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カイリの可能世界理論(非凡の物語)
- 第二十二話②ー世渡市内ーユクエシレズ -

「あー、重い。男だから重いものを持てってそれはただの偏見だぞ。ジェンダーってやつだぞ」
「私はまず持ち上げる事すらできないからしょうがないよ、うん」

買い物から帰ってきた。
今の俺の仮住まい。エヴェレットの家だ。
一旦ビニール袋を置いて軽く肩を回す。これ位で悲鳴をあげるとは、なんか自分に期待外れな感じだ。
気苦労も多かったせいか、少し休みたい。

「にしても、コトカって誰だよ。幽霊の知り合い?」
「ん〜、なんかパッと思い浮かんだ名前? 唯一私が忘れてない人の名前。もしかしたら会った事のある人物かも。心当たりないの?」
「接客業だからな人の名前も流れで覚えて流れで忘れていくからな、多分会った事はあるけどきっと印象にも残らなかったから忘れたやつかもな」

ドアを開けて玄関へ。
スリッパを履いてリビングへと…………。
………………………………………………………。
………………………………………………………おかしい。

「……カイリ、一旦外に出るぞ。静かにだ」
「え、どうしたの」

スリッパのまま外に出る。
明らかな違和感。玄関の鍵が開いていた。エヴェレットはそこらへんはしっかりしてるからしっかり鍵は締めるはず。廊下の空気。変に冷えていたのと、微かな異臭。臭いわけではなく、薬剤によくあるスッキリしたクリアな感じの。いつもなら料理の匂いが漂っていてもおかしくはない。
他にもかなりの数のおかしい部分があった。
……絶対にこんなのはおかしい。有りすぎだ。むしろ気付いてくれと言わんばかりの分かり易すぎる足跡が残っている。
……出かける前にエヴェレットが言っていた。『僕にだって限度がある』
そして、カイリも『分散させて被害を最小限にしようとしてるのかも』と。
違う。エヴェレットは気付いていた。能力で、俺たちが出掛けている時間帯に下野が行動すると知っていたから、殺される可能性の高い俺たち二人を逃したのか?
それとも……。

「……もし、何かあった時に応援を呼ぶ駒を残しておくため」

……なら、ここにやつがいるはずがない。下野はもうこの場から立ち去っている。
俺はまだエヴェレットの能力によって安全が確保されている。いる可能性が高いのであれば、もっと遠くへと追いやり帰りを遅くしたはず。
庭の方から周り込み、リビングへ続く窓に手をかける。

「……やっぱり開いてるか」

窓を一気に開けると、部屋の中に充満していた白い煙が飛び出してくる。
とっさに服で口元を覆い、煙を吸わないようにリビングからキッチンの換気扇を回し始めた。徐々に部屋の空気が澄んでいく。
すると、視界の隅に壁にもたれかかっているエヴェレットが映った。
取り敢えずリビングから庭へと引きずり出した。
見たところ傷は無く、争った形跡も全くなかった。息はしているから、死んではいない。

「……京士郎」
「どうだった? 一葉はいたか?」

カイリは横に首を振った。
家に一葉がいない、それが意味するのは分かりきった下野からのメッセージだった。
一葉の安否が分からない今、頼みの綱はエヴェレットだけだ。
意識のないエヴェレットの肩を揺すり頬を叩いたりして起こそうとする。

「おい!エヴィー! 起きろ!何があったんだよ!早く目を覚ませ‼︎」
「…………ぅ」
「カイリ、バケツに水入れてきてくれ。最悪水をかけて起こす」
「分かった!」
「……くっそ、最悪だ! 下野を早く見つけねぇと」
「…………う……篠村……くん」
「エヴィー! 何があった! 説明しろ!」
「京士郎! 水、持ってきた!」
「おお、エヴィーの意識が戻ったところだ」
「本当⁉︎ よかったやっと気がつい……ってうわぁっ‼︎」

