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薄桜鬼ー雪光録ー
- 第三十六話 その後 -





「どうだった?」
月姫の言葉に、斎藤は静かに首を振った。
「…そう」
あれから数日が経った。
歌恋の傷はほとんど癒え、そもそもあまり怪我がひどくなかった平助もだいぶ良くなってきている。
それでも真雪の存在は思い出せていないようだ。
「…真雪が大きく関わっている思い出は、他の誰かに書き換えられているかそもそも無かったことになっている。これはもう、戻らぬのではないか」
「……やはり、そうだよね」
月姫はため息を吐く。
頭を打ったからといって、そんな一部の記憶だけがなくなるものなのか。
「思い出させても苦しい思いをすることになるだろうし、ここは話を合わせてあげたほうがいいのかも」
「……そうだな」
月姫の自分を納得させるような言葉に、斎藤は小さく頷いた。



「あの、土方さん」
千鶴の控えめな声に、土方は振り返る。
「何だ?」
「…井上さんと真雪君から、伝言を預かっていまして…」
「……」
何も言わない土方を、千鶴はそっと見上げた。
逆光のせいもあってか、いまいち表情がわからない。今、土方がどんな思いで立っているのか、わからない。
とにかく、二人は私に託したのだから…と己を奮い立たせ、千鶴は話し始めた。
「井上さんは、力不足で申し訳ない。最後の夢をっ、見させてくれて…感謝しても、しきれない…と………。
真雪君は、土方さんにあれだけ言われて、おきながら…ここで果てることを許してほしい……とっ…」
言っている途中で涙が溢れてくる。
我慢しようにも止められなくて、千鶴は目をこすりながら言葉を紡ぐ。
「真雪君は、最後に、ありがとう…って言ってくれたんです。上手く、聞き取れなかったけれど、きっと、ありがとう…でした。
誰に、言ったのかは、わかりません…でも、きっと、土方さんに…言ったんだと思います」
「………そうか」
土方は小さな声で言うと、背を向けた。
その肩が僅かに震えているのを見て、千鶴はハッとする。
「まさかな」
土方のポツリとした呟き。その声はいつもよりずっと頼りないように感じられた。
「こんなにも呆気ねえとは思わなかったんだ…源さんも、真雪も。
お前らから話を聞いてんのに、それでもまだ信じられてねえのかな、また二人がひょこっと顔出すような気がしちまうんだ。
俺があの時行っていれば、何とかなったかもしれねえ。俺があの時止めていれば、二人はもう少し長く生きたかもしれねえ。…真雪だって、もしかすると治ったかもしれねえんだ。
……はっ…情けねえな、鬼の副長が後悔だなんてよ」
「……それを言うなら、私もです。
私が行くと言わなかったら、私がきちんと周りに気を配っていたら。敵が近づいているのに気がつかなかったのだって…。
二人は、私を守ろうとしてくれました。
…井上さんの背中が、真雪君の笑顔が忘れられません………思い出すのが辛いのに、忘れることもできないんです」
覚悟はしていた。いつか、仲間が減っていく。自分と笑い合った人が、自分と言葉を交わした人が、明日にはいないかもしれない。
でも、こんなにも早いとは思っていなかった。
こんなにも早く、大事な仲間を失うとは思っていなかった。
覚悟をしたと言っていても、心のどこかでは「まだ大丈夫」と思っていたのかもしれない。
「俺たちゃ、甘いんだな。
……これから、もっと厳しい状況になるはずだ。落ち込んでる場合じゃねえ」
自分を奮い立たせるような言い方だった。
「…でも」
千鶴は小さな声で返す。
「………今日だけは」
落ち込んでいても、いいですか。
実際に口には出していないのに、まるで千鶴がそう言ったかのように土方は感じた。




「よくこんな寒い中、月見なんてできますね」
夜。私の声に、ゆっくりと振り返るその人。
翡翠色の瞳からは、透明な涙が伝っていて。
月光に照らされた表情は、ひどく儚い。
「…歌恋、ちゃん」
「はいはい、歌恋ですよー」
私を見た途端余計に泣き始めるのは失礼だと思うんだけど。
その人…総司君は、顔をぐしゃぐしゃにして涙を零す。
「どうしたんです、子どもみたいですよ?」
ストンっと隣に座って言うと、総司君は小さく嗚咽を漏らした。
「…謝れなかった」
「え?」
「真雪ちゃんと、喧嘩したままなのに。真雪ちゃんが帰ってきたら謝ろうとしていたのに。
…っまさか、帰ってこないとは思わなかった。絶対、帰ってくるって…思ってた…!!
なんで、なんでこうなるの?素直になれないで、もう伝えたくても伝えられない!!!
それがこんなに苦しいなら、さっさと意地なんて捨てればよかった……。いっそ、嫌われてもいい。素直に、ごめんねって…言えばよかった!」
ましろ。また、この名前。
総司君をここまで泣かすなんて、どれだけすごい子なんだろう。
…援軍を呼びに行く途中、千鶴ちゃんを守って殺された一番組隊士。
私の記憶には一切いなくて、それを言ったら千鶴ちゃんに初めて胸倉を掴まれた。あとでものすごく謝られました。
なんらかの事情で私の記憶にはないけれど、みんなに強い影響を残した子。…いったい、なぜ私の記憶にいないのだろうか。
「…歌恋ちゃん」
「はい?」
総司君は軽く鼻をすする。
「歌恋ちゃんは、真雪ちゃん…って言っても、わからないんだよね」
「…………すみません」
俯きがちに言うと、総司君はゆるゆると首を横に振った。
「ううん、攻めてるんじゃなくて。
……真雪ちゃんはね、可愛くて、強くて、真面目で、とにかくすごい子だった。僕がわがままを言っても、ニコニコして隣にいてくれた。…真雪ちゃんの記憶がなくても、これだけは覚えていてほしい」
「…はい」
顔をあげると、総司君と目が合う。
少しして、総司君は不器用に微笑んだ。


