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「名前はどうする?」
「ふふ、もう考えてあるんです」
歌恋は言うと紙を取り出して、何やら文字を書く。
平助はそれを興味深げに眺めた。
「まゆき?」
書きあがった文字を読み上げてみせると、歌恋は首を横に振る。
「まゆきと書いて、ましろです!
何故だかわからないのですが、急に浮かんできて……どうですか?」
平助はふにゃりと微笑んで、歌恋の頭を撫でた。
「うん、いいと思う。歌恋らしいよ。
名前みたいに、真っ直ぐ生きる子になってくれると良いな!」
「はい!」
二人はお互い顔を見合わせてから、笑いあった。
「じゃあ……よろしくお願いします、真雪君」
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(1891)
「ごめんください」
外から声が聞こえてきて、私は縫い物をする手を止めた。
「はーい」
女性の声。千鶴ちゃん…じゃないよね?誰だろう。
カラカラ…と戸を開けて顔を出すと、上品な着物を着た女の人の姿が目に入った。
……どちら様でしょう…。
困惑する私を見て、その人は可笑しそうに微笑む。
「お久しぶりです、月色様。
珠紀って、覚えていますか?」
「えっ」
珠紀さんは覚えている。総司くんや真雪が好きだったお菓子屋さんの女の子。
最後に会ったときは、まだ真雪の記憶がないままで、変なこと言っちゃったんだよなあ…。
「覚えてますが………もしかして、珠紀さん…ですか?」
「はい」
えっ!?!?若ッ!!!!!!!!
えっそろそろ40いっててもおかしくないはずなのになんでそんなすべすべお肌なんですか見た目年齢若すぎませんか羨ましい!!
……失礼しました。
「ふふ、相変わらずですね。
真雪様のこと…本当はあのとき、斎藤様にきちんと説明してもらっていました。その後も文でやり取りをしていまして。
…真雪様のお墓参りを、したいなと思ってお邪魔しました」
「そう…なんですね」
去年、記憶が戻ってきてから、私と平ちゃんは小さなお墓を作った。
真雪が帰ってくるかもしれないから、名前は書いていないけれど。何もないよりいいかな、と。
一君たちにもその話はしていたから、一君も珠紀さんに教えてくれたのだろう。
「どうぞ。
そんな大したものではありませんが…」
庭の方を示すと、珠紀さんは「失礼します」と言ってから一歩踏み入れた。
「お花」
お墓を見た珠紀さんは、そう小さな声を出す。
「勿忘草って言うんです」
「そうなんですね。…真雪様に、よくお似合いです」
小さな青い花。
本当はエゾムラサキだけども、ざっくり言えば勿忘草だ。
庭に数個咲いているのを見つけて、一輪摘み取り寝ている真雪の髪につけて、一人可愛さに悶えたのが十数年前。気がついたらたくさん増えていて驚いた。
「“私を忘れないで”」
「…え?」
急に言った私を、珠紀さんは驚いたように見る。
「この花の花言葉です。
他には“誠の愛”だとか、“友情”だとか、“思い出”。素敵でしょう?
