Side:篠村京士郎
体が氷の様に冷えてどうにも動くことができない。
俺は何をしていたんだ? 記憶が途中で途切れている。
確か……エヴェレットの家にいて。
それから……。
……駄目だ、何も思い出せない。
何かをしていた気はするんだが、体の感覚が一切ないということは、気を失ったりしたんだろう。それなら気を失うきっかけがいまいち分からない。
……いやそれよりも。
この冷凍庫の中にいる様な寒気はなんなんだ⁉︎
めちゃくちゃ寒いし、体は動かせないし。……まさか体が凍った?
ありえ……ないか。それならもう心臓も止まって死んでるはずだしな。
死んでるはず? 死んだのか。
どちらにしろ、まだこんな思考が出来るってことは死んでないんだな。
一葉が心配だ。さっきまであれほど泣いていたのに俺がまた倒れたりしたらもっと泣くよな。意外と泣き虫な部分があるからな。
後輩で気が会うとは言え、迷惑はかけても世話と心配はかけたくねぇな。
カイリもそうだ。いつもはチャラチャラしているけどああいう奴は大抵キャラじゃないことはしたくないと自分のことは話さないからな。
落ち着いたら話でも聞いてやろうか。
たまにはいい暇つぶしになるし気分転換にもなる。あいつがどういった存在なのか知る機会でもあるしな。
左腕の怪我も早く治さないとな。
*
まだ春なのに嘘の様に冷える。
『どうしたの? いきなりボーッとしちゃってさ。……あ、もしかしてやっぱり二人を許しておけば良かったと後悔の念にとらわれて』
『囚われてねえよ! ……そんなこと思うはずがないだろ。……少し、昔のことを思い出しただけだ』
革靴でもないのに暗いアスファルトに響く靴の音。
『いえ、どうして先輩の隣に並ばなければいけないのですか? というより、普通に呼び捨てにしますね。しかも名前の方を』
『あー、まぁ苗字でも良かったとは思うがこの場で此花っていうとなんかお前が痛い人に見えるだろ。ってか、今先輩っつったか?』
左手に持っていたはずのポリ袋の感触と独特のクシャクシャした音がしない。
『いえ、だから先輩が知ってると思って私は戻ってきたんですけど……』
『……ねえ京士郎、話が噛み合ってないよ? 一回状況を整理したらどうなの?』
『ああ、そうだな……なあ、一回何があったか聞かせてくれねぇか? 俺も、昨日の夜からの記憶がねぇんだよ』
……昨日の夜。何をしていたんだっけ。エヴェレットの家で寝てた……様な気がする。
「……い! ……おい! 兄ちゃん、大丈夫か? こんな真昼間から地面に寝っ転がってると、車に轢かれんぞ!」
……ホントウニ? ネテタノ?
本当だよ、昨日だってエヴィーに治療してもらって……。
エヴェレットッテダレノコトカナ?
はぁ? 忘れたのかよ、結構いろんなことしてもらったじゃねぇか。
ナニカヲシテモラッタオボエハナイヨ。
……薄情なやつだな、第一、お前誰だよ。
ダレデモイイヨ。キミハイママデナニヲシテイタンダイ?
何って……殺人鬼と戦って……それで……。
ソレデ?
何を……怪我をした。それと……。
ケガ? ドコヲケガシタノ?
左腕、ナイフで刺されただろ? なんでそんなことを聞くんだよ。
ナンデ?ナンデッテソレハ……。
そいつは俺の左腕を指差して、言った。
キミ、ヒダリウデドコロカドコモケガシテナイヨ?
「…………ハァッ!」
目がさめると物凄い勢いで起き上がった。
冷えていた体が元の感覚を取り戻し、身体中の体温が戻って体が火照る。
嫌な夢を見ていたせいか、嫌な感触の冷や汗が全身を包み込んだ。
何を焦っているのか、息切れが酷い。
一度、深呼吸をして落ち着こう。
…………。
……あれ、何で道のど真ん中に座ってんだ?
よくこんな所にいて轢かれずにすんだな。
左腕をついて立ち上がった。ズボンを叩いて砂を落とす。
それはそうと、早く家に帰ろう。外に出ていた理由さえも思い出すことができないけれど。
「……ただいま」
親はいなかった。時間を見ると、親が帰ってくるまでにまだ少しだけ時間があった。
何もすることがないのでテレビを付ける。
やっていたのは午後のワイドショー。
……これじゃない。
チャンネルを切り替える。ニュース番組。だけど、探している何かを報道していない。
次のチャンネル。コマーシャル中だった。
次へ。ニュースだったがやはり違う。
何だ? 俺は何を探している?
アニメが見たいんじゃない。違う、これでもない!
