不意に聞こえた鳥の鳴き声に目を開ける。
目の前に広がるは自室の天井、十数年間変わり続ける部屋の中で唯一変わらない壁紙の色がやはり俺の動こうとする気力を奪っていく。
時刻は昼過ぎ、今日は、バイトも無かったはずだ。
ベッドから降りてすぐさまパソコンに向かい合う。特に見たいものもなく、やりたい事も無かった。
ただ、何となくイヤホンの奥から流れてくる音を途切れさせないように次から次へと意味のない動画や音楽を再生していく。
しばらくの間はそんな感じでずっとだらだら過ごす。
誰も文句は言わない。家には誰もいない。誰かが訪れる予定もない。
どことなく気の抜けたまま欠伸と伸びをして、なんか体を動かした気分になってまた前傾姿勢に戻る。確実に何もなし得ないままの日々を、消費していく。
あっという間に夜になった。
自分と帰宅する母親の分の夕食を作り、二人分置かれたうちの一人分を黙々と一人で食べた。
そのままソファに行くと眠りそうなので風呂に入ってから自室にこもる。
ベッドに寝っ転がるとすぐに意識がなくなった。
次の日起きてから気付いたが、昨日でどうやらGW入って終わっていたみたいだ。
目覚めは良いものの、何故か体が怠い。ただじっとしている事に苛立ちを覚えて外に出た。
久々でもないが外の空気は体を通り抜けていくようで何だか心地良い。
そこから徒歩三分の公園に行ってベンチに座る。
公園内にある人影は少なかった。外出を控える人がここのところ多かったが、まだ不安が消え去りきってないんだろう。
数日前まで殺人鬼が跳梁跋扈していたのだ。出来ることなら誰だって外に出たくは無かった。俺だって、このGWの間ずっと家に引きこもっていたら、こんな気分にはならなかったのかもしれない。
…………。
今となってはただの空想論だ。夢か現実かはどうでも良い。あったのかもしれないならあったのかもしれないんだろう。証明出来なくても、自分がそれを信じて止まなくても、それがすっきりしたところで自分が本当に求めていたものが「ただの自己満足」だった事に気付くことはきっとないんだろうな。
「……やっぱり夢だったんかな」
思い出しても欠けていて謎な部分が多すぎて現実だと思うことが出来ない。
誰と何を話したのか、虫食い算の様に欠陥だらけになった記憶は、詳細には思い出せず、しかししっかりと思い出せる部分はあるのだ。
その欠けた部分が、どうして欠けているのか疑問に思わないのだから不思議だ。普通なら気になるだろうが、その欠けた状態が完成形というか、当たり前の様で特に混乱も起きない。
まぁ気にならないのだから気にしてもしょうがないな。
飲み物を組んで自室に戻ると、グデッとベッドに寝っ転がるカイリが視界に入った。
平行世界から戻って殺人鬼との決着を済ませて家に帰るとこいつはごく普通にベッドで眠っていた。
起きた時に、「どうして助けに来なかったのか」と尋ねたら、どうやらカイリは浮遊体の状態に戻ってしまった様で、行っても無駄だと判断したらしい。
これについては文句は言えなかった。
平行世界から帰ってGWが終わってから、生活は平凡に戻り俺はバイトに復帰してまた引きこもりをしている。
そして一週間が経った日。
人生二度目になる高校の制服を着用していた。
学校に行くわけではなく、引きこもり更生する気もない。
ただ、ベッドの上に無造作に置かれた一枚のハガキを見るなり、その内容は俺が以前まではまともな人間であったことを証明するものだった。
特に持っていく持ち物はない。取り敢えずスマホと財布に家の鍵。
玄関を開けて駅前のロータリーへ。
俺と同じ制服姿は見えない。平日で、しかもまだ9時過ぎなのだ。生徒がいるはずがない。
タクシーに乗り目的地を告げる。
そこから数分で目的地に着く。俺が車内に入った時に運転手は俺を「最近のガキは」みたいな目で見ていたが、俺が目的地を告げると同時に申し訳なさそうな顔になった。当然のごとく会話はない。俺が社会人であったとしてもこの状況で会話をする運転手なんていない。
