たった一人の殺人鬼を取り囲んで五人がそれぞれ注意を払う。
人数で負けているにもかかわらず殺人鬼は未だに余裕の表情を崩さない。
そして、人気の無い廃材置き場に夕陽のサーチライトが黒い影を地面に貼り付ける。
……ったく、どっかのドラマかよ。これ以上に無いってほどに場が整っていやがる。
これも全部、エヴェレットの計算のうちだと?
だとしたら、とてつもなく気分が悪い。いい未来が待っていても、それが全部手のひらなんて本当に胸糞悪い。
取り敢えず、不安を取り除くために大声を出してみる。
「……俺の心配もこれじゃあ台無しだな、勝手に来てんじゃねぇよ筑也ぁ!」
「は、はあ⁈ こっちこそ心配して追ってきたんだろうが! しかもなんなんだよこれ、一体どんな状況だよ! 早く説明プリーズ!」
「ここにいんのはただの殺人鬼だ‼︎ お前もニュースくらい見てんだろ⁉︎ 分かったなら早くこっから逃げろ!」
「え⁈ 殺人鬼って……どうして京士郎がそんな……」
「俺だって知りてぇよ! でも今はお前らがいるとかえって邪魔だ!」
「……勝手に話進めて楽しいかよ、ガキってのはいつも人を仲間はずれにするよなぁ。リア充リア充リア充! どこに行ってもリア充ばかりだ‼︎ うんざりすんだよなぁ、イライラすんだよなぁ! ……もううるさいから耳をふさぐのも面倒臭いな。……もう殺すか」
殺人鬼が業を煮やして声を荒げる。
それに恐怖して理沙は筑也の背後に、一葉はエヴェレットの背後に隠れる。
殺人鬼のポケットの入り口が光を放った。ナイフだ。
思わずに身構える。
何も無いとは思うはずが無いけれど、実際目にするとやっぱり恐ろしい。
そして。
「まずは、お前だな」
料理を始める主婦のようにごく普通の口調で、奴はそう言った。
向かい合うのは、俺だ。一進一退で後ずさる。
離れた場所からエヴェレットが小声で俺にアドバイスをする。
「篠村くん、やり方はわかっているかい?」
「お前が直々に教えてくれたんだ。最初は失敗出来ねぇよ」
脳内で、イメージを何度も反芻する。
昨夜、俺はエヴェレットから防衛のための体術的なものを教わった。そのおかげでエヴェレットは寝不足になっていた。
何回か痛い思いはしたが、自分で効果をあるものを体感して選ぶ必要があったので、その程度の苦労は致し方無い。殺人鬼と対峙する恐怖に比べれば。
殺人鬼がナイフを前方で構える。
そして、一気に駆け出して距離を詰めてくる。
「…うおらあっ‼︎」
「っ! こんなんでっ‼︎」
下から斜め上に振られたナイフを避ける。
すると、次はナイフが心臓を狙って突き出されてくる。
辛うじて身をかわし、その腕の手首を掴む。
「これでどうだっ!」
手をこちら側に引くと同時に片方の手で殺人鬼の顎を掴んで明後日の方向へと向け、奴の平衡感覚を失わせる。
エヴェレットから教わった防衛術。頭の向きを急に変えることで、平衡感覚を奪い相手の意識を一瞬でもバランスを取る自己防衛に走らせて、その内に一気に攻める。
後は、柔道の応用だ。
「……ガキがぁっ‼︎ 離せぇっ……」
「話すかよ畜生! 逃すはずがねぇだようがよ‼︎」
手を引いたまま、距離を詰めて殺人鬼を押し倒そうと殺人鬼を押す力を強くする。
「させるか……!」
当然の反抗。だが、それも遅い。
殺人鬼はすでに上半身が仰け反っている。
右足を投げ出して、勢いのままに大外刈り。
予想外の攻撃に殺人鬼はなすすべが無いままに背後に倒れこんだ。
顎を掴んでいた手を顔面に回して後頭部を地面に打ち付けた。
罪悪感を感じている暇は無かった。
「んで⁈ 後はどうしたらいい!」
「……まさか、そこまでしか考えていないのかい⁉︎ 早くうつ伏せにしてうでの自由を奪うんだ!」
「う……うつ伏せ⁉︎ この状態うつ伏せじゃねぇの⁈ うでの自由ってどうすりゃ……」
「……遅んだよ……このガキがぁ……‼︎」
「ぐほっ‼︎」
「馬鹿か京士郎⁉︎ それ位わかれよ!」
筑也が頭を抱えて叫ぶ。
躊躇っているうちに手の拘束を振りほどかれて、みぞおち部分を蹴り抜かれて数メートルの距離を転がった。
腹部の激痛にのたうち回りながら、それでも辛うじて視界を殺人鬼に向ける。
もう奴は俺の必死の睨みも既に意に介さなかった。
「……手間取らせやがって、お前はいつでも殺れる」
殺人鬼はそのまま視線を理沙と筑也へ移す。
……やばい……このままじゃ二人が、仲直りしてまた会えたってのに……!
