「……ふぅ。今日はいい一日でした」
「……そりゃ良かったよ、まさか俺もこんな事になるとは思ってなかったよ畜生」
「また今度やりましょうね」
「良いけどよ、時と場合考えろ。流石に急過ぎて勢い負けしただけだからな」
「……まさかこんな身近に『エタナル』に当選した人がいたなんて驚きです」
「二、三日前までは顔も知らない赤の他人だったはずだが……。でもこの仕様はないと思うぜ。番号見て且つ絵柄まで入力して初めてcorporate playが成立するとか条件難しすぎだろ‼︎ 実装されたんならプレイヤー人口がものすごい勢いで衰退するぞ、このゲーム」
「アプリとしては変な条件ですよね」
手中のスマホ画面に映っているのはクエストのリザルト画面。画面の中央には「congratulations」という文字が映し出されている。
『エタナル』とは『エターナルアラート〜門外不出のお伽話〜』というゲームの略称で、現在β版である。俺の好きなゲーム会社の新作だったので先行予約をしたらβ版先行プレイヤーに選ばれた。国内でβ版先行プレイヤーはおよそ千人ほどいるらしいが、自分以外にやっている人物を初めて見た。
公園で俺が『エタナル』をやっていると知って、一葉がいきなりcorporate play(協力プレイ)しようと言い出して気づいたら自宅にいた。
一応女子を家に入れるのは気が引けたので拒否したが、Wi-Fi環境下でやらないとすぐに通信制限がかかってしまうと言って聞かなかった。
この異様な人懐っこさと傲慢さは一体どこから来るのだろう。
仮にもたった三日前に初めて顔を合わせた男の家に……なんて考えたらきりがなさそうなので、思考停止の快楽に酔いしれるとしよう。もうなんでもどうでも良いや。
空になったコップと菓子の袋を持って立ち上がる。
すると一葉はベッドの上に倒れ込み固まった体をほぐそうと伸びをした。
……他人の家だというのに本当遠慮ないな。
「そろそろ帰れよ、俺も暇じゃねぇんだ」
「暇人じゃないのですか」
「暇人だが、他人を家に招き入れる心の余裕が満席状態なんだよ」
「……そうですね、いきなり失礼しました。迷惑でしたよね?」
「同じ趣味を持つ奴と知り合えた事だけは良かったと思う事にする」
「家にまで招いてもらい、ありがとうございました」
「いや、お前が家の住人の前で堂々と不法侵入してきただけだから。その気迫に押し負けただけだから」
「それなら、私に非はないですよね。良かったです」
「あと思い込みも激しかったようだ」
玄関まではついて行く。
思えば、確か五日くらい前にも誰かが家に来た様な記憶があるが、誰だっただろう。
この一週間での訪問者の数は三年のブランクがあったとは思えない勢いで増えている。それだけの数、家が人を飲み込む。
ここ連日で部屋にストックしてあったジャンクフード類の袋が尽きてしまった。後で補充しておかなくては。
「……もう来るなよ」
「それが人を返す時に帰る言葉なのですか」
「性格がひねくれてる奴は考えることもゴチャゴチャなんだ、許してやれよ」
「どうして客観的視点なのですか……」
どうも普通の会話となるとどこかずれている気がする。
そして黒いパーカーを羽織ろうとする一葉はやはりどこか気になる。
「それパーカー要らなくねぇか? そのままの方が良いと思うが」
「そうですか? 私は普通ですけど」
「上下黒とかまんま不審者だろうが!」
「先輩は年功序列と能力主義で行ったらどちらが良いですか?」
「なんていきなりその話題に……? まぁ、能力主義で一択だろうな」
「私は年功序列ですよ。それにしても他人に誇れる様な長所があるとは……」
「いやいや、俺の言う能力主義はそんな高等なものじゃねぇから。実際手に職なんてないに等しいし。どちらかというと、イエスノーのノーでNo力主義だな」
「……まともな回答を期待した私が愚かでした。それを堂々と言える先輩が羨ましいですよ……」