鼻をつく線香の匂い、黒い衣装に身を包んだ集団に並べられたパイプ椅子。参列者は以外と多い。その中には見たことのある制服に身を包んだものもいた。
葬儀場は静かでも騒がしくもなかった。すすり泣く同世代の声が聞こえてくる。
焼香の順が回ってきた。
本来無所属だとか言ってるけど、宗教関係なく理沙と筑也に対して祈りを捧げる場を設けられたことは素直に嬉しく思った。
理沙と筑也の両親に挨拶をする。子供の頃は家に行ったりしていたので結構顔馴染みだ。俺が引きこもったことも知っている。
ただ、高校の友達よりも理沙と筑也との交友が一番長かったのは俺一人だけだ。
双方、何も言わずにすれ違う。
棺に向かう。
死体は結構綺麗な状態だった。詳しく解説するほどでもないのでそこは省く。
手を合わせて目を閉じる。
「最後の最後、あんな別れ方したのは俺も後悔してる。でも、話しかけてくれてありがとな。お前らの気持ちは、ちゃんと聞いて知ってるから。……それじゃあな、またいつか会おうぜ、幼馴染」
葬式はあらかた終わった。
後は死体を燃やして納骨の儀が残っているが、俺はここで帰る事にした。
その前に、理沙と筑也の両親に話しかけて、了承を得た上で、スマホに残っている写真を一枚見せた。
両親はその場でまた泣き出してしまった。俺はこの写真を後日現像して送るとだけ伝えてその場から離れた。
見せたのは平行世界で最後に理沙と筑也にあった時、スーパーでの一枚だ。じゃあなと言った後に、俺が何となく二人が歩く後ろ姿を写真に撮った。二人が照れ恥ずかしそうに笑いあっていた。
湿っぽい気分を吐き出してタクシーを呼んで自宅まで。
行きと同じ運転手だった。きっと近くで待機していたんだろう来るのが早かった。
自宅に帰ると珍しく母親がいた。
無視して部屋に行こうとしたら呼び止められた。
なんだよ。
「もう葬式は終わったの?」
「いや、途中で抜けてきた。焼香だけして。あとやらなくちゃいけないこともあるし」
「最後までいなさいよ、幼馴染なんだから」
「なら母さんも行けばよかっただろ、それに、納骨する場所って案外狭いから大人数入りきらないんだよ」
「あら……そんなに来てたの」
「たぶん同級生とかだな。理沙と筑也それぞれの知り合いクラスメイトが来てたから」
ただ学校サボりたいだけで来たやつもいたみたいだけどな。
それに、幼馴染が粉々になったところまで見たいと思わないし、小さい箱の中身がその人物だって言われる方がよほど堪えるからな。
「そう……。じゃあリンゴ食べる?」
「はぁ?」
話題の方向性定まってねぇぞ。いきなりなんだよ、葬式のトーンのままリンゴ食べるって聞かれてもどうにも答えにくいんだけど。
「そういえば、一週間前くらいにあんたの部屋にリンゴが一つだけ放っておいたから冷蔵庫にしまってあるって言ってなかったわね」
「どうしてリンゴが俺の部屋にあるんだよ……。てか今俺の部屋に入ったって言った?」
「取り敢えずまだとっておいてあるけど、形だけはすごい綺麗なリンゴね。どこ産?」
「いやしらねぇし。……リンゴねぇ」
渡されたリンゴを手に取る。
うん、ただのリンゴだ。
それと、何だろう。
これは……、少し確かめてみるか。
「ちょっと出かけてくる」
「うん、いってらっしゃい」
家から出ると、速攻でスマホからメッセージを送る。
送り主は此花一葉。そういえばあれから一回も連絡を取っていなかった。
すると、電話がかかってきた。
『……もしもし?』
「おう、元気か」
『元気ですけど』
「いまから俺の家来れるか」
『まぁ……そうですね。行けますけど』
「サボりか、平日だぞ」
『開校記念日なので休みです』
「まぁどうでもいいからとりあえず来い」
『……横暴ですね。どういう要件で向かう必要があるんですか?』