無防備な二人に向き合う殺人鬼。その目には喜び以外一切の感情が無い。
だが。
その背中にこぶし大の石が投げつけられた。
突然の邪魔に、殺人鬼が振り返る。
「標的はこっちにもいるのに、どうしてそちらを先に狙う? この中で一番年上の僕を真っ先に危険だと判断しないなんて、殺人鬼とは言ってもたかが知れる。……ほら、人を殺すのにそんな道具が必要かい? 人には弱点なんて幾らでもある。それなら」
「舐めるなよこのクソ野郎が‼︎」
殺人鬼の手中のナイフがエヴェレットに向かって投げられたが、それは容易に弾かれる。
邪魔された事が怒りをヒートアップさせ、かつ挑発で怒りのボルテージがマックスに到達する。
常人技とは思えない速さで駆け出してエヴェレットに向かって内ポケットから取り出したスタンガンを突き出す。
なのに。
それが届くことはなかった。
エヴェレットの手が素早く動く。
ソノテノウゴキガミエナイ。
殺人鬼が何故か足を前に投げ出して後頭部を地面に強打した。
さっきも打ち付けられたのに、これだけ頭をぶつけて大丈夫だろうか。……ああ、人を殺している時点でもうまともでは無いか。
「注意不足に単調な不意打ち。それじゃあ、僕は殺せない。君以外を全員、ただの一般人だと侮ると自分に返ってくる。その身に沁みたかい?」
「……こんな……事で!」
何が起こったがよく分からない。
よく見ると、奴の足に釣り糸のようなものが絡み付いている。糸はエヴェレットの手と、先ほど投げた石に繋がっていた。
殺人鬼は素早い動作で糸を外して立ち上がる。息が上がって、疲れているみたいだ。
奴は再び標的を変える。俺だ。
「……やっぱ、殺せる奴から殺った方が早いな。おい、下手に動くなよ。痛い思いして死にたく無いだろ?」
「…………のかよ」
「あ? 聞こえねぇよ」
「……っ! お前殺人鬼だろ⁉︎ あんな、あんなろくに働きもせずにギャンブルだけで生きてるようなニートに負けてもいいてっのかよ‼︎」
「篠村くん……流石の僕でもそれを言われると傷付くよ。それに僕は自立してる、君自身引きこもりをだって事を忘れるなんて」
「う、うるせぇよ⁈ ……なぁ、あんたにもプライドくらいあるだろ。あるんだったら……」
「……うるせえなぁギャアスカギャアスカ騒ぎたいんだったら他所でやれよ。……俺にも確かにプライドはあるけどよぉ、社会的地位は別にどうでもいい。実力でかなわなければそこまでだ。プライドの定義を世間体の押し付けとごっちゃにしてたら、……お前、サクッと殺されるぞ」
挑発も誘導も聞かない。
でも奴の武器はスタンガンだけ。それさえどうにかなれば……。
俺が腹を抑えて立ち上がった時、奴はその手のスタンガンを地面に落とす。
手の感覚が麻痺してきたのか? 拾う前に先制を……!