「……それよか、一葉は就職とかするんだろ? 俺は兎に角として。興味のあるものとか無いのか」
「あ……あー」
一葉は気まずそうに顔を逸らした。
この反応は何も無い感じのパターンだ。俺も経験ある。
まあ、まだそれを考える時期でも無いか。
アルバイトしてある程度色んな経験はしておいた方が良い。何の経験もなしに社会に放り出されることが一番怖い。
将来の夢がある人や行き先決まってる人の方が少ないだとか、安心させる言葉で心にゆとりを持たせようとする行いは見上げたものだろう。しかし、そんな甘い言葉で甘やかせばどんどん時期を逃していつの間にか選択の余地が全く無いという絶望的な状況に陥ることの方が多い。かと言って焦ったところで何をすれば良いのかわからないので結果的に考えてチェックメイト。百聞は一見に如かずとはよく言ったものの、それはTPOによって状況を大きく左右する。進学先就職先の話を聞くだけでは意味など無いし、ただ見るだけでもそれで終わりだ。見た感じで自らの中で程度を決めてしまうから実際に触れてみたら以外とついて行けなかったりとか、見えてなかったものの中に自分が輝ける場を発見できるというものだ。これを確か「盲点の窓」とか言ったか。経験が物を言うのだ。例外としては権力による圧迫や金による黙認、更には饒舌さで相手に有無を言わせないか。いずれにせよ、今の一葉はまだマシと言えるだろう。あと気になる点としてはもう少し人目を気にして欲しいのと警戒心と疑心暗鬼の強化か。
まぁ、俺の気にするところでは無いかな。
一葉は口ごもる。
「……あるには……あるんですけど」
一葉の言葉が若干崩れた。
「自信とか、無いですし。それに、私なんかではとても無理ですよ。頑張ってみても他の人より上達が遅いですし。駄目なんですよ。成功する姿が、見えません」
「…………ありきたりな考え方だな」
「みんなそうですよ。安定した道か、危ない道か。選ぶなら答えは決まっているはずです。両親もあまり賛成では無い様ですし」
うーん。この年代にはよくある悩みなのか。俺も一時期そんな事を思ったが、たかがそんなことで、と気に留めることはなかった。
……それにしても、危ない道とか誇張表現すぎるだろ。
「お前なぁ、俺は人の気持ちとか汲み取るの面倒くさいから言葉を選ぶなんてしないぞ。そうやって周りの影響とか勝手に思い込んで自分で動かないだけだろ」
「……! ちっ違いますよ‼︎ 怠けているというのですか? 思い込むとかしてませんよ」
「いや、お前は思い込みが激しい。何分か前にも同じこと思った。多分。周りとせいにするのはこの時期よくあることだ。自分のやりたい様にやれよ」
「良くあるって、適当じゃ無いですか! そんな言葉じゃ何の解決にも助言にもなってませんよ!」
「大人が受験期の子供を『思春期だから』『反抗期だから』って目を背けてんのよりかは絶対マシだよ。めっちゃくちゃ複雑な心情を思春期反抗期の簡単な二言で片付けんのは子供の人間性を踏みにじっている証拠だな。大人も子供も揃いも揃って背を向けてんだよ。そんな状態で声が届くなんて唯の夢物語だ」
「なら、どうしろって言うんですか? それ程言うのであれば、解決策の一つや二つ三つ四つくらい簡単に出てくるでしょう!」
「……あー。俺のちょっとしたカマかけでこんなに反応するって事は実は結構追い詰められてるっぽいな?」
「…………」
「取り敢えず、ここまで言っといて何だが俺からのアドバイスなんて期待するだけ無駄だよ。仮に俺が言ったとしてもそれじゃ唯の操り人形だ。お前の行動の決定権とか俺にあるわけが無いし」
「……無責任ですよ、せめて一つくらい何か言っても良いではありませんか。私がそれに従うかは私が決める事なので」
「お前に期待されるほどの事は言ってやれねぇよ?」
「悪足搔きは良いので何かしら言葉を発してください」
どうするか、これって俺の所為なのか?
