西側の窓から橙色の光が差し込んで黒い影を作る。
昼はとうに過ぎた。このリビングにいるのは俺一人だ。
考えることが多すぎて何をすればいいのかわからずにただソファに座っていた。
……いや、考えることなんて多くなんてない。
一度命を失ったものと再び顔をあわせる。自分のせいで最悪な終わりを遂げたあの二人とまた顔を合わせられるのか。重すぎて、今の俺には受け入れきれないだけだ。
例え今平静を取り戻して冷静な状態で会ってみる。もしくは頭の中で整理がつかないまま混乱した状態で会ってみる。
……結果はきっと同じだ。
生きていても、元に戻ってくれていたとしても、顔を合わせたら『筑也と理沙は死んでいる』と意識してしまう。目の前にいる人物を、腫れもの扱いせずに接しろだなんて絶対に出来っこない。
カイリと一葉は「責任を感じるのは違う人だ」と俺を慰めてくれた。気持ちはありがたいが、今はそれが心をさらに押し付ける。期待されれば、心配するなと言われた分だけ失敗した時のことが怖くなる。関わりたくなくなる。
……期待が大きすぎる。
もし俺がこの世界でも二人を殺さない未来へと導けなかったのなら、俺はこの世界の俺にまで俺と同じ絶望を見せることになる。
要は怖さや公開を押しのけて、常に『助かる事』だけを意識できるかどうかの問題であって対して気楽に取り組めそうだと無理に前向きに考える。……それが、自分を余計追い込んでいるというのに。
今は後が苦しくてもそうでなきゃ前を向けそうにない。
ブーッ、ブーッ。
スマホがバイブレーション機能を稼働させた。
開くと、一葉からだった。
『差出人:此花一葉
宛先:篠村京士郎
件名:一緒に買い物行きませんか?
本文:先輩、落ち着いたらでいいのですが、エヴェレットさんが今夜の夕食の食材が足りないと言っているので私が代替して行くことにしました。それで、先輩も一緒にどうかなと……。嫌ならいいんですが、塞ぎ込んでるときほど無理矢理体に鞭を打ったり自暴自棄になった方がいいと思いますよ。
話したい事もあるので。』
……。
本当に、こいつは……。
いつもジャストタイミングでメールを送ってきやがる。
昨日もそうだが、やる事が無くなった直後だとか、今みたいに何かやろうと思った後だったりと、タイミングを見計らったように……。
要らぬ気遣いなんだけどな、あいつの性格からしたら俺みたいなのを放っておけないんだろう。きっと心の中では「幼馴染が死んだくらいでメソメソしないでほしいですね」とか思ってるだろ(勝手な思い込み)。意地の悪い後輩だ。
『差出人:篠村
宛先:此花
件名:無題
本文:行くよ、気分転換したいと思ってたところだ。
でも、そんな軽々しく外で歩いて大丈夫か?
この世界の俺達と顔合わせたりとか慎重になった方がいいと思うんだが。』
『差出人:エヴェレット・タイムライン
宛先:篠村京士郎
件名:無題
本文:心配はいらないよ。まずこの世界の君はアルバイト中だし、その帰路にも接触はしない。一葉さんは隣駅だから通り過ぎる。何より出会わない事は僕が知っている』
個人情報の把握までバッチリとは、エヴェレットに対して少なからず気味が悪く感じる。何故そこまで知っている。
そして何故俺のメールのID知ってやがる。プライバシーだぞ、個人情報保護法がどうたらとか特定機密保護法が唸っちゃうぞ。
てか普通に喋ればいいじゃねぇか、同じ家にいんだし。
なんだよ俺達はコミュ障過ぎてお互いに顔も合わせられない臆病家族かなんかかよ。
「悪いですね、付き合わせてしまって」
「いや、いいよ。お前が言いたい事は分かってんだ。話すなら気が変わらないうちにしてくれ」
「聞いても良いんですか? 思い出したくないんでしょう?」
「いつか向き合わねぇといけない事だ。……それに、誰かに言われないといつまでも逃げそうだ」
スーパーへの道のり、並んで歩く。
本当は一葉一人でも良いはずだが、俺に一言言わないと気持ちがすまないんだろう。自分に対する配慮の無さと俺に対する少しの怒りだろう。そこの割り切りがはっきりとするのは一葉の良い所だ。
俺は喉まで出かかる躊躇いの感情を飲み込み言葉を絞り出した。
