ー非凡な日々の終わりー
……う。
体を揺さぶられて離散していた意識が集結する。
そういえば、昨日も夜遅くまでネットしてたんだった。いつか開いていたスレを見返していたような……でも、大衆一般論なだけあって、それほど大きな収穫はなかった。曖昧で、いたるところの情報をただ搔き集めただけで最終的には「きっと〜だろう」結末に終着していた。
リビングに降りるとエプロンを着た無職の成人男性が、しなやかな動きでフライパンを操っていた。
食卓には二人分の食事が用意されている。
俺とエヴェレットの分だ。
俺を起こしてくれたカイリは、この世界ではものを食べる事ができないので用意しない。
一葉は平日なので学校、俺のバイトは休みだ。
諸々の話をしたくて昨日は来たけれど、どうにも何かやるべき事があったらしく結局何も話さなかった。
何をやっているのかは堅くなに言おうとしなかった。俺もそれほど知りたいわけじゃなかっなから無理に聞こうとはしなかった。
そう聞かれて少し躊躇う。
いや、そんな風に言われたら日常会話のほとんどが無駄って事になる。
しかし出来れば早く消化しておきたい。そうすればわざわざこの家にまで来なくて済むし。どうやら今日は何かあるらしい。
俺を帰らせようとも要件の内容も言わないので特に大事な用事ではないんだろう。
……一応聞いておくか。
エヴェレットにしては珍しく狼狽えた様子を見せた。そして、言葉を濁らせた。
変な物言いだな。
ともあれエヴェレットから助かるなんて単語が出るというのはなかなかに興味深い。
何か弱味になるものがあるのならぜひ知っておきたい。別にそれを使って悪い事をしようとするわけではない。
午前中だらだらしているのもつまらないから、部屋の掃除機かけから手伝いを始めた。
数十分後、ほぼ俺が家事を終わらせていた。
それにしてもエヴェレットは炊事は出来るくせに掃除の効率が悪くて見るに耐えなかった。
効率よくやるのが料理でそっちの方が難しいだろうくせになぜかこいつはどれもこれも掃除の完璧度が異様に低くて、俺が最終的にすべて変わりにやるという展開になっていた。
なんだかさっきから玄関のドアやインターフォンを気にしている様子だったから誰か来るのだろう。まさかこいつも緊張するのか。
というより、今まで経験した事がないくらいの事があっても、エヴェレットは悔しがることはあってもうろたえることはなかった。
つまり、こいつがこんなにうろたえているという事は、それ以上の事が起きるという未来予知を見せられているということだ。確かに迷惑はかけているが厄介ごとには巻き込まれたくない。
本心を言えば、明確になにか悪いことが起きるとわかっていて、それに否応無しに付き合わされて、けれども何が起きるのかはわからない。そんな胸糞悪い気分だ。
……こうもあからさまに真剣に悩んでると言われたら俺も何も言えないじゃないかよ、笑い話にいじろうかと思ったけど、一応これでも年上だしな。下手なこと言えないよなぁ……。
当の本人が自分でやりたいって言ってんだからこれは暖かく見守るべきなんだろうけどな、これまでの経験上一つ確かめたいことがある。
……ダメか。なんか怒らせてしまった。これまでにないってほどに睨まれた。
事を客観的に軽くしか見れない俺はきっと口出しすべきじゃないんだろう。
それくらいになるって一体何なんだ?
気にやむ……と言うと物理的な事は起きないから精神的な面で、か。
俺の想像しうる精神的におかしくなりそうな出来事とは?
……えっと、町内会の回覧板とか、NHKの徴収……ぼっちだけど高校の同窓会出席するかどうか。
お見合いの相手が来るとか……?
いやないないない。エヴェレットは確か孤児だ。親でもない限りそんな事を勧めるなんて……でも、孤児院ってどうなんだ? よほど可愛がられてたのならあるのか? それは差別的でよろしくない気がする。
……ってか、もし仮に本当にお見合いだとしたら俺いない方が良いんじゃね⁉︎ むしろ邪魔だよな? お見合い相手の家に見知らない男がいたら怪しいよな。
いや、むしろ場の空気悪くするんじゃねぇの? 今日の俺ちゃんとした服着てねぇし、そもそも引きこもりだし‼︎ 「普段は何していらっしゃるんですか?」とか聞かれた時まともに返せる回答を持ち合わせていないんだが⁉︎
よくても「ええ、普段は実家で遠く離れた地域の人々と交流を共にし、また各々の地域(ネット)に伝わる遊戯を勤しみ、たまにではありますがこの方の料理研究の助手をしています」としか言えねぇ!
