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ひとつ、願いが叶うなら 〜明日の記憶〜


掛けようと、何度もここまで来た。

後は、『発信』を押すだけ。

ここに触れれば、珠希の携帯を呼ぶ。

けど、俺はいつも、ここで終わらせていた。

声も聞きたいし、話もしたい。

特に話す事も、ないけど。

ただ、声が聞ければ良かった。

そんな俺は、ずっと期待してた。

この携帯が、珠希からの電話を受け取った事を知らせる為に、鳴る事を。

しばらく待ってたけど、それは、一度もなかった。

諦めかけてた、その時だった。

この携帯が、鳴ったのは。

画面には、電話が来たことを知らせるイラストのような
もの。

そして真ん中より少しした辺りに表示される名前は。

『珠希』

嬉しいのに、待ってたのに、震える手。

小刻みに震える手で電話を取り、それを耳元へ。

『あっ、海斗?』

電話の向こうの世界では、珠希が嬉しそうな声を出している。

『いきなり掛けてごめんね?今大丈夫?』

「えっ、うん……」

この声。

この声が、ずっと聞きたかった。

嬉しくて、カッコ悪いけど、泣きそうだった。  

『こ、声が、聞きたくて……』

「珠希」

『ん?』

何も言う事なんてない。

ただ、声が聞きたくて、名前が呼びたくて。

それだけだった。

「げん、き?」

『元気になった。海斗の声、バッチリ聞いたからね』

「そっか」

その言葉と同時に、溢れる笑顔。

完全に変な人。

誰も居ない、静かな部屋で、ベッドの上で。

携帯片手に笑ってるんだから。

『海斗は元気?』

「うん。元気だよ…」

『そっか。落ち着いた?』

「何、が?」

『家の事とか、そっちでの荷物の片付け、とかまぁ、色々』

かなり申し訳ない気持ちになった。

家の事、か。

我が家の人間は極平凡に日々を過ごしている。

「あっ、の、その事、なんだけど……」

珠希には、珠希にだけは、言わなくてはいけない気がした。

あの時、約束したから。

ずっと、一緒に居られるよね

珠希のあの言葉に、俺は確かに、うん。きっとね

そう、答えた。

そんな、これからも一緒に居るような人には、全て
言わなくてはいけない気が。

『もう帰ってこれるの?』

期待に満ちた珠希の声が、電話越しに言う。

「今度……」

『ん?何?』

言えなかった。

今度、会いに来て

その、一言が。

その一言というより、その後に続く、場所が言えなかった。

『海斗?どうしたの?』

「会い、たい……」

『そうだね。私も凄く会いたい。待ち切れなくて会いに
行きたいくらいだよ』

珠希は、全てを知っているようだった。

俺の気持ちを、全て。

俺はそれを使って、言った。

「会いに、来て……」

遂に、その一言を。

この言葉を言えば、必ずあの一言が返ってくる。

『良いけど、どこに居るの?』

やっぱり、珠希は裏切らないね。

俺は、全て言う事にした。

今の、自分の事を。

全て。


<2016/08/30 19:14 秋の空>消しゴム
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