一葉は俺が何か言うまで帰らなさそうだし。本当にただ将来の夢があるか無いか聞きたかっただけなのに。それなりに言えば堪忍して言うかもしれないと思っただけなのにな。
かと言って、俺のボキャブラ力で言える事なんてたかがしれてる。少々ふざけ過ぎたな。
引きこもりが普通の人に響く言葉なんて持ち合わせていない。まず引きこもった時点で何を言っても説得力に欠けるだろう。
なんかあるだろうか。あるにしても偉人の名言格言四字熟語くらいのもの。
ジッと一葉が睨みつける様に俺の目を見ている。
ため息をついた。
「……夢は逃げない。逃げるのは、いつも自分だ」
「……? 何ですか、それ」
「どっかの人が言った名言だ。夢に向かいたくば努力しろ、さもなくば道は遠のくだけだって意味のな。……少しこじ付けが過ぎたか? まあ良い。でもな、実際その通りなんだよ、努力を怠ればいずれに何も見えない闇に落ちる。俺みたいにな」
「努力は報われるって事が言いたいのですか?」
「んー、いや少し違うな。努力ってのも一部は当てはまってるんだろうけどな、努力が全てじゃ無い。普遍的な例だがエジソンも言ってんだろ? 一対九十九で努力が大事だって。言葉通りやった人だから成功したんだ。努力が全てだと思うのも無理は無い。
それに今じゃ天才は努力する必要が無いとか思われせてるだろ。万能だから。天才は天才なりに努力してんだと思うよ? 天才である為に天才を保つ努力をどっかしらでしてんだよ。
今の世の中じゃ努力は報われるを変に思違いしてる奴が日本中に蔓延ってるから困るな」
「努力しても、届かない事の方が多いじゃ無いですか」
「そりゃそうだろうな。……なにせ、叶う前に諦めてるからな」
「諦めて、は言葉が悪いですよ」
「なら、ニュアンスを変えて同じ言い回しをするまでだ」
「努力の終着点は諦めるか叶えるか、という事ですか」
「叶うか挫折するかって言った方が想像し易いな。夢を追いかける道中、必要なのは努力と時間だ。自分の力でどうしようも出来ない部分は時間が解決してくれる。
それに比べたら試験とかが設置された夢は良いよな、途中途中で道標立ててくれてるんだ。一回一回の試験に落ちたからってその度に挫折するのは努力に対して失礼だと思う。
俺が一番尊敬してる職業はお笑い芸人の人とかだな。努力の意味を知ってる」
「時間は、当てにならないでしょう。それに努力関係無い様に聞こえますよ」
「お前、お笑い芸人がどれだけ辛いか知ってるか? 俺は知ってる。経験は無いから唯の知ったかだが。『へびーてんぺすと』って芸人さんいただろ。あの人達だって有名になるのに10年かかったとか言ってたぞ。しかもその間何の試験も無いんだ。中間セーブの無いマリオを星三クリアしようとするみたいなもんか」
「……そうなんですか?」
「知らないだろ。あのギャグだって飲み会で酔った勢いで出た酔っ払いの意味不明な言葉とリズムの賜物だぞ? なんか努力とは関係無い様な気がするけどな。10年間これで優勝すればブレイクします! なんてのには出てたんだろうけど、その人気を保持出来るかは他力本願の運任せだしな。
時間がかかる可能性も承知の上で努力するのが一番だとお俺は思うよ」
「……その情報、どこまで本当ですか?」
「全部本当だろ、つっても、ほぼうろ覚えだから正確性には欠けるけどな」
「そうですか……」
「俺から言えるのはこれ位だ。満足かよ」
一葉は黙り込んでしまった。
連続で話しすぎたか、全然響いてないから適当な感想を考えてるか。
引きこもりの戯言だと思ってくれたら一番良いな。
これで良いだろ早く帰れと言おうと口を開きかけた時、一葉がいきなり手を掴んできた。
何故だかその瞳が涙ぐんでいる。
「……す……凄いです! 先輩が引きこもりだと侮ってました。想像以上に心に響きましたよ。ありがとうございます……」
「え? あ、いやそうか響いたのねそうなのなら良いいや手離してくれる?」
「やってみます! まず自分が変わる事が出来るかですね、元気をつけてくださって、本当に感謝してます」
「ちょ、ちょっと良いか? 手をだな離し……痛っ! 痛い痛い痛い‼︎」
「す、すいません!」
「……いいから、門限とか大丈夫なのかよ」
時計を確認した一葉は、見る見るうちに血の気が引いていく。
引き止めたのは俺じゃねぇし、お前のせいだぞ?