カイリがつまずいて手にしていたバケツが宙を舞い水が降りかかってきた。
空中で空になったバケツが塀に当たり乾いた音が響いた。
服から雫が落ちる。五月とは言えど頭から水を被るのには少し早い時期だ。
……まぁ気分を落ち着くかせるには十分だ。

「……あ……ごめん……」
「いいよ……。エヴィー、目は覚めただろ?」
「……水を掛けられて起きない人はいないと思うよ」

半ば混乱していたがセルフミニ滝行のおかげで冷静になれた。
とは言っても時間の猶予があるわけではない。急がなければいけないのは変わらなかった。
タオルで頭を拭きながらエヴェレットに状況を確認する。

「んで? 何があったか簡潔に説明してくれ。下野が来ることは分かってて俺達を買い物に行かせたんだろ?」
「分かってたなら話は早い。まずは」
「分かってたならじゃねぇだろうが‼︎」

エヴェレットの余裕ぶった口調に腹が立って反射的に机に拳をぶつけ、大きな音がなった。
カイリが音に驚いて動きが止まる。けど、気にすることじゃない。

「……分からねぇよ、俺は何も。お前が考えていることが全然分からねぇ。これもお前の『見た』通りの展開か⁉︎ どうしようと結果は同じだったって言いたいのかよ!」
「篠村くん、僕は」
「今度は何が言いたいんだよ! これが全部予定通りっつわれても、何か起こった後にそんなこと言われても何も『見え』ない俺からしたら全部が全部言い訳にしか聞こえねぇんだよ‼︎ …………計画をするってそういう事なのは分かってんだよ、計画は最善の結果を目指して立てるものだろ? なのに、蓋を開ければ……。最善の結果って言われても俺からしたら全部最悪なんだよ……」
「……ごめん、思い込みを生んでしまうような言葉しか僕が言えないからだね。期待を裏切った事は謝罪するよ」
「……すまねぇ、感情的になってたな。…………俺も俺だよ。エヴィーに勝手に役割振らせて、でかすぎる期待を勝手に膨らませて、……なにより俺がエヴィーの能力に頼って自分は責任から逃れようとしてただけなんだよな」

何もかもが遅すぎた。今更、文句を言うのも、準備も、覚悟も、勇気も。
殺人鬼と引きこもり誰がどう見たって結果は同じ。殺人という行為に躊躇いを持たない異常者と他人と関わる事さえも嫌い自堕落な生活を送る弱者。
自分の存在意義を表してくれる物、自らの身の安全を確保してくれる物に縋る。
全てが他人任せ。なのに、責任を自分に感じる。
引きこもりは自分の存在意義と同時に自分が存在しなくてもいい理由を、常に天秤にかけ続けている。
後悔と未練はその副産物でしかない。気にするかどうかもその人次第だ。

「俺はこの数日、自分のやるべき事からは逃げずに向かい合ったてきたつもりだ。その努力が足りないって言うのなら、もっと走ってやる。……だから、エヴィー。出かける前の『一葉を守る』って約束、あれは守って欲しかった……」
「……言い訳にしか聞こえないと思うけど、僕より下野の方が上手だった。僕は『対策』は立てられても『作戦』は立てられない。下野ほど臨機応変に対応できる人物じゃないんだよ、僕は」

