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浅葱色の華
- 第十六話 離隊 -




「…………えっ………?」
凛君に言いにくげに告げられた話に、私は立ち尽くした。
「…離隊…?」
声が震えていく。
凛君は切なげに顔を歪め、私から視線を逸らした。
御陵衛士。数年前参謀として加わった伊東甲子太郎さんをはじめとする方々による、孝明天皇の御陵を守るための組織。
その中に、平助さんと凛君も混ざっていたなんて、知らなかった。
もう、離れ離れになってしまうなんて、知りたくもなかった……!



「……凛君、何で急に…」
八十治と二人きりの部屋。
八十治はコトリ…と湯呑みを私の目の前に置くと、そっと私を覗き込んだ。
「大丈夫でしょうか、桃華様?」
「…………うん…」
私の間の空きすぎた返事に、八十治は何とも言えない表情をする。
「…………桃華様。あくまで可能性の話、として聞いていただけますか。」
「何?」
お茶のじんわりした暖かさを感じながら見返す。
八十治は一旦目を閉じて、少しの間悩むようなそぶりを見せた。
「本当に、可能性の話です。間違っていたらいけませんので、他言無用でお願いします。」
「うん。」
「……一ノ瀬の役職は、何だったでしょうか。」
その言葉で、私は記憶を探り出す。
「確か…監察方。」
「そうですね。
監察方と言えば、内外の調査。…時に、間者として潜り込むこともございましょう。」
いまいち八十治の言っていることが理解できなくて、私はゆっくりと首をかしげた。
八十治のお茶を一口飲む音が、嫌に静かに響く。
「……一ノ瀬は、御陵衛士に間者として潜り込むのではありませんか?」
御陵衛士に、間者として……?
先ほどの、こちらの胸が痛くなるほど切なげに歪められた凛君の姿が脳裏をよぎった。
…可能性が、ないわけではない。
凛君に、聞けないかな。まだ離れるには少し日があるし…。
「八十治………」
「どうしました?」
「ありがとう。私、聞いてみる。」
八十治は少し驚いたような顔をしてから、フ…と笑った。
「間違っていても責任は取りませんからね。」



「凛君!!」
中庭でぼうっと空を眺めていた凛君を見かけ、大きな声を出す。
凛君は少し驚いたように肩を震わせてから、こちらを振り向いた。
「どうしたの?」
「凛君…、えっと、えっと……〜〜〜!!!」
慌てすぎて何を言えば良いのかわからなくなっている私に、凛君は優しく微笑む。
「……ボクが使ってる部屋に行こうか。今なら周りに誰もいないよ。」


「…ということなんだけど…」
私がさっき八十路に聞いた話をすると、凛君は困ったような笑顔を見せた。
「やっぱり……違った?」
そっと問いかけるけど、返事はなくて。
そのまま、微妙な間が訪れる。
妙に気まずくて、何となく私は座り直した。
恐る恐る凛君を覗き込む。
凛君は、そんな私を見て何かを覚悟したような顔を見せた。
…そして、そのまましばらく時が流れる。
「………………結論から言うと……合ってるよ。」
「え?」
不意に聞こえた言葉に、ぽかんと口を開けた。
「確かにそう。ボクは土方さんの命令で、間者として向こうに行く。
だから、桃華ちゃんと離れ離れになるのは嫌だし、もっとみんなと一緒にいたい。
あっちに行きたくないよ……!」
声は抑えているけれど、声に込められた感情はとても強い。
本当に、本気でそう思っているんだとわかった。
思わず涙が出て来そうになり、上を向く。
落ち着け、私。落ち着かなきゃ。
深呼吸を三回。
「凛君……」
そっと声をかけると、私は凛君の肩を優しく掴んだ。
「凛君はさ。戻ってくるんでしょう?
自分の意思じゃない…って言うなら、お仕事が終わったら戻ってこられるんでしょう?
じゃあ、頑張って早くお仕事終わらせて、笑顔で戻ってきて。
私…待っている。何週間、何年でも良いよ。待っているから、凛君もきちんと戻ってきて?」
ハッと顔を上げた凛君の目は潤んでいて。
こちらまで悲しくなってくる。
…せっかく我慢した涙が、一筋零れ落ちた。
「……うん……うん、必ず帰ってくる。
帰ってくるから……桃華ちゃんも笑顔で待っていて…!」
ポロポロと泣き出した凛君を、思わず抱きしめた。
その体はほんのり温かくて、思ったよりもしっかりとしていて……。
でもどこかか弱い感じもして、そっと耳元で囁いたんだ。
「…心配しないでも、ちゃんと待っているから。」