「神居筑也と火縄理沙。俺の元幼馴染だ。元の世界であれば四日前に通り魔に殺された。エヴィーは分かってるだろうけど、あいつは知っててそれをあえて追求しないからな。全てを見透かされてる感じが嫌なんだよな。……今となっちゃ、何が最良の選択肢かなんてどれも霞んで見えやしねぇし、明確な道標の啓示を俺以外の誰かが示して俺の未来を誰かに決めてもらう事すら良しとしようとしている。もう俺自身の手でバッドエンドを招きたくねぇんだよ……。目を覚ますたびに思い出すんだよ、小さい頃の思い出を。まだ俺達三人が仲の良い幼馴染だった頃の嫌な思い出ばっか。あの時にしていた後悔が今になって、取り返しがつかない時になって、全部一気に押し寄せてくる。まるで俺が完全にまたあいつらを嫌いにさせようとしているみたいにな。……それで、明日だ。気持ちも決意も覚悟も何もかも曖昧なまままた殺されようとしている。止めるべきなのか、未だ迷うんだよ。俺なんかが関わったら、それこそ……‼︎ それくらいなら知らない顔したまま目を背け続けた方が……」
言葉を切る。
そこから数歩歩いて隣にいた影がない事に気づいて振り返る。
そこにはうっすらと目尻に涙を浮かべる後輩が俺を睨みつけていた。
逃げる事を暗示するかのように俺が目をそらす動作は早かった。
一葉が震える事を出す。
「……良いんですか? 本当にそれで」
「……資格がねぇんだ。意味もなく会ったって俺は逃げ出すだけだ」
「違います……」
「……」
一葉の声が心を殴りつけるように突き刺さる。被った化けの皮には多くの傷が目立つ。
「少なくとも、私の知っている先輩はそんな事を簡単に口に出せる人ではありませんよ。会いたいのなら、会えば良いじゃないですか。エヴィーさんも言っていましたよ、無い可能性を思考の片隅に置き続けると、物事はそちらへ引き寄せられると。……だから、先輩には挑む前からそんな顔されていると……私も、うんざりしてきます。だって、本当にその未来を望んでいたのなら、駄目かなんて考えずにまず挑んでみるでしょう?」
「……この世界は俺のいた世界じゃ無い。だったら、この世界の俺がどうにかすれば良いじゃねぇか‼︎」
「それで、人のせいにして運良く逃れられる口実をずっと探し回っているんですか? ……先輩は、会いたく無いんですか!」
「……会いてぇよ、互いに関係のない鬱憤をぶつけ合うだけの最悪な別れ方さえしてなければな。きっと、会っても言葉なんて出やしねぇよ。それくらい俺は……」
両手で顔を覆った。
でなければ押し殺した後悔の雫が零れ落ちて手を引く選択肢が同時に無くなってしまいそうで。
後悔しかない。自分に対する怒りしかない。二人に対する懺悔しかない。
どうしてそんな俺に一葉は挑むチャンスをこれまでに与えてくれるのだろう。しかし、そこにたどり着くまでの中継地点がとても薄くて触れば脆く溶けてしまうほどに透明でも、自分で自分に確信が持てなくて、どうして前を向けるのか。
「…………ぅあ?」
すると、みぞおちの部分に震える拳が突きつけられた。
その弱い感覚にとてつもない息苦しさを感じた。これでも後輩の思いを素直に受け入れられない自分に。
「……馬鹿じゃ……ないですか、おかしいじゃ……ないですか。会っても、先輩は変わりませんよ。そんなすぐに曲がるようなほどやわじゃないのは知ってます。先輩にはわからないかもしれませんが、私、この間は結構救われていたんですよ?」
一つ二つ、涙を流す後輩の顔が目に入る。
ただの引きこもりに、一度道を外れて正しい道に戻れなくなった臆病者に、正しい道のりに向かって手を引いてくれている。
「もう、そんな曲がるなんてできないくらいにひねくれてますから。……先輩のその幼馴染を想う気持ちは、幼馴染にあったら変わってしまうんですか?」
目の前の視界が、一気に広がり、吹きすさぶ風を体全体に受ける。
これまでに失われていたかのように思っていた感覚が全て元に戻る。
頭の中で否定する。違う。
そして意識せずとも口から言葉が溢れる。
「……いいや、あいつらが生きていたら俺はきっと泣くだろうし、あいつらが本当に死んでいても泣くよ。……それだけは変わらねぇよ」
俺の足元から伸びる影がやけに小さく感じて、視界が歪む。
出会ったばかりの後輩は、弱い俺の精神を見透かしていた。
でも、エヴェレットとは違うことがはっきりとわかる。しっかりと手を引いて協力の意思を示してくれたから俺も従えたのだと思う。
橙色した夕日に向かう。
目的に向かって歩き出す。