「今日は、お邪魔しました。私、やってみます」
「おう、程々に死ぬ気で頑張れ」
「何ですかその曖昧なファイトコールは」
視界から人がいなくなる。
ドアを閉めると廊下の電気がひとりでに着いた。
振り返ると、先程の人物よりも厄介な浮遊体が手を叩いていた。
「いや〜、いい演説だったね。私もつい聞き入ってしまったよ」
「聞き入るな喋るな口にするな。やりたくてやった事じゃ無い」
「それにしても、いい後輩が出来たね。これでやっと社会に出られるんじゃ無い?」
「いや、後輩できただけで社会出られるとかゆとりもいいとこだろ! ……ったく、今日ほど疲れたのは久し振りだよ」
「何日か前も同じ様な事なかったっけ?」
「あったよなー、だれだったかなぁ」
確か男女だった気がする。いや、俺が家にリア充を上げるだと? 有り得ない。きっと気のせいだよな。
自室に戻ると欠伸が出た。
物が散らかっていて足元が危ない。
一人で渋々片付け始めた。散らかったものを一旦机上に置いて、掃除機をかける。そしてベッドのシワも伸ばした。
「そういえば、ゴールデンウィークも明日が最終日だよね」
「連休とか休日とか、平日よりも二足歩行の動物の数が多いから嫌いだよ」
「出た、引きこもりの毎日有給休暇宣言」
「有給じゃねぇし、だれの許可得て俺は学校休んでんだよ」
ひと段落つくと、今日一日を振り返り思わず苦笑い。
疲れでぐったりしている俺を、実体の無い両足で足蹴にしているカイリは枕そばにある何かに気付いて拾い上げる。
それは金属のフレームに水晶体をはめた、弱体化視力矯正器具だった。
「ねぇ……京士郎って目悪かったっけ?」
「……はぁ? 俺は生まれて17年間ずっと視力は2.0の良好状態をキープしてるぞ」
「……じゃあ、このメガネって一葉ちゃんのだよね?」
「……メガネ?」
「うん、はいこれ」
カイリが手渡すそれは細いフレームの水色のメガネだった。
しかし、レンズは厚くなくここ最近買ったものの様に新品同様だった。
服装は兎に角、几帳面そうだからこまめに手入れしているのだろう。ここまで大事にされれば、このメガネもメガネ冥利につきる。
フレームがぐにゃぐにゃ曲がるそれを手で弄びながら、よく壊れないなと感心しつつ、逆にどうしたら壊れるかなと試行錯誤していた。
その時、視界の極小さな一点が渦巻いて歪んでいる事に俺は気付くはずもなかった。
「……そりゃ良かったよ、まさか俺もこんな事になるとは思ってなかったよ畜生」
「また今度やりましょうね」
「良いけどよ、時と場合考えろ。流石に急過ぎて勢い負けしただけだからな」
「……まさかこんな身近に『エタナル』に当選した人がいたなんて驚きです」
「二、三日前までは顔も知らない赤の他人だったはずだが……。でもこの仕様はないと思うぜ。番号見て且つ絵柄まで入力して初めてcorporate playが成立するとか条件難しすぎだろ‼︎ 実装されたんならプレイヤー人口がものすごい勢いで衰退するぞ、このゲーム」
「アプリとしては変な条件ですよね」
手中のスマホ画面に映っているのはクエストのリザルト画面。画面の中央には「congratulations」という文字が映し出されている。
『エタナル』とは『エターナルアラート〜門外不出のお伽話〜』というゲームの略称で、現在β版である。俺の好きなゲーム会社の新作だったので先行予約をしたらβ版先行プレイヤーに選ばれた。国内でβ版先行プレイヤーはおよそ千人ほどいるらしいが、自分以外にやっている人物を初めて見た。
公園で俺が『エタナル』をやっていると知って、一葉がいきなりcorporate play(協力プレイ)しようと言い出して気づいたら自宅にいた。
一応女子を家に入れるのは気が引けたので拒否したが、Wi-Fi環境下でやらないとすぐに通信制限がかかってしまうと言って聞かなかった。
この異様な人懐っこさと傲慢さは一体どこから来るのだろう。
仮にもたった三日前に初めて顔を合わせた男の家に……なんて考えたらきりがなさそうなので、思考停止の快楽に酔いしれるとしよう。もうなんでもどうでも良いや。
空になったコップと菓子の袋を持って立ち上がる。
すると一葉はベッドの上に倒れ込み固まった体をほぐそうと伸びをした。