いよいよ、離隊してしまう日。
平助さんとは避けられているのか、見つけても逃げられてしまったりして話せなかった。
……お別れの挨拶、したかったな。
「桃華ちゃん。」
「凛君…」
そっとかかってきた声のほうを、ゆっくりと向く。
優しい笑顔の凛君。いつも通りの凛君。
「桃華ちゃん、安心してね。……平助さんはボクが守る。」
「うん…食生活とか、ちゃんと気にするように言って。」
「……違うんだけど…」
凛君の返事は上手く聞き取れなくて、首をかしげた。
凛君はちょっと眉を下げると、「気にしなくて良いよ」と笑う。
不意に風が強く吹いて、私たちの間を桜の花びらが散っていった。
「きれい…」
思わず呟く私を、凛君はじっと見つめる。
「……どうしたの?」
「…ちょっとだけ、目を瞑ってくれる?」
言われるままに目を瞑る。
「もう少し、ね。」
何だかだいぶ声が近い気がするんだけど…。
ーーーもう一つ、柔らかな風が吹いた後だった。
「…っ!?」
唇に触れた柔らかい感覚。
それが何なのか遅れて理解して、だんだん顔が赤くなっていく。
つい目を開けると、凛君は恥ずかしそうに笑った。
「恋仲でもないけど。……ごめんね、嫌だった?」
「………」
とりあえず赤い顔を隠すのに一生懸命で反応ができない私を、凛君は不安げに覗き込む。
か、顔が近い……!
「…真っ赤な桃華ちゃんも可愛い。」
「……凛君の馬鹿…」
「おっとこれは手厳しい…なんてね。」
「…私これ初めての口吸いなんですよ…」
「何で敬語……うん、ボクは四回目くらいかな。」
その言葉に、思わず凛君の肩を叩いてしまったのは仕方がないと思う。
凛君の笑い声が妙に響いた。
「…じゃあ、ボクはもう行くね。またね、桃華ちゃん。」
「…うん、元気でね…」
「まだ照れてる。」
今度は背中にしようかな。
なんて思ったのがバレてしまったのか、凛君は「だーめ」と私の両手を優しく掴んだ。
「桃華ちゃんにそんなおてんばは似合わないよ。」
「…」
むくれてみせる。
凛君は気にせず、聞いたことのない優しい歌を口ずさんだ。
ほとんど異国のような言葉でわからないけれど、凛君の声は柔らかくてとてもきれいで。
急に寂しくなってきた私はつい凛君の袖を掴む。
「……もう、行きたくなくなっちゃうじゃん。」
凛君は寂しげな顔を一瞬だけすると、何を思ったのが己の両ほほを思い切り叩いた。
「…よし、今度こそ。
またね、桃華ちゃん。」
「…うん、またね、凛君。」
お互いにしっかりと視線を合わせる。
また会える。そう信じて、笑顔で。別れるんだ。
凛君はくるりと向きを変えて、でも一度だけ私を見て、伊東さんたちの方へ駆けていく。
…私も、滲んだ視界には気づかないふりをして屯所の方へ向きを変えた。

それにしても凛君は、恋仲でもないのに口吸いをするのに違和感を感じないのかな。
ものすごく恥ずかしいのだけど…。








私が風邪で倒れたのは、それから二日のことだった。

凛君、チャラいというか何というか…!
因みに桃華ちゃん、凛君のことは好きじゃないです。はい。
……凛君かわいそっ……
<2017/05/22 19:46 水瀬 玲>消しゴム
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