地上波を一通り見て、最初のニュース番組に戻ってきた。
番組表を開く。オプションから番組情報へ。
…………。
違和感の正体に気付いた。
……どこも、殺人鬼逮捕の報道をしていない。
おかしい、些細なニュースならまだしも、連続殺人犯だぞ?
一夜で熱が覚めるなんてあり得ない! 普通なら三日は報道しているはずだ。
スマホのSafariから検索をかける。
『連続殺人 下野』。検索。
0.15秒。俺の目的に該当するサイトは一つもない。検索エンジンのトピックにも何も書いていない。……いや、あった。『世渡市で連続殺人、足取りつかめず』。
タップ。
内容は、要約すればその殺人犯の情報提供を呼びかけるものだった。
待て、名前くらいはもう分かっているだろ、それなのにどうして。
急に画面が暗転した。
電源が切れたのではなく、単に電源ボタンを指で押してしまっただけだ。
ホームボタンを押してロック画面を開く。右にスライドしてパスワードを……。
パスワード入力画面でふと違和感を感じた。見間違いか?
画面を右スライド。
「……日付が、昨日じゃねぇか」
そして、どうして気付かなかったのか。
スマホを持っている左腕には、何の違和感も感じない。……傷ひとつ無い。
どうして痛まないことに疑問を持たなかった?
……さっき立ち上がる時に、左腕を使ったじゃん。
左腕、傷ひとつ付いてないよ? 殺人鬼の事なんて報道されるはず無いじゃないか。
だって、まだ逮捕されてないんだから。
スマホをソファの上に投げ出した。
「……っ、そんな事、俺は絶対に信じねぇ」
何も考えずに家を飛び出す。
追い風が吹く。太陽とは反対方向に駆け出した。
*
Side:此花一葉
耳にスマホを当てて相手が出るのを待つ。
10コール。……出ませんね。
側にいる黒い塊を撫でる。
そういう事ですか……、やっと、なんですね。
無事に家には入れましたけど、テレビを付けても目的のものはやっていませんでした。
きっと、先輩はもう目が覚めているのでしょう。そして、この事に気づかないはずはありません。だって、あれだけ傷を負ったのですから。
そして、何も変わっていなかったのですから……。
電話に出ない、という事は、行こうとしている先は、大体想像がつきます。
けれど、私のいる場所からだと少しだけ遠いです。
……一度、電車で隣の駅まで行かなければなりません、間に合うでしょうか。
先輩の家を訪ねて、それでも駄目だったなら……。
………………そういえば忘れていましたけど、バイトは大丈夫ですかね。
日にちを見る限りだと、心配する事はありませんが……。
とりあえず、向かいましょう。
「……早とちりだけは、しないで欲しいですね」
黒い塊が動いた。
*
改札口から出る。
確か、先輩の家はこっちだったはず。
「それにしても、次からはやめてよ? 私目立ちたく無いの知ってるくせに……」
走る。全速力で。事は一刻を争うはず。
……なんだか、ここ最近走ってばかりで疲れますね。明日は休みたいです。
ああ、明日はバイトがあるんでした。色々と、非現実的な事かありましたけど、一応、まだGWなんですね。
商店街もどきの通りを通り過ぎて、馴染みのアニメイトも通り過ぎる。
いつかの様なあの行列を今見る事は無い。
……先輩との共通点が初めてわかった場所。意外に気さくで優しくて、この人はどうして引きこもってしまったんだろうといつも疑問に思っていた。
「……まだ数日しか経っていないのに懐かしく思うなんて、笑っちゃいますね」
ようやくたどり着いた。
やはり家に先輩はいない。
代わりに出てきたのはその母親で、バイトかじゃなければ知らないそうだった。
「本当にごめんねぇ、でも、スマホを家に置いて行くぐらいだからすぐに帰ってくると思うの。それまで、家の中で待っていたらいいわ」
おばさんの何かありそうな笑みに思わずたじろいでしまいます。こういった人の笑顔は何かしら企んでいる顔ですね。
「いえ、この後急ぎの用があるので今はこれで失礼します。ありがとうございます!」
こういう時はきっぱりと言い切った方がいい気がします。
踵を返して歩き出す。
「そういえば、あなた京士郎とどういった関係なの? ……まさか京士郎の」
「違います!」
彼女と言われそうになったので否定。
何か言ってますけど後は無視して走り出します。
走っても、ここからじゃ遠いですね、間に合うでしょうか。
「ここは……」
私が平行世界で先輩に喝を入れた場所です。……今思い出すと恥ずかしい記憶ですけど。
それは兎に角、ここを真っ直ぐ行っても近道なんて知りませんし。
左側の道はバイト先のDelight mallにしか通じていませんし……。
「……あっ!」
……やっぱり、応援は、呼んだ方が良いですよね?