……他人の家だというのに本当遠慮ないな。
「そろそろ帰れよ、俺も暇じゃねぇんだ」
「暇人じゃないのですか」
「暇人だが、他人を家に招き入れる心の余裕が満席状態なんだよ」
「……そうですね、いきなり失礼しました。迷惑でしたよね?」
「同じ趣味を持つ奴と知り合えた事だけは良かったと思う事にする」
「家にまで招いてもらい、ありがとうございました」
「いや、お前が家の住人の前で堂々と不法侵入してきただけだから。その気迫に押し負けただけだから」
「それなら、私に非はないですよね。良かったです」
「あと思い込みも激しかったようだ」
玄関まではついて行く。
思えば、確か五日くらい前にも誰かが家に来た様な記憶があるが、誰だっただろう。
この一週間での訪問者の数は三年のブランクがあったとは思えない勢いで増えている。それだけの数、家が人を飲み込む。
ここ連日で部屋にストックしてあったジャンクフード類の袋が尽きてしまった。後で補充しておかなくては。
「……もう来るなよ」
「それが人を返す時に帰る言葉なのですか」
「性格がひねくれてる奴は考えることもゴチャゴチャなんだ、許してやれよ」
「どうして客観的視点なのですか……」
どうも普通の会話となるとどこかずれている気がする。
そして黒いパーカーを羽織ろうとする一葉はやはりどこか気になる。
「それパーカー要らなくねぇか? そのままの方が良いと思うが」
「そうですか? 私は普通ですけど」
「上下黒とかまんま不審者だろうが!」
「先輩は年功序列と能力主義で行ったらどちらが良いですか?」
「なんていきなりその話題に……? まぁ、能力主義で一択だろうな」
「私は年功序列ですよ。それにしても他人に誇れる様な長所があるとは……」
「いやいや、俺の言う能力主義はそんな高等なものじゃねぇから。実際手に職なんてないに等しいし。どちらかというと、イエスノーのノーでNo力主義だな」
「……まともな回答を期待した私が愚かでした。それを堂々と言える先輩が羨ましいですよ……」
「……それよか、一葉は就職とかするんだろ? 俺は兎に角として。興味のあるものとか無いのか」
「あ……あー」
一葉は気まずそうに顔を逸らした。
この反応は何も無い感じのパターンだ。俺も経験ある。
まあ、まだそれを考える時期でも無いか。
アルバイトしてある程度色んな経験はしておいた方が良い。何の経験もなしに社会に放り出されることが一番怖い。
将来の夢がある人や行き先決まってる人の方が少ないだとか、安心させる言葉で心にゆとりを持たせようとする行いは見上げたものだろう。しかし、そんな甘い言葉で甘やかせばどんどん時期を逃していつの間にか選択の余地が全く無いという絶望的な状況に陥ることの方が多い。かと言って焦ったところで何をすれば良いのかわからないので結果的に考えてチェックメイト。百聞は一見に如かずとはよく言ったものの、それはTPOによって状況を大きく左右する。進学先就職先の話を聞くだけでは意味など無いし、ただ見るだけでもそれで終わりだ。見た感じで自らの中で程度を決めてしまうから実際に触れてみたら以外とついて行けなかったりとか、見えてなかったものの中に自分が輝ける場を発見できるというものだ。これを確か「盲点の窓」とか言ったか。経験が物を言うのだ。例外としては権力による圧迫や金による黙認、更には饒舌さで相手に有無を言わせないか。いずれにせよ、今の一葉はまだマシと言えるだろう。あと気になる点としてはもう少し人目を気にして欲しいのと警戒心と疑心暗鬼の強化か。
まぁ、俺の気にするところでは無いかな。
一葉は口ごもる。
「……あるには……あるんですけど」
一葉の言葉が若干崩れた。
「自信とか、無いですし。それに、私なんかではとても無理ですよ。頑張ってみても他の人より上達が遅いですし。駄目なんですよ。成功する姿が、見えません」
「…………ありきたりな考え方だな」
「みんなそうですよ。安定した道か、危ない道か。選ぶなら答えは決まっているはずです。両親もあまり賛成では無い様ですし」
うーん。この年代にはよくある悩みなのか。俺も一時期そんな事を思ったが、たかがそんなことで、と気に留めることはなかった。
