ディーライトモール2階のフードコートに俺はいた。
昨日もカイリに促されてここに来た。昨日の目的は気持ちを落ち着かせる事だったが、今日は違う。確固たる理由の上で来た。
とは言えど。
場所はどこでもいいわけで別に自宅でも支障はないのだが、昨日の事を考えると、やはりこの場所しか思いつかなかった。
そう、昨日は…………。
『……言われた通りにフードコート来たけど、ここになんか意味があるのか?』
『まぁ、それは一回座ってから話すからさ。……あ! あそこの窓際の席が良いんじゃない?』
『……こんな場所で何しろってんだ』
『そ、それで良いの。そしたらさ、窓の外を見てみてよ』
『………………………』
『どう?』
『……どうって言われてもな、ただの街の風景だけだよ。いつもより視点が上がっただけだ。何すりゃ良いんだよ、お前の言うクールダウンってのは』
『ま、視点が上がったっていうのは、この場所を選ぶ決定打だったわけだよ』
『……つまり……何だよ』
『人、見えるでしょ。……やってほしい事っていうのは人間観察だよ』
『……帰って良いか?』
『……む。そうやってやってもないのにすぐ諦める』
『はぁ……。あのなぁ、俺は人の顔ジロジロ見るために来たんじゃないんだぞ』
『意外と、落ち着くもんだよ? 私が今の京士郎に出来るのはこれくらいだからさ』
『……分かったよ、人間観察な、人間観察』
『試しに10分位やってみて、それでも気分が落ち着かないのなら私からは何も言わないから』
『……人様の顔を盗み見って良い気はしねぇな』
なんて事があった。実際、カイリの言う通りに気分は落ち着いた。不思議だ。
言われた10分よりも、8分早い2分でもう心の荒波が静まったのだから、物は試しなんだな。
そして、今日来た理由も単純だ。作業の途中で俺が自分を抑えられなくなったらまた人間観察する。原理はわからないが、ただ見てるってだけで頭の中が整理されるのだ。
昨日はそれをずっとしていたせいで途中で寝落ちしていた。そして、同じモールに勤めるバイトに迷惑をかけてしまったという始末。本当に俺ってどうしようもない奴だ。
元幼馴染を突き放し、話を聞こうともせず、俺の対して誇れる部分の欠片も無いひん曲がったプライドの為すがままに、向き合う努力すらせず逃げた。
しかも、そんな最悪な別れをした翌日にあの有様だ。二人が死んだ後で今更あの二人が俺にとっての唯一の幼馴染であり親友だったと気付くのだから。
そして。
この社会の在り方と世間体の歯車に噛み合う事ができない残り滓の俺に出来る事は……。
まぁ……、犯人を見つけるしか思いつかないわけで。
見つけて俺がどうしようというものではないから、結局は警察に頼るしかない。
俺が抗ったところで過去が変わるわけじゃない。
それに、俺は自分が弱くていつも何も出来ない非力な人間だと知っている。
「……そうやってすぐに自虐する。悪い癖だよ」
「分かってんだよ、期待しても自分がそれに答える事なんて出来ないってな」
「でも、犯人を見つけようっていうのは、ちょっと無理がない?」
「無理だとしても、贖罪を求めてる。……何とか自分の中でケリをつけるための自己満足だ。お前は手伝ってくれなくても良いよ」
「…………はぁ、しょうがないなあ。私が黙って見てるわけないでしょ? なんか情報集めてくる」
「……巻き込んで、すまねぇな」
「いいよー。むしろ私が傍に居たら邪魔でしょ?」
「ああそうだな」
「う……。言ったの私だけど即効で肯定されるとなんかムカつく」
そして、俺はスマホのメモ帳にテレビで見た特徴を書き込んでいく。
思い付くのもすぐに箇条書きで埋まり、筆をなぞる手が止まる。
ネットで探そうとポケットに手を入れた時、脳内スクリーンに映像が投影される。
***** **** *** ** *
黒いパーカー……身長180cm前後……藍色のダメージジーンズ……長髪……
***** **** *** ** *
……何だ? 今の映像は、今朝見た番組か?
いや……''送られて''きた?
もしやと思い感覚を研ぎ澄ますと、騒然としているこの場所でもはっきりと聞き取れる声が語りかけてきた。
(……イメージは……送れた……かな……)
なんとカイリがやったらしい。今までに体験したことのない不思議な感覚だった。まるで、俺のいる空間だけ、音や空気抵抗、光の影響から完全に切り離された様な。
俺も試しに脳内で見えないカイリに語りかけてみる。
(役に立った。……っていうか、これ、どうやってんだ?)
