「退院おめでとう、悠人」
海というのは、夏を自然と連想させるワードであるが、現在は春上旬。
肌を熱く焦がす太陽の光も、まだ柔らかくて夢を見ているような朧げさを感じるような季節。
そのうえ現在時刻は午前8時。
暑いか寒いかと問われれば、私は迷うことなく寒いと答えるであろう。
現に、今も薄手のセーターを羽織っていた。
「ありがとさん。にしても、病院の飯は結構美味かったんだけどなぁ……あれももう食えねぇのか」
「そこ大事……?」
「めっちゃ大事。少なくとも、俺にとってはな」
大怪我をして入院していたというのに、当の本人はこんなに軽く捉えていた。
もっとも、治療費こそ居眠り運転手が殆どを負担したのだから、そこまで気にすることもないのだけれども。
それでも、もう少し事を重大に受け止めても良いのではないかと、彼に呆れてしまう。
「で、寒い海に来たのは良いんだけど……全くと言っていいほど記憶が戻らねぇ」
「悠人の考えが単純過ぎるのよ。入院中も、漫画ばっかり読んでたし」
私の言い分に、悠人は何も言い返せない様子だった。
「……悠人は、記憶、戻したいの?」
「そりゃあ、戻してぇよ。……何、後ろめたいことでもある訳?俺と可憐さんの間に」
「そうじゃない……こともないかも」
「んー、それはどっちと捉えたら良いの?」
悠人が事故にあったのは、私の所為。
あの日から、何度も同じ夢を見た。
その夢を見る度に思うのは、悠人に嫌われたくない、その感情が私の中で一番強いということだった。
「私、悠人にどれだけ謝っても、許してもらえないようなことをしたの。悠人の記憶がなくなったと知った時、悲しかったけれど、同時に喜んだ自分がいた」
私の罪は、悠人を事故に巻き込んだことだけではない。
自分の利点しか考えない、そういう自己中心的な所。それだって、重罪だ。
「……可憐さんが、俺に何をしたのか、今の俺は知らない。でも、俺は、可憐さんを許すことの出来ない人間だと、自分を思いたくない」
「……被害者が容疑者を許しても、その罪は、私への制裁は変わらないんだよ」
悠人は、優し過ぎるんだ。
事故に遭うまでの、私のよく知る悠人も。
事故に遭った後の、私の知らない悠人も。
ゆっくりと、道路へと歩きだす。
私の行動を見て、悠人は何をしようとしているのかという可能性を、張り巡らせているのだろう。
道路のど真ん中に来た所で、強く風が吹いた。
腰の辺りまで伸びた私の黒髪は、風の吹くままに大きく揺れた。
「……危ねぇぞ、可憐さん」
悠人が、私の方へと踏み寄ろうとする。彼の中で、私のしようとしている事が、少しは絞られたのだろう。
「来ないで!!!!」
急に叫んだ私に、悠人は肩を震わせた。
「来ないで……おねがいだから」
「でも……車でも来たら」
「良いのよ、これで」
今まで生きていた中で、一番自然な笑顔が出せたと思う。
その笑顔ですら、今の状況下で他人から見れば不気味であろう。
大型トラックが、道路を通過している。
だんだんこちらへと近づいてはいるが、運転手は私に気づいているのだろうか。
「おい、トラック来たって‼︎早くどかねぇと‼︎」
「うるさいわね、黙ってなさいよ!!!!」
キッと悠人を睨めば、彼は一瞬怯んだような表情を見せた。
悠人は、何も間違ったことは言っていない。
トラックから、鳴り響くクラクション。
どうやら、私に気づいたようだ。
でも、同時に気づくのが遅すぎたようで。
車は急に止まれない。そんなこと、小学生の安全学習で習ったことだ。
「可憐さん!!!!」
ああ、近づくなと言ったのに。
目一杯手を伸ばして、駆け寄る悠人。
やっぱり、君は優し過ぎるんだ。でも、もう遅かったね。
悠人を見つめている状態でも、トラックが視界に入った。
もう、後戻りなんて出来ないことは分かっていた。
全身に痛みが走る直前、私は彼に、笑顔で言うことができた。
