した」
「……嫌だとか、どうして自分の思った事を素直に言わない? 自分を押し殺すなんて、どうしてそこまで……」
もう自分を押し殺すなんて慣れてしまったので別にどうもしない。
もう、終わった事だ。今更行動を起こして、いったい何が変わるというのだろう。無くなったものを探したって見つかるわけがない。再び作り出すなんて事もない。
それでも、神居は引き下がらない。何がしたくてそこまでするんだよ。
「俺が消えて、二人が付き合って、むしろ良いじゃないか。変にこじれる事もないし喧嘩をする事だって…」
「お前…‼︎」
神居が急に俺の胸ぐらを掴んできた。身長差があまりないとはいえど、引きこもり生活ですっかり力が無くなった体は軽々と持ち上がる。
……息が、しずらい。
実力行使に出た神居を火縄が止めに入る。ただ見ていただけのくせに。
「…ちょ…ちょっと筑也‼︎ やめなよ‼︎ そんな事するために来たんじゃないでしょう⁉︎」
「止めるなよ。俺たちが幼馴染だって事まで否定して……こいつが何を考えているのか俺にはわからない!」
ならば何をしに来たのか。聞こうにも、息をするのが精一杯でそれ以外の動作が封じられている。
「……なにを…怒ってんだよ……俺なんか…放っておいてくれよ」
「…………ふざけんのも大概にしろ‼︎」
神居が右拳を振り上げた。一瞬にしてそれが眼前に迫る。
*
約二時間前に遡る。
バイト先でいつも通りバイトをしていた。
だが突然、異端分子が入り込んできた。
中一以来会っていない、いや、会うことを避けていた俺のかつての幼馴染が目の前にいた。最も合うのを避けていた人物が。
「ああ」「そうか」としか言っていなかった気がする。ショックのあまり記憶が曖昧だ。
俺の知らないうちに話は進んだらしく、どういう訳かバイト後に会うことになったらしい。
そんな身勝手な行為に従う選択肢なんてありえないが、バイトが終わるのは一時間後。あちらからしたら十分に待つことのできる範疇だ。
絶対に避けなければいけない。どうして何も感じていない風に関わることができる? 忘れたわけではないだろう?
バレようのない嘘をつく。
流石に待つことが退屈に思えるくらいの時間を提示してやれば帰るだろう。
しかし、俺の予想以上にその幼馴染はタチが悪かった。
「いや、俺は遅番だから終わるのは10時過ぎだ。早く帰れ。待ってても無駄だ」
「そんなこと言わないで早めに上がってくれよ、それが無理なら俺達は待ってるからさ。終わったら声をかけてくれよ、それじゃ」
俺達? 嫌な予感がしてキャップから少しだけ目を覗かせてフードコートに視線を走らせる。その先には、女の方の幼馴染が座っていた。
背を向けていたから、もとい、見なかったので気づかなかったが、その二人が会話しじゃれ合う姿は、はたから見てもどう見ても付き合っているとしか思えなかった。
心の古傷が疼くのを感じた。
幼馴染なら、当然のことか。それも、男二人女一人の輪から俺が外れたとなれば尚更。
いや、そんな事はどうでもいい。感傷に浸る暇はない。それに、俺は早く帰れと言った。なのに、早く上がれだと?
