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カイリの可能世界理論(非凡の物語)
- 第二十九話①ー廃工場ーフィルインザブランクス -

Side:此花一葉

大きな廃材の山が崩れてホコリやら土やらが空気中を縦横無尽に飛び回る。
一瞬、鼓膜が機能しなくなったかのような振動と音で時が止まった錯覚に陥った。
目を開くと、自分の体に痛みはなくて、廃材の山に埋もれてもいなかった。

「……あ……危なかった」

背後からの声に振り返ると、同じように横たわった十秋さんがホコリが喉に入ったのか咳払いをしながら私を抱えていた。
……私は助けられたんですね。
数秒前と今の状況を考えてみれば否が応でもそんなことはわかってしまう。本当に、あの一瞬で命を救われたのだ。
山が崩れる直前、動けたはずなのだ。逃げることができたはずなのだ。逃げるためにここに隠れたのに、どうしてか体が動かなかった。頭に、逃げるという選択肢が浮かばなかった。逃げるために体が勝手に動いてくれなかった。

「ご……ごめんなさい、どうして……」
「そんな事は今はいい。……取り敢えずここから離れる」

そう言うと、十秋さんは私を抱えたまま煙と未だ崩れ続ける山の騒音に乗じて、距離をとる。
自分が横抱きになっていることを分かっていなかったので、突然の浮遊感に思考が混乱してしまう。
迷惑かけてばっかりですね、本当に。先輩を助けるために来たのに余計な荷物になってちゃいけませんね。

「すいません、もう……大丈夫です」

十秋さんは深呼吸をして気分を落ち着かせる私を見て、安堵したのか小さくため息を吐いた。
来るべきじゃなかったと思っているんでしょうか。
十秋さんは額の汗を拭いて、小声で囁いた。

「さっきのは……間に合ったからよかったけど、次は期待しないで。……後、本当にこの事が終わるまでは一度も安心をしちゃ駄目。警戒は常にしておかないと、とっさの判断ができないから」
「……」

安心……ですか。廃材の山に隠れて安心していた自覚はないですけど……こんなものは言い訳にしかならないですよね。
今は、物を掻き分ける音が工場内に響いている。埋もれたはずの私を探しているのだろう。しばらくは殺人鬼はあそこから動きそうにない。
もう一人の久茂さんが無事だと確認出来れば今すぐにでも逃げたいんですが……。
今出て行くと確実にバレてしまうから、動こうにも動けない。

「……ここを選んだのは失敗だったかな」

悔やむように眉を寄せる十秋さんは、ちょこちょこ殺人鬼の動向を伺っては自分の選択に落胆している。

「……私はよかったと思いますけど」
「え?」
「自分で動きもしなかった自分で言うのもなんですけど、今無事でいられたからあの時の判断は一番いい選択だったと思います」

この人には先輩みたいになって欲しくない。自分の選択を後悔して償おうなんて、自分を救ってくれた人が自暴自棄になっている姿なんて見たくないですし、何より……生きていられるのならそれまでの事が駄目だったなんて思いたくはない。

「……ありがたいけど、動けないのは本当だからね……?」
「文句は言いませんよ」

親指を立てると、十秋さんも笑みをこぼした。

「何か、私にできる事があったら言ってください。私もただ逃げるだけに来たわけじゃありませんから」

十秋さんはコクリと頷いて立ち上がった。
物陰の方が大きいお陰で、立っても気付かれない。
その後も結局動けずに、数秒ごとに動向を見ては隠れた。
暫くすると、靴の音が遠ざかった。

「……今なら行ける……かな」

物音を立てずにゆっくりと歩いて、工場からようやく抜け出せた。
外に出ると、気の早い蝉の鳴き声が聞こえた。今まで耳が寂しかったせいか、蝉の声で現実に引き戻されたような気がした。
車のエンジンはかけたままだった。
ドアを開けると、相変わらずうな垂れた先輩がいた。

「え……なんで……」

……はずだった。
ちょうど四人乗りの自動車には誰も乗っておらず、中にいたはずの人物だけが見つからなかった。

「……ねぇ、篠村くんは……どこにいるか分かる?」
「ここに……いたはずです。……そんな! だってここにいてって……ここまで案内しました!」

残ったのはその人物がここにいないことへ対する疑問と怒りだった。
周囲を見渡しても十秋さんの他に人影は見つからない。

「ここで……待ちますか?」

それはしてはいけない選択肢の一つだった。ここで待っていれば安全なことは確か。殺人鬼が襲ってくればすぐにでも車を出して逃げられる。
しかし、残った二人の安否も確認できないまま立ち去ることはできない。ましてや、協力をしたのにも関わらず、探すこともせずにただ待つのは人として最低だ。
ただ、その点十秋さんはまともだった。