自分を元気付けてくれた後輩に傷を付けるわけにはいかない。
本来ならその役目は俺にあるはずだったんだ。
すると、今まで話を聞くだけだったカイリが笑った。

「……ふふっ」

そして何故か頭を撫でられた。

「……頑張ってるよ、二人共頑張ってる。だから、もう自分のやった事を後悔しないで」
「カイリさん、悪いね」
「いえいえ、これが今の私の『役割』だと思うし。……京士郎は弱音を吐いていいと思う。一週間前とは違って、すごい頑張ってるよ。ずっと前を向いてるもん、もっとゆっくりで良い。考えるのも頑張るのもスピードを合わせようなんて無理言うのも無しで」
「以外と……人の事見てるんだな」
「嫌味か? ……っいうか、私ずっとそれしか出来なかったしする事といえば観察だもん。それに、京士郎が思ってる程エヴィーも完璧じゃないし。抜けてるところ多いよ?」
「そうなのか? 料理得意だし部屋もきれいだけどな」
「料理は本とかサイト見てやってるよ。隠し味とか入れてるしね、結構努力家だよ?」
「隠し味……味覚には自信あるけど俺にはわからないな」
「そりゃそうだよ、だって隠し味が本当に隠れちゃってるもん」
「……マジで?」
「面倒くさがりだよ、エヴィーは。トイレットペーパー最後の一巻き残したりしてるよね」
「あれお前の仕業だったのかよ……。やられる側気分悪ぃからちゃんと変えといてくれよ」
「一人の時は変えたりしていたけど、他の誰かが変えてくれるんならと思ってね」
「それとエヴィーはシスコンですよ? 私倒れた時にエヴィーが介抱してくれてたじゃん。たまにぼーっとしてるなって思ったらずっと妹さんの写真見てるの」
「カイリさん、それは個人情報では……」
「……とまあこんな感じで、一葉ちゃんを取り戻す『作戦』を皆で考えようか」

……完全に持って行かれた。
未だに頭を撫でるカイリの手を退けてやっと笑うことが出来た。

「じゃあ、『作戦』はよろしくな、シスコン」
「シスコンと呼ぶのは止めてもらえないかな」
「あ! シスコンの頭も撫でてあげようか!」
「シスコンと呼ぶのをやめたらね」


*


その後の話し合いは順調に進み、状況の把握も速やかにすんだ。
エヴェレットの話によれば、あの白い煙は催眠ガスで、廊下からリビングに缶が投げ込まれてそれがガスを噴出した。種類は分からないがすぐにエヴェレットも意識を失ったので強力なガスだったのだろう。
万が一の事を考えて一葉は二階のエヴェレットの部屋のクローゼットに隠れるように言ったそうだが、俺達が帰った頃にはいなくなっていた。つまり、下野に連れ去られた。
場所はエヴェレットでも分からないらしい。
作戦とか言いながら完全に行き詰まった。

「つーか、催眠ガスを使うって事は下野もエヴィーとは会いたくない相手だったってことだよな、前にあれだけコテンパンにされてたし」
「でも、ならどうして僕を殺さなかった? 眠っているうちなら楽だったはずだ。その僕を無視して一葉さんの誘拐を最優先にするなんて、後々のことを考えれば危険分子は排除しておきたいものだけどね」
「他の世界ではどうだったんだよ、そこまで『見える』か?」
「ああ、大丈夫だ。高確率で殺されているよ」

エヴェレットは、平然とした表情でそう言った。
殺されなかっただけマシなはずなのに、「なぜ殺さなかった?」なんて俺だったら言えない。考えたくない。
やはりそこらに関しては感覚がずれている。
しかし、エヴェレットが殺されなかった理由に一つ思い当たった。

「……簡単なことじゃねぇの? 催眠ガスは用意してもガスマスクは用意してなかった。ガスマスク無しで眠っているエヴィーを殺そうとして、もし抵抗でもされたらその数秒で自分もガスを吸って眠ってしまうから。俺が来た時には大分ガスが薄れてたんだろうな、服で口元を覆う程度でも耐えられた。下野みたいな奴からすれば、大の大人がすぐに眠ってしまう強力なガスの海に飛び込んで自滅、なんてマヌケな事したくなかったんじゃねぇの?」

もし、ガスマスクが無かったらの話だが。
ガスとは言えど仮にも薬剤だ。通常の睡眠と違って身体の疲れが取れたら起きる、なんてことはありえない。それでも長時間の足止めは可能だ。奴の場合、自らの危険を冒してまで危険分子を除外するよりも、危険分子の動きを封じている間に危険分子を遠ざけるための撹乱をするだろう。
俺の考察は必ずしも外れたものではないはずだ。