……それにしても、危ない道とか誇張表現すぎるだろ。
「お前なぁ、俺は人の気持ちとか汲み取るの面倒くさいから言葉を選ぶなんてしないぞ。そうやって周りの影響とか勝手に思い込んで自分で動かないだけだろ」
「……! ちっ違いますよ‼︎ 怠けているというのですか? 思い込むとかしてませんよ」
「いや、お前は思い込みが激しい。何分か前にも同じこと思った。多分。周りとせいにするのはこの時期よくあることだ。自分のやりたい様にやれよ」
「良くあるって、適当じゃ無いですか! そんな言葉じゃ何の解決にも助言にもなってませんよ!」
「大人が受験期の子供を『思春期だから』『反抗期だから』って目を背けてんのよりかは絶対マシだよ。めっちゃくちゃ複雑な心情を思春期反抗期の簡単な二言で片付けんのは子供の人間性を踏みにじっている証拠だな。大人も子供も揃いも揃って背を向けてんだよ。そんな状態で声が届くなんて唯の夢物語だ」
「なら、どうしろって言うんですか? それ程言うのであれば、解決策の一つや二つ三つ四つくらい簡単に出てくるでしょう!」
「……あー。俺のちょっとしたカマかけでこんなに反応するって事は実は結構追い詰められてるっぽいな?」
「…………」
「取り敢えず、ここまで言っといて何だが俺からのアドバイスなんて期待するだけ無駄だよ。仮に俺が言ったとしてもそれじゃ唯の操り人形だ。お前の行動の決定権とか俺にあるわけが無いし」
「……無責任ですよ、せめて一つくらい何か言っても良いではありませんか。私がそれに従うかは私が決める事なので」
「お前に期待されるほどの事は言ってやれねぇよ?」
「悪足搔きは良いので何かしら言葉を発してください」
どうするか、これって俺の所為なのか?
一葉は俺が何か言うまで帰らなさそうだし。本当にただ将来の夢があるか無いか聞きたかっただけなのに。それなりに言えば堪忍して言うかもしれないと思っただけなのにな。
かと言って、俺のボキャブラ力で言える事なんてたかがしれてる。少々ふざけ過ぎたな。
引きこもりが普通の人に響く言葉なんて持ち合わせていない。まず引きこもった時点で何を言っても説得力に欠けるだろう。
なんかあるだろうか。あるにしても偉人の名言格言四字熟語くらいのもの。
ジッと一葉が睨みつける様に俺の目を見ている。
ため息をついた。
「……夢は逃げない。逃げるのは、いつも自分だ」
「……? 何ですか、それ」
「どっかの人が言った名言だ。夢に向かいたくば努力しろ、さもなくば道は遠のくだけだって意味のな。……少しこじ付けが過ぎたか? まあ良い。でもな、実際その通りなんだよ、努力を怠ればいずれに何も見えない闇に落ちる。俺みたいにな」
「努力は報われるって事が言いたいのですか?」
「んー、いや少し違うな。努力ってのも一部は当てはまってるんだろうけどな、努力が全てじゃ無い。普遍的な例だがエジソンも言ってんだろ? 一対九十九で努力が大事だって。言葉通りやった人だから成功したんだ。努力が全てだと思うのも無理は無い。
それに今じゃ天才は努力する必要が無いとか思われせてるだろ。万能だから。天才は天才なりに努力してんだと思うよ? 天才である為に天才を保つ努力をどっかしらでしてんだよ。
今の世の中じゃ努力は報われるを変に思違いしてる奴が日本中に蔓延ってるから困るな」
「努力しても、届かない事の方が多いじゃ無いですか」
「そりゃそうだろうな。……なにせ、叶う前に諦めてるからな」
「諦めて、は言葉が悪いですよ」
「なら、ニュアンスを変えて同じ言い回しをするまでだ」
「努力の終着点は諦めるか叶えるか、という事ですか」
「叶うか挫折するかって言った方が想像し易いな。夢を追いかける道中、必要なのは努力と時間だ。自分の力でどうしようも出来ない部分は時間が解決してくれる。
それに比べたら試験とかが設置された夢は良いよな、途中途中で道標立ててくれてるんだ。一回一回の試験に落ちたからってその度に挫折するのは努力に対して失礼だと思う。
俺が一番尊敬してる職業はお笑い芸人の人とかだな。努力の意味を知ってる」
「時間は、当てにならないでしょう。それに努力関係無い様に聞こえますよ」
