「きゃっ!」
「うわっ!」
目の前に現れた大きな体。
突然のことに体が反応せず、私はそのままぶつかってしまった。
「痛てて……大丈夫か?お前、女みたいな声出すんだな。」
「も、申し訳ありません…」
謝りながら、顔をあげる。
「「……え?」」
お互いに見覚えがある顔に、思わず二人で同じ声を出した。
その後、しばしの静寂。
小さな鳥の声を合図にしたかのように、またもや二人で揃った一言。
「「……兄さま?(桃華?)」」
目の前の人物は、従兄弟の誠一郎兄さまだった。
「いやあ、桃華もやんちゃだなあ。そんな理由で飛び出してきて男装してここにいるなんて、八十治が黙ってないぞ?」
「そんな理由じゃありません。八十治だってここにいますよ?」
むくれて言うと、兄さまはぽかんと口を開けた。
「……八十治が?」
「……八十治が。」
「……まあ、分からなくもないけど…」
その後、苦笑い。
つられて私もクスッと小さく笑みをもらす。
「あれ、兄さまは何番組なんですか?見たことがないのですが…」
「ん、俺?八番組だよ。炊事はあまりにも下手すぎて流石に追い出されたんだ。代わりに掃除をたくさんやってる。」
「…」
察しました。
兄さまはありえないほどに不器用だからなあ…。
あんなにも美味しくないお茶はそうそう飲めない。と思う。……一番組の皆さんよりも酷いですよ一応言っておきますと。
でも剣術の腕は凄いし優しいし、私は幼いながらに尊敬していた。
でも、なぜ新選組に?
「なぜ新選組に?って顔してるよ。」
「だって、気になります…」
お金に困っている…というわけでも無さそうだし、ここにいるってことは家を…?
「家は出ていないよ。親にも反対された。
…でも、ここなら俺がやりたいようにできるっていうのかな、雰囲気でさ…ここだ!ってなって。」
「…?」
よく分からなくて首をかしげると、兄さまは声をあげて笑った。
「桃華にはまだ早かったかな?」
「むぅ…」
早い、といっても私十四なんだけどな…。
「十四もまだ子供だよ。」
「それはそうですけど。」
……心を読まれた!?
驚いて兄さまの方を向くと、「顔に書いてあるよ」と兄さまはまた笑う。
「さ、じゃあ俺は稽古に行ってくるね。桃華はどうする?」
「私は……炊事のお手伝いがあるので。」
「そっか。体に気をつけて。」
「はい。」
兄さまは立ち上がると、そのまま道場の方へ走っていった。
…私も、行かなきゃ。
…………なんせ、炊事場の方から賑やかな声が聞こえてきたので……。
「お疲れ様。」
へとへとになった私を労わるように微笑む凛君に、少し癒される。
本日朝餉当番だった七番組は、何やら味噌汁の具で喧嘩を始めてしまって。
止めるのに苦労しました……組長さん不在だったので余計に………。
結局豆腐とネギが入った味噌汁をすすりながら、チラリと前を見た。
「…平助さん、そろそろ帰って来ますかね。」
「ついこの前文を送ったからな。もうすぐ帰ってくるんじゃねえか?」
もうすぐ、か。
やっぱり平助さんがいないだけで屯所が少しだけ静かになるし、帰ってくるのは嬉しい。
凛君は、ちょっと不満げに眉をひそめた。
「…?平助さんが帰ってくるのは嫌?」
「嫌…じゃないよ、嬉しいし。
…でもさ、なんかさ…」
ごにょごにょと言葉をにごらす凛君に、首をかしげる。
「…ふぅん。」
「何ですか総司さん。」
「平助が帰って来たら桃華ちゃん盗られちゃうもんね?それが嫌なんでしょ。」
「はっ!?なっ!?えっっっ!?!?」
「…?」
沖田さんがニヤニヤしながら放った言葉に慌てる凛君。
何が何だかわからなくて、私は首の角度をさらに深くした。
「桃華ちゃんが鈍感で良かったねー?」
「違いますってば!!」
広間に響くほど大きな声で叫んだ凛君に、周りは何だ何だとこちらを向く。
「あ、何でもないよー。ごめんごめん。」
手を振りながら周りに謝る沖田さんを、凛君はじっとりと睨むのだった。
「誠一郎様が、ですか?」
「うん。八番組に。」
「八番組……俺は見覚えが…」
「…え?本当?」
八十治は頷きながら言う。
「誠一郎様をお見かけしたことは、新選組に入ってから一度もございません。」
一度も…?
八十治は稽古場にも、炊事場にも、そのほかいろいろなところにいる。そんな中、兄さまを見かけないのはおかしい…?
「…もしかしたら、ですが。」
「もしかしたら?」
八十治の言葉に聞き返すと、「確証はないのですが…」と話し出した。
「この新選組、何やら暗殺を担当する…監察方とは違う役職があるようです。時には任務で長い間ここを離れることもあるとか。
誠一郎様は、そちらに属している可能性もあるのでは?」
「暗殺…」
小さく口の中で繰り返す。
兄さまが…?
でも、新選組にいるならばおかしくないのかもしれない。
「でも、普通に隊士としての任務で離れていたのかもしれませんし、これは俺の憶測として頭の片隅にとどめておく程度にしておいてください。」
「…うん、わかった。」
「…それより、そろそろ斎藤の稽古の時間では…」
「…………あっっ!?!?い、行ってくる!」
八十治の言葉に、私は急いで立ち上がった。
さ、斎藤さんの稽古に遅れたら………。
背中に、冷や汗が流れる。
それに気づかないふりをして、私は道場に走って行くのだった。
「……これは、調べておく必要がありそうだ。」
八十治が小さく呟いていたとはつゆも知らず。
