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薄桜鬼ー雪光録ー
- 第三十一話 条件 -




「他に何か、あるのではないか」
一さんの憂いを含んだ青い瞳が、僕を探るように光る。
それに導かれるように、僕はゆっくりと口を開いた。
「………昨日、聞いてしまいました」
それだけで、土方さんは目を見開く。
…ああ、内緒にしたかったんだけど。
「土方さんが、僕と総司さんを戦に出したいと言っている話を」
一さんは驚いたように土方さんを見る。
「副長?」
土方さんはこれ以上ないほどに目を見開いて、口をわなわなと震わせた。
「お前……聞いていたのか」
その言葉に、一さんの眉間に皺がよる。
「副長…どういうことですか」
心なしか、声がいつもより低い。
土方さんは瞬きをいくつか繰り返し、僕と一さんを交互に見た。
「……俺はな、もし二人が病に冒されてなかったら、戦に出てもらいたい。そう思ってんだ。それを近藤さんにこぼしたんだが…聞かれちまってたとはな」
「副長…」
さっきから一さんが「副長」しか言っていない気がする。
それは置いといて、一さんの射抜くような視線に、土方さんはぐっ…と喉を鳴らした。
「土方さんは悪くないですよ。僕も逆の立場だったらそう思うはずです。
その話を聞いたあと、自分で何がしたいか考えました。
…戦に出て、新選組のために戦いたい。それが僕の気持ちです」
「…死に場所だとか、そういう話は?」
「ああ言えば、出してくれるかな…と」
「その結果、月色を怒らせた訳だが」
「…まあ、はい」
そうだ、歌恋さん。
あの冷たい声は、思い出すだけで胸の奥がチクリと痛む。
「……俺はな」
土方さんが急に呟くように言って、僕と一さんは揃ってそちらを向いた。
「お前や総司と戦いてえっつう思いももちろんあるが、何よりお前らを亡くしたくねぇんだよ。
今は調子が良くても、いつまた調子が悪くなるかわからねえ。それが戦ってる途中じゃねえって保証もねえ。
そんな状況で、お前らを送り出す気にはなれない」
「…土方、さん」
鬼の副長なんて恐れられているけれど、誰よりも優しいんだ。
そんなことに今更気付かされたようで、僕は囁くように呟いた。
「………でも、引くわけにはいきません。
死に場所とする、は撤回します。けれども、僕にだって譲れないものはあるんです」
必死で言う僕に何か思ったのか、土方さんは少しだけ考えるように視線を下にやる。
そうして、実際にはそこまで経っていないのだろうけれど僕にとっては何刻も経った頃。
土方さんは何かを決断するかのように一度大きなため息を吐いて、ガバッと顔をあげた。
「…お前を戦に出してやろう」
「えっ」
「副長?」
驚いて固まる僕たちを、土方さんは交互に見る。
「ただし条件がある。
……斎藤に、勝て」
「……………はっ?」
一さんに、勝つ?
なんのことだかわからなくて、僕は首を傾げた。
「馬ァ鹿、こういうときゃあ手合わせに決まってんだろ。
明後日の手合わせで、斎藤に勝ってみせろ。そしたらまあ体調とかで考慮はあるだろうが、どこかしらに行かせてやる」
て、手合わせ…。
予想外の展開とその難易度に、僕は呆然とする。
一さんから一本を取ったことなんて、片手で数えられるくらいしかない。そのうえ僕が寝ている間一さんはきちんと稽古に出ていたわけで、腕も上がっているだろう。
チラリ、一さんの方を見る。
目には少しの驚きを滲み出しながらも、相変わらず冷静な態度。
僕の目線に気がついたのか、一さんはこちらに目をやった。
「……やるならこちらも手加減はせぬぞ」
「逆にしてもらっては困ります」
正直困るどころかありがたいだろうけれど、なんとなく手加減されて勝つのは嫌だ。
「で?やるのか?真雪」
土方さんに問われ、少しだけ考える。
どう考えても、今の僕には負ける要素しかない。でも、ここで受けないと戦に出られない。
…ああ、迷う必要はないか。
一度決めたことなら、
「…やります。一さんから、一本取ってみせますよ」
この勝負、受けるしかない。




