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The last of the world
- 第1話 『ログイン』 -

西暦二〇三二年七月四日。それは、VR(仮想現実)を用いたオンラインゲーム「The last of the world」の運営開始の日だった。

医療や教育といった、様々なものにVRが用いられるのは当たり前の時代となった。
AR(拡張現実)なんてものもあるが、VRにはそれとは明らかに違うものがあった。それは“仮想”であることだ。VRはARと違い、空を飛ぶことや、自分で世界を作ることだって可能なのだ。“仮想”は現実(リアル)とは違い、出来ることが無限に広がっているのだ。

そんなVRが当たり前のように普及するこの時代に、最も人々の反響を買ったのが“ゲーム”だった。それも、ただのゲームでは無い。ヘッドマウントディスプレイと呼ばれるゴーグル状の機器を頭に装着し、視界に映し出される仮想世界を楽しむVRを応用したゲームだった。

しかし、これで満足していた人々はさぞ驚いたことだろう。何故なら、視界に映し出されるだけで満足していた仮想世界に、五感全てで楽しむことのできる仮想世界(ゲーム)が遂に開発されたからだ。

ゲームのタイトルは「The last of the world」。発売開始の半年前から予約が殺到し、ニュースにも取り上げられるなど、その反響ぶりは大きな社会現象となった。

社会現象の鍵を握るのは、ヘッドマウントディスプレイに改良を重ね続けて生まれた「E.V.Wギア」だ。
「E.V.Wギア」はヘルメット状の機器だ。頭に装着して使うもので、鼓膜に特殊な音波を送ることで、それが脳に刺激を与え、五感全てに特殊な信号が送られる。その時、使用者の身体は限りなく睡眠に近い状態になり、五感に送られる特殊な信号が仮想世界を見せるのだ。

「The last of the world」は、家庭用ゲーム向けに改良された「E.V.Wギア」を世界で初めて取り入れられたゲームなのだ。
その発展したVRの世界に魅せられた人々は、自分の目で、五感でその世界を見てみたいと、社会現象になるまでに至った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


Welcome to The last of the world!!

ホログラムの画面に表示されたその文字が消失する。それに続くようにして、ホログラムの画面も消失する。

「……っ!?」

次の瞬間、繋ぎとめていた糸がプツリと切れるように、一瞬で視界が闇に覆われる。白い光で満ちていた情景はもうどこにも存在しない。

闇に覆われた視界に光が戻るまでにかかった時間は数秒だった。瞼を擦りながらゆっくり瞬きを繰り返す。

「ここは……」

闇が晴れると、次に視界を覆い尽くしたのは草原だった。どこまでも美しく広がる緑のカーペットにただただ息を呑むことしかできなかった。

「ここは本当に……本当に仮想世界なのか……」

現実と区別のつかない見渡す限りの大草原を、ただ見つめた。それ以外のものには目が向かない。それくらい、その作られた草原には引きつける何かがあった。

「仮想世界……?君は一体何を言っているんだい?気持ち次第で、ここは本当の世界にだってなるんだ」

そんなどこか飄々とした声に、草原にだけ向けられていた意識が現実に戻る。声がかけられたのは背後からだ。声の主は背後にいる。

「やぁ、初めまして!僕の名前はシフォン。君のナビゲーターさ!」

「うわ、何かキモイ生き物がいるっ!?」

振り向くと、そこにいたのはふわふわと黒い毛並みを揺らしながら宙に浮く猫みたいな生き物だった。
その姿は、くびれが一切存在しない球体に近い身体に猫耳の付いた風船のようだった。妙に長い尻尾が紐のようで、余計に風船という印象を強くする。

「き、キモい……だって……まさか、初対面相手に開口一番の言葉がそれとは……流石に僕も傷ついたよ……」

風船体型ををプルプルと小刻みに揺らしながら、今にもキレて襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出す猫的な生き物。

「わ、悪かったよ、猫……でいいんだよな……?」

「猫じゃなくて、シフォン!!いま自己紹介しただろ?聞いていなかったのかい?」

「自己紹介って、そんなのしてたっけ?」

よく喋る生き物だなーくらいの感覚で見ていただけだ。自己紹介なんて記憶の片隅にも残っていない。

「まさか、本当に聞いていないとは……これから君にチュートリアルのレクチャーをしないといけないのに、先が思いやられるよ……」

「チュートリアル……?」

「その不思議そうな顔は一体なんだい?どんなゲームにだってチュートリアル、即ち説明は付き物だろ?」

刻々と首を上下に動かしながら同意の意を示す。すると、猫的な生き物はふわふわと宙で宙返りを披露しながら

「聞いていなかったようだから改めて自己紹介させてもらうけど、僕の名前はシフォン!今から始めるチュートリアルのレクチャーを含めた、この世界(ゲーム)のナビゲートを担当する君だけのナビゲーターさ!」

