千鶴ちゃんを突き飛ばし、刀を逆手に持ち替え後ろに向かって突く。
それと同時に、身体全体に大きな衝撃がきた。
「………え?」
僕に押し倒された形になった千鶴ちゃんは、恐る恐ると僕の胸の辺りを見やる。
「真雪、君?」
顔が歪み、みるみるうちに大きな瞳に涙を溜めてきた千鶴ちゃんに、僕は苦笑した。
「…よかった」
僕の身体を深く貫いた刀の持ち主は、ドサリと後ろで崩れ落ちる。
僕も倒れたいところだけれど、そんなことしたら千鶴ちゃんが大変だ。…なんて、考えている余裕があるのも今のうちかも。
「よくない……よくないよ、真雪君…」
なんで、私を助けたのか。
そんな言葉を目に宿し、千鶴ちゃんは僕を見上げる。
そんな千鶴ちゃんに僕は、ふへ、と力なく笑った。
「病で、死ぬより、誰かを守って死にたかった。…もちろん、守って生きるのが一番だけれど。
………土方さんに、伝えてもらえますか」
「何を…?」
震える声で返す千鶴ちゃん。
もう、喋るのも辛いけれど。これだけは伝えておきたい。
「…っごめんなさい、と…」
「え?」
「…………僕は、ここで死にます。…土方さんに、あれだけ言われて、おい…て…。
…ごめんなッ、さい…って……」
ゆるゆると首を振って、千鶴ちゃんは口をへの字に曲げた。
「嫌だよ…そんなっ、真雪君………」
「お願い、です。…自分、じゃ…言えそうに、ない…ので」
とろとろと滴り落ちる血。
自分のものだというのに、それは嫌に美しい。
…ふと、足音が聞こえてきた。殺気は感じられないし、味方だろうか。
「…淀藩が寝返った、と聞いたから、不安になって来たけれど……。何、この状況」
もうまともに言うことを聞かない身体だから、振り返って確認することはできない。
けれども、聞こえてきた声の持ち主は、月姫さんであるとすぐにわかった。
「月姫…っさん!真雪君が、真雪君が…」
「………動ける?」
近づいてきて言う月姫さん。
力を込めようとはするものの、やはり身体は上手く動かない。
「…すみませっ……」
謝ると、月姫さんは「揺れるよ」と言ってから僕をゆっくりと己にもたれかけさせた。
「力、抜いていいからね。
…ああ、これは酷い。むしろ意識があるのが奇跡だよ。
何か、言いたいことはある?」
月姫さんは、もう察したようだ。いや、これは殆どの人がすぐにわかることだけれど。
僕はもう、長くない。
「…土方さんに、すみません…と。詳しいことは、千鶴ちゃんが…知っています。
歌恋さんにも、…いや、皆さん、に……。
…そして、ご武運……を………と」
もう、目の前が暗くなってきた。
じんわりと、灰色が滲んでいく。
その視界の中に、月姫さんがしっかりと頷いたのが入ってくる。
「……はは、情けない…………安心、しま…し………」
ああ、ダメだ。声が、上手く出ない。
おぼろげで、輪郭がふわりとわかる程度の視界。
耳だけはまだ鮮明に感覚を伝えてくる。
手から、足から、背中から、感覚が失われていくようだ。
「………あ…が……」
『ありがとう』。伝わったかな。
皆さん、僕はここで果てます。井上さんと共に、皆さんの活躍をしっかりと見ていますね。待ってますが、早くきたら許しません。
お父様、お母様。最期に、もう一度会いたかった。
『…ああ、私の方が不安かも。やっぱり、こんな可愛い真雪を大変な目に合わせたくないです』
……あれ。
『……大丈夫、きっと、真雪なら大丈夫だ』
…これは……。
脳裏に浮かぶ、僕を見て切なげに顔を歪める人は、僕とその人をしっかりと抱きしめくれる人は。
……歌恋さんと、平助さん。
もしかして、僕のお母様とお父様は。
………歌恋さんと、平助さんだったの?
神さま、これは酷いよ。もう少し早く教えてよ。
もっと早く知りたかった……。もっと、もっと………。
ああ、あの二人の温もりが、つい先ほどのように浮かぶ。
二人に、ろくに恩も返せなかった。ううん、二人だけじゃない。
土方さんや、千鶴ちゃんや、珠紀さんにだって。誰にも何も返せなかった。
何が死ぬ覚悟はできてるだよ。こんなにも未練ばかりじゃないか。
遠のいていく意識。
「真雪君……嫌ぁっ…!!」
「……よく、頑張ったね。お疲れ様。あとは任せて…きっと、歌恋を、皆を守り抜いてみせるから」
二人の声を聞いて、僕はふにゃりと笑みを浮かべた……と思う。
皆さん、さようなら。
いつか再び会ったとき、たくさんお話を聞かせてくださいね。