「……いや……探さないと……置いていけない」
「……ですよね」

先輩は自分の身の程は知っていても、届かないと分かっていても一矢報いるために無茶だけはするような人だ。本来ならきっと車の中にいた。そういう事だけは守る人だ。
けれど、今は精神的に不安定だ。以前のような対応を期待出来ない。
もしかしたら、さっきの音で飛び出してきたのかもしれないし、待っている事ができずに先に逃げたのかもしれない。……後者の可能性はほぼゼロに等しい。
自分が安全でも他人の状況がわからない分、他人が危険である時に動かないのは辛いと思う。

「裏口の方から行った方が良いかもしれないです」

こっそりと移動して裏口に来た。自然と拳が硬く握られる。
特別変な様子は感じられない。静まり返っている。
扉を開ける。
キィィィと音が鳴ったが、誰かが来るような気配はしなかった。
忍び足で中に入る。工場の裏口辺りは物置だったのか、物が多く、散乱している。うっかりすれば踏んでしまいそうで、踏場に気をつけなければならなかった。
……それにしても、先輩も久茂さんもどこに? 確かにこの工場は広い構造ですが、それほど隠れる場所が多くもないはず。どうであれ無事であれば良いんですが。
暫く中に進んで行っても、誰も見つからなかった。殺人鬼も、二人も。
驚くほどに静まり返って、物音ひとつ聞こえない。

「……!」

突然、十秋さんが手で静止を促す。
手招きされて角からその先を覗くと殺人鬼が空間の真ん中で反対側を向いて仁王立ちしていた。
……見つけられなくて諦めたんですかね? 探している風にはとても見えませんが。
でも、あそこから動かないのであればある程度は自由が利く。
無視して他の場所に行こうとした時だった。
工場内に声が響いた。

「おい!」

びっくりして心臓が跳ね上がる。心拍数が一気に上昇して息苦しさを覚えた。
十秋さんが再び覗くと、やはり殺人鬼は向こうを向いたままだった。
それなのに、声は続いて発せられる。

「お前らがどこにいるかはとっくに分かってんだ。……それでもまだ隠れてるってんならそれは無駄だ。今すぐに隠れている物陰から姿を見せろ。……でなきゃ、分かるよな?」

声が終わる。
まさか、もう見つかっているんですか⁉︎
そんなはずは……物音ひとつ立てていなくて、あの殺人鬼は一度も見ていないのに?
どうやって向こうがこちらの場所を把握したかはわからない。が、そうなら隠れているのは得策じゃない。言葉の最後、具体的には何も言っていないけれど、何をするかは容易に想像がつく。
殺す、と言葉にせずに宣告した。

「……本意じゃないけど、出た方が良いかもしれない」
「私も同意見です」

出たらどうなるのかは知らないが、どうせなら殺されるまでの時間稼ぎはしたい。その間に他の二人が助かるのならなおさら良い。
おとなしく二人で物陰から姿を晒す。もう忍ぶ必要は無いので、出てきたという合図代わりに足元のゴミを踏んで音を出す。
その音に反応して殺人鬼が振り向いた。

「おっと?」

やっと出てきたか、みたいな言葉を予想していた矢先、全く的外れな返事が返ってきた。
それも、人を殺す前のあの笑顔ではなく、鳩が豆鉄砲を食らったような顔だった。
望んでいた人物ではなかったからそんな声だったのだと思った。
その後、おかしいものを見たような表情に変わりいきなり笑い出した。
それが不気味だった。

「アッハハハハハハ‼︎」

そして、直後の一言に凍りついた。

もう入学式があった人、7日に入学式始業式があるという人、新しい環境に怯えずに潜り込んで行けることを祈ってます。特に高校大学の入学は出会いの季節というよりも、喪失することの怖さを実感する季節のように思える。それまでの人間関係とか土地勘、色んなものを失って何も無い状態からスタートするなんて絶望するのもわかる気がするし。でも、一人でも友達が出来たのなら、たった一人だけの友達から色んなことが始まる。絶望に囚われずに始まりの感覚に少しでも触れれば全てが変わる。
<2017/04/04 00:06 ソト>消しゴム
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