「お前、お笑い芸人がどれだけ辛いか知ってるか? 俺は知ってる。経験は無いから唯の知ったかだが。『へびーてんぺすと』って芸人さんいただろ。あの人達だって有名になるのに10年かかったとか言ってたぞ。しかもその間何の試験も無いんだ。中間セーブの無いマリオを星三クリアしようとするみたいなもんか」
「……そうなんですか?」
「知らないだろ。あのギャグだって飲み会で酔った勢いで出た酔っ払いの意味不明な言葉とリズムの賜物だぞ? なんか努力とは関係無い様な気がするけどな。10年間これで優勝すればブレイクします! なんてのには出てたんだろうけど、その人気を保持出来るかは他力本願の運任せだしな。
時間がかかる可能性も承知の上で努力するのが一番だとお俺は思うよ」
「……その情報、どこまで本当ですか?」
「全部本当だろ、つっても、ほぼうろ覚えだから正確性には欠けるけどな」
「そうですか……」
「俺から言えるのはこれ位だ。満足かよ」
一葉は黙り込んでしまった。
連続で話しすぎたか、全然響いてないから適当な感想を考えてるか。
引きこもりの戯言だと思ってくれたら一番良いな。
これで良いだろ早く帰れと言おうと口を開きかけた時、一葉がいきなり手を掴んできた。
何故だかその瞳が涙ぐんでいる。
「……す……凄いです! 先輩が引きこもりだと侮ってました。想像以上に心に響きましたよ。ありがとうございます……」
「え? あ、いやそうか響いたのねそうなのなら良いいや手離してくれる?」
「やってみます! まず自分が変わる事が出来るかですね、元気をつけてくださって、本当に感謝してます」
「ちょ、ちょっと良いか? 手をだな離し……痛っ! 痛い痛い痛い‼︎」
「す、すいません!」
「……いいから、門限とか大丈夫なのかよ」
時計を確認した一葉は、見る見るうちに血の気が引いていく。
引き止めたのは俺じゃねぇし、お前のせいだぞ?
「今日は、お邪魔しました。私、やってみます」
「おう、程々に死ぬ気で頑張れ」
「何ですかその曖昧なファイトコールは」
視界から人がいなくなる。
ドアを閉めると廊下の電気がひとりでに着いた。
振り返ると、先程の人物よりも厄介な浮遊体が手を叩いていた。
「いや〜、いい演説だったね。私もつい聞き入ってしまったよ」
「聞き入るな喋るな口にするな。やりたくてやった事じゃ無い」
「それにしても、いい後輩が出来たね。これでやっと社会に出られるんじゃ無い?」
「いや、後輩できただけで社会出られるとかゆとりもいいとこだろ! ……ったく、今日ほど疲れたのは久し振りだよ」
「何日か前も同じ様な事なかったっけ?」
「あったよなー、だれだったかなぁ」
確か男女だった気がする。いや、俺が家にリア充を上げるだと? 有り得ない。きっと気のせいだよな。
自室に戻ると欠伸が出た。
物が散らかっていて足元が危ない。
一人で渋々片付け始めた。散らかったものを一旦机上に置いて、掃除機をかける。そしてベッドのシワも伸ばした。
「そういえば、ゴールデンウィークも明日が最終日だよね」
「連休とか休日とか、平日よりも二足歩行の動物の数が多いから嫌いだよ」
「出た、引きこもりの毎日有給休暇宣言」
「有給じゃねぇし、だれの許可得て俺は学校休んでんだよ」
ひと段落つくと、今日一日を振り返り思わず苦笑い。
疲れでぐったりしている俺を、実体の無い両足で足蹴にしているカイリは枕そばにある何かに気付いて拾い上げる。
それは金属のフレームに水晶体をはめた、弱体化視力矯正器具だった。
「ねぇ……京士郎って目悪かったっけ?」
「……はぁ? 俺は生まれて17年間ずっと視力は2.0の良好状態をキープしてるぞ」
「……じゃあ、このメガネって一葉ちゃんのだよね?」
「……メガネ?」
「うん、はいこれ」
カイリが手渡すそれは細いフレームの水色のメガネだった。
しかし、レンズは厚くなくここ最近買ったものの様に新品同様だった。
服装は兎に角、几帳面そうだからこまめに手入れしているのだろう。ここまで大事にされれば、このメガネもメガネ冥利につきる。
フレームがぐにゃぐにゃ曲がるそれを手で弄びながら、よく壊れないなと感心しつつ、逆にどうしたら壊れるかなと試行錯誤していた。
その時、視界の極小さな一点が渦巻いて歪んでいる事に俺は気付くはずもなかった。