…………………………。
答えを待てど返事が無い。どうやらイメージや声の送信は向こうから一方的にしか出来ないらしい。何が起きたのかよく分かってないが、まぁ、俺は普通の人間でカイリは人知を超えた浮遊体だ。説明をせがんでも不明瞭な回答しか返ってこない気しかしない。
……。
ポケットからスマホを取り出す。
……えっと、カイリにはすまないが、こっちの方が早そうだ。
どんなデマでも良い。取り敢えずある情報は全て集めるんだ。
デマ情報など不純物の排除は、平均を出せば自ずと分かるだろう。
昨日と同じく、作業が終わった後は駐車場をわらわらと歩く人影を観察していた。
*
昨日も見た光景。
昨日と同じ人物。
流石に二度目は歓迎してはくれなかった。
俺は気まずさに押しつぶされそうになりながらも、何とか口を開く。
「……えっと、これもう帰って良い感じ?」
「…………駄目に決まってるでしょう。私も、二日連続で同じ人がいるなんて初めてなのですよ」
「じゃあ二度目からは大目に見てもらっても……」
「何ですか、回数重ねるごとにどんどん緩くなるとでも思うのですか? 私はポイントカードでは無いのですよ? むしろ二度目はちゃんとした説明が聞けると……そう……期待していますよ」
「だから、俺はただ眠っちゃってただけなんだって」
どうやら相当にお怒りらしい。
それもそうだ。二日連続でフードコートで寝落ちして閉店時間になってもいすわっていたのだ。むしろ「おや再び顔をあわせるなんて奇遇だね」とのこのこ返してくれる方がおかしいのだ。この行為5回くらいやったらしい一回分チャラにしてくれるとかないかな。いや本当に。
名前も知らない人物、しかも見た目からして成人でないのは明確。しかも、二日連続で同じ場所で同じ人が寝落ちしていたらそりゃ驚くだろう。
いっその事、驚きと怒り通り越して呆れてくれないだろうかと思いつつも。
「それで? 一体あんなところで何をしていたのですか? まさか家で寝ていると親の小言が五月蝿いからとフードコートならと思い込んで」
「いや! 流石の俺でもそんなチンケな理由で隣駅のモールまで来たりしねぇよ⁉︎」
「へぇ、驚きました。意外と真面目な方なんですね。こんな、平日の、昼間から、学校にもいかず、挙げ句の果てには従業員の帰宅時間を遅らせてまで図々しく眠りこけているなんて、そんな真面目な人だとは思いませんでした」
「いちいち一節ごとに言葉を強調すんのやめてくれないか? まぁ不登校なのは事実だけどな。俺だって好きでここにいるわけじゃないんだし」
「……考えてください。私はあなたより年下ですしちゃんと学校にも通ってます。もう中間テストが近いから早く家に帰って復習したいのに、こんな人をわざわざ匿わないといけないのですよ。私の気にもなって下さい」
「それは……正直にすまないと思ってる」
何やかんや言い合っても言ってることが正しいのはあちらだ。俺がどうこう言える立場じゃない。
更にはこの店で匿ってもらっているのだ。警備員に連れて行かれるよりはずっとマシな状況だ。
目の前にいる俺より年下の女子は事あるごとにため息をついている。その童顔に昨日のような愛想は浮かんでいない。今はメガネ拭きで眼鏡を拭いている。細いフレームで薄いレンズのメガネだ。視力が悪いとは言えどそこまで重度なものではないらしい。
それほど長くもない髪の毛も、顔が下を向くと顔を覆って向こうの様子が伺えなくなる。
ふと、気になったことがあって、メガネを拭いている彼女に声をかける。
「なあ、そういえばだけど」
「? なんでしょう?」
メガネを外した顔がこちらを向く。髪の毛に隠れていた素顔が顔をみせる。
メガネを外すとより童顔が顔の可愛さを際立たせる。
そんな不埒な考えを表に出さないように平静を装う。
「名前、聞いてなかったよな。一応、謝るからには聞いときたいんだけど」
「ああ……それは一理ありますね」
「一理とか、なくても礼儀だと思うんだが……」
「えっと、おほん」
彼女は軽く咳払いをし、メガネをかけた。
そして、軽い皮肉を混ぜながらの自己紹介を始める。
「これから、こんな事が何回あるか分からないですし出来れば顔をあわせるなんて願い下げですけど、…………このファミリーレストラン『Vivid Space』のウエイトレスのアルバイトをしています、此花と申します。以後、お見知り置きを……したくありません」
「あーっと? 此花さん、か。流石に三度目はしないから、今回に限っては謝罪申し上げる」
少し硬かったか? と思ったがそれは杞憂だった。