しかしそのまま歩いてくる。気付かないのか、スタンガンを落とした事を。
なら。足に力を込める。
「……チャンス」
「チャンスなんてねぇよ。お前はいつでも殺れる。道具が無くてもな」
俺は殺人鬼に向かって駆け出した後だったのでその言葉に反応する事ができなかった。
抵抗する間も無く首を掴まれ、絞められる。
息の詰まる感覚と体が宙に浮く不自然な感覚のせいで一気に意識が遠のく。
「京士郎‼︎」
「……来るなっ……!」
「だけど!」
今は筑也の相手をする暇は無い。
一刻も早くこの状況を打破しないと……。
殺人鬼の手に込める力が強く、窒息する前に首が折れる可能性がある。
殺人鬼に伸ばす腕はヨロヨロと宙をかいて届かずに、結局首の拘束を緩めようと首元に戻ってくる。
視界の端にエヴェレットが見えた。
俺を見据える瞳が何か言っている。
そして、昨夜の最後の防衛術を思い出した。眠気でよく覚えていなかったそれを、今、思い出した。
俺は、息を止めて一瞬思考をクリアにする。その刹那で、脳から体に命令を下す。
足を後ろに投げて、サッカーのPKの様に、振り子のエネルギー保存の法則の従うままに足先が殺人鬼の顎を打った。
次の瞬間、首の拘束が解けて、俺は駆け足でその場から離れてエヴェレットの側に駆け寄る。
エヴェレットが目配せで俺にグッジョブと言った。
「……良くやったね、昨晩の僕の苦労も無駄ではなかったみたいだ」
「ふざけろエヴィー。なんで助けてくれねぇんだよ。筑也と理沙は守ったくせによ」
「僕は君からの此花さんを守れという命令を遂行していただけだよ。……それに、自分を罵倒した相手を助けたいと思うかい?」
「ぐっ……それは……悪かったよ。でも、どうすんだよ。万策尽きたぞ」
「うーん。どうしようか」
「え……。まさかマジでノープランなの? 嘘だろ神様ぁ……」
「ノープランなのは君だよ。この状況をどうにかするのは君の役目だ。監視役の僕は見ているだけさ」
「その観察観察って止めねぇ? お前は死にたくねぇだろ?」
「いいや」
耳を疑った。
そのいいやは生きたい方のいいやか、脳内処理がエラーを引き起こす。
そんな俺に構わずエヴェレットは言葉を続ける。
「まあ、そんなくだらないことは生きて家に帰ってからしよう。今はひたすら策を考えるんだ」
「……ああ」
どうすればいい、俺が出せる全ては出し切った。心配なのは筑也と理沙だ。二人の方に行かれたら正直どうしようも無い。しかし、この中であいつに対抗できるのはエヴェレットだけ。でもそれだと一葉が危ない。エヴェレットは今まで何度かあいつに対抗していた。
ナイフを防ぎ、やつの意表を突いて足を取り、そしてそして……。
……。
……?
まてよ?
エヴェレットの奴、ナイフを防いだって、どうやったんだ?
手には何も持ってなかったはず。糸で防げる代物じゃ無い。
なら?