「お前が会なきゃいけない人がいるって言っておく」
『誰ですか?』
「……名前言っても分かんないだろうから言わない」
『じゃあいかないです』
「いや来い、後悔も得もしないはずだ」
『行くメリットも否定ですか……。分かりました、いまから向かいますね』
「家の前だぞ」
電話を切る。背後から声がした。
白い髪に蒼い目をした、以前は美少女だと思っていた少女。
わずかな沈黙の後に声がした。
「ねぇもしかして」
「違う。会わせるのはお前じゃない」
「うぅ……せめて最後まで言わせてよ、つまらないじゃないかぁ」
「言わなくても分かった。言ってもつまらなかった」
「それで、どこ行くの? ついてっていい?」
「あー、まぁいいか。お前にもほんの少しは関係のある事だしな」
「えー、行く気失せる」
「じゃあ来んな」
「行くぅ、行きますぅ」
それから十分ほどで一葉がやって来た。
タクシーで来ればいいのに、わざわざ歩いてきたのか。
片手を挙げると、特に反応もせずそのままトコトコ歩いてきた。
やって来た一葉と目と目が合った。
「……」
「……」
「……」
「……なんか言ってくださいよ」
「いや……」
目線をカイリに移す。目線を一葉に移す。目線が行ったり来たりする。
両者特に反応はない。
予想はしてたけど、やっぱりな。
「一葉」
「はい」
「後ろのこれ見えるか?」
「……家、ですね」
「よし、一回抱きついてやれ」
「ええっ⁉︎」
明らかに動揺した一葉が後ずさって俺から距離をとった。
……いや、抱きつくの俺じゃないからね?
カイリが一葉の背後に回って後ろから抱きついた。
一瞬一葉が前のめりになったかと思うとすぐに後ろを向いた。
カイリ人差し指で一葉の頬をつつく。
「……」
「……」
「え……カイリさん?」
「おお、見えてるんだな」
「え、見えるって言うか……いつの間に後ろに?」
「いやいつの間にってずっとお前の視界には入ってたぞ。確実に」
「いませんでしたけど」
「って言うかお前、ここ一週間一度でもカイリの事思い出した事あったか?」
「いや、それくらい……あり……あれ」
「ないだろ、やっぱりな」
一葉の頭上にはてなマークが数個浮かんだ。カイリはずっとその頬をつついている。
なら、次だ。
歩き出す。
「……よし、一葉、お前昼まだか?」
「ええ……食べてませんけど」
「なら昼食べに行こうぜ」
「え? え?」
何が起きているのかわからない一葉を置いて先に行こうとして振り返ると、慌ててついてきた。
今気付いたけどこいつ寝癖が直っていない。特に注意もしないが。
「……あっ」
「どうした?」
「いえ……なんでも」
「そうか、なら行くぞ」
先に歩き出した俺は、その後に一葉が発した言葉を聞き取る事はなかった。
「どうしたの?」
「いえ……先輩の制服姿初めて見ますね」
「あー、確かに私も見るの初めてだ」
「こういうのもなんですけど」
「うん」
「案外似合いますね」
「まぁ、確かにそうだねw」
*
よし、着いた。
閑静な住宅街、よく使われるこの表現、実は特徴がない街に使われる表現なんだよな。
文字通り住宅街の真ん中で立ち止まる。
ここで一つ質問をする。
「二人とも、この周囲で見覚えのある景色はないか」
「いえ……特には」
「どこここ?」
俺は近くの住宅の呼び鈴を押す。
数秒後、住人が出てきた。
背後の二人は何故か塀に隠れた。
「おい……」
「京士郎、ピンポンダッシュするならもっと逃げ道の多いところでやった方が……」
「違ぇよ、誰がそんな事するかよ」
二人が一斉に俺を指差した。
……こいつらは。
「いいから、とりあえず質問だ。……お前達、エヴェレット・タイムラインって奴は知ってるか?」
「?」
「どうしてそんなこと聞くんですか? 知りませんよ」
「うん、だよな」
俺はポケットから危うく潰れそうだったリンゴを取り出した。そしてそれを二人に差し出す。
二人は不気味がって手を出さない。
