「……ハァ?」
歌恋さんの声が、道場に響いた。
「一君から一本って……さすが鬼の副長と言うべきですね」
まったく土方さんは、なんて苦笑いを浮かべる歌恋さんに、僕はため息をつく。
「受けちゃったからには頑張るつもりですが、勝てますかねえ…?」
「まあ無理でしょ?うね」
予想以上にスッパリと切り捨てられ、うぅ…と肩を縮こませた。
でも、と歌恋さんは続ける。
「お手伝いならしますよ。
私も、できれば真雪ちゃんにも戦に出てもらいたいですから」
「え?」
反対なのでは、と目で問うと、「別に反対ではありませんよ。ただ、命を無駄にしてほしくないだけで」と返された。
本当に、歌恋さんは優しい人だ。いつかその優しさが身を滅ぼしてしまわないよう、僕は密かに祈る。
「では、まずは攻略法でも考えましょうか。真っ向から立ち向かって勝てる相手ではありませんしね」
「そうですねえ………どうすればいいでしょうか?」
2人揃って首を傾げる。
「……心理戦とか?」
「私一君の詳しい過去とか知りませんよ。
……砂をかけるとか…」
「室内ですし、怒られると思います。
いっそ足も出します?」
「当たればいいですがね。
一君の木刀をネギにする…とか?」
「いやいやいやいやいや…せめて油揚げでしょう」
「そういう問題ですか」
「…たぶん違います」
「一君に料理をお腹いっぱい食べさせて動きを鈍くさせるとかどうですか?」
「あの一さんですよ………?
じゃあそうですね、豆腐の名前をひたすら唱えながら挑むとか」
「もはやなんの意味があるかわかりませんが」
「奇遇ですね、僕もそう思いました」
「「…………」」
「「……はぁ」」
浮かばないものだ。
だんだん内容もふざけたものになってきていて、僕たちは頭を抱える。
「「どうしたものかぁ……」」
こんなところでまで言葉が揃っているけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
少しして、歌恋さんははたと顔を上げた。
「真雪ちゃんて、スピー……速さでは一君に勝ってましたよね?確か」
僕は今までの稽古を思い出し、考えてみる。
「そう…ですね。刀を振るうのは圧倒的に一さんのほうが速いですが、身のこなしとかなら僕の方が速かったです」
前は、だけれど。言葉の外で付け足す。
歌恋さんはそんな僕に対して、満足そうに頷いた。
「充分です。
じゃ、作戦会議といきますか!」
「今までのは何だったと言うんですか…」
ついに、勝負の日。
ピリリと冷たい緊張感が頬を撫でる。
僕はごくりと息を飲んで、目の前の人…一さんを見つめた。
周りには緊張した面持ちの隊士さんたちがいて、この勝負の結果を今か今かと待っているようだった。
歌恋さんと平助さんは不安げに眉尻を下げているけれど、土方さんの表情からは何も伺うことができない。
「…いつからでもかかってこい」
いつも通り程よく力の抜けた身体で一さんが言う。
僕は一つ息を吐いて、スッと木刀を構えた。
『ーーいいですか、真雪ちゃん』
頭の中に、歌恋さんの言葉が響く。
『今の真雪ちゃんは、長期戦に持って行ってしまうと圧倒的に不利です』
『ーですから、なるべく攻めていきましょう。
隙は見せないように。一君はそういったものを見逃してくれません』
軽く目を閉じて、ゆっくりとまた開けた。
「行きます」
囁くように言って、一歩踏み出す。
一気に一さんのところまで詰め寄って、木刀を振り払った。
一さんは難なく受け流し、僕に突きを放ってくる。
左利きが相手。それだけで不利なようだけれど、両利きの歌恋さんが左構えで稽古してくれたおかげで、だいぶ反応できるようになった。
しばらく、木刀がぶつかり合う音と足音が響く。
熱のせいなのか、勝負のせいなのか、だんだん頬が赤くなっていくのを感じた。
一さんは表情一つ変えていないようだけれど、顔に汗が滲んでいる。
それでもどこか涼しげなのだから、美人さんはすごい。
一度離れて、お互い息を整えながら見つめあった。
一さんの蒼くて、冷静ながらもどこか熱い視線と、僕の視線が絡み合う。
まだ荒いままの僕の息がより強く吐き出されたのを合図にするかのように、また僕たちは距離を詰めた。
これ以上続けたら、僕の負けは確定してしまう。
なら、ここが勝負を決めるとき。
僕は一さんの背後に行った直後に方向をぐるりと変え、そのままこちらを向きかけた一さんの脇腹に突きを放った。
一瞬、一さんの顔が歪む。
歌恋さんたちの、息を飲んだ音が聞こえてきた。
「………一本!!!」
隊士さんの一人の声が外にまで響いたあと、どっと歓声が溢れ出す。
一さんは僕の頭にぽんと手をやり、微笑んだ。
「最後の動き、俺の目では追えなかった。
よくやったな」
「一さん……」
じぃんと胸が温まる。
勝ったんだ…という実感と、一さんから褒められた嬉しさで、ふわふわと飛んで行ってしまいそうだった。
土方さんはゆっくりとこちらまで歩いてきて、僕の前で立ち止まる。
「……武士に二言はねえからな。どこかしら戦に出してやる。
が、無理はするな。最初のうちはあまり激しいとこにゃ出さねえからな。
詳しいことは後で決めて話す。それまで体調管理をしっかりしておけ」
僕の顔が、カァッと熱くなったのを感じた。
戦に、出れる。みんなの役に、立てる。
それが嬉しくて仕方がない。
「…っはい!よろしくお願いします!」
「あーあ、勝っちゃいましたよ?どうします?」
私が聞くと、土方さんはじとっとこちらを睨んできた。
「その勝つ手助けをしたのは誰だ」
「私です」
「わかってんじゃねぇか…」
土方さんはため息を吐いて、ガシガシと頭をかく。
「ま、あいつがあそこまで本気なら、口出すわけにもいかねえよ」
「そうですね」
あの時の真雪ちゃんの嬉しそうな顔が、ふと脳裏をよぎる。
本当に心の底からみんなの役に立ちたいと思っている、キラキラとした瞳。
あんなのを見てしまったら、土方さんも意見を変えざるを得ないというかなんというか。
「土方さん」
「何だ」
「くれぐれも、真雪ちゃんが無理しなければいけないようなことにならないよう、お願いしますね」
私の言葉に、土方さんは眉間のシワを深くさせた。
「……わーってるよ」