…もう二度と、忘れたくないですしね。この時期は必ずこのお花を置くようにしたんです」
「…そう、ですか」
珠紀さんはそれだけ言って、目を伏せた。
手を合わせ、想いを馳せるように瞼を閉じる。
少しだけそのままでいた珠紀さんは、やがて話し始めた。
「私は、ですね。…真雪様のことを、好いていたのだと思います。きっと、初めてお姿を拝見したときから。
真雪様が店に来られると嬉しくて、街で見かけることができるとその日はお仕事も頑張れる気がして。
私が浪士に絡まれてしまったときも、助けてくださったんですよ。峰を相手の脇腹に打ち込んで…舞うような鮮やかさでした。そのあと、私を店まで横抱きで送ってくださりました。お礼にとおまんじゅうを差し上げると、嬉しそうに頬を染めていらして。あんなにも強いのに、可愛らしいところもあって、本当に素敵な方でしたよね」
話しているうちに、珠紀さんの目に涙が溜まってきて。
珠紀さんは小さくしゃくり上げた。
「ああ……真雪様、何度、時間が戻ったらと願ったことか。ずっと、お慕いしておりました…と、伝えることができたらと、何度願ったことか…っ!」
せめて、もう一度だけでも、逢えたなら。
そんな声も、聞こえた気がした。
なんだか私まで鼻がツンと痛んで、じわりと目に涙が滲む。
そんな時だった。
『泣かないで』
不意に聞こえた声に、私と珠紀さんは揃って顔を上げる。
「え…」
「今…」
ゆっくり後ろを振り返ると、ふわりと微笑む男の子の姿が目に入ってきた。
『ありがとう』
ーーーーサァッ…
私たちが声を出すよりも、手を伸ばすよりも早く、桜吹雪が舞う。
それが消える頃には、もう姿は無くなっていた。
「「………………………真雪(様)…?」」
何から何まで信じられなくて、私たちはそれだけ呟いた。
そもそも、もう既に家の周りの木は葉桜。桜吹雪が起こるほどの花びらはない。
「あれ」
急に珠紀さんが小さな声をあげた。
「私、こんなの持っていたでしょうか…?」
言いながら取り出したのは、ピンク色のバラが三本。棘はきれいに取られている。
なんだろう。そう思っていたら、ふと手になにかが当たった。
「母子草…?」
「母子草?」
きょとん、とこちらを見る珠紀さん。
知らないのかな。よくそこら辺に生えていて、花言葉が素敵な……。
「あーっ!!!!」
「ひえっ!」
つい大きな声を出してしまったからか、珠紀さんは驚いてしまったようだ。危うく手からバラを落とすところだった。
「ああ、すみません…。
いやこれ、真雪からの贈り物…じゃないかな、と」
「贈り物、ですか?」
珠紀さんは言いながらバラに目をやる。
「私のこのお花は、“あなたをいつも思っています”。
由来的はむしろお母さんが子どもに…だった気もするんですがまあそれは置いといて。
珠紀さんのはバラというのですが、その色だと“上品”、“可愛い人”、“美しい少女”とかですね。本来この花には棘があるのですが、取り除かれているので“誠意”という意味もあります」
私が言うと、珠紀さんはぽっと頬を染めた。
可愛らしいなあ。本当、年齢を全く感じさせない。
「ああ、本数にも意味があるんですよ」
「本数にも?」
興味津々といった風に私を見つめる珠紀さんに、私はにっこり微笑んだ。
「教えませーん!」
「ええっ?」
意地悪かな?
もちろん、いつかは教えてあげるけれども。
ひどいです、と拗ねたように言う珠紀さんをチラと見る。
“あなたを愛しています”
真雪も、なかなかやるなあ。
「…さて、お茶でも飲みましょうか!平ちゃんはしばらく帰ってこないので、千鶴ちゃんも呼んで女子会です!」
「……」
私は立ち上がり、珠紀さんに向かって笑いかけた。
珠紀さんは少しだけぽかんとしていたけれど、すぐに笑顔に戻る。
「はい!私、お菓子も持ってきたんですよ」
「なんと!さすがです珠紀さん」
「ふふっ」
さすがはお母様、といったところだなあ。僕の意図を全て汲み取ってしまうなんて。
我ながらなかなかに恥ずかしいことをしてしまったけれど、これで少しでも喜んでくれると嬉しいな。
…さて、僕が主人公のお話も、これにて終幕のようです。
僕が変えてしまった歴史も、変えることのできなかった運命も、たくさんあるけれど。
僕はけっこう満足していたり。いや、後悔がないと言ったらもちろん嘘になりますよ。
それでは皆さん、またいつか、会う日まで。
ーー薄桜鬼雪光録・完ーー