ネットなら地域が離れてるのは当然だし、人間なら好きなゲームは分かれてるし、料理研究の助手っつってもただ料理食うだけじゃん! 俺明らかにやばいやつじゃん!
マジで俺いていいのかな……?
うわー助っ人とか言っちゃったよ、全然頼らないでくれたらいいのに。
「やっと起きたのかい。まだ会って数日の人の家に泊まった挙句、その家主の寝場所を占拠するなんて本当に自分勝手で迷惑だな」
「……マジでそんな事言っている奴は、その鬱陶しい客人に朝飯なんか用意してくれないぜ」
「最近の調子はどうだい?」
「まぁまぁ……だな」
「どうしても昨日言っていた話題の消化を今日しないといけないのかい?」
「……気が進まねぇのか?」
「少しだけ、家事を手伝ってもらう事になるよ」
「まぁ……そんくらいなら」
「なぁ、今日は何があるんだ? 先の予約に割り込む気はないからそう言ってもらえると助かるんだが」
「ああ……いや、まぁね」
「うん……篠村くんがいてくれると、助かる、とは思う」
「なんか、お前がそうやって弱ってるとこ見るの気持ち悪いな」
「酷いな、僕だって好きなものがあるんだ、嫌いなものだってあるさ。特に、こればかりはどうすれば良いのか分からないから、誰でも良いからそばにいてくれるとそれだけですごく安心するんだ」
「おお……そ、そうか。それが何なのか教えてくれれば良いのにな。俺にも手助けできることがあるかもしれないし……ないか?」
「……ごめん、これだけは自分で解決したいんだ。助けを求めながら申し訳ないんだけどね。どうにも卑怯な気がして……」
「あれは? 世界を見透かす力じゃどうにか出来ないのか?」
「……それは、出来れば使いたくない最終手段で最悪の選択肢だよ」
「……あー、すまねぇな。空気読めんで」
「いや……こっちこそ、何かとずっと前から気に病んでいることだからついムキになってしまった」
「なら、俺は適当にしてるから何かあったら助っ人として呼んでくれよ」
「ああ、分かった」
ー平凡な日々の始まりー
ピンポーン
リビングに響くチャイムの音。
来てしまった。ついに。
「……悪い、篠村くん出てくれないか?」
「はぁ⁉︎」
俺なの?
心拍数がものすごい勢いで上昇しているのがわかる。極度の緊張と焦りが思考をまっさらにしていく。
相手がなんかすごい組織のお偉いさんとかだったら俺は死ぬ。いや気絶する。
俺は、一度だけエヴェレットに確認する。
「……俺、このまんまでいいの?」
「いや、問題ない。そのままでも大丈夫だよ」
うん、良いっぽいけどやっぱ不安は付き纏って消えない。付き纏うって表現なくらいだからきっと不安というものはタバコの副流煙並みにしつこいもので害悪なものに違いない。
待たせておくのも悪いので、颯爽と玄関に向かう。
「……深呼吸だ。俺、緊張するな」
自分なりに決心をする。
玄関の覗き窓は見ずに、ゆっくりとドアを開けていく。
そこにいたのは……。
「……あれ」
あれ、おかしいな。
目線の先には誰一人として立っていなかった。
「誰もいないな」
何か、何かのいたずらでピンポンダッシュでもされたのか。
今のご時世そんな事をやる奴なんているのかと思ったが小学生の時の俺がそうだったので可能性は否めない。
「おーい、エヴィ…」
ただのいたずらだった事を伝えようと回れ右して振り向いて伝えようとすると、シャツの袖口を掴まれたような感覚があった。
もっかい回れ右して振り向く。
そこには……。
「……小学生を相手に緊張って、おじさんロリコンなの?」
多分、小学生くらいの女児がいた。
……お、おじ……さん? 俺が?
子供相手に大人気ないがイラっとしたので少し言い返す。
「……なんだよ、ちみっこ」
「…………むぅ」
すると、怒ったのかそのちみっこはいきなり俺のすねを蹴りその勢いのまま足の甲を踏みつけた。
「いってぇ‼︎」
なにこれ最近の女子小学生ってこんなに力強いの?