考え得る答えはひとつ。
エヴェレットハスデデナイフヲハジキトバシタ。
「……なぁ、エヴィー。お前なら、あいつを止められるか?」
「出来るよ。でも僕はやらない。君の可能性の方向性を僕が決めるのはルール違反だ」
「即答って事は……いけるか?」
「だから僕はやらないと……ってうわぁっ‼︎」
俺は問答無用でエヴェレットの背中を押して殺人鬼の前へと押し出した。
一葉をの無事を確認したら、後は終わるのを待つだけだ。
……これで、終わる。
もう既に考えるより先に手が出る様になった殺人鬼はエヴェレットにスタンガンを突き出す。
でも。
エヴェレットはその手を掴んで片方の手で手首に手刀を入れてスタンガンをはたき落とした。そのまま手を引いて殺人鬼の懐に入ると、エヴェレットは笑った。
「動きにキレが無いし読みやすい攻撃。それに、人間には弱点が沢山あると言ったはずだよ? ……だから僕に接近を許した時点で君の負けだよ」
「……なん」
エヴェレットは殺人鬼の首に一撃手刀を打ち込むと、殺人鬼の動きが止まり、その場に倒れこんだ。
筑也が声を出す。
「終わった……のか……?」
「……ああ、大丈夫だよ。気絶してる」
俺は意気揚々と奴に近づく。
エヴェレットは俺を見てため息をついた。
「理由はちゃんと……」
とエヴェレットが言いかけたところでパトカーのサイレンが聞こえた。
もうすっかり暗くなった住宅街が赤いランプに照らされている。確実に、こっちに来る。
「は? なんでパトカーなんか」
「きっと近所の誰かが通報したんだろう。……まぁあれだけ物音を立てれば当然か。おい、逃げるぞ」
「いやいや、逃げる必要なんて……」
「馬鹿かお前。この状況を見て俺達を味方する人なんて誰一人位ねぇし、信じるはずが無い。それに、俺達はほぼ学生だ。この時期に補導なんて有り得ない」
「僕もその案に賛成だな。事をややこしくするだけにしかならない」
「……くそっ、どうしようもねぇのか。……分かった、逃げよう」
「篠村くん、理由は後で聞くよ」
「分かってるさ」
俺は一葉の方を振り返る。不安そうな表情をする一葉は俺の手を掴んだ。
「……先輩」
俺の手を掴む力が一層強くなった。
「大丈夫か? 怪我はして無いか?」
「……大丈夫です」
駆け出す。取り敢えずは逃げなければ。
心配していることは分かる。ここで逃げるという事は、殺人鬼をまたこの世渡市内に放すと言う意味だから。
口を開かずに呟く。
「分かってる。次会った時は、必ず決着を付けてやるからな」
走って行く帰路には、灯りと野次馬が溢れかえっていた。
人数で負けているにもかかわらず殺人鬼は未だに余裕の表情を崩さない。
そして、人気の無い廃材置き場に夕陽のサーチライトが黒い影を地面に貼り付ける。
……ったく、どっかのドラマかよ。これ以上に無いってほどに場が整っていやがる。
これも全部、エヴェレットの計算のうちだと?
だとしたら、とてつもなく気分が悪い。いい未来が待っていても、それが全部手のひらなんて本当に胸糞悪い。
取り敢えず、不安を取り除くために大声を出してみる。
「……俺の心配もこれじゃあ台無しだな、勝手に来てんじゃねぇよ筑也ぁ!」
「は、はあ⁈ こっちこそ心配して追ってきたんだろうが! しかもなんなんだよこれ、一体どんな状況だよ! 早く説明プリーズ!」
「ここにいんのはただの殺人鬼だ‼︎ お前もニュースくらい見てんだろ⁉︎ 分かったなら早くこっから逃げろ!」