「いいから少し触るだけでいい、カイリも」
二人は恐る恐るリンゴに触れた。
「もう一度聞く、エヴェレット・タイムラインっていうのは誰だ?」
「何が言いたいの?」
「どうしてそんな事を? そこにいるじゃないですか」
カイリは俺の事を呆れた顔で見て、一葉は住宅から出てきた住人を指差した。
俺は振り返る。その栗色の髪をしたクウォーターと目が合った。
「つまり……こういう事だな?」
「そうだね、こういう事だよ」
俺は一人納得して、リンゴをしまい込んだ。
「……きっと、お前にこれ渡しても意味はないんだろうな」
「僕は元からこの世界にしか存在した事はないからね」
この返事に満足すると、改めて向き合った。
「こっちの世界では初めまして、だな。もう事情はあらかた知ってるんだろ?」
「だいたいの事は見させてもらった」
「よし、じゃあ上がらせてもらうぞ」
そうやって家の中に入ろうとすると、背後の二人からストップがかかる。
放っておいても大丈夫だと思ったんだけど。
「えっと、何が起きてるの?」
「さっきの質問、どういうわけか聞かせてもらってもいいですか?」
「……いいけど、飯食おうぜ。腹減った」
「篠村くん、君は仮にも初対面の人に堂々と上がりこんで昼食が用意されていると思っているのかい?」
「馬鹿なこと言うなよ、用意してあるんだろ」
「……君のその変な自信はどこから湧いてくるのか僕は知りたいよ」
「あるんだな、よし」
「葬式の直後なんだろう? もう少ししんみりした方がらしい気はするよ」
「え、先輩はまたそんな事を……。無理はしないでください」
「さっきのリンゴ、あれどういう事なの? ねぇ京士郎」
呆れた顔をしつつも嬉しそうなエヴェレットは平行世界のエヴェレットと変わらなかった。当然だろうけど、その事にすごく安心したのは確かだ。
カイリはいつにも増してわがままになったような気がするが慣れている。本当にどうしようもないときは……一葉を呼ぼう。
一葉はあれからよく会うようになった。ゲームもそうだし、一葉の同年代には趣味が共通する友人がいないらしいから構ってやってる。
俺は変わらない。バイトしてネットして引きこもりして、気まぐれでエヴェレットの家に行ったりする。
なんか色々な事があったけど、終わってしまえば「別になんともなかったな」と思う。そこら辺の楽天的な思考は俺が誇れる唯一の長所だ。
目の前に広がるは自室の天井、十数年間変わり続ける部屋の中で唯一変わらない壁紙の色がやはり俺の動こうとする気力を奪っていく。
時刻は昼過ぎ、今日は、バイトも無かったはずだ。
ベッドから降りてすぐさまパソコンに向かい合う。特に見たいものもなく、やりたい事も無かった。
ただ、何となくイヤホンの奥から流れてくる音を途切れさせないように次から次へと意味のない動画や音楽を再生していく。
しばらくの間はそんな感じでずっとだらだら過ごす。
誰も文句は言わない。家には誰もいない。誰かが訪れる予定もない。
どことなく気の抜けたまま欠伸と伸びをして、なんか体を動かした気分になってまた前傾姿勢に戻る。確実に何もなし得ないままの日々を、消費していく。
あっという間に夜になった。
自分と帰宅する母親の分の夕食を作り、二人分置かれたうちの一人分を黙々と一人で食べた。
そのままソファに行くと眠りそうなので風呂に入ってから自室にこもる。
ベッドに寝っ転がるとすぐに意識がなくなった。
次の日起きてから気付いたが、昨日でどうやらGW入って終わっていたみたいだ。
目覚めは良いものの、何故か体が怠い。ただじっとしている事に苛立ちを覚えて外に出た。
久々でもないが外の空気は体を通り抜けていくようで何だか心地良い。
そこから徒歩三分の公園に行ってベンチに座る。
公園内にある人影は少なかった。外出を控える人がここのところ多かったが、まだ不安が消え去りきってないんだろう。