とはいえ。
久しぶりに道場に入り、木刀を手にした途端その重さに少し驚く。
なんでこんなの振り回せたんだろう、僕…。
つい最近真剣を振るったのは置いといて、そんなことを考えてしまった。
はあ…と吐いたため息が、白く冷えた空気に溶け込む。
「……頑張らないと…」
小さな呟きが、わずかに響いて消えていった。

とりあえず、素振りをしてみたはいいものの。
体力はだいぶ衰えているようで、僕は膝に手をついて荒く呼吸を繰り返す。
そりゃあ、小さい頃から毎日稽古していたもんなあ……。急にぱたりとしなくなったら、そりゃ体力は落ちるだろう。
それにしても、まだ若いはずなんだけど。
「誰かいるんですか?もうすぐ昼餉のはずですけど…」
聞きなれた声に、僕はバッと振り返った。
「……真雪、ちゃん?」
「歌恋、さん…………」
カラン、と木の音が響き渡る。僕の持つ木刀が落ちた音だ。
今朝のこともあって、どことなく気まずい空気。
「…あー……」
歌恋さんが何か言おうとするけれど、言葉にならないのかその後がない。
でも僕も何か言えそうになくて、変な沈黙が流れた。
何か、言わなきゃ。頭の中でぐるぐると考えれば考えるほど、言葉が喉につっかえて出ていかない。
でも、こんなことに負けてはいけない。
僕は、もっと強くならなきゃ。
意を決して口を開く。
「「あのっ!!!」」
そんな時に限って歌恋さんも声を出して、お互いを見つめたまま固まってしまった。
……そしてまた、沈黙。
「…真雪ちゃんから、どうぞ」
おずおずと歌恋さんが言って、僕は内心胸をなで下ろす。
「……今朝のこと、謝りたくて」
「え?」
「今朝、戦を死ぬために使うともとれるような、身勝手な発言をしました。
歌恋さんが怒るのも無理はないです。
でも僕は、別に死ぬために戦をしたいわけじゃありません。
ただ、戦で命を散らす覚悟はできている。そう言いたかったんです」
なんとか、誤解を解いておきたかった。
二度と言えなくなる前に、手遅れになる前に。
歌恋さんは大きな瞳を丸くさせて、僕を見つめる。
その後、ふと表情を和らげた。
「…こちらこそ。
言い過ぎてしまいました、すみません」
ぺこりと頭を下げて言う歌恋さんに、僕はぶんぶんと両手を振った。
「いや、変な言い方をした僕が悪いんです」
「いやいや、意味を汲み取れなかった私が…」
「いやいやいや僕が」
「いやいやいやいや私が」
「いやいやいやいやいや僕が」
「いやいやいやいやいやいや私が」
「僕が!」
「私が!」
「「……」」
言っていてだんだんおかしくなってきた。
僕と歌恋さんは、顔を見合わせてクスリと笑う。
「じゃあ、お互い様ですね」
「…はい」
歌恋さんの言葉に、僕も頷いた。
よかった、歌恋さんと仲直りできて。
心がぽかぽかと温まるような気分。
…でも、ふとまた胸がつんと痛む。
総司さんとは、まだ仲直りできていない。
何とか、早く謝りたいけれど、避けられてるような気がする。…部屋に行けば話は早いけど、そんな勇気が出ない。
僕もまだまだだなあ。
ため息を吐いた僕に対し、歌恋さんはきょとんと首を傾げた。
慌てて何でもないと手を振ると、首の角度は変わらないまま笑顔を見せる。
「真雪ちゃんは、見ていて面白いです」
「そうですか?」
どこがだろう。
不思議に思って顔をぺたぺたと触ってみた。
まあそんなことでわかる筈もなく、よくわからないまま昼餉当番の
「おぉーい!!!飯だぞーー!!!!」
という声が聞こえてきたのでその話は終わってしまう。
というか、呼び方雑ですね…!
「…行きますか」
「ええ」
今度、どういうことか聞いてみようかな。

我ながらなんてえげつない条件を…
<2017/10/30 22:39 水瀬 玲>消しゴム
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