一体いつまで自分勝手でいるつもりだ。
「俺はそんなに人が良くねえし、昔のこと忘れてんじゃねえよ……」
声は驚くほどに小さかった。客には聞こえていないようだ。
……どうにかして逃げなければ。あれに感づかれないように。
すぐにいなくなってしまえば、気付かれる。このショッピングモールから出るのにはそれなりに時間がかかる。その間に先回りでもされれば……。
普段なら考えもしない不安がどんどん湧き上がってくる。しなくてもいい心配。再び関わる恐怖が纏わりついて、徐々に思考が冷静さを失っていく。
そんな中、俺は肩を叩かれて意識が戻った。
「……篠村くん?」
「あ……え?」
「どうした? なんかやたら顔色が悪いし息も荒いよ」
「……すいません、意識が飛んでました」
「まぁ、客があまりいないから良いけど。……もしかして発情?」
「ちっ……違います‼︎ 男が男に向かって言う言葉じゃないでしょう!」
「……冗談だ」
「……はぁ」
「さっきの客か? なんか言い合ってたみたいだけど」
「そんなに顔色悪いですかね……。中学の頃の、クラスメイトですよ。ただの」
「そうか……なら、今日はもう帰れ」
「……え? 帰れってどうして…」
「会いたくないんだろう。そんなに顔色悪いといてもらっても迷惑だ。店長が見たら問答無用で帰宅させるレベルだよ」
この先輩は俺が不登校であると知っているし引きこもりであることも知っている。人手のことしか考えない久茂先輩は社会的地位がどうであれ採用してくれた。以前、俺のシフトを午前にしたのは同年代を避けたい次第ですと伝えてある。それを今思い出してくれたのだろう。
先輩の温情措置はありがたかった。
しかし、
「でもそれじゃ、キツくないですか。人数が足りないんじゃ……」
「なら、レジの方は僕が担当するから、篠村くんは商品の方に回ってくれ。ほぼ厨房にいて良いから。それでちょこちょこ顔を出してくれれば、あとは頃合いを見て早く帰って良いよ」
先輩の意外過ぎる提案に耳を疑った。
そこまでしてくれる義理はない。引きこもりへの対応としては十分すぎる。
賛意を示したいがなんでそこまで俺の心配を?
「確かに、あれは会いたくない相手ですけど、どうしてそこまで……」
「そうか……、ていうか、むしろ何かしらトラブルがあって、後々篠村くんが来なくなったらキツイんだよ。……安市くんはあれだしさ。今人手不足は困るんだ」
……ああ、やっぱり俺の心配ではなくてそっちか。少し期待したのに俺の様子を見ても変わらないんだな。この人は。
それでも逃避行には一番の良策だ。利用させてもらおう。
厨房での作業は、レジよりも気楽だった。異物混入さえ気をつければ、多少形が崩れていたってそれで文句を言いに来る客なんていない(客を金づるとしか考えない最悪の店員)。
あれから30分は経った。フードコートにまだ二人はいる。食べ終わってはいるが、スマホを見たりノートを出して勉強したりしている。
事実、フードコートでの勉強は控えてもらいたい。フードコートは勉強場所ではなく食事用のテーブルと椅子を提供しているにすぎないのだ。
久茂先輩に声をかける。
「あの、俺はそろそろ」
「ああ、そうか。これでフェードアウト完了だな」
「はい。…………あの、ありがとうございます」
「分かってる。今日は気にしない。いつか通し番をしてもらうだけだから」
「……え」
「しょうがないから、なんか聞かれたら遠方(トイレ)に行ってるとか伝えとくよ」
そして急いでロッカーへ。
制服をハンガーにかけて、上着を取る。荷物は少ないので乱暴にポケットに押し込む。
………そういえば昨日、久茂先輩は果たして十秋先輩にフォルダを見せたのだろうか。事の顛末が気になるが、この際気にせずに去る。
猛ダッシュ。最後に全力でダッシュしたのを思い出せないが、約3年はする機会がなかったはずだ。
重々しい雰囲気を放つドアの前にたどり着く。ここを開ければ本当にフェードアウト完了。すぐさまゴーホーム。
安堵して思わず笑みがこぼれた。狂気から逃げ去った達成感によるものか、安心感によるものか。
しかし、ドアを開けた次の瞬間、俺は表情をなくした。
「……早く上がったのか、改めて久し振りだな。京士郎」
声が出ない。何故ここに? フードコートにいたんじゃ。
そして、その傍らに佇むもう一つの影が口を開く。
「……京士郎…3年振り…だね。……元気にしてた?」
そこにいたのは俺のかつての幼馴染の神居筑也(かむいちくや)と火縄理沙(ひなわりさ)の二人だった。申し訳程度の笑顔だった。
