おためし小説投稿

登録一切不要で小説投稿!
文字サイズ変更 
満月に祈る巫女


第三話 月明かりの下で
アオリは二人と別れると、王宮のバルコニーに出ていた。すでに日は沈んでおり、あたりは暗闇に包まれている。とても広いバルコニーの隅っこへ向かった。そこには先客が立っていた。
サーっとそよ風が吹き抜けた。雲に隠れていた月が現れ、二人を照らした。黒い影が急にとれ、影だった人影は姿を現わす。男だった。相手も驚いたようでこちらを驚いた顔で見つめてくる。何故か目が離せなかった。するともう一度風が吹いて目が覚めた。アオリは男に背を向けその場を去ろうとした。
「あ、待ってください!」
不意に手首を掴まれた。驚いて振り返ると、男の顔が近くにあった。
「あ、すみません!ちょっと話をしませんか。退屈してたんです。」
男はそう言いながら掴んでいた手を離した。アオリには断る理由はなかった。
「では、隣失礼いたします。」
男が立っている隣に並ぶと、キラキラ輝く街を見下ろした。こんな風に街を見渡せる場所はそう多くない。アオリは呆然と街を見た。すると男が月を指さした。
「月、もうすぐ満月ですね。」
声がすごく近く感じた。隣にいるから無理もないが、優しく声はよく耳に届いた。月明かりでわかった男の顔は、とても優しそうで笑顔がかわいい、というのが 第一印象だった。今こうして近くで横目に見てもその印象は変わらない。体もわりと細くて、背が高い。アオリは少し見上げる形になる。
「僕、アクって言います。海の向こうにある雷国から、国王の従兄弟である御方の御付きでやって参りました。」
「私はアオリと申します。月鏡国の貴族の娘です。」
月読の巫女であることはあえてふせた。この国の者ではないからだ。
「せっかくのパーティーなのに戻らなくてよいのですか?」
「いいんです。こういうのあまり慣れていなくて。そちらこそ、お仕事は?」
「ああ、いいんです。パーティーでは私など出番はありません。少し頭を冷やしたかったんです。」
アクは軽く頭を叩いた。笑顔は苦笑いのようだ。
「悩み事ですか?」
「まあ、そんなものです。」
アクはため息をつくと、空を見上げた。まだ満月になりきっていない月を見つめた。
「そろそろパーティーが終わります。今日は話せて楽しかった。ありがとう。」
「いえ、私も。ありがとうございました。」
アオリが深く頭を下げると、アクは、あの、と呼び止めた。
「明日、王宮から南に行ったところにある川辺で会えませ
んか?」
「えっ?」
何を言われたか一瞬わからなかった。また会いたいと言われたのだと理解したのはアクの顔を見てからだ。
「はい、いいですよ。」
アクはよかったー、とホッとしたようだ。
「じゃ、また明日。見つけたらアク、と呼んでください。」
アクはそのままバルコニーのドアを閉め、会場に戻って行った。


(退屈だ……。)
アクは会場に着いてから何度も呟いた。さっきからずっと人の話を、数日の間、主人となるカルト様の三歩後ろでただ聞いているだけだ。細かい補佐はするが、カルト様はパーティーに慣れており、ほとんど自分でなんでもやってしまうため、アクの仕事は少ない。
「カルト様、少し風に当たって来てもよろしいでしょうか?」
アクがカルトに申し出ると、カルトは真顔で頷いた。決して怒っているという訳でもないが、カルトは普段から表情が少ない。雷国国王の従兄弟であるカルトは、小さい頃から教育を受けてある。王宮という囲まれた世界で育ったため友達は少なく、王族を相手に感情をぶつける事はなかったのだ。
アクはバルコニーに出ると、目立たない隅を選んで肘をついた。見上げると星があちこちで輝いている。
どのくらい時が経ったか、しばらくそうしていると誰かがバルコニーにやって来た。こんなに広いんだからどこか行くだろうと知らぬふりをしていると、足音は近づいて来た。向こうもこちらに気がついたのか、付近まで来て足音が止まった。ふと足音のした方向を振り向くと、雲に隠れたていた月の明かりがさし、風が吹いた。アクの目に映ったのは、長い黒髪の少女だった。髪が風になびき、月明かりに照らされたその顔から目が離せなかった。
(双子の月読巫女…………。)
彼女の二つ名を心の中で呟いた。見た瞬間は動揺が走り、心臓がバクバクと音をたてて動き出したように感じた。アクがこの国にやってきた理由の一つはカルトの御付きでパーティーに参加すること。しかしそれは二つ目の理由のための口実だった。アクに与えられたもうひとつの仕事。それは月読の巫女である双子の妹を暗殺すること。パーティーはこの国に疑い無く入るための手段でしかなかった。元々アクはカルトに仕えているのではなく、雷国の貴族に仕えている。そのため、今回の作戦をカルトは知らない。ただその貴族に利用されただけだ。しかし、アクは暗殺の仕事を良くは思っていなかった。アクの家は平民で貧しい。しかし、両親はいつか役に立つからと、お金がないなか武術を習わせた。両親の思う役に立つ、は暗殺なんかではなかったはずだ。しかし主の命令は絶対だ。逆らえば生きてはいけない。そんな思いも知らずただ時は流れ決行は二日後に迫っていた。そんな時に不意を打って標的である巫女が現れた。決まりかけた決心がぐらりと揺らぐ。本来優しい性格のアクには、暗殺など楽な仕事ではない。ただ武術ができるというだけだった。
しばらく見つめ合った後、月読の巫女は背を向けた。
「あ、待ってください!」
アクは巫女の手を掴んだ。自分でも驚いた。頭で考える前に体が動いていた。自分が殺さねばならないターゲットなのに、なぜか離れがたくなった。離れたくない、ただその直感だけで体が動いた。
「あ、すみません!ちょっと話をしませんか。退屈してたんです。」
不思議なくらいするりと嘘がこぼれた。普段は嘘をつかないのに。それから話をすると名はアオリだということがわかった。
(彼女がもしも妹だったら僕は……。)
心の中で現実になるかもしれない、しかしなってほしくない未来を想像した。
「悩み事ですか?」
アクは苦笑した。お見通しなのか、ただ自分がわかりやすいのか。
「まあ、そんなものです。」
アクは月を見上げた。そろそろ帰らねば、という思いの反面、まだ離れたくないという思いが残る。
「明日、王宮から南に行ったところにある川辺で会えませんか?」
今度は自分の意思でアオリの手を掴んだ。アオリは驚いていたが、また会うことを許してくれた。アオリがバルコニーから出くのを見送ると、自分もカルトの元へと戻った。

やっと、この物語のヒーローが出てきました。
先は長いですががんばります!
<2016/06/10 19:11 小日向>消しゴム
Copyright(C) おためし小説投稿 Since2013 All Rights Reserved.