やる事はたくさんあって、ただ単純だ。
昼はとうに過ぎた。このリビングにいるのは俺一人だ。
考えることが多すぎて何をすればいいのかわからずにただソファに座っていた。
……いや、考えることなんて多くなんてない。
一度命を失ったものと再び顔をあわせる。自分のせいで最悪な終わりを遂げたあの二人とまた顔を合わせられるのか。重すぎて、今の俺には受け入れきれないだけだ。
例え今平静を取り戻して冷静な状態で会ってみる。もしくは頭の中で整理がつかないまま混乱した状態で会ってみる。
……結果はきっと同じだ。
生きていても、元に戻ってくれていたとしても、顔を合わせたら『筑也と理沙は死んでいる』と意識してしまう。目の前にいる人物を、腫れもの扱いせずに接しろだなんて絶対に出来っこない。
カイリと一葉は「責任を感じるのは違う人だ」と俺を慰めてくれた。気持ちはありがたいが、今はそれが心をさらに押し付ける。期待されれば、心配するなと言われた分だけ失敗した時のことが怖くなる。関わりたくなくなる。
……期待が大きすぎる。
もし俺がこの世界でも二人を殺さない未来へと導けなかったのなら、俺はこの世界の俺にまで俺と同じ絶望を見せることになる。
要は怖さや公開を押しのけて、常に『助かる事』だけを意識できるかどうかの問題であって対して気楽に取り組めそうだと無理に前向きに考える。……それが、自分を余計追い込んでいるというのに。
今は後が苦しくてもそうでなきゃ前を向けそうにない。
ブーッ、ブーッ。
スマホがバイブレーション機能を稼働させた。
開くと、一葉からだった。
『差出人:此花一葉
宛先:篠村京士郎
件名:一緒に買い物行きませんか?
本文:先輩、落ち着いたらでいいのですが、エヴェレットさんが今夜の夕食の食材が足りないと言っているので私が代替して行くことにしました。それで、先輩も一緒にどうかなと……。嫌ならいいんですが、塞ぎ込んでるときほど無理矢理体に鞭を打ったり自暴自棄になった方がいいと思いますよ。
話したい事もあるので。』
……。
本当に、こいつは……。
いつもジャストタイミングでメールを送ってきやがる。
昨日もそうだが、やる事が無くなった直後だとか、今みたいに何かやろうと思った後だったりと、タイミングを見計らったように……。
要らぬ気遣いなんだけどな、あいつの性格からしたら俺みたいなのを放っておけないんだろう。きっと心の中では「幼馴染が死んだくらいでメソメソしないでほしいですね」とか思ってるだろ(勝手な思い込み)。意地の悪い後輩だ。
『差出人:篠村
宛先:此花
件名:無題
本文:行くよ、気分転換したいと思ってたところだ。
でも、そんな軽々しく外で歩いて大丈夫か?
この世界の俺達と顔合わせたりとか慎重になった方がいいと思うんだが。』
『差出人:エヴェレット・タイムライン
宛先:篠村京士郎
件名:無題
本文:心配はいらないよ。まずこの世界の君はアルバイト中だし、その帰路にも接触はしない。一葉さんは隣駅だから通り過ぎる。何より出会わない事は僕が知っている』
個人情報の把握までバッチリとは、エヴェレットに対して少なからず気味が悪く感じる。何故そこまで知っている。
そして何故俺のメールのID知ってやがる。プライバシーだぞ、個人情報保護法がどうたらとか特定機密保護法が唸っちゃうぞ。
てか普通に喋ればいいじゃねぇか、同じ家にいんだし。
なんだよ俺達はコミュ障過ぎてお互いに顔も合わせられない臆病家族かなんかかよ。
「悪いですね、付き合わせてしまって」
「いや、いいよ。お前が言いたい事は分かってんだ。話すなら気が変わらないうちにしてくれ」
「聞いても良いんですか? 思い出したくないんでしょう?」
「いつか向き合わねぇといけない事だ。……それに、誰かに言われないといつまでも逃げそうだ」
スーパーへの道のり、並んで歩く。
本当は一葉一人でも良いはずだが、俺に一言言わないと気持ちがすまないんだろう。自分に対する配慮の無さと俺に対する少しの怒りだろう。そこの割り切りがはっきりとするのは一葉の良い所だ。
俺は喉まで出かかる躊躇いの感情を飲み込み言葉を絞り出した。
