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白紙の物語


第6章 『面影は最果ての先に』
「えっ…」
彼女の言っていることが俺には届かなかった。
「だから、もう話しかけないで…」
いや、本当は届いていた。逃げたかったんだ。嫌なことから目をそらしたかったんだ。
「どうして…?」
俺はそれでも聞いた。何かの聞き間違いかもしれない。佑姫がこんなことを言うはずがない。
「日本語わかる…?話しかけないで…」
彼女はただ、冷たく言い放った。


俺たちは歩いた。何も会話をすることなく、ただ歩いた。
深く降り積もった雪の上をただ歩いた。
俺は佑姫が好きだ。大好きだ。この世界の誰よりも愛している。
「佑姫…」
彼女に聞こえないようひとり、呟いた。
知りたかった。佑姫に何があったのか。話して欲しかった。あの日の佑姫の笑顔がどこに消えてしまったのか。
君はどこに行ってしまったんだ。
あの日の君は、どこに…。


「着いたよ…」
三十分近く歩いただろうか。声を発したのは俺の前を歩いていた佑姫だ。
「ここって…」
「カラオケだよ…」
歩いてた時、何を考えていたか覚えていない。思い出せない。
気づけば、目の前には『カラオケ広場』と書かれた大きな建物が建っていた。
「早く行こっ…」
佑姫はまた俺に背を向けながら歩き始めた。俺はただ無言に、その背中を追って歩き始めた。


店内に入ると、佑姫は慣れた様子で受付を済ませ、部屋に来ていた。
「何か歌う…?」
佑姫は俺に話しかけていた。
「もう、話しかけて大丈夫なの…?」
俺の質問に、佑姫は暗い表情をしていった。
「着くまで話しかけなでって言ったでしょ…。話したくないならいいよ…」
「いやっ、そんな意味で言ったわけじゃなくてっ…」
佑姫は俺の話に聞く耳を持たない。
「佑姫…」
わからない。悪いのは俺なのだろうか。怒らせてしまったのだろうか。
「ジャンケン…」
「えっ…?」
佑姫が何を言っているのか理解出来なかった。
「だから、ジャンケンっ!」
佑姫は軽く声を荒らげながら言った。
「だからなんの話っ?」
俺も軽く声を荒らげながら聞き返した。
「ジャンケンでどっちが先に歌うか決めようって言ってるのっ!」
初耳だ。そんなこと一言も言ってないだろ。
「わ、わかったよ…」
俺は渋々同意し、ジャンケンで順番を決めることにした。
「それじゃあ、行くよー」
佑姫の最初の掛け声に合わせ、ジャンケンを始めた。
「「最初はグー、ジャンケンぽんっ!」」
同時に手を出し、勝敗は一発で決まった。
俺の右手は、グーを出していた。それに対し、佑姫は…
「なんだ、私の負けか。じゃあ私から歌うね」
負けたことなど気にする様子もなく、曲の選曲を始めた。
今の佑姫の行動に理解が追いつかなかった。今日の佑姫の機嫌の悪さは、今までに見たことのないものだった。
それに対し、さっきのジャンケンからは佑姫の機嫌の悪さが感じられなかった。
「一体どういうことなんだ…」
まるで二重人格のようだった。あんなに優しかった佑姫はどこかへ消え去り、代わりに冷たい佑姫が現れた。
「よく思い出せ、どこかにきっかけがあったはずだ…」
自分の記憶に必死で呼びかけるが、何もわからない。心当たりなんて何もなかった。
ひとり、佑姫の機嫌の悪さについて考えていると部屋全体に曲の前奏が流れ始めた。
全く知らない曲だった。全く知らない曲だったが、どこか懐かしく、心が和む曲だった。
「この曲って…」
次の瞬間、聞こえたんだ。
マイクを握り、歌っていたのは佑姫だ。佑姫の選曲した曲が始まったんだ。
その声は、とても美しかった。ずっと聞いていたかった。ずっと見ていたかった。
高く透き通っていて、どこまでも届くその声は、どこか懐かしく聞いたことがあるような気がした。

