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カイリの可能世界理論(非凡の物語)
- 第五話②ー従業員出口ー全か無か -

目線を上げると、それまで考えようとせずにいた事を思い出した。
先程のとは様子が違う。膝を抱えて顔を埋めている。俺が出てきたというのに、なんの反応も示さないカイリは、本当に同一人物かと疑ってしまう。
このままスルーするのは流石の俺でも出来ない。恐る恐る声をかけた。

「……大丈夫かよ、カイリ」
「…………」

何にも答えずにカイリは顔を上げる。
すると、そこにあったのは随分と珍しい表情があった。
泣いている。初めて見たその顔は、酷く怯えた様にも、安心した様にも見えた。
口から言葉が出ない。笑っていた時からは想像が出来ない変わり様だ。未だに大粒の涙を溢すカイリにたった一言さえもかけてやれない自分が不甲斐なく感じた。

「………う……」
「ど……どうしたんだよ……」
「うわあああああぁぁぁぁん!」
「⁉︎」

突如、泣き止まないカイリが抱きついてきた。反射的にとは言えど避けようとしてしまったのは許して欲しい。
というより、実体化してるのか。抱きついた腕は案外強くて俺の非力な腕力じゃ外せそうにも無い。
嗚咽を漏らすカイリは、間違いなく普通の女の子だった。普段の厄介な性格は絶対に抜けないだろうと思っていたが、実際にこうして違う一面を見てしまうと、自分が見ようとしていないだけだったのかもしれないと反省させられた。
とは言え、俺はこんなシチュエーションなんて経験した事が無いし、第一三次元糞食らえと思っていた程だったので、頭が混乱して何をしたらいいのかわからない。
そう思っていた矢先、カイリは小さい声を漏らしていた。
その声に、心臓の鼓動が高まった。

「……ごめん……ごめんなさい……」

その謝罪が何に対してのものなのかは不明のままだが、何もしないのもあれだと思うので、取り敢えず頭を撫でてみた。今の今までこちらから触ることはできなかったはずなのに、はっきりと滑らかな髪の感触を感じた。
温度は感じない。でも、カイリが嗚咽を漏らす度にちゃんとこいつがこの世界に存在しているんだと、理解した。それに、なんというか……カイリが人間らしい感情を持ち合わせていることにほっと安心した。

「……ごめんなさいぃ……私、何やってたのか……よく憶えてなくて……」
「あぁ、昼間のやつか。……別に謝る程の大惨事にはなってねぇから安心しろ」

こうしていると、自分に可愛い妹が出来たような気分になった。年齢は知らないが、こう素直な反応を見ると、年下に頼られている感が凄い。
人の頭を撫でるなんて初めての事なのに、まるで昔からよくこうしていたような気がするのは何故だろう。親戚に女の子の従姉妹が二人いるらしいが、親戚総出で集まる機会なんて無かったので、従姉妹の可能性は無い。まず、会った事が無い。元より人間付き合いに疎い家系なはずだ。
すると、カイリは訳のわからない事を言い出した。

「……私が……私が責任取るから……許して……。もうあんな事しないって…約束するからぁ……」
「……は?」

何故か謝られた。フードコートでの一件であればしょうがない事だったと思うが…。
何か他に気にくわないことがあれば自分から言いだすはずだ。

「すまん、何についての謝罪が解らないんだが」
「…え、だって…バイトクビになっちゃったんでしょ? 」

………バイトをクビに⁉︎ そんな話聞いてない!
…。まさかっ……俺が盗撮したって証拠を掴んでから……何て事は無いよな? 流石に意地が悪すぎる。
考えたくもない。もし本当にそうだとしたら十秋先輩との会話に意味は無かったって事になる。いや実際意味なんて無かったけど。

「なぁ、一回話を整理させてくれ。……あと離れてくれないか…?」
「……うん」

カイリは涙が治らないまま、再び膝を寄せた。
なるだけ冷静さを保ってはいるが、心の動揺が言動に出てしまわないか心配だ。今のカイリならいつものようにからかってくるなんて事はしそうにない。…これが演技でなければ。もしこれが演技だったとしたら、先刻の俺を殺しに行くだろう。

「…バイトクビとかそんな事は聞かねぇから、どうしてそれだけで泣いてんのか……そこまで泣きじゃくってる理由を教えてくれよ。俺は、並大抵の理由じゃ笑ったりしねぇから」
「………バイトの話は、もしかしたら聞き間違いだと思うけど、私もさ…こうなるとは思わなかったの」
「……そうだな、俺がカイリに触れられるような実体化なんて無かったもんな」

