「…あれ、言ってませんでした?」
「はい。」
そのまま固まる歌恋さん。
僕もつい足を止めた。
「真雪ちゃんの、ですよ。」
「……………えっ……………?」
えっ………………………?
何が何だかわからないまま、診察を進めていく僕。
いくつかの質問に戸惑いながら答える僕を、お医者さん…松本良順先生も、歌恋さんも次第に眉をひそめながら見ているから余計に怖い。
熱を測ってきたり、喉の様子をみたり、いつになったら終わるんだろう……この重い空気から解放されたい……。
と、急に松本先生の診察する手が止まった。
少しの間だけ、辺りは静かになる。
「…結論から言わせてもらうとな。
お前さんの病は労咳だ。…だいぶ、進行してしまったようだ。」
「…………えっ?」
……え。
本当に、それしか思えなかった。
労咳?あの、労咳?老害ではなく?労咳…?
混乱していく頭の中で、一つだけハッキリ浮かんだこと。
「一さんに…伝染しちゃってたら…」
どうしよう。一さんが労咳になってしまったら…。
「こういう時くらい自分の心配したらどうですか?」
普段の歌恋さんの声に含まれているはずの楽しげな笑いは、消え失せていた。
代わりに怒りなのか悲しみなのか、よくわからない感情が混じっている。
「で、でも……」
「でもも何もありません!
…先生、真雪ちゃんは…治ります…か?」
急に歌恋さんが不安げになったのは、松本先生が「だいぶ進行している」と言ったからなのかな。
そこは僕も気になる。このまま戦えない、となったら隊士の皆さんにも土方さんにも近藤さんにも、たくさんの人に迷惑をかけてしまう。
「すまない。実は、健康診断のときには土方君がそうかもしれないって言ってきたんだが……様子を見ろ、と言ってしまった。その時から、療養してもらえば…」
何だか、むしろ冷静になってきた気がする。
すうっと冷やされていく頭。
自分のことのはずなのに、まるで赤の他人のように関係ないような気がしてきて。
「要するに、もう長くはないってことですよね?少ししたら死ぬ体…、ってことですよね?」
僕の放った言葉に、松本先生の眉間にしわが寄った。
歌恋さんも眉をひそめ、こちらを見つめてくる。
「…まだ、治る可能性はなくはない。今からきちんと療養すればーー」
「嫌に決まってるじゃないですか。」
療養なんて、病から逃げるような感じ。
総司さんだって屯所で治そうと頑張っているのに、僕だけ療養なんてできるわけがない。
「……とりあえず、廊下で待っていてくれないか。
月色君、君と話したい。」
こういう時って大体逆だと思うんだけど。
でも特に反対することもないだろうし、僕は大人しく従った。
頭が、くらくらする…。
廊下に出て一人で考えてみて、やっぱりどんな反応すればいいのかわからなくて。
どうせ死ぬなら戦場で味方のために散りたいし、病に負けて死ぬ、というのは嫌だ。
僕はこれからどうなるんだろう。喀血って痛いのかな。総司さんは病だってわかったとき、どう思ったのかな。
僕はいつ、死ぬだろう。
さっきはあんなこと言ったけど、療養したほうが良いのかな。屯所にいたら、隊士さんたちに伝染しちゃうかな。
ぐるぐると考えが渦巻いて、それが体温をより上げていく。
ついに立っていられなくなって、僕はへたりとしゃがみ込んだ。
と、ちょうど良く襖が開く。
「ちょ、真雪ちゃん!?」
歌恋さんの慌てた声が、痛む頭にぐわんと響いた。
それからのことは覚えてないけれど、たぶん横抱きにされて運ばれたんだと思う。
歌恋さん、男装してるとはいえ自分より背の高い男子を…!
「どうしたの?」
その日の夜、突然部屋に訪れた僕を、総司さんは何も言わずに迎えてくれた。
その後、座ったまま何も話さない僕を、総司さんは不思議そうに見やる。
「…総司さんは、労咳と知った時、どう思いましたか?」
翡翠色の目が、大きく開かれた。
「僕は、自分がどういう状況なのかわからなくて、だから、どうすれば良いのかわからなくて、どうしよう。どうすれば良いんですか…?僕は、何をすれば良いんですか…?」
「…え、まさか……真雪、ちゃんが…!?」
震えた唇から漏れでる、掠れた声。
それは咳のせいだけではないように思えた。
「もう、だいぶ進行してるらしいですよ。
……僕は…もう戦えない。ただの、足手まといになっちゃった。」
「そんなこと…」
「あるんです。僕は剣の腕で、新選組に入隊したんですよ?
他人を守る前に、自分を壊しちゃ意味がない。もう、壊れた刀と同じようなものです。」
次の瞬間、だった。
総司さんがおもむろにあげた手に、体が動かなくて。
ーーーパシッ
総司さんの右手は、僕のほおを打つ。
でもそれほど痛くなくて、総司さんは病に蝕まれているんだ、と改めて感じた。
僕も、こうなるのかな。なっているのかな。
「…ざけんなよ。
ふざけんなよ!!何?僕可哀想です〜、って言いたいわけ!?僕は君より前からこの病にかかってる!!!なのに後から来たうえにそんなグチグチグチグチ!こっちの気持ちも考えてよ!!!!!」
あまりの剣幕に、僕は言葉が出なくて。
そんな僕にハッとした総司さんは、ゆっくり視線を逸らした。
「…ごめん。頭冷やそうか。」
「……こちらこそ、すみません…。
…戻りますね。」
気まずい空気が流れたまま、僕はそっと部屋を出る。
障子を閉めた向こうから、咳き込む音が聞こえてきて、涙が出そうになった。
何でなのかはわからない。とにかく、しやくり上げる声が聞こえないように、僕は口を押さえる。
「……どうしたの?
具合でも…悪いの?」
そっと聞こえた声に、僕は顔を上げた。
「…わっ、大丈夫?」
「千鶴、ひゃん…」
急に飛びついてきた僕を驚いたように支えてから、千鶴ちゃんはそっと僕の頭を撫でてくれる。
「…私の部屋で、聞こうか?」
涙でうまく声が出せなくて、僕はそっと頷いた。
「…総司。」
「…………総司?」
「おい。」
廊下から聞こえてきた声は、あの可愛い男の子のものじゃない。
普段は憎まれ口ばかり叩いているけれど、今は何だか少し嬉しい。
「……何ですか、土方さん。」
音もなく障子を開けた僕の手を驚いたように見た後、土方さんは僕の顔で更に驚いたみたいだった。
「…泣いているのか、総司。」
「……泣いてません。」
ただ、あの子に酷いこと言っちゃったのを、悔やんでるだけで。