「神居筑也と火縄理沙。俺の元幼馴染だ。元の世界であれば四日前に通り魔に殺された。エヴィーは分かってるだろうけど、あいつは知っててそれをあえて追求しないからな。全てを見透かされてる感じが嫌なんだよな。……今となっちゃ、何が最良の選択肢かなんてどれも霞んで見えやしねぇし、明確な道標の啓示を俺以外の誰かが示して俺の未来を誰かに決めてもらう事すら良しとしようとしている。もう俺自身の手でバッドエンドを招きたくねぇんだよ……。目を覚ますたびに思い出すんだよ、小さい頃の思い出を。まだ俺達三人が仲の良い幼馴染だった頃の嫌な思い出ばっか。あの時にしていた後悔が今になって、取り返しがつかない時になって、全部一気に押し寄せてくる。まるで俺が完全にまたあいつらを嫌いにさせようとしているみたいにな。……それで、明日だ。気持ちも決意も覚悟も何もかも曖昧なまままた殺されようとしている。止めるべきなのか、未だ迷うんだよ。俺なんかが関わったら、それこそ……‼︎ それくらいなら知らない顔したまま目を背け続けた方が……」
言葉を切る。
そこから数歩歩いて隣にいた影がない事に気づいて振り返る。
そこにはうっすらと目尻に涙を浮かべる後輩が俺を睨みつけていた。
逃げる事を暗示するかのように俺が目をそらす動作は早かった。
一葉が震える事を出す。
「……良いんですか? 本当にそれで」
「……資格がねぇんだ。意味もなく会ったって俺は逃げ出すだけだ」
「違います……」
「……」
一葉の声が心を殴りつけるように突き刺さる。被った化けの皮には多くの傷が目立つ。
「少なくとも、私の知っている先輩はそんな事を簡単に口に出せる人ではありませんよ。会いたいのなら、会えば良いじゃないですか。エヴィーさんも言っていましたよ、無い可能性を思考の片隅に置き続けると、物事はそちらへ引き寄せられると。……だから、先輩には挑む前からそんな顔されていると……私も、うんざりしてきます。だって、本当にその未来を望んでいたのなら、駄目かなんて考えずにまず挑んでみるでしょう?」
「……この世界は俺のいた世界じゃ無い。だったら、この世界の俺がどうにかすれば良いじゃねぇか‼︎」
「それで、人のせいにして運良く逃れられる口実をずっと探し回っているんですか? ……先輩は、会いたく無いんですか!」
「……会いてぇよ、互いに関係のない鬱憤をぶつけ合うだけの最悪な別れ方さえしてなければな。きっと、会っても言葉なんて出やしねぇよ。それくらい俺は……」
両手で顔を覆った。
でなければ押し殺した後悔の雫が零れ落ちて手を引く選択肢が同時に無くなってしまいそうで。
後悔しかない。自分に対する怒りしかない。二人に対する懺悔しかない。
どうしてそんな俺に一葉は挑むチャンスをこれまでに与えてくれるのだろう。しかし、そこにたどり着くまでの中継地点がとても薄くて触れば脆く溶けてしまうほどに透明でも、自分で自分に確信が持てなくて、どうして前を向けるのか。
「…………ぅあ?」
すると、みぞおちの部分に震える拳が突きつけられた。
その弱い感覚にとてつもない息苦しさを感じた。これでも後輩の思いを素直に受け入れられない自分に。
「……馬鹿じゃ……ないですか、おかしいじゃ……ないですか。会っても、先輩は変わりませんよ。そんなすぐに曲がるようなほどやわじゃないのは知ってます。先輩にはわからないかもしれませんが、私、この間は結構救われていたんですよ?」
一つ二つ、涙を流す後輩の顔が目に入る。
ただの引きこもりに、一度道を外れて正しい道に戻れなくなった臆病者に、正しい道のりに向かって手を引いてくれている。
「もう、そんな曲がるなんてできないくらいにひねくれてますから。……先輩のその幼馴染を想う気持ちは、幼馴染にあったら変わってしまうんですか?」
目の前の視界が、一気に広がり、吹きすさぶ風を体全体に受ける。
これまでに失われていたかのように思っていた感覚が全て元に戻る。
頭の中で否定する。違う。
そして意識せずとも口から言葉が溢れる。
「……いいや、あいつらが生きていたら俺はきっと泣くだろうし、あいつらが本当に死んでいても泣くよ。……それだけは変わらねぇよ」
俺の足元から伸びる影がやけに小さく感じて、視界が歪む。
出会ったばかりの後輩は、弱い俺の精神を見透かしていた。
でも、エヴェレットとは違うことがはっきりとわかる。しっかりと手を引いて協力の意思を示してくれたから俺も従えたのだと思う。
橙色した夕日に向かう。
目的に向かって歩き出す。
やる事はたくさんあって、ただ単純だ。