『あなたのことを愛している。だから、この右手だけは…』

そう、どこかで聞いたことがあるような気がした。
ただ見とれていた。目の前の美しい少女を。ただ聞いていた。その美しい声を。

ただそれだけだった。どんなに佑姫の機嫌が悪くても、ただこの場でこの声が聞けている。
それだけの、その時だけのそんな時間がとても幸せだった。


「歌わないなら勝手に選曲していくからね」
佑姫の歌を前にして、今更俺は歌えなくなっていた。佑姫の歌声は今までに聞いたことがないくらいに美しく、輝いていた。
「なんだ、九十一点か…」
佑姫はたった今歌い終わった曲の点数を見て、ため息を口にしていた。
「す、すごい高いと思うんだけど…」
「全然…」
俺は素直に褒めた。しかし、本人は納得がいかないらしく、新たに曲を追加していた。
「私さ、もう少ししたら帰るから…」
突然佑姫が口にした言葉に俺は困惑しながら聞き返した。
「帰るって…?」
「そのままの意味。帰るの…」
スマホを確認すると、時間はまだ十五時だ。流石に早すぎる。
「何か、用事でもあるの…?」
「別に、あなたには関係ないでしょ…」
佑姫は冷たく言った。俺が話しかける度にその冷たさは確実に増していった。
「関係ないって…」
聞き返そうとした。その時、佑姫の選曲した曲の前奏が流れ始めた。
何度見ても同じだった。佑姫は佑姫だ。その歌っている時の美しさは何度見ても変わらなかった。
画面には知らないアニメのキャラクターが写っていた。
「アニソン…?」
佑姫はアニメソングを歌っていた。その曲の歌詞が、ひどく胸に刺さった。
話が途中で中断させられてしまった。それでも構わなかった。佑姫の、この美しい姿が見れるなら。
佑姫の歌声を聞く度に、どこか不思議な懐かしさを感じる。

『大好きだよ、…斗…』

「…っ!」
一瞬頭の中に何かが聞こえた。この声はどこかで聞き覚えがある。どこなんだ。思い出せない。どこかで聞いたはずだ。


スマホの画面を開くと、十六時を表示していた。
「雄斗、帰るよ…」
佑姫はただ一言俺に言った。
「待ってっ…」
俺は荷物をまとめて帰る準備を始めた佑姫の動きを止めた。
「何っ…?」
佑姫は心底不機嫌そうな表情で言った。
「なんでこんなに早く…」
うまく言葉が浮かばない。胸に絡まる何かをただ言葉にしただけだ。
「だから、用事があるから帰るの…。まだわからないの?」
佑姫は声を荒らげていた。それは、怒声のようにも聞こえた。
「どうして…」
それでもここでやめるわけには行かなかった。今ここでやめてしまえば、一生後悔すると思った。
「…院…」
「えっ…?」
佑姫が小さな声で何かを呟いた。
「病院っ…。病院に行くのっ…。私には、生まれつき持病がある。だからその病院に今から行くのっ!」
佑姫の表情は、黒い怒りだけで染まっていた。
「待って…」
怒りに我を失う佑姫を止めようと思った。しかし、その言葉が届くよりも早く、佑姫は部屋を退出した。


お会計を済ませたふたりは、外にいた。肌を切りつけるような冷たい風が吹く中、ふたりは立っていた。
「私の家はこっちだから、絶対についてこないで…」
釘を刺すように佑姫は力強く言った。その言葉に
、怒り以外の熱は存在しなかった。
「待って、少し話がしたい…」
俺は必死で佑姫を止めようとした。もちろん、そんな言葉は佑姫のどこにも届いていない。
「もう、病院だから…」
佑姫は言った。佑姫は、邪魔な不良品を手放すような目をしていた。

「それは、君じゃない…」

俺のその一言は、一瞬世界の時間が止まったかのように響いた。
「えっ…?」
佑姫は振り向いた。俺の言葉に理解が追いつかない。そんな表情をしていた。
だったら、いくらでも教えてやる。
風が吹く中、佑姫は俺の言葉を待った。