「好きだよ、悠人」
海というのは、夏を自然と連想させるワードであるが、現在は春上旬。
肌を熱く焦がす太陽の光も、まだ柔らかくて夢を見ているような朧げさを感じるような季節。
そのうえ現在時刻は午前8時。
暑いか寒いかと問われれば、私は迷うことなく寒いと答えるであろう。
現に、今も薄手のセーターを羽織っていた。
「ありがとさん。にしても、病院の飯は結構美味かったんだけどなぁ……あれももう食えねぇのか」
「そこ大事……?」
「めっちゃ大事。少なくとも、俺にとってはな」
大怪我をして入院していたというのに、当の本人はこんなに軽く捉えていた。
もっとも、治療費こそ居眠り運転手が殆どを負担したのだから、そこまで気にすることもないのだけれども。
それでも、もう少し事を重大に受け止めても良いのではないかと、彼に呆れてしまう。
「で、寒い海に来たのは良いんだけど……全くと言っていいほど記憶が戻らねぇ」
「悠人の考えが単純過ぎるのよ。入院中も、漫画ばっかり読んでたし」
私の言い分に、悠人は何も言い返せない様子だった。
「……悠人は、記憶、戻したいの?」
「そりゃあ、戻してぇよ。……何、後ろめたいことでもある訳?俺と可憐さんの間に」
「そうじゃない……こともないかも」
「んー、それはどっちと捉えたら良いの?」
悠人が事故にあったのは、私の所為。
あの日から、何度も同じ夢を見た。
その夢を見る度に思うのは、悠人に嫌われたくない、その感情が私の中で一番強いということだった。
「私、悠人にどれだけ謝っても、許してもらえないようなことをしたの。悠人の記憶がなくなったと知った時、悲しかったけれど、同時に喜んだ自分がいた」
私の罪は、悠人を事故に巻き込んだことだけではない。
自分の利点しか考えない、そういう自己中心的な所。それだって、重罪だ。
「……可憐さんが、俺に何をしたのか、今の俺は知らない。でも、俺は、可憐さんを許すことの出来ない人間だと、自分を思いたくない」
「……被害者が容疑者を許しても、その罪は、私への制裁は変わらないんだよ」
悠人は、優し過ぎるんだ。
事故に遭うまでの、私のよく知る悠人も。
事故に遭った後の、私の知らない悠人も。
ゆっくりと、道路へと歩きだす。
私の行動を見て、悠人は何をしようとしているのかという可能性を、張り巡らせているのだろう。
道路のど真ん中に来た所で、強く風が吹いた。
腰の辺りまで伸びた私の黒髪は、風の吹くままに大きく揺れた。
「……危ねぇぞ、可憐さん」
悠人が、私の方へと踏み寄ろうとする。彼の中で、私のしようとしている事が、少しは絞られたのだろう。
「来ないで!!!!」
急に叫んだ私に、悠人は肩を震わせた。
「来ないで……おねがいだから」
「でも……車でも来たら」
「良いのよ、これで」
今まで生きていた中で、一番自然な笑顔が出せたと思う。
その笑顔ですら、今の状況下で他人から見れば不気味であろう。
大型トラックが、道路を通過している。
だんだんこちらへと近づいてはいるが、運転手は私に気づいているのだろうか。
「おい、トラック来たって‼︎早くどかねぇと‼︎」
「うるさいわね、黙ってなさいよ!!!!」
キッと悠人を睨めば、彼は一瞬怯んだような表情を見せた。
悠人は、何も間違ったことは言っていない。
トラックから、鳴り響くクラクション。
どうやら、私に気づいたようだ。
でも、同時に気づくのが遅すぎたようで。
車は急に止まれない。そんなこと、小学生の安全学習で習ったことだ。
「可憐さん!!!!」
ああ、近づくなと言ったのに。
目一杯手を伸ばして、駆け寄る悠人。
やっぱり、君は優し過ぎるんだ。でも、もう遅かったね。
悠人を見つめている状態でも、トラックが視界に入った。
もう、後戻りなんて出来ないことは分かっていた。
全身に痛みが走る直前、私は彼に、笑顔で言うことができた。
「好きだよ、悠人」