数日前まで殺人鬼が跳梁跋扈していたのだ。出来ることなら誰だって外に出たくは無かった。俺だって、このGWの間ずっと家に引きこもっていたら、こんな気分にはならなかったのかもしれない。
…………。
今となってはただの空想論だ。夢か現実かはどうでも良い。あったのかもしれないならあったのかもしれないんだろう。証明出来なくても、自分がそれを信じて止まなくても、それがすっきりしたところで自分が本当に求めていたものが「ただの自己満足」だった事に気付くことはきっとないんだろうな。
「……やっぱり夢だったんかな」
思い出しても欠けていて謎な部分が多すぎて現実だと思うことが出来ない。
誰と何を話したのか、虫食い算の様に欠陥だらけになった記憶は、詳細には思い出せず、しかししっかりと思い出せる部分はあるのだ。
その欠けた部分が、どうして欠けているのか疑問に思わないのだから不思議だ。普通なら気になるだろうが、その欠けた状態が完成形というか、当たり前の様で特に混乱も起きない。
まぁ気にならないのだから気にしてもしょうがないな。
飲み物を組んで自室に戻ると、グデッとベッドに寝っ転がるカイリが視界に入った。
平行世界から戻って殺人鬼との決着を済ませて家に帰るとこいつはごく普通にベッドで眠っていた。
起きた時に、「どうして助けに来なかったのか」と尋ねたら、どうやらカイリは浮遊体の状態に戻ってしまった様で、行っても無駄だと判断したらしい。
これについては文句は言えなかった。
平行世界から帰ってGWが終わってから、生活は平凡に戻り俺はバイトに復帰してまた引きこもりをしている。
そして一週間が経った日。
人生二度目になる高校の制服を着用していた。
学校に行くわけではなく、引きこもり更生する気もない。
ただ、ベッドの上に無造作に置かれた一枚のハガキを見るなり、その内容は俺が以前まではまともな人間であったことを証明するものだった。
特に持っていく持ち物はない。取り敢えずスマホと財布に家の鍵。
玄関を開けて駅前のロータリーへ。
俺と同じ制服姿は見えない。平日で、しかもまだ9時過ぎなのだ。生徒がいるはずがない。
タクシーに乗り目的地を告げる。
そこから数分で目的地に着く。俺が車内に入った時に運転手は俺を「最近のガキは」みたいな目で見ていたが、俺が目的地を告げると同時に申し訳なさそうな顔になった。当然のごとく会話はない。俺が社会人であったとしてもこの状況で会話をする運転手なんていない。
鼻をつく線香の匂い、黒い衣装に身を包んだ集団に並べられたパイプ椅子。参列者は以外と多い。その中には見たことのある制服に身を包んだものもいた。
葬儀場は静かでも騒がしくもなかった。すすり泣く同世代の声が聞こえてくる。
焼香の順が回ってきた。
本来無所属だとか言ってるけど、宗教関係なく理沙と筑也に対して祈りを捧げる場を設けられたことは素直に嬉しく思った。
理沙と筑也の両親に挨拶をする。子供の頃は家に行ったりしていたので結構顔馴染みだ。俺が引きこもったことも知っている。
ただ、高校の友達よりも理沙と筑也との交友が一番長かったのは俺一人だけだ。
双方、何も言わずにすれ違う。
棺に向かう。
死体は結構綺麗な状態だった。詳しく解説するほどでもないのでそこは省く。
手を合わせて目を閉じる。
「最後の最後、あんな別れ方したのは俺も後悔してる。でも、話しかけてくれてありがとな。お前らの気持ちは、ちゃんと聞いて知ってるから。……それじゃあな、またいつか会おうぜ、幼馴染」
葬式はあらかた終わった。
後は死体を燃やして納骨の儀が残っているが、俺はここで帰る事にした。
その前に、理沙と筑也の両親に話しかけて、了承を得た上で、スマホに残っている写真を一枚見せた。
両親はその場でまた泣き出してしまった。俺はこの写真を後日現像して送るとだけ伝えてその場から離れた。
