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想い舞う頃
- 選ぶべき道 -

奏が家に戻った隙に、1人逃げ出した。

葉が出てきた、ここの桜の木。

ここの桜は一体、いつまで咲いているのだろう。

もう、4月は終わったのに。

まだ咲き続ける、薄紅色の小さな花。

「瞬っ!」

後ろの方から叫ぶように名前を呼ばれた。

呼んだのが誰かなんて、すぐに分かる。

膝に手をつき、肩で息をするシルエット。

それが、呼吸を整えたのかこちらへ歩いて来た。

夕焼けに染まった丘の上、ふたつの影が近づく。

そしてその影が合わさった時。

安心を感じさせてくれる、優しい温もりに包まれた。

「瞬、帰ろう?」

「愛…」

少し前に、愛が家に来た時も思った。

彼女には、この杖が見えていないのかと。

あまりにも変わらなくて、今まで通りで。

それに喜びもあったけど、同時に不安も覚えた。

愛が今まで通り接してくれる中、俺にはそれが、出来なく
なっていく。

今なら、普通に話す事も、愛の話に笑って共感してあげる事も出来る。

けど、このまま症状が進めば。

手足を動かす事も、話す事も難しくなる。

そんなふうになってまで、俺は愛と一緒に居たくなんて
ない。

「1人にしてごめんね」

「愛?」

泣いているのか、後ろから鼻をすする音が聞こえた。

動かしにくい左手で彼女の手に触れ、抱きつく力を少し
弱めてもらう。

ゆっくりと後ろを向き、彼女と向かい合うようにする。

「瞬…」

「愛…」

この人の涙を見るのは、何故こんなにも辛いのだろう。

好きな人だからか?

いや、好きな人が自分のために泣いているからだろう。

愛の頬を伝う涙を、そっと掬うように拭う。

まだ動く、左手で。

「愛。笑え?」

こんな事を言って、俺は一体どうする気なのだろうか。

自分に問い掛けるも、当たり前のように答えなど出ない。

「瞬だって笑ってないもん。アンタが笑わなきゃ笑えない」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」

こうしてまた、俺は愛から離れられなくなった…

<2016/10/29 13:31 秋の空>消しゴム
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