体が氷の様に冷えてどうにも動くことができない。
俺は何をしていたんだ? 記憶が途中で途切れている。
確か……エヴェレットの家にいて。
それから……。
……駄目だ、何も思い出せない。
何かをしていた気はするんだが、体の感覚が一切ないということは、気を失ったりしたんだろう。それなら気を失うきっかけがいまいち分からない。
……いやそれよりも。
この冷凍庫の中にいる様な寒気はなんなんだ⁉︎
めちゃくちゃ寒いし、体は動かせないし。……まさか体が凍った?
ありえ……ないか。それならもう心臓も止まって死んでるはずだしな。
死んでるはず? 死んだのか。
どちらにしろ、まだこんな思考が出来るってことは死んでないんだな。
一葉が心配だ。さっきまであれほど泣いていたのに俺がまた倒れたりしたらもっと泣くよな。意外と泣き虫な部分があるからな。
後輩で気が会うとは言え、迷惑はかけても世話と心配はかけたくねぇな。
カイリもそうだ。いつもはチャラチャラしているけどああいう奴は大抵キャラじゃないことはしたくないと自分のことは話さないからな。
落ち着いたら話でも聞いてやろうか。
たまにはいい暇つぶしになるし気分転換にもなる。あいつがどういった存在なのか知る機会でもあるしな。
左腕の怪我も早く治さないとな。
*
まだ春なのに嘘の様に冷える。
『どうしたの? いきなりボーッとしちゃってさ。……あ、もしかしてやっぱり二人を許しておけば良かったと後悔の念にとらわれて』
『囚われてねえよ! ……そんなこと思うはずがないだろ。……少し、昔のことを思い出しただけだ』
革靴でもないのに暗いアスファルトに響く靴の音。
『いえ、どうして先輩の隣に並ばなければいけないのですか? というより、普通に呼び捨てにしますね。しかも名前の方を』
『あー、まぁ苗字でも良かったとは思うがこの場で此花っていうとなんかお前が痛い人に見えるだろ。ってか、今先輩っつったか?』
左手に持っていたはずのポリ袋の感触と独特のクシャクシャした音がしない。
『いえ、だから先輩が知ってると思って私は戻ってきたんですけど……』
『……ねえ京士郎、話が噛み合ってないよ? 一回状況を整理したらどうなの?』
『ああ、そうだな……なあ、一回何があったか聞かせてくれねぇか? 俺も、昨日の夜からの記憶がねぇんだよ』
……昨日の夜。何をしていたんだっけ。エヴェレットの家で寝てた……様な気がする。
「……い! ……おい! 兄ちゃん、大丈夫か? こんな真昼間から地面に寝っ転がってると、車に轢かれんぞ!」
……ホントウニ? ネテタノ?
本当だよ、昨日だってエヴィーに治療してもらって……。
エヴェレットッテダレノコトカナ?
はぁ? 忘れたのかよ、結構いろんなことしてもらったじゃねぇか。
ナニカヲシテモラッタオボエハナイヨ。
……薄情なやつだな、第一、お前誰だよ。
ダレデモイイヨ。キミハイママデナニヲシテイタンダイ?
何って……殺人鬼と戦って……それで……。
ソレデ?
何を……怪我をした。それと……。
ケガ? ドコヲケガシタノ?
左腕、ナイフで刺されただろ? なんでそんなことを聞くんだよ。
ナンデ?ナンデッテソレハ……。
そいつは俺の左腕を指差して、言った。
キミ、ヒダリウデドコロカドコモケガシテナイヨ?
「…………ハァッ!」
目がさめると物凄い勢いで起き上がった。
冷えていた体が元の感覚を取り戻し、身体中の体温が戻って体が火照る。
嫌な夢を見ていたせいか、嫌な感触の冷や汗が全身を包み込んだ。
何を焦っているのか、息切れが酷い。
一度、深呼吸をして落ち着こう。
…………。
……あれ、何で道のど真ん中に座ってんだ?
よくこんな所にいて轢かれずにすんだな。
左腕をついて立ち上がった。ズボンを叩いて砂を落とす。
それはそうと、早く家に帰ろう。外に出ていた理由さえも思い出すことができないけれど。
「……ただいま」
親はいなかった。時間を見ると、親が帰ってくるまでにまだ少しだけ時間があった。
何もすることがないのでテレビを付ける。
やっていたのは午後のワイドショー。
……これじゃない。
チャンネルを切り替える。ニュース番組。だけど、探している何かを報道していない。
次のチャンネル。コマーシャル中だった。
次へ。ニュースだったがやはり違う。
何だ? 俺は何を探している?
アニメが見たいんじゃない。違う、これでもない!