俺の様子がおかしかったのか、彼女は軽く吹き出した。
その胸にある従業員カードを見やる。
此花一葉(このはないちは)、と書かれていた。
昨日もカイリに促されてここに来た。昨日の目的は気持ちを落ち着かせる事だったが、今日は違う。確固たる理由の上で来た。
とは言えど。
場所はどこでもいいわけで別に自宅でも支障はないのだが、昨日の事を考えると、やはりこの場所しか思いつかなかった。
そう、昨日は…………。
『……言われた通りにフードコート来たけど、ここになんか意味があるのか?』
『まぁ、それは一回座ってから話すからさ。……あ! あそこの窓際の席が良いんじゃない?』
『……こんな場所で何しろってんだ』
『そ、それで良いの。そしたらさ、窓の外を見てみてよ』
『………………………』
『どう?』
『……どうって言われてもな、ただの街の風景だけだよ。いつもより視点が上がっただけだ。何すりゃ良いんだよ、お前の言うクールダウンってのは』
『ま、視点が上がったっていうのは、この場所を選ぶ決定打だったわけだよ』
『……つまり……何だよ』
『人、見えるでしょ。……やってほしい事っていうのは人間観察だよ』
『……帰って良いか?』
『……む。そうやってやってもないのにすぐ諦める』
『はぁ……。あのなぁ、俺は人の顔ジロジロ見るために来たんじゃないんだぞ』
『意外と、落ち着くもんだよ? 私が今の京士郎に出来るのはこれくらいだからさ』
『……分かったよ、人間観察な、人間観察』
『試しに10分位やってみて、それでも気分が落ち着かないのなら私からは何も言わないから』
『……人様の顔を盗み見って良い気はしねぇな』
なんて事があった。実際、カイリの言う通りに気分は落ち着いた。不思議だ。
言われた10分よりも、8分早い2分でもう心の荒波が静まったのだから、物は試しなんだな。
そして、今日来た理由も単純だ。作業の途中で俺が自分を抑えられなくなったらまた人間観察する。原理はわからないが、ただ見てるってだけで頭の中が整理されるのだ。
昨日はそれをずっとしていたせいで途中で寝落ちしていた。そして、同じモールに勤めるバイトに迷惑をかけてしまったという始末。本当に俺ってどうしようもない奴だ。
元幼馴染を突き放し、話を聞こうともせず、俺の対して誇れる部分の欠片も無いひん曲がったプライドの為すがままに、向き合う努力すらせず逃げた。
しかも、そんな最悪な別れをした翌日にあの有様だ。二人が死んだ後で今更あの二人が俺にとっての唯一の幼馴染であり親友だったと気付くのだから。
そして。
この社会の在り方と世間体の歯車に噛み合う事ができない残り滓の俺に出来る事は……。
まぁ……、犯人を見つけるしか思いつかないわけで。
見つけて俺がどうしようというものではないから、結局は警察に頼るしかない。
俺が抗ったところで過去が変わるわけじゃない。
それに、俺は自分が弱くていつも何も出来ない非力な人間だと知っている。
「……そうやってすぐに自虐する。悪い癖だよ」
「分かってんだよ、期待しても自分がそれに答える事なんて出来ないってな」
「でも、犯人を見つけようっていうのは、ちょっと無理がない?」
「無理だとしても、贖罪を求めてる。……何とか自分の中でケリをつけるための自己満足だ。お前は手伝ってくれなくても良いよ」
「…………はぁ、しょうがないなあ。私が黙って見てるわけないでしょ? なんか情報集めてくる」
「……巻き込んで、すまねぇな」
「いいよー。むしろ私が傍に居たら邪魔でしょ?」
「ああそうだな」
「う……。言ったの私だけど即効で肯定されるとなんかムカつく」
そして、俺はスマホのメモ帳にテレビで見た特徴を書き込んでいく。
思い付くのもすぐに箇条書きで埋まり、筆をなぞる手が止まる。
ネットで探そうとポケットに手を入れた時、脳内スクリーンに映像が投影される。
***** **** *** ** *
黒いパーカー……身長180cm前後……藍色のダメージジーンズ……長髪……
***** **** *** ** *
……何だ? 今の映像は、今朝見た番組か?
いや……''送られて''きた?
もしやと思い感覚を研ぎ澄ますと、騒然としているこの場所でもはっきりと聞き取れる声が語りかけてきた。
(……イメージは……送れた……かな……)
なんとカイリがやったらしい。今までに体験したことのない不思議な感覚だった。まるで、俺のいる空間だけ、音や空気抵抗、光の影響から完全に切り離された様な。
俺も試しに脳内で見えないカイリに語りかけてみる。
(役に立った。……っていうか、これ、どうやってんだ?)