「……そうだね、そういう事にしておこう。じゃあ、次は一葉さん救出の作戦だ。その前に一つだけ、言っておきたい事がある。それを理解した上で、二人には動いてもらいたい」

……その作戦を聞き入ろうとカイリは前のめりになる。
俺の脳内に、どうしても今のエヴェレットの言葉が引っかかる。
頼らないと決めたが、やはり不安になる。
『二人には動いてもらいたい』。目線からして二人が示す人物は一目瞭然だった。


*


時は20分後、池の宿公園入り口。

もう探す場所がない。
この公園も、廃材置き場も、この世界に来てから関わった場所は全て回りきった。
下野の場所が分からない以上、こちらから探すしか無かった。
そうして諦めた時だった。
カイリが何かを見つけた。

「あ……」
「どうしたカイリ、下野を見つけたのか?」
「うん」
「マジか! どこにいっ……」
「静かに」

カイリが俺を物陰に連れて口をを封じられた。
カイリの真剣な表情の先に、俺も見た事のある後ろ姿を見つけた。
下野だ。
こいつはエヴェレットからの注意をちゃんと覚えていた。
『下野を見つけたら、気付かれないように尾行するんだ。奴の行動と仕草から一葉さんの場所を特定できるようだったら連絡してくれ』
俺は注意深く行動していない。

「そろそろ、行くよ」

カイリが俺の口を封じていた手を退けて尾行しようとした。
その時、目の前を下校中だと思われる女子高生の集団が横切った。
その一団は俺達が物陰にいるのを見るとさもわざとらしく大きな声を出して俺達を罵倒した。

「うわーなにあれ」
「リア充とかキモくなーい?」
「白昼堂々と見せつけんなよな」
「別れちゃえばいいのにー」
「別れろとか酷い事言わないでよーウケる」
「ホントウザい」

かなり大きな声だった。
まぁ確かに他人から見たら男に女が体を寄せ付けあってる風にしか見えないだろうけど。
入り口から道路を挟んだ通行人が振り向く。絶対に奴にも聞こえている。
そんな声出すなよ、関係ないだろ。リア充じゃねぇし。こっちは人の命かかってんだよ、邪魔なのはどっちだよ。
確か下野はリア充をこの上なく嫌っていた。つまり、この大声は下野を呼ぶ最高の挑発行為に他ならない。
部外者のヤジに怒りを覚える。
俺は人生で最上級の睨みを利かせてその女子高生達を睨みつけてやった。
それを見た集団は今度は明確な敵意を向けてきた。

「あ? こっち見んなよ」
「見せつけたがりは帰って下さ〜い」
「わー怖い怖い」
「イチャイチャは部屋でしてろよ」

暫くして移動速度がカタツムリ並みの集団が過ぎていった。
すると、カイリが離れて何故か謝罪した。しかも顔が赤くなっている。

「あ、あははー。ごめんね、そんなつもりじゃ無かったんだ」

え、カイリさんなに恥ずかしがってんすか? 俺も恥ずかしくなるからやめて?
俺は気にしてない風に決め込んで公園の入り口を示す。

「さっきので気付かれてる可能性あるけど、それで諦めるってわけにはいかない。野次馬とかは無視しろよ」
「う……うん分かった」

その路地には下野の姿は無かった。きっと通り過ぎたんだろうが、まだ間に合う。
入り口を出る時、女子達の声を聞いていた通行人が俺達にあの女子達のと同じ様な軽蔑の視線を向けていたが、俺が睨み返すとそっぽを向いた。
俺は公園を出る瞬間だけ、この世から自分の味方がいなくなった様な錯覚に陥った。

にんじんジュースがマジでにんじんの味しかしない。
むしろにんじん汁でしょ。苦いわぁ。
さてと、頑張りますか。
<2017/02/05 16:32 ソト>消しゴム
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