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夢が叶う その時に


あの後から少し緊張していたからか、あっという間に時間は過ぎ、帰りの時間を迎えた俺達。

そして、榊さんの家にお邪魔している。

「はあ〜っ、ごめん、缶しかなかった」

明るいその声と同時に、俺一人で静かだった部屋に榊さん
が入って来た。

そして横を通る時、小さな音を立てて缶の飲み物をミニ
テーブルに置いた。

「ありがとうございます」

榊さんは笑顔で首を振り、既に開けてあった缶に口を当てた。

けど、その動きはそこで止まった。

「そう言えばさ、何で零って、私達に対して敬語なの?」

「えっ…」

「あっ、いや、別に良いんだけどね?」

「うん……」

そこから流れそうになった沈黙を払うように、榊さんは
缶に口を当てた所で止めていた動きを再開した。

そのお陰で、今になっても俺らの間に流れる空気は変わらない。

「何か、ごめんね。まだ大した話もしてないのに、もう
こんな時間……」

どこか寂しそうな榊さんの声で、時計を確認した。

6時30分。

「俺もごめん。帰るね」

少し急いで部屋を出ようとすれば、止められた。

「私、今日、零に言いたい事があって、呼んだの……」

「何?」

「あ、あの……」

少し慌てた声の後、彼女の口から出てきたのは驚きの一言だった。

「私の事、どう思ってる?」と。

「えっ…」

これで素直になってはいけない。

けど、言ってしまいたい気持ちもかなり強い。

「私は、零の事、好きだよ。零がお礼を言いに来てくれた、あの時から、かも知れない…」

恥ずかしそうに言う榊さんが可愛くて今にも出そうな本心を、必死に抑えこむ。

「いきなり変な事言ってごめん。外、行こうか…」

「あのっ」

階段の所まで小走りで行った榊さんを、止めた。

止めてしまった。

「零?」

言ってはいけない。

「俺も、榊さんの事、好き、だよ…」

分かってはいたはずなのに。

遂に言ってしまった、この一言。

「付き合いたい、とも思ってる」

思っては、いる。

それは、本心以外の何物でもない。

けどそれを言ってしまった、という、後悔に似た気持ちに
包まれてい時、榊さんの暖かさにも包まれた。

「一緒だね。なら、付き合っちゃおうよ」

ここで家の事を話すか、Noと断るか。

迷っていた、その時。

その迷いを払うように、静かな廊下に鳴り響く携帯の着信音。

「あっ、ご、ごめん…」

いつも通りの笑顔で首を振ってくれた事を確認し、母親
からの電話に出た。

「はい、零です」

そう出た電話の向こうから聞こえてきた声は、母親のものではなかった。

電話が来た時に画面を確認する余裕なんてないから、
こういう事もたまに。

「お父さん……」

内容を聞かれない為にも、再び榊さんの部屋に入った。

その時間は短く、父親との電話を切り、榊さんの家を出た。


Yesとも、Noとも。


言えずに。

<2016/09/03 11:56 秋の空>消しゴム
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