無機質な翠のロッカーを開くと、備えられた鏡が疲れた顔を映し出す。懐かしい感覚が今の身体には苦痛にしか感じない。藁にもすがる思いで幼馴染に触れようとして振り払われて、羞恥に晒された。
思い出したくもない思い出のはずが、時たまに姿を見せる。あの頃の自分が俺を逃すはずが無いんだ。
俺は帰り支度を始める。
そんな俺を十秋先輩が呼び止める。……まだ何かあると言うのか。
「……あ……篠村くん……ちょっと…」
「え……なんですか」
「いや……大した……ことじゃ無いんだけど……写真とか見てて……篠村くんも……ユーチューブ見てるのかなと……思って…」
昨日まで話すこと自体が異質な光景に思えていたの、わだかまりさえなくなってしまえば、何でも無いように感じた。
しかし、という事は十秋先輩もユーチューブを見るという事らしい。共通の話題があるんなら、普通に仲良くやっていけそうだ。
「まぁ結構見ますね。っていうか、見ない日なんて無いくらいですよ」
「えっと……動画は……スマホで見てるの……?」
「いや、それだと画面小さいしWi-Fi圏外だと読み込みがちょくちょく入ってくるから、そう言うの煩わしいんで全部パソコンで見てますよ」
「……そっか……そうだよね……パソコンだよね」
「まぁ遠出する時はしょうがなくスマホですけど」
「……わかった……もう一つ……いい?」
「別に大丈夫ですけど、やけに饒舌ですね」
なんか普通に会話しているだけなのに、相手が十秋先輩だと、しつこく感じてしまう。勿論顔には出さない。出すために表情筋動かすのが面倒。
早く帰りたいので先を促した。
「……そんな事無いと思うけど……篠村くんは……動画をパソコンで……見るんだよね」
「……はい」
「じゃあ…さっきの画像とかって……パソコンの方にも入ってるの……?」
「そうですね…親にいじられないためにロック掛けてますし」
もう早く帰りたい。そう思うと、会話を早く終わらせるために聞かれそうな事を先回りして言ってしまう。
なのでその会話が何が目的でされているのか考えていなかった。
すると、十秋先輩はいきなり想像もしない発言をした。
「じゃあ……撮った写真が……そのパソコンの中にあるって可能性も……否めないね……」
「……は?」
嘘だろ、まさか誘導尋問されてた⁉︎ 無いって言ってるのに結構しつこいな!
わだかまりが無くなったと思っていたのは俺だけだった。あまりの衝撃にその場で固まる。一番そういう事しなさそうな人がここまでの策略家だったなんて……。
ガードが固いのか、後で弱みを握られる可能性があるかもしれないってだけで動ける人ってまずいないよ。本当の危険人物は十秋先輩か。害を与えなければこちらにも被害は無いと思うけど。
先ほどの安市の言葉を脳内で再生する。『これで何の画像も無かったら俺は久茂先輩から篠村先輩に謝って欲しい気がするっす……』。ついでに十秋先輩にも謝って欲しい。
正直自分がここまで信用されないとは思わなかった。プライドは無い方だと自負するけれど、流石にこれは素で傷付く。
十秋先輩は久茂先輩を呼んできた。
「事情は聞いたよ、篠村くん。パソコンに入ってるそうじゃないか」
「入ってないですって……。十秋先輩のいう事鵜呑みにしないでください」
「とは言っても、後輩の事だから僕も心配なんだよ」
「それは久茂先輩が……っああもう! 分かりましたよ! 見せればいいんですよね?」
久茂先輩が十秋先輩の盗撮画像を見たいだけ、と言おうとしたら物凄い勢いで睨まれたので俺は呆気なく二人の先輩の前に屈した。俺の分が悪すぎる。
取り敢えず、一つだけ気になる事を聞いてみた。
「……で、いつですか」
「勿論、今日だよ」
「……ですよね」
「あ、じゃあ僕は九時まで居なきゃいけないから、二人とも待ってて」
「……え⁉︎ 俺先に帰りたいんですけど!」
「帰らせたら画像を削除するなりUSBに移すなりの時間が取れるだろ、これ以上疑われたくないなら大人しくしてろ」
「……これで無かったら二人共謝ってくださいね……」
「……わかった……それは……約束する……」
猛烈に泣きたくなる衝動を抑えて天を仰ぐ。しかしそこに在るのは慰めの光ではなく蛍光灯と人工的な光だけ。ただただ眩しい。
十秋がロッカーから出て行ったところで、京士郎は速やかに私服へと着替え、外へと出た。帰るわけではなく、閉じられた空間の圧迫感に耐えきれなくなったからだ。引きこもりの彼にとって、個室を苦に感じる事は極めて意外な事だった。
「……今日は本当になんだってんだよ。…やっと十秋先輩に口聞いてもらえたのはまぁ良かったと思うけど……、人と関わんのって疲れるんだよな…」
