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薄桜鬼ー雪光録ー
- 第二十九話 涙 -




「ちょっと良いかな」
次の日のお昼頃、廊下から声が聞こえてきて、僕はゆっくりと体を起こした。
「はい」
言うと、障子がゆっくりと開く。
柔らかい日差しが眩しくて、思わず目を細めた。
今日も冷えるなあ。
何度か瞬きをして目を慣らし、僕は声の持ち主に目をやった。
「月姫さん」
「具合はどう?ごめんね、昨日は知らなくて」
逆光のせいか表情はよくわからないけれど、優しい声色で月姫さんは問う。
「大丈夫ですよ。今は…まあまあ、ですかね」
ちょっぴり強がり。
月姫さんは軽く首を傾げてから、僕の横に膝をついた。
「あまり、強がらない方が良いんじゃないの。歌恋も心配してる」
「…まあ、わかってはいますが」
俯く。
それでも、なるべく心配をかけたくないと思ってしまい、それが小さな嘘に繋がるのは…なんでなんだろう。
「…そういえば」
何気ない感じを装って月姫さんが声を出す。
「珠紀…って子、知ってる?」
「珠紀、さん?」
珠紀さん…とは、あの珠紀さん?
僕の反応を見た月姫さんが、廊下に手を出して何やら合図を送ると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「すみません、本当は来ちゃいけないとわかっているのですが……」
お届けという名目で、お邪魔させていただきました。
そう無邪気に笑う姿は、なんどもなんども思い浮かべたその人で。
思わず、涙が一筋溢れでた。
「ちょっ…泣くほど恋しかったの!?」
「と、藤堂様!?」
「真雪君!?」
珠紀さんに続いて控えめに出てきた千鶴ちゃんも、驚いたように目を丸くする。
恥ずかしいな、こんなことで泣いてしまうなんて。
それでも涙が止まらない。
「もう…会えないと思っていて、もう、あの笑顔は見れないんだって、思っていて…。
会いに行きたいけれど、体力があるかもわからないし、行ったら伝染しちゃうかもしれないしで…行けなくて……」
「藤堂様……」
珠紀さんは囁くようにそう言ってから、僕の顔をそっと見つめた。
「絵が、得意なのですか?」
「「えっ?」」
千鶴ちゃんと、月姫さんの声が響く。
「…あっ、いや…その、写しちゃう…とおっしゃるので…絵が得意なのかな、と…」
「………」
「「………」」
「「「………」」」」
絵?写す?
僕たちの頭に、疑問符が浮かぶ。
月姫さんはぽかんとしながら僕たちを交互に見やり、苦笑いを浮かべた。
「…一応言っておきますと。
……真雪君の言う『うつす』は伝染…って、意味だと思います…」
千鶴ちゃんの声に、珠紀さんはハッとしたように顔を上げる。
その顔は、みるみるうちに牡丹色に染まっていった。
「…あはは……?」
予想外のすれ違いに、涙も引っ込みました。

「本当お恥ずかしい限りで…!」
珠紀さんが持ってきてくれた甘味を頬張りながら、苦笑する。
「そんな答えがくるとは思いませんでした」
「あぁあ…恥ずかしい…」
「大丈夫ですよ」
言うけれど、珠紀さんの顔を覆う手は離れない。
まあ、恥ずかしいだろうなとは思う。でも正直、そんな珠紀さんがとても可愛らしく見えるのは僕だけ…なのかな。
千鶴ちゃんと月姫さんはお茶を淹れに行ってしまい、今この場にいない。
本当は僕も行こうとしたのだけれど、二人掛かり…いや三人掛かりで止められてしまった。
「そういえば」
ふと声を出すと、珠紀さんは指の隙間からこちらを覗くように見てきた。
「珠紀さんは僕が労咳と知っても、普通に話してくれるんですね」
「………はい」
珠紀さんは手を離し、さも当然かのように頷く。
「私の兄は労咳で死にました」
あっさりと、それでいて重要なことを言われて、僕は言葉を失った。
お兄さんを、労咳で…?
「兄は素敵な人でした。私の面倒をよく見ていてくれて、近所の方とも仲が良くて。
だから、何としてでも治したくて、私はずっとできる限りの看病をしていました。
けれども、兄はよくならなくて。最終的に、亡くなりました」
どう反応すればいいのか、わからない。
何故だか鼻の奥がツンと痛くて、じわりとまた涙が滲んでくる。
「……まあ、そんな私が今健康に生きていられるんですから、そう簡単には伝染らないと思いませんか?」
明るく言う珠紀さんは、僕を見てから悲しげな顔をした。
「なんで…そんな悲しそうなお顔をするんです。なんで、涙を流すんです」
はらはらと流れる涙は、自分でも止められない。
なんでだろう。なんで僕は泣いているのかな。自分でもよくわからないけれど、とにかく、悲しくて仕方がない。
「わかんない……わかんないです」
首を振りながら言うと、珠紀さんはハッとして僕の顔を覗き込む。
「死ぬのが…怖いですか」
「…」
考える。
怖くないと言えば嘘になる。けれど、かといってこの涙の原因かと言われれば、それは違うと思う。
また首を振ると、珠紀さんは困ったような顔をした。
そりゃそうだよね。目の前で急に泣かれたら、僕だってきっと困る。
「藤堂様…真雪様、泣かないでください。こちらまで悲しくなってきてしまいます」
悲しげに顔を歪め、僕の涙を拭う珠紀さん。
ああ、優しいな。珠紀さんの手、少しひんやりして気持ちがいい。
……あ。
ふと、気がついた。僕が泣いた理由。
「悲しかった…んです。僕が、弱気なこと言ったから…珠紀さんに、辛いことを思い出させてしまって」
珠紀さんはきょとんと首を傾げた。
そのあと、ふわりと微笑む。
「優しい方ですね、真雪様は。
私のために、涙まで流してくださる」
でも、と珠紀さんは続けた。
「もう、大丈夫なんです。兄が亡くなったのも随分前の話。真雪様が心を痛める必要はありません」
言われたって、涙は止まってくれなくて。
鼻水まで垂れてきて、ぐしゅぐしゅと啜りながら泣く姿はまるで童のよう…なんて、自分で思うほど。
なんだか、今日は泣いてばかりだな。
なんども目をこすり、ようやく収まってきた涙を着物の袖で拭いながら、ぼんやりと思う。
「…珠紀さんは、強い方ですね」
「え?」
唐突に言ったからか、珠紀さんは不思議そうな声を出した。
「なんでもないです」
笑ってみせる…けれど、さっきまで泣いていたからかうまく表情が動かせずに、変な笑顔になってしまった。
珠紀さんはそんな僕を見てクスッと小さく笑う。
「真雪様」
「なんですか?」
そういえば、呼び方が変わった。別に気にしてないし、むしろ嬉しいけれど…。
「私は真雪様がどれだけ辛いか、はっきりとはわかりません。でも、想像することはできる。
これからも、お届けはしますから、私に辛いことも苦しいことも全部話してください。苦しみは、言葉にすると幾分小さくなると聞きます」
少しずつで良いですから、と微笑む珠紀さん。
やっと収まったはずの涙が、またぶわっと溢れてきた。
「珠紀さんは、なんでそんなに優しいんですか…?」
珠紀さんは少しだけ考えてから、ニコリと微笑む。
「兄に、似ているんですよ」
真雪様、が。
囁いたその目は、切なげに揺れていた気がした。



…な、泣くだけに一話使ってしまった…
<2017/10/12 06:57 水瀬 玲>消しゴム
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