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長靴を履いた黒猫。
- 前編 -

ザーッ……激しい雨の音が窓の外から聞こえる。
窓から水が滴る音、激しく窓を揺さぶる風の音、それらが青年が独りだということを見せつけているように思えた。
煤で汚れた顔や服、俯いている顔がいつにも増して影を落としている。
拳を握り締めそこに立っていた。青年の兄である長男は椅子に座り、次男は青年と同じように静かに立っていた。──亡くなった父が横たわる寝台の近くで。

父はつい先ほど、雨が強くなり始めた頃に息を引き取った。
青年──ナツキの家は貧乏な粉挽屋だった。残された財産は長男は粉挽屋、次男はロバ、そしてナツキには何も残されなかった。
「ナツキ、お前やることないんだろう? なら掃除でもしろ。俺たちは忙しいからな」
長男はナツキを軽蔑するようにチラリと見ると言葉を残し、部屋から次男と共に去っていった。

ナツキは兄の軽蔑した目など気にせず、ただ立っている。瞬きを一度してから寝台へと歩いた。
冷たくなってしまった父の手を握るとポツリと呟くように言った。

「なあ親父。兄さん達だけに残して、逝ったのか? 俺は……どうすれば」

静かに涙を流していると、足に温かい何かが擦り付いてきた。

足元を見ると、真っ黒な猫がいた。それも毛だけでは無く、目までもが深い黒色なのだ。猫と目を合わせていると、吸い込まれそうで怖くなるような、可笑しくなるような感じがした。
自分が目を逸らそうとしたより先に、黒猫が目を逸らし再び足に纏わりついてくる。
ナツキは黒猫の毛を優しく撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らし目を細め暫く黒猫はされるがままになっていた。
「こんなところにいないで、家族の元へ戻れ。ここはなんにも楽しくないぞ」
「ニャア」
「聞いてるのか? ニャアじゃないんだぞ」
「ニャンッ」
「ニャンッも駄目」
「ニャンッ」
「……俺の言葉に返事をしているみたいだ。言葉が分かるのだろうか。お前母さんは?」
「……」
「いないのか? ……お前も独りか」
ナツキは遠い昔に、母を亡くしていた。
猫はジッとナツキを見ているだけだった。
「……お前もこっちにくるか?」
「ニャア……」
「……肯定と受け取っていいのか? いや、猫に喋りかけてる俺が可笑しいか。そうだ、お前に名前をつけてやろう」
「ニッ?」
「ミハル、なんてどうだ?」
黒猫、ミハルはニャアと強く鳴くと、ナツキの足にまた絡みついた。




ナツキに残されたものはない。仕事も見つからなかった。幸い、兄達が皿洗いや洗濯をする使用人として家に置かせてもらっているが、意地悪い兄達のことだ。いつ森にでも置いていかれるか分からない。

雑巾で床を拭いていた。すると一階から怒声と罵声、そして鈍いような声が聞こえた。
「ニ''ッ」
「猫……? まさかミハル……?」

一階に下りると、次男がミハルを踏んでいた。
「兄さん! ミハルから足を離せ!」
「このクソ猫に名前つけたのか? 黒猫なんて不吉なもん家に入れるなよ。そうだ、毛でも剥いで売れば金になるんじゃないか? 毛並みは良いじゃないか」
「なんてことをっ、ミハルは不吉なものなんかじゃない!」
ナツキは次男に掴みかかると睨み合った。次男はナツキの手を払いのけると、舌打ちして出て行った。
「すまないな、ミハル。うちの兄は動物が嫌いで」
「ニャン」
「本当にすまない」

その夜、ミハルを抱いて眠った。ミハルはきつくしめられたナツキの腕に苦しそうにもがくこともせず、ナツキをジッと見ていた。


「おすみなさい」

高くも低くもない中性的な声が寝室に響いた。




「なあ、ナツキ。家を出ろ」
「……は?」
「だって、仕事もまだ見つかってないんだろ? ここでやることなんて皿洗いとかだし、いても意味ないっしょ」
「……」
「じゃあな。明日にはここを出てけよ」
また数ヶ月経った頃、ついに家から出ることになった。
長男達は馬鹿にした笑みを浮かべながら、それぞれの役割を果たす為に外へ出かけて行った。