次の日の朝。
「ごめんください」
玄関の方から聞こえてきた声に、近くにいた私はひょっこり顔を出した。
「珠紀さん」
たしか、総司君がよく行っていたお菓子屋さんの子。いつも甘い香りをまとっていて、笑顔がよく似合う。
「どうしたんですか?」
歩み寄りながら言うと、珠紀さんは小さな包みを取り出した。
「真雪様はいらっしゃいますか?」
………あ。
もしかして、ましろ君の知り合いだったのかな。どうしよう。記憶がない…なんて言ったら…。
動きを止めた私を、珠紀さんは不思議そうに見る。
「…月色様?」
「……ああ、すみません。
えっと……ましろ君は今出かけていまして」
「え?」
えっ私何か変なこと言ったかな。いちばん良いかと思ったんだけど…。
「月色様、真雪様のことを何とお呼びに?」
「…ましろ、君ですが…」
珠紀さんは、困惑しているようだった。
もしかして、呼び方が違う?
「…失礼を承知で申します。
月色様は以前、真雪様のことを“真雪ちゃん”と呼んでいました。
なぜ今は、“真雪君”と呼んでいるのですか?何か、あったのですか??」
………ちゃん付け、だったのか。
こんなことになるなら、千鶴ちゃんにでもきちんと聞いておくべきだった。
どうやって切りぬけよう。喧嘩中…?いや、不自然にも程がある。
黙り込んだ私を、珠紀さんは疑わしげに見上げた。
「……すまぬ、少し良いか」
不意に聞こえてきた声に、私たちは揃ってそちらを向く。
紫色の髪の毛、藍色の瞳…一君。
「月色、あんたを副長が呼んでいたぞ。行ったらどうだ」
「……あっ、そうなんですね…。
すみません珠紀さん、失礼します」
早口で言って戻ろうとする私に、一君は素早く囁いた。
「後は任せろ」


一君にお礼も兼ねてお茶を淹れていると、不意に後ろに気配が生まれた。
「真雪は療養で武蔵の方へ向かい、あんたの呼び方は周りに真雪の性別を勘違いされないように変えた、ということにした」
「一君……」
ありがとうございます、とちょうど出来上がったお茶を差し出すと、それを受け取りつつ一君は呆れたようにため息をつく。
「…少し、考えて行動しろ」
「はあい」
舌を出してみせるけど、心臓は未だばくばくいっている。
一君がいなかったらどうなっていたことか。
改めて、心の中で一君に手を合わせた。
「あの、一君」
「何だ」
「ましろ…ちゃん?のこと、教えてもらえますか?」
私が言うと、一君は少し考えるように目線を遠くにやった。
そのあと、フ…と小さく笑う。
「……そのうち、な」
「なんですかそれー?」
一君はそれには答えず、そのまま歩いて行ってしまう。
なんだろう、この覚えていない方がいいみたいな態度。私そんな恥ずかしいことでもしたのかな?
なんだか腑に落ちないまま、私も厨を後にした。


ーーーーーーーー
(1890)
そろそろ、真雪が過去に行ってから三年が経つ。
もう、戻ってくる期限は過ぎてしまった。それでも、まだ心のどこかで諦めきれなくて、まだ待ち続けている。
真雪、どうしたのかな。大丈夫かな。
不安な気持ちがじわじわと身体を侵食していく感覚に、軽く身震いした。
弱気になっている場合じゃないのに。
「歌恋、茶でも飲むか?」
「飲みますー」
いつのまにか隣にいた平ちゃんは、私の返事にお茶を注ぎはじめる。
屯所にいた頃は、平ちゃんがこんなことするなんて想像もしていなかったなあ。
ああ、懐かしい。
あの頃は、日々生きるのに一生懸命で、一年間を駆け足で進んでいるような感覚だった。
「なあ、歌恋」
「はい?」
「もう、三年だな」
「…そうですね」
あの時と同じ、暖かい春の日。
縁側から見る景色は変わっていないはずなのに、どこか物足りないのは…真雪がいないから、なのかもしれない。
「………ましーー」
ーーーーザァッ
平ちゃんの声を合図にしたかのように、強い風が吹いた。
桜が一気に舞って、私たちの前をひらひらと落ちていく。
『…あの、えっと……助けてくださったんですか?』
『…その、時渡りの様なものにあってしまいまして……………。
本当は僕、明治に生まれたんです』
『…結論から言わせてもらうとな。
真雪、お前さんの病は労咳だ。…だいぶ、進行してしまったようだ』
『新選組一番組隊士、藤堂真雪。これより、貴方の命を頂戴致します。
………雪村綱道、お覚悟』
『ねえ歌恋ちゃん、本当にわからないの…?ずっと一緒に過ごしてきたじゃないっ…!
真雪君のこと、忘れちゃったの!?』
……………嘘。
頭の中に急に流れ込んできたものは、私の知っている…いや、私の覚えているものとは全く違うもの。
最後の千鶴ちゃんのセリフは、たしかに記憶にあるけれど。他は、ない。なかった。
真雪が新選組にいたなんて。真雪が、労咳にかかっていたなんて。
「…歌恋、なんか…頭に急に浮かんできたんだけど」
「私も、浮かんできました」
平ちゃんは困惑した表情をこちらに向けている。きっと、私も同じ表情をしているのだろう。

「「……真雪は、新選組にいた……?」」


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あと一話…くらい?で完結です。
…間に合うかなあ…←
<2017/12/19 05:59 水瀬 玲>消しゴム
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