従業員出口から出ると、涼しい風が吹き付けて、先程の会話で体にこもった熱をさらって行ってくれる。
思い出したくもない思い出のはずが、時たまに姿を見せる。あの頃の自分が俺を逃すはずが無いんだ。
俺は帰り支度を始める。
そんな俺を十秋先輩が呼び止める。……まだ何かあると言うのか。
「……あ……篠村くん……ちょっと…」
「え……なんですか」
「いや……大した……ことじゃ無いんだけど……写真とか見てて……篠村くんも……ユーチューブ見てるのかなと……思って…」
昨日まで話すこと自体が異質な光景に思えていたの、わだかまりさえなくなってしまえば、何でも無いように感じた。
しかし、という事は十秋先輩もユーチューブを見るという事らしい。共通の話題があるんなら、普通に仲良くやっていけそうだ。
「まぁ結構見ますね。っていうか、見ない日なんて無いくらいですよ」
「えっと……動画は……スマホで見てるの……?」
「いや、それだと画面小さいしWi-Fi圏外だと読み込みがちょくちょく入ってくるから、そう言うの煩わしいんで全部パソコンで見てますよ」
「……そっか……そうだよね……パソコンだよね」
「まぁ遠出する時はしょうがなくスマホですけど」
「……わかった……もう一つ……いい?」
「別に大丈夫ですけど、やけに饒舌ですね」
なんか普通に会話しているだけなのに、相手が十秋先輩だと、しつこく感じてしまう。勿論顔には出さない。出すために表情筋動かすのが面倒。
早く帰りたいので先を促した。
「……そんな事無いと思うけど……篠村くんは……動画をパソコンで……見るんだよね」
「……はい」
「じゃあ…さっきの画像とかって……パソコンの方にも入ってるの……?」
「そうですね…親にいじられないためにロック掛けてますし」
もう早く帰りたい。そう思うと、会話を早く終わらせるために聞かれそうな事を先回りして言ってしまう。
なのでその会話が何が目的でされているのか考えていなかった。
すると、十秋先輩はいきなり想像もしない発言をした。
「じゃあ……撮った写真が……そのパソコンの中にあるって可能性も……否めないね……」
「……は?」
嘘だろ、まさか誘導尋問されてた⁉︎ 無いって言ってるのに結構しつこいな!
わだかまりが無くなったと思っていたのは俺だけだった。あまりの衝撃にその場で固まる。一番そういう事しなさそうな人がここまでの策略家だったなんて……。
ガードが固いのか、後で弱みを握られる可能性があるかもしれないってだけで動ける人ってまずいないよ。本当の危険人物は十秋先輩か。害を与えなければこちらにも被害は無いと思うけど。
先ほどの安市の言葉を脳内で再生する。『これで何の画像も無かったら俺は久茂先輩から篠村先輩に謝って欲しい気がするっす……』。ついでに十秋先輩にも謝って欲しい。
正直自分がここまで信用されないとは思わなかった。プライドは無い方だと自負するけれど、流石にこれは素で傷付く。
十秋先輩は久茂先輩を呼んできた。
「事情は聞いたよ、篠村くん。パソコンに入ってるそうじゃないか」
「入ってないですって……。十秋先輩のいう事鵜呑みにしないでください」
「とは言っても、後輩の事だから僕も心配なんだよ」
「それは久茂先輩が……っああもう! 分かりましたよ! 見せればいいんですよね?」
久茂先輩が十秋先輩の盗撮画像を見たいだけ、と言おうとしたら物凄い勢いで睨まれたので俺は呆気なく二人の先輩の前に屈した。俺の分が悪すぎる。
取り敢えず、一つだけ気になる事を聞いてみた。
「……で、いつですか」
「勿論、今日だよ」
「……ですよね」
「あ、じゃあ僕は九時まで居なきゃいけないから、二人とも待ってて」
「……え⁉︎ 俺先に帰りたいんですけど!」
「帰らせたら画像を削除するなりUSBに移すなりの時間が取れるだろ、これ以上疑われたくないなら大人しくしてろ」
「……これで無かったら二人共謝ってくださいね……」
「……わかった……それは……約束する……」
猛烈に泣きたくなる衝動を抑えて天を仰ぐ。しかしそこに在るのは慰めの光ではなく蛍光灯と人工的な光だけ。ただただ眩しい。
十秋がロッカーから出て行ったところで、京士郎は速やかに私服へと着替え、外へと出た。帰るわけではなく、閉じられた空間の圧迫感に耐えきれなくなったからだ。引きこもりの彼にとって、個室を苦に感じる事は極めて意外な事だった。
「……今日は本当になんだってんだよ。…やっと十秋先輩に口聞いてもらえたのはまぁ良かったと思うけど……、人と関わんのって疲れるんだよな…」
従業員出口から出ると、涼しい風が吹き付けて、先程の会話で体にこもった熱をさらって行ってくれる。