見せたのは平行世界で最後に理沙と筑也にあった時、スーパーでの一枚だ。じゃあなと言った後に、俺が何となく二人が歩く後ろ姿を写真に撮った。二人が照れ恥ずかしそうに笑いあっていた。
湿っぽい気分を吐き出してタクシーを呼んで自宅まで。
行きと同じ運転手だった。きっと近くで待機していたんだろう来るのが早かった。
自宅に帰ると珍しく母親がいた。
無視して部屋に行こうとしたら呼び止められた。
なんだよ。
「もう葬式は終わったの?」
「いや、途中で抜けてきた。焼香だけして。あとやらなくちゃいけないこともあるし」
「最後までいなさいよ、幼馴染なんだから」
「なら母さんも行けばよかっただろ、それに、納骨する場所って案外狭いから大人数入りきらないんだよ」
「あら……そんなに来てたの」
「たぶん同級生とかだな。理沙と筑也それぞれの知り合いクラスメイトが来てたから」
ただ学校サボりたいだけで来たやつもいたみたいだけどな。
それに、幼馴染が粉々になったところまで見たいと思わないし、小さい箱の中身がその人物だって言われる方がよほど堪えるからな。
「そう……。じゃあリンゴ食べる?」
「はぁ?」
話題の方向性定まってねぇぞ。いきなりなんだよ、葬式のトーンのままリンゴ食べるって聞かれてもどうにも答えにくいんだけど。
「そういえば、一週間前くらいにあんたの部屋にリンゴが一つだけ放っておいたから冷蔵庫にしまってあるって言ってなかったわね」
「どうしてリンゴが俺の部屋にあるんだよ……。てか今俺の部屋に入ったって言った?」
「取り敢えずまだとっておいてあるけど、形だけはすごい綺麗なリンゴね。どこ産?」
「いやしらねぇし。……リンゴねぇ」
渡されたリンゴを手に取る。
うん、ただのリンゴだ。
それと、何だろう。
これは……、少し確かめてみるか。
「ちょっと出かけてくる」
「うん、いってらっしゃい」
家から出ると、速攻でスマホからメッセージを送る。
送り主は此花一葉。そういえばあれから一回も連絡を取っていなかった。
すると、電話がかかってきた。
『……もしもし?』
「おう、元気か」
『元気ですけど』
「いまから俺の家来れるか」
『まぁ……そうですね。行けますけど』
「サボりか、平日だぞ」
『開校記念日なので休みです』
「まぁどうでもいいからとりあえず来い」
『……横暴ですね。どういう要件で向かう必要があるんですか?』
「お前が会なきゃいけない人がいるって言っておく」
『誰ですか?』
「……名前言っても分かんないだろうから言わない」
『じゃあいかないです』
「いや来い、後悔も得もしないはずだ」
『行くメリットも否定ですか……。分かりました、いまから向かいますね』
「家の前だぞ」
電話を切る。背後から声がした。
白い髪に蒼い目をした、以前は美少女だと思っていた少女。
わずかな沈黙の後に声がした。
「ねぇもしかして」
「違う。会わせるのはお前じゃない」
「うぅ……せめて最後まで言わせてよ、つまらないじゃないかぁ」
「言わなくても分かった。言ってもつまらなかった」
「それで、どこ行くの? ついてっていい?」
「あー、まぁいいか。お前にもほんの少しは関係のある事だしな」
「えー、行く気失せる」
「じゃあ来んな」
「行くぅ、行きますぅ」
それから十分ほどで一葉がやって来た。
タクシーで来ればいいのに、わざわざ歩いてきたのか。
片手を挙げると、特に反応もせずそのままトコトコ歩いてきた。
やって来た一葉と目と目が合った。
「……」
「……」
「……」
「……なんか言ってくださいよ」
「いや……」
目線をカイリに移す。目線を一葉に移す。目線が行ったり来たりする。
両者特に反応はない。
予想はしてたけど、やっぱりな。
「一葉」
「はい」
「後ろのこれ見えるか?」
「……家、ですね」
「よし、一回抱きついてやれ」
「ええっ⁉︎」
明らかに動揺した一葉が後ずさって俺から距離をとった。
……いや、抱きつくの俺じゃないからね?
