「…ん、目が覚めたか?」
「ひゃっ!?」
ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。
その視界に写っていた姿に、僕は驚いて飛び起きた。
「「ぎゃっ!!」」
結果、その人と思い切り頭をぶつけてしまう。
それでも、僕の勢いは収まらなかった。
バッと顔をあげる。
「平助さん!?」
痛てて…なんて額をさすっているのは、どう見ても平助さん。正真正銘の平助さん。真作の平助さん。って何言ってるんだ僕。
平助さんは少しばつが悪そうな顔をしたあと、ニッと笑った。
「久しぶりだな、真雪。」
その一言で、戻ってしてくれたんだと悟る。
じわり…とせっかく鮮明になった視界が滲んでいく。
「あ、ちょお、おい泣くなよ真雪!」
「平助しゃぁぁぁぁぁん…」
そのまま小さい子のように泣きはじめた僕。
平助さんは、そんな僕の頭をそっと撫でてくれた。
「ありがとな、真雪。」
やっと落ち着いてきて、鼻をすすっている僕に対して、平助さんはおもむろに言った。
何のことだかわからなくて、つい首をかしげる。
「傷。治してくれたんだろ?
…ああ、だーいじょうぶだって!これは歌恋とお前とオレの秘密。他の奴らは多分知らねえよ。」
ぽんぽんと、また僕の頭を撫でる平助さん。
歌恋さんから、話を聞いたのかな。
確かに他の人なら何とか誤魔化せても、本人を誤魔化すのは難しいかも。
「…そうだ!熱!お前熱出したんだろ!?大丈夫なのかっ!?」
「んう…多分大丈夫です。」
曖昧な返事だからか、平助さんの眉間にしわがぎゅっとできた。
「本当にか?嘘吐いて歌恋みたいに倒れたら許さないからな!」
「何したんですか歌恋さん…」
思わず呆れた声が出る。
「お前も似たようなことしてるけどな?
…ま、今日は寝とけよ!明日は巡察なんだからさ。」
「僕一番組ですけどね。」
「………あっ……」
つい、苦笑いが浮かんでしまったのは、仕方のないことだろう。
「まっしーろ!真雪ー!」
「はーい?」
割と遠い方から楽しそうな声が聞こえてきて、ゆっくりと起き上がる。
少ししてスパァンッと空いた障子の向こうには、ニッコニコの笑顔を見せる平助さんの姿があった。
「何ですか?」
「昼餉だよ、昼餉。お前朝食ってなかっただろ?」
そういえばそうだ。昨日から何も食べてない。
ちょうど良い具合に、小さくお腹が鳴った。
…少しの沈黙。
カァァ…と顔が赤くなっていくのを感じる。
平助さんは声をあげてひとしきり笑った後、「じゃあ持ってくるな。」と元気に部屋を出て行った。
何となく、ほっとする。
屯所に平助さんがいる日常が、また戻ってきて。また、笑顔の平助さんが見られて。
クスリと小さく、笑ってしまった。
…いやうん、わかっていたけれど。
平助さんが持ってきてくれたお粥は食べ慣れた味ではなかった。
要するに、歌恋さんとか井上さんとか一さんとか料理の上手な方々のものではなかった。
さらに簡単に言うと、平助さんが作ってきてくれたものだった。
いや食べましたよ!?もちろん食べました!残すのも申し訳ないので食べました!
…でも。
「ま、真雪ー!?!?」
気を失ってしまったのは、熱のせいじゃないと思うんだ……。
後日。というかその日の夕方。
「はい平ちゃん、言うことは?」
「申し訳ありませんでした…」
僕の目の前には深々と頭を下げる平助さん。
おろおろと上を見上げると、真っ黒い笑顔を顔に浮かべた歌恋さんの姿が目に入る。
「私言いましたよね?真雪ちゃんがご飯食べるって言ったら作るから呼んでくださいって。
言 い ま し た よ ね ?」
「ハイ…言ッテオリマシタ…」
平助さんが片言になってるよ…。
でもそれも少しわかるくらい、今の歌恋さんの迫力はすごい。
「真雪ちゃんが倒れたの、平ちゃんのご飯のせいだったらどうします?
あと、厨を散々な状態にしたのも平ちゃんですよね?帰ってきて早々何やらかしてくれてるんですか?え?」
何となく、僕まで縮こまってしまった。
もちろん平助さんは僕以上に小さくなっている。
「…だって、だって…」
「だっても何もありません。とにかく、これ以後このようなことのないように。
もし何か作りたいなら、私が教えますから。」
歌恋さんはピシャリと言い放つと、僕に「お騒がせしてすみません」と言いながら廊下へ出て行った。
少しの間があって、平助さんは少し気まずそうに僕を見る。
「まあ…その、ごめん…」
あまりにも弱々しい態度に、ついクスリと笑ってしまう。
「大丈夫ですよ。誰にも得手不得手はあるものですから、平助さんは平助さんの得意なところでやれば良いんです。もしあれだったら、僕が料理を教えましょうか?」
「あ、や…そこまでやってくれなくって良いんだけど…」
平助さんは慌てたように腰を上げかけると、そのままくしゃっと笑顔を見せた。
「でも、ありがとな。
オレ、お前に何かしてもらってばっかりだ。」
少し寂しげに眉を下げる平助さん。
「平助さんが気づいていないだけです。僕も平助さんにはたくさんお世話になっていますよ。」
僕が言うと、何故だか平助さんは嬉しそうに僕の頭を撫でる。
「…お前は優しいな。」
そんな姿が、不思議と懐かしく思えた。
平助さんが少し離れてたからとかではなく、何かもっと前の………何だろう。
急に考え込んだ僕を、平助さんは不安げに覗き込んだ。
「どうかしたか?」
「あ、いや、何でもないです。」
「本当か?」
「本当ですって。」
「…なら良いけどよ。」
良い、って顔してないけど。
今ふと浮き出た懐かしさは気のせいということにして、僕はまた一つクスリと笑った。