カイリが意図的に触れている作用点のみであれば、こちらも抗う事が出来る。ただ、俺がカイリの持っている物に対して電気を流す、衝撃を加えるなどの間接的な抵抗は意味を為さなかった。それが作用点でもない部分で触れたのだ。カイリの感情の高低差で今の様な現象が起きるのか。
しかし、カイリは首を横に振った。

「……そうじゃ、なくてさ、お昼の時の事だよ。自分でも何やってるか分かんなかった…。気持ち悪い笑い声出して、機械まで壊してさ。…気付いたら気を失ってた。目が覚めた時にその記憶がフラッシュバックみたいに脳内に流れてきて…嘘だと思いたかった。でも、確認したら結局その通りで、自分で自分が怖くなった」
「……」
「私が自分を制御出来ないって、そんな事なんてありえないって思ってたけどさ……。現実は想像みたいに上手くいかないね?」

昼に見た映像を再生する。確かに、正気の沙汰では無かった。普段から俺に仕掛けるいたずらの類はどれも狂気の沙汰だ。あんなに普段から狂ったピエロ振りを見せる奴が本当の意味で狂気に染まった。勿論普段の行為には「こいつ正気かよ…」と感じる部分は多々ある。ただ、今日の様に心の底から、生き物としての本能が危険信号を発するほどの身の危険を感じる恐怖は初めて体感した。
俺は深い溜息をゆっくりと吐き出した。俺が吸い込む新鮮な空気の恩恵を、カイリは同じ様に感じる事が出来ているのだろうか。

「……なんか、きっときっかけがあったんだろ…?」
「……きっかけ……?」
「俺は、お前の事を信じない」
「……ぅ……やっぱり…っ!」

言葉の意味をそのまま受け取ってしまったのか、カイリの声がさらに湿り気を帯びる。
言葉って難しいな。一言で物を伝えられないとか、言葉のバラエティが少な過ぎる。そもそも人の感情を表す言葉が喜怒哀楽の四つしかないとか適当にもほどがあるんじゃないのか?

「今のお前は十分信じられる。俺が信じられないのは昼のお前だ。迷惑かけられたとか、それはお前がどう思うかだ。……俺は主観でしか動かねぇし判断もしない。普通考えたらとか、客観的に考えたらとか、つまんない事思ってないよな? 客観的に見てなんて常識の枠組みに押さえ込もうとする他人の目なんて唯のお節介だよ。……俺がその所為で引きこもった事知ってるだろ? 判断するのは全部聞いてからにする」

カイリが少し驚いた様な表情で俺を見つめている。かなり痛いことを言った後だから沈黙されると俺の心が折れて前言撤回しかねない。
すると、うっかりしていると聞き逃しそうになる程小さな声が聞こえた。

「……私……ごめん」

カイリは蒼い瞳から涙をボロボロとこぼした。
…本当にどうしようもない奴だ。こいつは俺が立ち直れていなかった時、まぁ今でも立ち直れてないが、俺の話を聞いてくれていた。なら、これはきっと当然の恩返しだろう。恩を仇で返す様な真似は嫌いだ。
そして、次のカイリの言葉に俺は愕然とした。

「……私……京士郎の言ったこと……上手く聞き取れなかったよ……」
「うぅうん⁉︎」

喉から溢れる「なんでだよ⁉︎」が奇妙なうめき声となった。
喉から手が出るほどの良い雰囲気が一瞬でぶち壊された。
この反応はおふざけではなく、きっと、素だ。そう信じたい。普通の人なら逃げ出しているに違いない最悪な状況を前に紡ぐ言葉が見つからない。あるとしたら、それはきっと「嘘だろ?」。

「……あ……俺の事は……その……どうでも良いんだ……話を続けてくれ……」
「……わ、分かった」
「きっかけ、何があったんだよ」
「……私の言うこと信じてもらえるかは分からないし、私の考察だけど……」
「今だったらなんだって信じるさ。…さっきの行為が無駄になってないって思いたいからな!」
「そう。……取り敢えず、結論から言うね。きっと、私と京士郎の感情は反比例してる」
「感情って……どうして……」
「うん、例で言うと、いつもなんだけど京士郎のテンションが低いと私のテンションが高くなるっていうか、京士郎が興奮してる時とか、私静かだよ」
「……なんだそれ。そもそもなんで俺とお前で……?」
「何か、あるのかもね。何かが繋がってるのか、京士郎の頭で考えてること分かったりするよ」
「ありえない……。いや、疑ってはいるが違うって断言出来ないんだよなぁ……。俺も思い返せば同じ様なこと何回かあったな」
「……え、それっていつの事?」
「大抵お前が寝た後だよ。もうすぐ眠れそうな時に頭の中で声がして。……くっそ! そうだったのか。部屋に幽霊でもいるんじゃないかと怯えてた俺が馬鹿だった」
「……じゃあ、本当にそういう事なのかな?」
「……信じられねぇけど、多分そういう事だ。……いや、そういう事にしておこう」