「俺は、君のおかげで少しずつ人と話せるようになったんだ…」

佑姫は動揺していた。それは、佑姫が求めた答えとは全く異なっていたからだ。
「なんの、話をしているの…?」
佑姫は困惑した表情を隠さずに聞いた。
「俺は、佑姫が好きなんだ。君の笑顔が好きなんだ。何度でも見たい。手を繋ぎたい。寄り添っていたい。ふたりの時間が欲しいっ…」
佑姫は冷たく切り捨てるように言った。
「そんなの、私は知らない…」
そんな佑姫に俺は構わず続けた。
「あの日の君は、どこに行ってしまったんだ。俺は、君に出会ってから少しずつ強くなり始めた。だけど、それはまだ始まりに過ぎない」
佑姫はただ、俺の言葉を聞いていた。佑姫が聞いてくれているんだ。
絶対に届けよう。絶対に届けてみせる。
「そんな始まったばかりの俺を、これからも支えてほしい。寄り添ってほしい。手を繋いでほしい…」
君は見ていた。俺に対してのすべての感情を閉ざしてしまったその瞳で。
「話は、それでおしまい?」
届いた。届けられた。勝手にそう思い込んでいた。
「もう、話はおしまい?」
そして、目の前の君はもう一度俺に聞いた。

「もう終わりなんだよ。朝霧雄斗…」

佑姫の感情の無い一言が、自分の魂に突き刺さる。そんな感覚をしっかりと感じ取った。
「終わりって…?」
佑姫の口から世界で一番聞きたくない言葉が放たれた。
もう、佑姫は戻って来ないのか。あの日の君は、戻って来ないのか。
「すべてを、終わりにしようね…」
ただ佑姫は言った。先の見えない黒い瞳で俺を見つめながら、佑姫は言った。
「…だ。…ゃだ。…やだ。…ぃやだ。…嫌だっ!」
俺は冷気が漂うこの世界で叫んだ。これは君のためなのだろうか。俺は誰のために、何の意味があって叫んでいるんだ。

「さよなら、朝霧雄斗…」

どこか彼方で、そんな言葉が聞こえた。

この日を境に朝霧雄斗は、また昔のようにひとりになったんだ…。


どこかで、声が聞こえる。これは、誰の声だ。

『あなたが自分を嫌っても、私はあなたを愛している…』

「…っ!」
閉じた瞼を強引に開いた。
「ここは…」
そこは、闇に閉ざされた何も無い世界だった。
霧のような闇が充満した、何も無い世界。そんな世界に雄斗はひとり、取り残されたように立っていた。
「誰かぁ…?」
闇の中をさまよった。人を求めて叫んだ。その響きは、闇の中に消えてなくなる。
歩いても先が見えない世界。
何も見えない恐怖があった。誰もいない恐怖があった。自分の存在がわからない恐怖があった。
「あれ、俺って…誰だ…」
次第にわからなくなってくる。今は自分の名前が思い出せない。
「あれ、どこなんだここは…」
次は体がわからない。自分の体がどこにあるのか思い出せない。
そして、闇の世界をさまよう少年は、目の前を見つめながら言った。

「君は、誰だ…?」

俺の目の前に誰かが立っている。しかし、その姿を確認することができない。
目の前に立つ何かは、闇に閉ざされた世界で言った。

『私は、あなたが大好き。あなたが…ていても、私は、…対に…い…』

言葉がうまく聞き取れない。そうか、わからなくなったんだ。自分の耳が。自分の耳がどこにあるのかわからない。
そんな世界で目の前の何かは、俺を見つめていた。瞳は見えない。それでも、見つめられていると感じた。

『また、来てくれる…?』

その言葉は、しっかりと届いた。耳がわからない自分にもしっかりと。
その言葉を最後に、少年は闇に閉ざされた世界から、現実へと帰還した。

第6章を読んでいただき、誠にありがとうございます!
今はテスト期間中で、あまり最新話を投稿することができませんが、テストが終わり次第、すぐに最新話を投稿できるように務めるので、今後ともよろしくですっ!
<2016/11/07 23:50 K斗>消しゴム
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