「俺だけの……ナビゲーター……」

「そうさ、君だけのナビゲーターさ」

どうだ、嬉しいだろう!と、言わんばかりの表情でこちらを見つめてくるシフォンと名乗った猫的な生き物。

「もう少し可愛いのが良かったな……」

そんな何かを期待するようなシフォンの表情を一撃で崩す本音が小さく漏れてしまう。

「今ボソッと何か言わなかったかい?」

「気のせい気のせい」

ジト目で疑わしい視線を送ってくるシフォンを適当にあしらいながら、話を先に進めようと促すが……

「あ、そう言えばシフォン……でいいんだよな。お前に聞きたいことがあったんだ」

「なんだい?僕が答えられる範囲の質問ならどんなことにだって答えよう」

「お前って、NPCだよな……?」

NPCとは、ノンプレイヤーキャラクターの略称で、世界(ゲーム)を成り立たせる要素の一つだ。主に、ゲームの進行、バランス調整を行い、プレイヤーをGM(ゲームマスター)の作ったストーリーにうまく誘導するための存在だ。人が操作しないプログラムで動くキャラクター全ての総称でもある。

「随分と世界観の崩す質問だなぁ……まあ、答えられる範囲で答えると言ったのは僕の方だし、その質問には答えよう。僕は君の言うNPCさ」

リアル(現実)にこんなふわふわした喋る猫いるはずも無いのだから、聞くまでも無い質問ではあったのだが……

「それじゃあ、NPCのお前がいるってことはホントにここはThe last of the worldの中なのか……」

「そうさ、まだ信じていなかったのかい?てっきり僕は、君がこうして自然に僕と会話できていることも含めて、この世界に慣れている。つまり、この世界に足を踏み入れたことを確信していると思っていたんだけど……」

「信じていない……とは少し違うんだよな……」

「それは、どういう意味だい?」

短い腕を器用に組みながら、要領を得ないとばかりに身体全体を傾げるシフォン。やはりその球体に近い体型は何度見ても風船にしか見えない。

「なんて言うかな、このゲーム半年も前から予約が殺到していて、俺なんかが手の出せる世界じゃないと思ってた……」

The last of the worldの発売は、ゲームの運営が開始する三日前の七月一日だった。しかし、発売の半年前には予約が殺到し、在庫の品切れが続いた。

「僕には君の言いたいことがよく分からないな……」

「簡単な話さ。俺はこのゲームを買っていない。知り合いから譲り受けたんだ。だから、本当にこのゲームがやりたくて、殺到する予約の中勝ち抜いて手に入れた人たちに申し訳が立たないって言うか……」

「だから、それが分からないって言っているんだよ」

今度は俺が首を傾げる番だった。シフォンの言っていることが理解出来ずに怪訝な表情を浮かべる。

「お前、俺の話聞いてたか?」

「ああ、聞いていたよ。聞いていた上で、僕は分からないと言っているんだ」

「……」

シフォンが何を言いたいのかますます分からなくなり、ただ黙り込むことしか出来なかった。そんな俺の心情を察してか、シフォンはどこか優しげな声音で言った。

「楽しめばいいじゃないか!」

俺は反射的に瞬きを数回繰り返す動作を行う。シフォンの言葉が予想していないものだったからだ。

「楽しむ……?」

「そうさ、楽しむのさ!ゲームの入手法は人それぞれで、君が気にする話じゃない。そんな暇があるなら、せっかく足を踏み入れたこの世界を、思う存分に楽しむ方が僕は有意義だと思うな!」

「シフォン……そう、だよな……ありがとな……」

「僕はただ思ったことを言葉にしただけだから、礼には及ばないさ」

宙で宙返りを披露しながらウィンクで占めるシフォン。
よく動くことといい、感情が豊かな事といい、この猫は本当にNPCなのだろうか。そんな俺の心情はもちろん、シフォンに伝わるはずもなく先を促すように言葉を紡ぐ。

「チュートリアル、始めるんだろ?頼むぜ、シフォン」

「そうだね!と、言いたいところだけど、僕としたことが自分は名乗っておいて君の名前を聞くのを忘れていたじゃないか」

「名前って……NPCなら、ユーザー名くらいわざわざ聞かなくても見れるだろ?」

大概のゲームはユーザー名を見ることくらいNPCに限らず、一般のプレイヤーでも可能だ。このゲームも一概に例外ではないと思うのだが……

「僕と君はこれからパートナー同士だよ?君の口から聞きたいんだよ。君の名前(ユーザー名)を」

「俺の、名前を……」

ひんやりと涼しい風が俺とシフォンの間を通り過ぎる。

「俺の名前は、ヨゾラ……ヨゾラだ。それが、この世界での俺の名前(ユーザー名)だ」

数秒間の沈黙が流れる。先に声を発したのはシフォンだ。

「ヨゾラ、か……いい名前じゃないか!改めてよろしくね、ヨゾラ!」

くるっと一回転しながら小さな右手を差し出してくるシフォン。その小さな右手を俺は迷わず手に取り、

「俺こそよろしく頼むぜ、シフォン!」

次の瞬間、何も無い場所から突如ホログラムの画面が出現する。そこには、“《Quest》The last of the worldチュートリアル”と表示されていた。
アカウント作成の時と同様、その下にはyes・noのアイコンも表示されている。

「さぁ、始めようヨゾラ」

俺はシフォンの言葉に続くように、yesのアイコンに触れた。

<2017/07/09 20:46 K斗>消しゴム
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