「え⁈ 殺人鬼って……どうして京士郎がそんな……」
「俺だって知りてぇよ! でも今はお前らがいるとかえって邪魔だ!」
「……勝手に話進めて楽しいかよ、ガキってのはいつも人を仲間はずれにするよなぁ。リア充リア充リア充! どこに行ってもリア充ばかりだ‼︎ うんざりすんだよなぁ、イライラすんだよなぁ! ……もううるさいから耳をふさぐのも面倒臭いな。……もう殺すか」
殺人鬼が業を煮やして声を荒げる。
それに恐怖して理沙は筑也の背後に、一葉はエヴェレットの背後に隠れる。
殺人鬼のポケットの入り口が光を放った。ナイフだ。
思わずに身構える。
何も無いとは思うはずが無いけれど、実際目にするとやっぱり恐ろしい。
そして。
「まずは、お前だな」
料理を始める主婦のようにごく普通の口調で、奴はそう言った。
向かい合うのは、俺だ。一進一退で後ずさる。
離れた場所からエヴェレットが小声で俺にアドバイスをする。
「篠村くん、やり方はわかっているかい?」
「お前が直々に教えてくれたんだ。最初は失敗出来ねぇよ」
脳内で、イメージを何度も反芻する。
昨夜、俺はエヴェレットから防衛のための体術的なものを教わった。そのおかげでエヴェレットは寝不足になっていた。
何回か痛い思いはしたが、自分で効果をあるものを体感して選ぶ必要があったので、その程度の苦労は致し方無い。殺人鬼と対峙する恐怖に比べれば。
殺人鬼がナイフを前方で構える。
そして、一気に駆け出して距離を詰めてくる。
「…うおらあっ‼︎」
「っ! こんなんでっ‼︎」
下から斜め上に振られたナイフを避ける。
すると、次はナイフが心臓を狙って突き出されてくる。
辛うじて身をかわし、その腕の手首を掴む。
「これでどうだっ!」
手をこちら側に引くと同時に片方の手で殺人鬼の顎を掴んで明後日の方向へと向け、奴の平衡感覚を失わせる。
エヴェレットから教わった防衛術。頭の向きを急に変えることで、平衡感覚を奪い相手の意識を一瞬でもバランスを取る自己防衛に走らせて、その内に一気に攻める。
後は、柔道の応用だ。
「……ガキがぁっ‼︎ 離せぇっ……」
「話すかよ畜生! 逃すはずがねぇだようがよ‼︎」
手を引いたまま、距離を詰めて殺人鬼を押し倒そうと殺人鬼を押す力を強くする。
「させるか……!」
当然の反抗。だが、それも遅い。
殺人鬼はすでに上半身が仰け反っている。
右足を投げ出して、勢いのままに大外刈り。
予想外の攻撃に殺人鬼はなすすべが無いままに背後に倒れこんだ。
顎を掴んでいた手を顔面に回して後頭部を地面に打ち付けた。
罪悪感を感じている暇は無かった。
「んで⁈ 後はどうしたらいい!」
「……まさか、そこまでしか考えていないのかい⁉︎ 早くうつ伏せにしてうでの自由を奪うんだ!」
「う……うつ伏せ⁉︎ この状態うつ伏せじゃねぇの⁈ うでの自由ってどうすりゃ……」
「……遅んだよ……このガキがぁ……‼︎」
「ぐほっ‼︎」
「馬鹿か京士郎⁉︎ それ位わかれよ!」
筑也が頭を抱えて叫ぶ。
躊躇っているうちに手の拘束を振りほどかれて、みぞおち部分を蹴り抜かれて数メートルの距離を転がった。
腹部の激痛にのたうち回りながら、それでも辛うじて視界を殺人鬼に向ける。
もう奴は俺の必死の睨みも既に意に介さなかった。
「……手間取らせやがって、お前はいつでも殺れる」
殺人鬼はそのまま視線を理沙と筑也へ移す。
……やばい……このままじゃ二人が、仲直りしてまた会えたってのに……!