心にズンとした重い何かが乗っかった。自分にはもう何も出来ないのが悔しい。兄に言い返せないのが悔しい。自分には金が無い。生きていけるだろうか……それにミハルだって独りになってしまう……何も出来ない自分が憎くなった。
「親父、俺に残っているものといえばこの命とミハルだけだ。なんなら清く死んでしまった方が楽なのか……? 俺は……」

「ご主人様、気を落とさないで」
「え?」
中性的な声が聞こえた。周りを見ると誰もいないし、人影もない。古びたソファーの下も覗いてみたが何もない。気のせいか、と勘違いで済まそうとした時、その声はまた聞こえてきた。それもはっきりと下の方から。
「ご主人様、気を落とさないで!」
「な、み、ミハル?」
そこには、こちらを確かに見つめているミハルがいた。ミハルがスクッと二足で立つと部屋にボフンッという音とともに煙が立ち込めた。

むせて「ゴホッ、ゴホッ」と咳をすると、煙が消えていく。
すると目の前に人が立っていた。

「だ、誰だ!?」
「僕はご主人様の召使、ミハルだよ」

突然目の前に現れた美少年はにっこりしてそう言った。

確かに、黒猫の毛並みのように黒くつややかな髪といい、闇を掬ったようなくりくりとした黒い瞳は紛れもないミハルだ。だが、自分の知っているミハルとは形が全く違う。猫ではなく人の姿だ。猫の耳と尻尾を持っているからといって、目を擦ってもそこにいるのは人だ。
信じられない、と目をぱちくりさせていると、ミハルと名乗る美少年は微笑む。

「まあそりゃあ、突然こんなこと言われても困りますよね。でも、僕はミハルです」
「……本当にミハルなんだな」
ええ勿論、とミハルは笑った。少し長めの髪や女のような華奢な身体は一見少女のように見えるが、自分のことを「僕」と言う辺りからすると男なのだろう。猫の姿であるミハルを見ても雄にしかないそれがあったので、この人の形をしたものが“ミハル”と確定すれば男であることも確定だ。
ジトリと見ていると、ミハルがずいっと顔を近づけてきた。
「そんなことより」
「お、おう? なんだ」
「ご主人様、僕に長靴と袋を下さい。今日中に。明日、近くの草原で待っていて下さい」
「? まあそれくらい良いが……」


ナツキは半信半疑で長靴を渡し、次の日言われた通り、袋を持って草原で待っていた。するとナツキに渡された長靴を履いたミハルが現れた。やはり人の姿で。

「ご主人様、あそこに木があるでしょう。あそこに罠を仕掛けるのです」
「罠? 罠ってなんのだ」
「そんなの後になれば分かるでしょう。さ、袋を」
「別に良いが……お前が罠をかけたいのならお前がやれば良いんじゃないか? 何がしたいんだ」
「勿論、ご主人様の為です、僕一人でやっても、きっと貴方は……とにかく罠仕掛けてきて下さい。ほら」

結構上から目線だなと思いながら、指示通りに罠を仕掛けた。


「ありがとうございます。さて、もう帰って良いですよ」
「なんか対応冷たいなお前……」
「あとは僕に任せて下さい。ご主人様がやる事はもう無いです。荷造りでもしてて下さい」
「やっぱり酷いな……先に帰るからな」
「はい」
ナツキが家に向かうのを見届けると、ひっそりと身を隠した。

ぴょんぴょんと、白い何かが袋の中に入る。野うさぎだ。罠に気づかず、純粋な小娘のように次々と袋に入っていった。中には餌がある。
袋が満タンになるのを見ると、ミハルは袋の紐をギュッと縛った。異変に気付いたうさぎがもぞもぞと身体を動かす。
「騒ぐなよ」
ミハルがカマトトぶったようないつもの声ではなく、低い男性らしい声を出すと、途端にうさぎがもぞりと暴れるのを止める。