ていうか痛い、ダブルで痛い!
この騒ぎにリビングのドアからエヴェレットが顔を出してくる。
「騒がしいと思ったら……駄目じゃないか」
「いや違ぇんだよ! このちっこいのが」
俺が思わず反論しようとするとそれを手で制止する。
「いやも何も、この状況見たら誰しもが悪いのは君だと判断するよ」
「……」
あれ、そういやこのちっこいの、
「駄目じゃないか、リア。初対面の人を蹴るなんて」
髪の色が、エヴェレットと同じ栗色だ。
「そ、それは……私のことちみっこって言ったから……」
「言い訳しない、まだ高校生の彼をおじさんって言ったからだよ。謝りなさい」
「うう……ご、ごめんなさい」
なんだ、エヴェレットに会った途端になんか大人しくなった。
エヴェレットが珍しく困った顔で俺に向き直る。
まさか。
「……篠村くん、紹介するよ。これは、僕の妹のクオリア・タイムラインだ。少し生意気なところがあるけど、仲良くしてやってくれないかい?」
「お……おお」
妹。確かに、似ているかどうかは分からないけれど髪の色が同じだから、まぁ。
って言うか、今「仲良くしてやってくれ」って言ったか?
いや、多分無理だと思うぞ? 生意気な奴だって言われたら俺、無理。
「リアと呼んであげてくれ。僕が食器洗いを終えるまで相手してやってくれ」
「お……まぁ、いいけど」
そう言って、俺はクオリアを入れた後にドアを閉めた。
その時に、クオリアはエヴェレットに気付かれないように、俺に向かって舌を出してやっぱりちみっこらしい挑発をした。
クオリアが生意気なのは、その表情からも容易に読み取ることができた。
俺は、この出会いをきっと忘れないだろう。それ以降の事が、これだけ鮮明に覚えていられるのだから。今ではもう見なくなったあの生意気な表情は、次の春を迎えた今も、まだ鮮明に思い出せる。
あの夏の日からいろんなことが変わった。
俺はやっと、この日以来平凡な日々を過ごせるようになったのだ。
特別な日も、平凡な日常を過ごすそんな日々を。
……う。
体を揺さぶられて離散していた意識が集結する。
そういえば、昨日も夜遅くまでネットしてたんだった。いつか開いていたスレを見返していたような……でも、大衆一般論なだけあって、それほど大きな収穫はなかった。曖昧で、いたるところの情報をただ搔き集めただけで最終的には「きっと〜だろう」結末に終着していた。
リビングに降りるとエプロンを着た無職の成人男性が、しなやかな動きでフライパンを操っていた。
食卓には二人分の食事が用意されている。
俺とエヴェレットの分だ。
俺を起こしてくれたカイリは、この世界ではものを食べる事ができないので用意しない。
一葉は平日なので学校、俺のバイトは休みだ。
諸々の話をしたくて昨日は来たけれど、どうにも何かやるべき事があったらしく結局何も話さなかった。
何をやっているのかは堅くなに言おうとしなかった。俺もそれほど知りたいわけじゃなかっなから無理に聞こうとはしなかった。
そう聞かれて少し躊躇う。
いや、そんな風に言われたら日常会話のほとんどが無駄って事になる。
しかし出来れば早く消化しておきたい。そうすればわざわざこの家にまで来なくて済むし。どうやら今日は何かあるらしい。
俺を帰らせようとも要件の内容も言わないので特に大事な用事ではないんだろう。
……一応聞いておくか。
エヴェレットにしては珍しく狼狽えた様子を見せた。そして、言葉を濁らせた。
変な物言いだな。
ともあれエヴェレットから助かるなんて単語が出るというのはなかなかに興味深い。
何か弱味になるものがあるのならぜひ知っておきたい。別にそれを使って悪い事をしようとするわけではない。
午前中だらだらしているのもつまらないから、部屋の掃除機かけから手伝いを始めた。
数十分後、ほぼ俺が家事を終わらせていた。
それにしてもエヴェレットは炊事は出来るくせに掃除の効率が悪くて見るに耐えなかった。
効率よくやるのが料理でそっちの方が難しいだろうくせになぜかこいつはどれもこれも掃除の完璧度が異様に低くて、俺が最終的にすべて変わりにやるという展開になっていた。
なんだかさっきから玄関のドアやインターフォンを気にしている様子だったから誰か来るのだろう。まさかこいつも緊張するのか。
というより、今まで経験した事がないくらいの事があっても、エヴェレットは悔しがることはあってもうろたえることはなかった。
つまり、こいつがこんなにうろたえているという事は、それ以上の事が起きるという未来予知を見せられているということだ。確かに迷惑はかけているが厄介ごとには巻き込まれたくない。
本心を言えば、明確になにか悪いことが起きるとわかっていて、それに否応無しに付き合わされて、けれども何が起きるのかはわからない。そんな胸糞悪い気分だ。
……こうもあからさまに真剣に悩んでると言われたら俺も何も言えないじゃないかよ、笑い話にいじろうかと思ったけど、一応これでも年上だしな。下手なこと言えないよなぁ……。
当の本人が自分でやりたいって言ってんだからこれは暖かく見守るべきなんだろうけどな、これまでの経験上一つ確かめたいことがある。
……ダメか。なんか怒らせてしまった。これまでにないってほどに睨まれた。
事を客観的に軽くしか見れない俺はきっと口出しすべきじゃないんだろう。
それくらいになるって一体何なんだ?