無防備な二人に向き合う殺人鬼。その目には喜び以外一切の感情が無い。
だが。
その背中にこぶし大の石が投げつけられた。
突然の邪魔に、殺人鬼が振り返る。
「標的はこっちにもいるのに、どうしてそちらを先に狙う? この中で一番年上の僕を真っ先に危険だと判断しないなんて、殺人鬼とは言ってもたかが知れる。……ほら、人を殺すのにそんな道具が必要かい? 人には弱点なんて幾らでもある。それなら」
「舐めるなよこのクソ野郎が‼︎」
殺人鬼の手中のナイフがエヴェレットに向かって投げられたが、それは容易に弾かれる。
邪魔された事が怒りをヒートアップさせ、かつ挑発で怒りのボルテージがマックスに到達する。
常人技とは思えない速さで駆け出してエヴェレットに向かって内ポケットから取り出したスタンガンを突き出す。
なのに。
それが届くことはなかった。
エヴェレットの手が素早く動く。
ソノテノウゴキガミエナイ。
殺人鬼が何故か足を前に投げ出して後頭部を地面に強打した。
さっきも打ち付けられたのに、これだけ頭をぶつけて大丈夫だろうか。……ああ、人を殺している時点でもうまともでは無いか。
「注意不足に単調な不意打ち。それじゃあ、僕は殺せない。君以外を全員、ただの一般人だと侮ると自分に返ってくる。その身に沁みたかい?」
「……こんな……事で!」
何が起こったがよく分からない。
よく見ると、奴の足に釣り糸のようなものが絡み付いている。糸はエヴェレットの手と、先ほど投げた石に繋がっていた。
殺人鬼は素早い動作で糸を外して立ち上がる。息が上がって、疲れているみたいだ。
奴は再び標的を変える。俺だ。
「……やっぱ、殺せる奴から殺った方が早いな。おい、下手に動くなよ。痛い思いして死にたく無いだろ?」
「…………のかよ」
「あ? 聞こえねぇよ」
「……っ! お前殺人鬼だろ⁉︎ あんな、あんなろくに働きもせずにギャンブルだけで生きてるようなニートに負けてもいいてっのかよ‼︎」
「篠村くん……流石の僕でもそれを言われると傷付くよ。それに僕は自立してる、君自身引きこもりをだって事を忘れるなんて」
「う、うるせぇよ⁈ ……なぁ、あんたにもプライドくらいあるだろ。あるんだったら……」
「……うるせえなぁギャアスカギャアスカ騒ぎたいんだったら他所でやれよ。……俺にも確かにプライドはあるけどよぉ、社会的地位は別にどうでもいい。実力でかなわなければそこまでだ。プライドの定義を世間体の押し付けとごっちゃにしてたら、……お前、サクッと殺されるぞ」
挑発も誘導も聞かない。
でも奴の武器はスタンガンだけ。それさえどうにかなれば……。
俺が腹を抑えて立ち上がった時、奴はその手のスタンガンを地面に落とす。
手の感覚が麻痺してきたのか? 拾う前に先制を……!
しかしそのまま歩いてくる。気付かないのか、スタンガンを落とした事を。
なら。足に力を込める。
「……チャンス」
「チャンスなんてねぇよ。お前はいつでも殺れる。道具が無くてもな」
俺は殺人鬼に向かって駆け出した後だったのでその言葉に反応する事ができなかった。
抵抗する間も無く首を掴まれ、絞められる。
息の詰まる感覚と体が宙に浮く不自然な感覚のせいで一気に意識が遠のく。
「京士郎‼︎」
「……来るなっ……!」
「だけど!」
今は筑也の相手をする暇は無い。
一刻も早くこの状況を打破しないと……。
殺人鬼の手に込める力が強く、窒息する前に首が折れる可能性がある。
殺人鬼に伸ばす腕はヨロヨロと宙をかいて届かずに、結局首の拘束を緩めようと首元に戻ってくる。
視界の端にエヴェレットが見えた。
俺を見据える瞳が何か言っている。
そして、昨夜の最後の防衛術を思い出した。眠気でよく覚えていなかったそれを、今、思い出した。
俺は、息を止めて一瞬思考をクリアにする。その刹那で、脳から体に命令を下す。
足を後ろに投げて、サッカーのPKの様に、振り子のエネルギー保存の法則の従うままに足先が殺人鬼の顎を打った。
次の瞬間、首の拘束が解けて、俺は駆け足でその場から離れてエヴェレットの側に駆け寄る。
エヴェレットが目配せで俺にグッジョブと言った。
「……良くやったね、昨晩の僕の苦労も無駄ではなかったみたいだ」
「ふざけろエヴィー。なんで助けてくれねぇんだよ。筑也と理沙は守ったくせによ」
「僕は君からの此花さんを守れという命令を遂行していただけだよ。……それに、自分を罵倒した相手を助けたいと思うかい?」
「ぐっ……それは……悪かったよ。でも、どうすんだよ。万策尽きたぞ」
「うーん。どうしようか」
「え……。まさかマジでノープランなの? 嘘だろ神様ぁ……」
「ノープランなのは君だよ。この状況をどうにかするのは君の役目だ。監視役の僕は見ているだけさ」
「その観察観察って止めねぇ? お前は死にたくねぇだろ?」
「いいや」
耳を疑った。
そのいいやは生きたい方のいいやか、脳内処理がエラーを引き起こす。
そんな俺に構わずエヴェレットは言葉を続ける。
「まあ、そんなくだらないことは生きて家に帰ってからしよう。今はひたすら策を考えるんだ」
「……ああ」
どうすればいい、俺が出せる全ては出し切った。心配なのは筑也と理沙だ。二人の方に行かれたら正直どうしようも無い。しかし、この中であいつに対抗できるのはエヴェレットだけ。でもそれだと一葉が危ない。エヴェレットは今まで何度かあいつに対抗していた。
ナイフを防ぎ、やつの意表を突いて足を取り、そしてそして……。
……。
……?
