ある程度の声なら聞こえないくらいの距離まで離れて、僕と八十さんは二人の様子をうかがう。
なにやら話しているみたいだけれど、歌恋さんは今にも泣きそうな表情だ。
「姉妹のようですが、なにか事情があるみたいですね」
「そうだな」
八十さんは静かに頷く。
あまり、興味はないのかな。僕は気になって仕方がないけれど。
歌恋さんたちを横目で見てみた。
今は歌恋さんが驚いたように手を右胸にやって、氷蘭さんがおかしそうに微笑んでいる。何やってるんだろう、本当に。
それからまたしばらく話し込んで、ようやく歌恋さんの笑顔が見れるようになった頃。
「ありがとうございます、もういいですよー!」
歌恋さんのよく通る声が、向こう側から聞こえてきた。
僕たちが近づくと、月姫さんは軽く頭を下げる。
「悪いね、気を使ってもらって」
また、男の人を演じているのかな。
「屯所内で説明してもらいますから、とりあえず中へ。
ああ、そうだ二人とも」
歌恋さんが目で合図をするから、歌恋さんの前で屈んだ。……睨まないでください身長気にしてるのはわかってますから…。
「一応、男性として扱ってもらえますか。きっと隊士さんなら気づかない人の方が多いですから」
なるほど、やはり女の人のようだ。
歌恋さんは僕たちが頷くのを見て満足そうに微笑むと、月姫さんの方へ駆け寄って行く。
「なんの話?」
「内緒でーす」
「?」
月姫さんは、不思議そうに首を傾げた。
あれから広間で待っていろと言われ、四半刻ほど。
ようやく準備が整った…というよりは屯所にいた幹部の皆さんを集め終わったようで、歌恋さんたちが戻ってきた。
土方さんたちにはだいたいの話をしたらしく、怪訝そうに入ってくるなり月姫さんを見て驚くなり何なりしたのは今の所五人。特に平助さんは驚きのあまり飛び上がったから、思わず笑ってしまった。
「急にどうしたんだよ、歌恋?」
「今から説明しますから。ほらおすわり」
「オレは犬じゃねえ!」
ムキになって叫ぶ平助さんは、歌恋さんのいう通り少し犬っぽい。なんだろう……近所にたしか……。
「…まめ太郎……」
「オイ真雪聞こえてるからな!!」
そう吠える姿も、小さな茶色い体で必死に吠えてくるあの子に似ている。なんて、言ったらさらに怒られそうだけど。
そんな僕たちのやり取りをじっと見ていた月姫さんは、可笑しそうにクスクスと笑い始めた。
「仲が良いんだね」
「そうですねえ」
そういう歌恋さんと月姫さんこそ、仲が良いと思うけどなあ。
「……で、話というのは何だ」
話が始まらない気配を察知したのか、一さんがじろりとこちらを見やる。
「ああ、すみません。話といっても、単純なものなんですが」
単純なもの?
八十さんと顔を見合わせた。
そんな単純な話には思えない。まさか月姫さんがいるのに他の話をするわけないだろうし…。
「簡単に言うと、今度から入ってくる隊士さんが私の姉なんです。私同様男装しているわけですから、ちゃんとほどほどに男の子として扱ってあげてくださいね」
か、簡潔……!!!!!そして月姫さん入隊するんですね…!!!
月姫さんは一度座り直してから、女の人の状態で話し始めた。
「今日から三番組隊士になる、月姫氷蘭です。男装しているときは男の子っぽく話すつもりなので、よろしく。剣の腕は歌恋には劣るけれど、それなりなつもり」
「歌恋に劣るけどそれなり……どれくらいだ?なんか想像つかねー。真雪とどっちが強いんだろうな」
「真雪ちゃんと私は五分五分ですからねえ」
五分五分というか、ほとんど歌恋さんが勝っていたような気がする。
でも月姫さんは興味を持ったようで、僕を見て目を細めた。
「手合わせ、お願いできる?」
「ちょ、真雪ちゃんは…」
歌恋さんが慌てて中腰になった。きっと、病があるからって止めようとしているのだろう。
僕はそれを手で制した。
「大丈夫ですよ、今日はいつもより調子がいいから」
「でも……」
歌恋さんは不安そうな顔をしている。けれど、いつまでも寝ていたら、治ったときに体がなまっていてしまう。
…本当は、ただ手合わせをしたいだけなのだけれども。
あれから、その場にいた皆で道場に集まっていた。よく見ると、他の隊士さんもちらほらいるようだ。
木刀を構えてから、チラリと月姫さんの方を見る。
「いつでもどうぞ」
そう言うと、月姫さんは楽しそうに微笑んだ。
その笑顔が妙に美しくて、やっぱり歌恋さんのお姉さんなんだなあ…なんて思ってしまった。
「じゃあ、いくよ」
「はい」
僕の返事を合図とするように、月姫さんは大きく一歩踏み出す。
そこから放たれる容赦のない突きに、慌てて僕はしゃがみこんだ。
といっても、ただしゃがみこんだ訳ではない。
すぐ立ち上がれるよう左足を出していたから、その勢いで立ち上がり、方向を変えながら月姫さんの後ろに立つ。
月姫さんが僕の方を向いて木刀を叩き込むより先に、月姫さんの右足めがけて木刀を斜めに振り落とした。
ーーバシィッ
痛っっったそう……な音がしてから少し遅れて、近藤さんの「一本!!」と言う声と、周りの人のどよめきのようなものが聞こえてくる。
「ありがとうございました。
月姫さん、大丈夫ですか?」
「ん?大丈夫」
つ、強い…僕だったらしばらく立ち上がれないよきっと…。
「真雪ちゃんは?体調大丈夫です?」
「大丈夫です」
心配そうに声をかけてきた歌恋さんに拳を作って見せた。だけど、その直後に咳き込んでしまう。
「ああーもう無理するから!私真雪ちゃん運んできますね!」
「自分で歩けまーー」
「いいから!!!」
抵抗したかったのに、この細腕のどこからと思うほど強い力で抑えられてしまい、僕はされるがままに横抱きされた。
恥ずかしい…。
カァァと赤くなっていく頰を、両手で隠す。
「っつーか真雪、体調悪くてあれとかおかしくね…?」
「……見れぬ動きもあった」
「しかも歌恋ちゃんの姉ちゃんも強え…」
「今度手合わせしてくれる?」
「へぁっ!?…っあー、うん、おう!手加減してくれる…なら………」
仲が良さげな会話が後ろから聞こえてくるときには、もうだいぶ道場から離れていました…。
……声が大きいですね、皆さん…。