気にやむ……と言うと物理的な事は起きないから精神的な面で、か。
俺の想像しうる精神的におかしくなりそうな出来事とは?
……えっと、町内会の回覧板とか、NHKの徴収……ぼっちだけど高校の同窓会出席するかどうか。
お見合いの相手が来るとか……?
いやないないない。エヴェレットは確か孤児だ。親でもない限りそんな事を勧めるなんて……でも、孤児院ってどうなんだ? よほど可愛がられてたのならあるのか? それは差別的でよろしくない気がする。
……ってか、もし仮に本当にお見合いだとしたら俺いない方が良いんじゃね⁉︎ むしろ邪魔だよな? お見合い相手の家に見知らない男がいたら怪しいよな。
いや、むしろ場の空気悪くするんじゃねぇの? 今日の俺ちゃんとした服着てねぇし、そもそも引きこもりだし‼︎ 「普段は何していらっしゃるんですか?」とか聞かれた時まともに返せる回答を持ち合わせていないんだが⁉︎
よくても「ええ、普段は実家で遠く離れた地域の人々と交流を共にし、また各々の地域(ネット)に伝わる遊戯を勤しみ、たまにではありますがこの方の料理研究の助手をしています」としか言えねぇ!
ネットなら地域が離れてるのは当然だし、人間なら好きなゲームは分かれてるし、料理研究の助手っつってもただ料理食うだけじゃん! 俺明らかにやばいやつじゃん!
マジで俺いていいのかな……?
うわー助っ人とか言っちゃったよ、全然頼らないでくれたらいいのに。
「やっと起きたのかい。まだ会って数日の人の家に泊まった挙句、その家主の寝場所を占拠するなんて本当に自分勝手で迷惑だな」
「……マジでそんな事言っている奴は、その鬱陶しい客人に朝飯なんか用意してくれないぜ」
「最近の調子はどうだい?」
「まぁまぁ……だな」
「どうしても昨日言っていた話題の消化を今日しないといけないのかい?」
「……気が進まねぇのか?」
「少しだけ、家事を手伝ってもらう事になるよ」
「まぁ……そんくらいなら」
「なぁ、今日は何があるんだ? 先の予約に割り込む気はないからそう言ってもらえると助かるんだが」
「ああ……いや、まぁね」
「うん……篠村くんがいてくれると、助かる、とは思う」
「なんか、お前がそうやって弱ってるとこ見るの気持ち悪いな」
「酷いな、僕だって好きなものがあるんだ、嫌いなものだってあるさ。特に、こればかりはどうすれば良いのか分からないから、誰でも良いからそばにいてくれるとそれだけですごく安心するんだ」
「おお……そ、そうか。それが何なのか教えてくれれば良いのにな。俺にも手助けできることがあるかもしれないし……ないか?」
「……ごめん、これだけは自分で解決したいんだ。助けを求めながら申し訳ないんだけどね。どうにも卑怯な気がして……」
「あれは? 世界を見透かす力じゃどうにか出来ないのか?」
「……それは、出来れば使いたくない最終手段で最悪の選択肢だよ」
「……あー、すまねぇな。空気読めんで」
「いや……こっちこそ、何かとずっと前から気に病んでいることだからついムキになってしまった」
「なら、俺は適当にしてるから何かあったら助っ人として呼んでくれよ」
「ああ、分かった」
ー平凡な日々の始まりー
ピンポーン
リビングに響くチャイムの音。
来てしまった。ついに。
「……悪い、篠村くん出てくれないか?」
「はぁ⁉︎」
俺なの?