妖艶な笑みを浮かべると、歌うようにうさぎに話しかけた。
「馬鹿で可愛いうさぎちゃん。世界というものをまだ知らないんだね?」
袋の中のうさぎの首を探り出す。見つけると、笑みを深めながら一思いにその手を軽く捻った。
「ギャっ……」

こうしてうさぎの首を捻っていくと、鼻歌を歌いながら、四匹から五匹ほど入った三袋を担いで、王の城へと向かった。


「こんにちは」
「誰だ」
「長靴を履いた猫です。王様に会いに来ました」
「猫? 確かに耳と尻尾は生えているし長靴を履いているが……お前のような怪しい者を王様に会わせるわけにはいかない。去れ」
「お願いします。王様を喜ばせる為に来たんです」
媚を含んだ笑顔にたじろぐ門番。仲間の門番が話しかける。

「ふーん……危険なものは持ってないだろうな」
「ええ、もちろん」
「よし、通って良いぞ」
「おい! なんでだ」
「王様は退屈されている。これくらい良いだろ」
「チッ……分かったよ。変な真似したら切るからな」
ニコリと「ありがとうございます」というと、ミハルは門を通った。


「ええ。それが……長靴を履いた猫だそうで」
「ほう、変わったお客だ」
王座に座りふさふさの髭を撫でる。面白そうに笑い声を零す。
「来たようです」
「通せ」
大きな戸を開けると、そこには美少年が立っていた。

「突然の訪問申し訳ございません。今日は──」
美少年は無論ミハルのことである。
周りの召使、王までもが驚愕していた。

まずはその容姿。濡れたようにつややかな黒髪、吸い込まれそうな漆黒色の瞳。ここまでならとても美しい少年と片付けられるが、髪と同じように黒い毛に覆われた猫の耳と尻尾。ただの人でも猫でも無い。媚を含んでも優雅な佇まいといい、磨かれた長靴といい……。
更に、礼儀正しい。挨拶は貴族の礼に則っている。

感嘆すると、王が歓迎したように手を広げながら言う。

「ふむ、貴方が長靴を履いた猫じゃな? 話は聞いておる。どうも儂を喜ばせるために来たという。間違い無いか?」
「おっしゃる通りでございます。ご覧下さい」

ミハルが担いでいた袋を下ろし、紐を解く。中から覗いたのは、罠に仕掛けた野うさぎだ。
実は王は野うさぎが好物なのだ。しかし、警戒心が強いうえすばしっこいので捕まりにくく食べることが出来なかったのだ。
ミハルはこの為に罠を仕掛けたのだ。

「おおっ……これは野うさぎ!?」
「はい。ご主人様が罠に仕掛けたものです。王様に届けろという命を預かって来ました」
「そうか! そこの者、この猫殿に袋に詰めれるだけ金を詰め、渡しなさい。褒美じゃ」

袋にありったけの金貨を詰め、ミハルはナツキが待つ家へ戻った。



「いやいや」
「ですから、ご主人様。これは貴方のですよ。喜んで下さい」

王から渡された金貨を見せると、ナツキはサァッと青ざめて、「盗んできたのか?」と尋ね
た。「王様から渡せと言われた」と伝えると手と首を激しく降った。

「いやいやなぜこうなるんだ。 何があったんだ、俺はなにもしていない」
「罠仕掛けたじゃ無いですか。指示を出したのは僕ですが。ほら受け取ってください」
「いやっ……お前よくこんなこと出来るな…… お前が受け取れよ」
「えー。このお金で家でも土地でも買ったら良いじゃ無いですか……あ、そうだ。家買いましょうよ。明日にはここを出ないと駄目なんですから」
「怖……なんでそんなこと思いつくんだ。王に会う度胸なんてあったんだな」
「ご主人様のためなら何でも出来ますよ。じゃあ家買ってきます」
「お、おい待てって……行っちまった」

深く溜息をついた。「ああ、大変なことになってしまった」と呟いて。

ハロウィンということで、長靴を履いた猫を題に書かせていただきました。
誤字などがありましたら、ご指摘ください。
<2016/10/31 12:36 いか糖>消しゴム
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