地上波を一通り見て、最初のニュース番組に戻ってきた。
番組表を開く。オプションから番組情報へ。
…………。
違和感の正体に気付いた。
……どこも、殺人鬼逮捕の報道をしていない。
おかしい、些細なニュースならまだしも、連続殺人犯だぞ?
一夜で熱が覚めるなんてあり得ない! 普通なら三日は報道しているはずだ。
スマホのSafariから検索をかける。
『連続殺人 下野』。検索。
0.15秒。俺の目的に該当するサイトは一つもない。検索エンジンのトピックにも何も書いていない。……いや、あった。『世渡市で連続殺人、足取りつかめず』。
タップ。
内容は、要約すればその殺人犯の情報提供を呼びかけるものだった。
待て、名前くらいはもう分かっているだろ、それなのにどうして。
急に画面が暗転した。
電源が切れたのではなく、単に電源ボタンを指で押してしまっただけだ。
ホームボタンを押してロック画面を開く。右にスライドしてパスワードを……。
パスワード入力画面でふと違和感を感じた。見間違いか?
画面を右スライド。
「……日付が、昨日じゃねぇか」
そして、どうして気付かなかったのか。
スマホを持っている左腕には、何の違和感も感じない。……傷ひとつ無い。
どうして痛まないことに疑問を持たなかった?
……さっき立ち上がる時に、左腕を使ったじゃん。
左腕、傷ひとつ付いてないよ? 殺人鬼の事なんて報道されるはず無いじゃないか。
だって、まだ逮捕されてないんだから。
スマホをソファの上に投げ出した。
「……っ、そんな事、俺は絶対に信じねぇ」
何も考えずに家を飛び出す。
追い風が吹く。太陽とは反対方向に駆け出した。
*
Side:此花一葉
耳にスマホを当てて相手が出るのを待つ。
10コール。……出ませんね。
側にいる黒い塊を撫でる。
そういう事ですか……、やっと、なんですね。
無事に家には入れましたけど、テレビを付けても目的のものはやっていませんでした。
きっと、先輩はもう目が覚めているのでしょう。そして、この事に気づかないはずはありません。だって、あれだけ傷を負ったのですから。
そして、何も変わっていなかったのですから……。
電話に出ない、という事は、行こうとしている先は、大体想像がつきます。
けれど、私のいる場所からだと少しだけ遠いです。
……一度、電車で隣の駅まで行かなければなりません、間に合うでしょうか。
先輩の家を訪ねて、それでも駄目だったなら……。
………………そういえば忘れていましたけど、バイトは大丈夫ですかね。
日にちを見る限りだと、心配する事はありませんが……。
とりあえず、向かいましょう。
「……早とちりだけは、しないで欲しいですね」
黒い塊が動いた。
*
改札口から出る。
確か、先輩の家はこっちだったはず。
「それにしても、次からはやめてよ? 私目立ちたく無いの知ってるくせに……」
走る。全速力で。事は一刻を争うはず。
……なんだか、ここ最近走ってばかりで疲れますね。明日は休みたいです。
ああ、明日はバイトがあるんでした。色々と、非現実的な事かありましたけど、一応、まだGWなんですね。
商店街もどきの通りを通り過ぎて、馴染みのアニメイトも通り過ぎる。
いつかの様なあの行列を今見る事は無い。
……先輩との共通点が初めてわかった場所。意外に気さくで優しくて、この人はどうして引きこもってしまったんだろうといつも疑問に思っていた。
「……まだ数日しか経っていないのに懐かしく思うなんて、笑っちゃいますね」
ようやくたどり着いた。
やはり家に先輩はいない。
代わりに出てきたのはその母親で、バイトかじゃなければ知らないそうだった。
「本当にごめんねぇ、でも、スマホを家に置いて行くぐらいだからすぐに帰ってくると思うの。それまで、家の中で待っていたらいいわ」
おばさんの何かありそうな笑みに思わずたじろいでしまいます。こういった人の笑顔は何かしら企んでいる顔ですね。
「いえ、この後急ぎの用があるので今はこれで失礼します。ありがとうございます!」
こういう時はきっぱりと言い切った方がいい気がします。
踵を返して歩き出す。
「そういえば、あなた京士郎とどういった関係なの? ……まさか京士郎の」
「違います!」
彼女と言われそうになったので否定。
何か言ってますけど後は無視して走り出します。
走っても、ここからじゃ遠いですね、間に合うでしょうか。
「ここは……」
私が平行世界で先輩に喝を入れた場所です。……今思い出すと恥ずかしい記憶ですけど。
それは兎に角、ここを真っ直ぐ行っても近道なんて知りませんし。
左側の道はバイト先のDelight mallにしか通じていませんし……。
「……あっ!」
……やっぱり、応援は、呼んだ方が良いですよね?