心拍数がものすごい勢いで上昇しているのがわかる。極度の緊張と焦りが思考をまっさらにしていく。
相手がなんかすごい組織のお偉いさんとかだったら俺は死ぬ。いや気絶する。
俺は、一度だけエヴェレットに確認する。
「……俺、このまんまでいいの?」
「いや、問題ない。そのままでも大丈夫だよ」
うん、良いっぽいけどやっぱ不安は付き纏って消えない。付き纏うって表現なくらいだからきっと不安というものはタバコの副流煙並みにしつこいもので害悪なものに違いない。
待たせておくのも悪いので、颯爽と玄関に向かう。
「……深呼吸だ。俺、緊張するな」
自分なりに決心をする。
玄関の覗き窓は見ずに、ゆっくりとドアを開けていく。
そこにいたのは……。
「……あれ」
あれ、おかしいな。
目線の先には誰一人として立っていなかった。
「誰もいないな」
何か、何かのいたずらでピンポンダッシュでもされたのか。
今のご時世そんな事をやる奴なんているのかと思ったが小学生の時の俺がそうだったので可能性は否めない。
「おーい、エヴィ…」
ただのいたずらだった事を伝えようと回れ右して振り向いて伝えようとすると、シャツの袖口を掴まれたような感覚があった。
もっかい回れ右して振り向く。
そこには……。
「……小学生を相手に緊張って、おじさんロリコンなの?」
多分、小学生くらいの女児がいた。
……お、おじ……さん? 俺が?
子供相手に大人気ないがイラっとしたので少し言い返す。
「……なんだよ、ちみっこ」
「…………むぅ」
すると、怒ったのかそのちみっこはいきなり俺のすねを蹴りその勢いのまま足の甲を踏みつけた。
「いってぇ‼︎」
なにこれ最近の女子小学生ってこんなに力強いの?
ていうか痛い、ダブルで痛い!
この騒ぎにリビングのドアからエヴェレットが顔を出してくる。
「騒がしいと思ったら……駄目じゃないか」
「いや違ぇんだよ! このちっこいのが」
俺が思わず反論しようとするとそれを手で制止する。
「いやも何も、この状況見たら誰しもが悪いのは君だと判断するよ」
「……」
あれ、そういやこのちっこいの、
「駄目じゃないか、リア。初対面の人を蹴るなんて」
髪の色が、エヴェレットと同じ栗色だ。
「そ、それは……私のことちみっこって言ったから……」
「言い訳しない、まだ高校生の彼をおじさんって言ったからだよ。謝りなさい」
「うう……ご、ごめんなさい」
なんだ、エヴェレットに会った途端になんか大人しくなった。
エヴェレットが珍しく困った顔で俺に向き直る。
まさか。
「……篠村くん、紹介するよ。これは、僕の妹のクオリア・タイムラインだ。少し生意気なところがあるけど、仲良くしてやってくれないかい?」
「お……おお」
妹。確かに、似ているかどうかは分からないけれど髪の色が同じだから、まぁ。
って言うか、今「仲良くしてやってくれ」って言ったか?
いや、多分無理だと思うぞ? 生意気な奴だって言われたら俺、無理。
「リアと呼んであげてくれ。僕が食器洗いを終えるまで相手してやってくれ」
「お……まぁ、いいけど」
そう言って、俺はクオリアを入れた後にドアを閉めた。
その時に、クオリアはエヴェレットに気付かれないように、俺に向かって舌を出してやっぱりちみっこらしい挑発をした。
クオリアが生意気なのは、その表情からも容易に読み取ることができた。
俺は、この出会いをきっと忘れないだろう。それ以降の事が、これだけ鮮明に覚えていられるのだから。今ではもう見なくなったあの生意気な表情は、次の春を迎えた今も、まだ鮮明に思い出せる。
あの夏の日からいろんなことが変わった。
俺はやっと、この日以来平凡な日々を過ごせるようになったのだ。
特別な日も、平凡な日常を過ごすそんな日々を。
