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想い舞う頃


コーヒーカップがふたつ置かれた席に流れる、沈黙。

この席に着いてから、どれくらいこのままで居るだろう。

「…あの」

奏の小さな声が、やっと破った沈黙。

「瞬くんの事なんだけど…」

瞬の名前を聞いて、受けた大きな衝撃。

「何か……知ってるの?」

何とか出したような声で、聞いてみた。

それに、奏は小さく頷いた。

「愛ちゃんが瞬くんと連絡が取れないのも、その理由も…」

「…奏は……今も瞬と一緒に居るの?」

奏は小さく頷き、小さな声で言った。

「なるべく…」と。

その答えが、何となく引っかかった。

「瞬くん…病気なの」

「……えっ?」

嫌だ

何で

それだけで頭がいっぱいになる。

奏と電話で話せた、なんて喜びは、だいぶ前に消えていた。

「愛ちゃんが、瞬くんと連絡が取れなくなったのと同じ時に分かった」

混乱する私に、ひとつずつ、ゆっくりと説明してくれる奏。

「その病気、筋力が衰えていく病気なんだけど…」

瞬の病気の事を知っていくにつれて、どんどん手が冷えていく。

寒気もすごい。

そんな私に、奏は話し続ける。

「今は、介護とかリハビリに使う杖を使って生活してる」

これ以上、聞きたくなんてなかった。

きっと奏も、話したくなんてないだろう。

けど、奏は話すことをやめない。

これは、私が知るべき事なのだろう。

瞬が、私に知って欲しい事なのだろう。

そう自分に言い聞かせて、続きを待つ。

「このまま症状が進めば、…自力で歩く事もできなくなる」

つまり…

「車椅子での生活になる。そして、その病気は呼吸筋も
衰える。その病気を発症した患者さんは、2年から5年で…」

この雰囲気でここまで言われれば、バカな私にも分かる。

頭の中に大きく浮かぶ、嫌な1文字。

消したくても、消えてなんてくれない。

「一気に話しちゃってごめん。でも…」
「良いの。全然…」

この事を知って辛いのは、私でも奏でもない。

瞬本人、だから。

「こんな事話されるなんて思わなかったよね。あの、もし
良かったら会いに来てあげて。……って、それどころじゃ
ないよね」

何言ってんだろ…、と目元を手で覆う奏。

「私は大丈夫だから。あっ、でも今日は帰るね。帰りに
買い物頼まれてるからさ」

出来る限り明るく そんな嘘を告げ、逃げるように席を
立った。

そしてそのまま、喫茶店も出た。


<2016/10/26 17:40 秋の空>消しゴム
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