まてよ?
エヴェレットの奴、ナイフを防いだって、どうやったんだ?
手には何も持ってなかったはず。糸で防げる代物じゃ無い。
なら?
考え得る答えはひとつ。
エヴェレットハスデデナイフヲハジキトバシタ。
「……なぁ、エヴィー。お前なら、あいつを止められるか?」
「出来るよ。でも僕はやらない。君の可能性の方向性を僕が決めるのはルール違反だ」
「即答って事は……いけるか?」
「だから僕はやらないと……ってうわぁっ‼︎」
俺は問答無用でエヴェレットの背中を押して殺人鬼の前へと押し出した。
一葉をの無事を確認したら、後は終わるのを待つだけだ。
……これで、終わる。
もう既に考えるより先に手が出る様になった殺人鬼はエヴェレットにスタンガンを突き出す。
でも。
エヴェレットはその手を掴んで片方の手で手首に手刀を入れてスタンガンをはたき落とした。そのまま手を引いて殺人鬼の懐に入ると、エヴェレットは笑った。
「動きにキレが無いし読みやすい攻撃。それに、人間には弱点が沢山あると言ったはずだよ? ……だから僕に接近を許した時点で君の負けだよ」
「……なん」
エヴェレットは殺人鬼の首に一撃手刀を打ち込むと、殺人鬼の動きが止まり、その場に倒れこんだ。
筑也が声を出す。
「終わった……のか……?」
「……ああ、大丈夫だよ。気絶してる」
俺は意気揚々と奴に近づく。
エヴェレットは俺を見てため息をついた。
「理由はちゃんと……」
とエヴェレットが言いかけたところでパトカーのサイレンが聞こえた。
もうすっかり暗くなった住宅街が赤いランプに照らされている。確実に、こっちに来る。
「は? なんでパトカーなんか」
「きっと近所の誰かが通報したんだろう。……まぁあれだけ物音を立てれば当然か。おい、逃げるぞ」
「いやいや、逃げる必要なんて……」
「馬鹿かお前。この状況を見て俺達を味方する人なんて誰一人位ねぇし、信じるはずが無い。それに、俺達はほぼ学生だ。この時期に補導なんて有り得ない」
「僕もその案に賛成だな。事をややこしくするだけにしかならない」
「……くそっ、どうしようもねぇのか。……分かった、逃げよう」
「篠村くん、理由は後で聞くよ」
「分かってるさ」
俺は一葉の方を振り返る。不安そうな表情をする一葉は俺の手を掴んだ。
「……先輩」
俺の手を掴む力が一層強くなった。
「大丈夫か? 怪我はして無いか?」
「……大丈夫です」
駆け出す。取り敢えずは逃げなければ。
心配していることは分かる。ここで逃げるという事は、殺人鬼をまたこの世渡市内に放すと言う意味だから。
口を開かずに呟く。
「分かってる。次会った時は、必ず決着を付けてやるからな」
走って行く帰路には、灯りと野次馬が溢れかえっていた。