にわかには信じがたい話だ。でも、カイリという存在がここにいる時点で常識なんかは角砂糖みたいに脆く溶けていく。
だとしたら俺とカイリの関係性が不明だ。血縁関係でもない。前世の恋人同士? やめろ気持ち悪い。だとしたらここにいるのは実体を持つ記憶喪失した亡霊って事になる。
兎に角何かあるんだろう。不可解な難題も、理解不能な現象も、時には証明する必要のない「そういうものだ」の一言で片付く唯の豆知識になるなんてごくありふれた事だ。
よもやテレビで相手の思考を盗み思考の対象を当てる、と言う人がたまにいるが、それは相手の思考を誘導したり、人間の性質がある程度パターン化し標準化されている場合のみだ。
俺とカイリのはガチな以心伝心意思疎通。けれど自分の思い通りにはいかないので言い過ぎかもしれない。

「……で、昼間のはテンションが上がり過ぎたと」
「何にもないのにつまらないって思いが増えて、なんでも楽しく感じちゃうんだ」
「俺、確かにテンション低かったが、途中自分の中から何かが無くなっていく感覚に陥ったのは、カイリに奪われていたと考えるのが、妥当か」
「…う…ぅ……ごめん」

そういう事にしておこう。と思っている事がお互いに分かった。
春過ぎの風が心地良い。手を組んで伸びをした。
まだGW初日だというのに、どうしてこんなにもイベントが多いんだ。俺は自分が物語の主人公になった様な気分に陥る。きっとこんな性格が人生に不幸を招く原因なんだろう。
思わず苦笑いする。

「主人公なんて面倒くさい事ごめんだっての」

双子でも以心伝心はあるらしいから、よくある事なんだ。
受け入れてないだけ。
受け入れる準備は?
出来てる。とっくに。
でも、よくある事なら気にする必要もないはず。
今日は、イベントがいっぱいいっぱいでまだ全部消化しきれてないんだ。
もうすっかり明るくなったカイリに喋りかける。

「なぁ、少しは悪いと思ってんなら一つ頼まれてくれねぇ?」
「それは私を信用してて言ってるの?」
「え〜と、九割五分くらいはな」
「素直に十割って言わないのが京士郎らしいね。……オーケー! 私に出来る事ならなんでも良いよ!」
「……あー、じゃあまずは先に帰ってくれるか」
「? それだけなの? 信用してくれてるんじゃ……」
「信用してるから! そんで、家に帰ったら俺のパソコンの画像フォルダ『YouTuve illust』ってやつ以外隠しといてくれないか?」
「『YouTuve illust?』 のそれ以外って、全部エッチな画像貯めてるフォルダだよね。エッチな画像の入ってるフォルダ全部って言えば良いのに」
「はあぁ⁉︎ なんでお前がそれ知ってんだよ! さては俺のいない隙に覗いてやがるな⁉︎」
「勝手な事はしてませんー。京士郎がそわそわしながらトイレに行った時に画面つけっぱなしだったから他にどんなのあるのかなーって興味本位で覗いただけだよ?」
「……それって、親が来た時ってあったか?」
「んー、いや。なかったと思うよ。殆ど二階に来ないじゃん。自分で部屋の掃除してる習慣が功を奏したね。良かったじゃん」
「カイリが男心を理解出来るかは知らねえけどさぁ、誰かに見られたって事実だけで人生終わる感じがするんだよ。それこそ心臓が止まる」
「あーはいはい。で? 隠しとけば良いんだよね?」
「知ってるんなら早く終わらせてくれ、後生だ」

「任しといて!」と意気揚々にカイリは消えた。泣きはらした跡以外は、もう元のカイリだ。精神的にダメージは大きいが、我慢しよう。
腕時計を見る。午後八時。
なんだかんだで時間が経っていたらしい。
踵を返す。店に戻ろう。背後からはもう泣き声も聞こえない。
季節外れの気の早い蝉の鳴き声だけが建物と建物の間で反響し合う。今年の初蝉は4月7日だった。あの時に鳴いていた独りぼっちの蝉はもう死んでいるだろう。
他に仲間のいない蝉は独り鳴きながら何を想ったのだろう。
十年かけて貯めた生命力を、十日かけて使い切る。
生きる為にエネルギーの配分を考えずにひたすら耐えた地獄の時期を思い出した。

言葉を交し合える機会がまだ残っている。
俺はきっと独りじゃないんだ。

この物語のヒロインがまだ出せない状況に焦燥感。あと一山超えてからの登場になるかもしれないです。読んでいただいてありがとうございます。
<2016/09/12 15:31 ソト>消しゴム
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