カイリが一葉の背後に回って後ろから抱きついた。
一瞬一葉が前のめりになったかと思うとすぐに後ろを向いた。
カイリ人差し指で一葉の頬をつつく。
「……」
「……」
「え……カイリさん?」
「おお、見えてるんだな」
「え、見えるって言うか……いつの間に後ろに?」
「いやいつの間にってずっとお前の視界には入ってたぞ。確実に」
「いませんでしたけど」
「って言うかお前、ここ一週間一度でもカイリの事思い出した事あったか?」
「いや、それくらい……あり……あれ」
「ないだろ、やっぱりな」
一葉の頭上にはてなマークが数個浮かんだ。カイリはずっとその頬をつついている。
なら、次だ。
歩き出す。
「……よし、一葉、お前昼まだか?」
「ええ……食べてませんけど」
「なら昼食べに行こうぜ」
「え? え?」
何が起きているのかわからない一葉を置いて先に行こうとして振り返ると、慌ててついてきた。
今気付いたけどこいつ寝癖が直っていない。特に注意もしないが。
「……あっ」
「どうした?」
「いえ……なんでも」
「そうか、なら行くぞ」
先に歩き出した俺は、その後に一葉が発した言葉を聞き取る事はなかった。
「どうしたの?」
「いえ……先輩の制服姿初めて見ますね」
「あー、確かに私も見るの初めてだ」
「こういうのもなんですけど」
「うん」
「案外似合いますね」
「まぁ、確かにそうだねw」
*
よし、着いた。
閑静な住宅街、よく使われるこの表現、実は特徴がない街に使われる表現なんだよな。
文字通り住宅街の真ん中で立ち止まる。
ここで一つ質問をする。
「二人とも、この周囲で見覚えのある景色はないか」
「いえ……特には」
「どこここ?」
俺は近くの住宅の呼び鈴を押す。
数秒後、住人が出てきた。
背後の二人は何故か塀に隠れた。
「おい……」
「京士郎、ピンポンダッシュするならもっと逃げ道の多いところでやった方が……」
「違ぇよ、誰がそんな事するかよ」
二人が一斉に俺を指差した。
……こいつらは。
「いいから、とりあえず質問だ。……お前達、エヴェレット・タイムラインって奴は知ってるか?」
「?」
「どうしてそんなこと聞くんですか? 知りませんよ」
「うん、だよな」
俺はポケットから危うく潰れそうだったリンゴを取り出した。そしてそれを二人に差し出す。
二人は不気味がって手を出さない。
「いいから少し触るだけでいい、カイリも」
二人は恐る恐るリンゴに触れた。
「もう一度聞く、エヴェレット・タイムラインっていうのは誰だ?」
「何が言いたいの?」
「どうしてそんな事を? そこにいるじゃないですか」
カイリは俺の事を呆れた顔で見て、一葉は住宅から出てきた住人を指差した。
俺は振り返る。その栗色の髪をしたクウォーターと目が合った。
「つまり……こういう事だな?」
「そうだね、こういう事だよ」
俺は一人納得して、リンゴをしまい込んだ。
「……きっと、お前にこれ渡しても意味はないんだろうな」
「僕は元からこの世界にしか存在した事はないからね」
この返事に満足すると、改めて向き合った。
「こっちの世界では初めまして、だな。もう事情はあらかた知ってるんだろ?」
「だいたいの事は見させてもらった」
「よし、じゃあ上がらせてもらうぞ」
そうやって家の中に入ろうとすると、背後の二人からストップがかかる。
放っておいても大丈夫だと思ったんだけど。
「えっと、何が起きてるの?」
「さっきの質問、どういうわけか聞かせてもらってもいいですか?」
「……いいけど、飯食おうぜ。腹減った」
「篠村くん、君は仮にも初対面の人に堂々と上がりこんで昼食が用意されていると思っているのかい?」
「馬鹿なこと言うなよ、用意してあるんだろ」
「……君のその変な自信はどこから湧いてくるのか僕は知りたいよ」
「あるんだな、よし」
「葬式の直後なんだろう? もう少ししんみりした方がらしい気はするよ」
「え、先輩はまたそんな事を……。無理はしないでください」
「さっきのリンゴ、あれどういう事なの? ねぇ京士郎」
呆れた顔をしつつも嬉しそうなエヴェレットは平行世界のエヴェレットと変わらなかった。当然だろうけど、その事にすごく安心したのは確かだ。
カイリはいつにも増してわがままになったような気がするが慣れている。本当にどうしようもないときは……一葉を呼ぼう。
一葉はあれからよく会うようになった。ゲームもそうだし、一葉の同年代には趣味が共通する友人がいないらしいから構ってやってる。
俺は変わらない。バイトしてネットして引きこもりして、気まぐれでエヴェレットの家に行ったりする。
なんか色々な事があったけど、終わってしまえば「別になんともなかったな」と思う。そこら辺の楽天的な思考は俺が誇れる唯一の長所だ。