…………………………。
答えを待てど返事が無い。どうやらイメージや声の送信は向こうから一方的にしか出来ないらしい。何が起きたのかよく分かってないが、まぁ、俺は普通の人間でカイリは人知を超えた浮遊体だ。説明をせがんでも不明瞭な回答しか返ってこない気しかしない。
……。
ポケットからスマホを取り出す。
……えっと、カイリにはすまないが、こっちの方が早そうだ。
どんなデマでも良い。取り敢えずある情報は全て集めるんだ。
デマ情報など不純物の排除は、平均を出せば自ずと分かるだろう。
昨日と同じく、作業が終わった後は駐車場をわらわらと歩く人影を観察していた。
*
昨日も見た光景。
昨日と同じ人物。
流石に二度目は歓迎してはくれなかった。
俺は気まずさに押しつぶされそうになりながらも、何とか口を開く。
「……えっと、これもう帰って良い感じ?」
「…………駄目に決まってるでしょう。私も、二日連続で同じ人がいるなんて初めてなのですよ」
「じゃあ二度目からは大目に見てもらっても……」
「何ですか、回数重ねるごとにどんどん緩くなるとでも思うのですか? 私はポイントカードでは無いのですよ? むしろ二度目はちゃんとした説明が聞けると……そう……期待していますよ」
「だから、俺はただ眠っちゃってただけなんだって」
どうやら相当にお怒りらしい。
それもそうだ。二日連続でフードコートで寝落ちして閉店時間になってもいすわっていたのだ。むしろ「おや再び顔をあわせるなんて奇遇だね」とのこのこ返してくれる方がおかしいのだ。この行為5回くらいやったらしい一回分チャラにしてくれるとかないかな。いや本当に。
名前も知らない人物、しかも見た目からして成人でないのは明確。しかも、二日連続で同じ場所で同じ人が寝落ちしていたらそりゃ驚くだろう。
いっその事、驚きと怒り通り越して呆れてくれないだろうかと思いつつも。
「それで? 一体あんなところで何をしていたのですか? まさか家で寝ていると親の小言が五月蝿いからとフードコートならと思い込んで」
「いや! 流石の俺でもそんなチンケな理由で隣駅のモールまで来たりしねぇよ⁉︎」
「へぇ、驚きました。意外と真面目な方なんですね。こんな、平日の、昼間から、学校にもいかず、挙げ句の果てには従業員の帰宅時間を遅らせてまで図々しく眠りこけているなんて、そんな真面目な人だとは思いませんでした」
「いちいち一節ごとに言葉を強調すんのやめてくれないか? まぁ不登校なのは事実だけどな。俺だって好きでここにいるわけじゃないんだし」
「……考えてください。私はあなたより年下ですしちゃんと学校にも通ってます。もう中間テストが近いから早く家に帰って復習したいのに、こんな人をわざわざ匿わないといけないのですよ。私の気にもなって下さい」
「それは……正直にすまないと思ってる」
何やかんや言い合っても言ってることが正しいのはあちらだ。俺がどうこう言える立場じゃない。
更にはこの店で匿ってもらっているのだ。警備員に連れて行かれるよりはずっとマシな状況だ。
目の前にいる俺より年下の女子は事あるごとにため息をついている。その童顔に昨日のような愛想は浮かんでいない。今はメガネ拭きで眼鏡を拭いている。細いフレームで薄いレンズのメガネだ。視力が悪いとは言えどそこまで重度なものではないらしい。
それほど長くもない髪の毛も、顔が下を向くと顔を覆って向こうの様子が伺えなくなる。
ふと、気になったことがあって、メガネを拭いている彼女に声をかける。
「なあ、そういえばだけど」
「? なんでしょう?」
メガネを外した顔がこちらを向く。髪の毛に隠れていた素顔が顔をみせる。
メガネを外すとより童顔が顔の可愛さを際立たせる。
そんな不埒な考えを表に出さないように平静を装う。
「名前、聞いてなかったよな。一応、謝るからには聞いときたいんだけど」
「ああ……それは一理ありますね」
「一理とか、なくても礼儀だと思うんだが……」
「えっと、おほん」
彼女は軽く咳払いをし、メガネをかけた。
そして、軽い皮肉を混ぜながらの自己紹介を始める。
「これから、こんな事が何回あるか分からないですし出来れば顔をあわせるなんて願い下げですけど、…………このファミリーレストラン『Vivid Space』のウエイトレスのアルバイトをしています、此花と申します。以後、お見知り置きを……したくありません」
「あーっと? 此花さん、か。流石に三度目はしないから、今回に限っては謝罪申し上げる」
少し硬かったか? と思ったがそれは杞憂だった。
俺の様子がおかしかったのか、彼女は軽く吹き出した。
その胸にある従業員カードを見やる。
此花一葉(このはないちは)、と書かれていた。
