自分の口から、荒い息が漏れる。
ぼんやりとした頭で、風邪をひくのは久しぶりだな…なんて考えていた。
「桃華様……かなりの高熱ですよ。いったいどうしたんです。」
「…特に病にかかっているわけでは無いらしい。とりあえず風邪とみて良いだろうと山崎からの話だ。」
…八十治に……斎藤さん?
不思議な組み合わせ…。
うっすら聞こえる会話に耳を傾けていると、不意に障子の開く音が聞こえてきた。
「具合はどんな感じですか?」
「……この有様だ。」
「…まだ熱は下がらんのです?」
「ああ。」
山崎さんだ…。
すとん、と私のすぐそばに腰を下ろした山崎さん。少しすれば額にひんやりとした感覚がする。山崎さんの手かな。
火照った肌に心地よくて、いっそ全身に触れてくれないだろうか…なんて変なことを考えてしまった。
「そういや、一ノ瀬から文が来たそうだが。」
八十治の声に、ガバッと起き上がる。
………と思ったのだけど、体が重くて動かなかった。
「…どうだったんです?」
「いや、桃華様に聞かれる可能性もあるからここでは話せないが……紙と筆はあるか?」
「……あるにはあるが。」
「貸せ。」
八十治、そんな偉そうに言わないの………
………あ、なんか目を閉じてるはずなのに視界が揺れてきた…
うう、気になるのに…………!
ーーーーーーーーーー
「もも姉、もも姉!」
「どうしたの、八十?」
とてとて軽い足音に振り返ると、嬉しそうに駆け寄る姿が見えた。
つやつやの黒い髪の毛、赤い目。ぬけるように白い肌、華奢な体。
藍色の着物は少し土がついていて、着物とは比べ物にならないほど土だらけの手には小さな花冠が握られている。
「もも姉、ちょっと屈んで?」
「うん?」
そっとしゃがんでみせると、私の白い髪が静かに揺れた。
藤色の着物が汚れてしまわないよう、もぞもぞと袖の位置を調整する。
…と、不意に花の香りが鼻を優しく撫でた。そして遅れて感じる、頭にふんわりとした何かが乗る感覚。
「もも姉に似合うと思ったんだ!やっぱり似合う。もも姉は二つ結びが一番かわいいね。」
「もう、そんなことないよ。八十もかわいい!」
「もも姉、苦しい…」
思わずぎゅっと抱きしめると、言葉のわりに嬉しそうな声が聞こえてくる。
それがまた可愛らしくて、私は思わず笑みをこぼした。
ーーーーーーーーーーーー
『何で〜〜〜に白い子が…』
お父さまがぼそっと私を見て呟く。
漆黒の髪の毛を揺らしながら、嫌悪にまみれた視線を送ってきて。私は息を飲んだ。
「しろ…?」
呟きながら首をかしげると揺れる、白い髪の毛。背中には何か違和感がある。
『何でも良い!!白い〜〜狗なんて一族の恥だ!あっちの黒〜〜狼〜〜も……!!〜〜だ!直ぐに捨ててこい!!』
『で、でも!!』
『良いから捨ててこい!!!!』
『ーっ!』
いまいち聞こえないところもあって、話がよくわからない。
わかるのは、私が今から捨てられること。
そして、隣の弟も捨てられること。
そう思いながら隣を見て、驚きに目を見開いた。
不安げに私を見やる弟の腰の方に、ふわふわしたものが見える……。
時折ぱたん、ぱたんと波打つそれは、どう見ても弟から生えている黒い狼の尾。
驚きすぎて、声にもならなかった。
『父さま!いくら何でも捨ててしまうのは哀れです!捨てるなら俺も…!』
『お前は後継ぎなんだ。捨てるわけなかろう!………そうだ、〜〜の家に押し付けよう。
〜〜なら喜ぶだろうよ。』
『そんな…』
向こうでは、兄が必死にお父さまに訴えかけていた。
白い髪の毛、藤色の瞳、白い尾。
話から察するに、兄は捨てられない。私たちだけ捨てられる……。
『でも父さま!!俺は……』
『うるさい!!お前は黙っていろ!』
あっ。
思うより、声に出すより先にお父さまの手が動いた。
思い切り首の裏に手刀を落とされた兄は、そのまま倒れこむ。
『やそ、ももか、ごめん……おれ…』
「兄さま!!」
『少し気を失わせただけで、何を騒ぐ。』
冷酷なお父さまの瞳に、後ろへ後ずさった。
殺されるんじゃないか、なんて考えが頭をよぎるーー
…そこで、映像は途切れた。
この後、何があったのだろうか……。
そもそも、“私”とは誰なのかな……。
ーーーーーーーーーー
「…目が覚めましたか、桃華様。」
目を開けた途端、視界いっぱいに映る顔。
「八十…?」
「はい、八十治です。」
「八十…」
「八十治です、桃華様。」
不思議な問答をしていくうちに、だんだん目が覚めていく。
八十治の隣にいる山崎さんは、私たちを見て不思議そうな顔をした。
「何なんそのやりとり。」
「…あれ?……あ、ごめん…夢で…八十って子がいて……」
「夢…ですか?」
「うん……あの子、可愛かったなあ…」
「…へえ。」
少し間を開けたわりに、気の抜けた返事。
どうしたのかな、八十治…。
「まあともかく、目が覚めたんなら少しでも何か食わんと。」
そう言いながら山崎さんが差し出した器には、控えめにお粥が入っている。
良い匂いと温かい湯気に誘われて思わず手に取ると、続いて匙も渡された。
「…いただきます。」
そっと口の中に入れる。
ふわっと優しい味が口いっぱいに広がって、体に染み込んでいく気がした。
食欲とかはあまり感じていなかったのに、ついつい食べてしまう。
…そして、何か黄色いものが入っているのが見えた。
「卵…!」
「ええ。何やら可愛らしい顔の美青年が街を歩いていた山崎に渡してきたらしいですよ。
『頂いたのですが、残念ながらボクは食べることができません。…そちらで、風邪を召された方に。』と。」
「何その人…何で知ってるの?」
「……さあ。」
八十治は意味深そうに微笑む。
よくわからなくて、取り敢えずもう一口頬張った。
「美味しい…」
「斎藤も腕が上がりましたよね。…ほぼ林が作ったらしいですが。」
「…っ!?」
あまりにも衝撃的すぎて軽くむせた。
「さ、斎藤さん…!?」
「俺だと不満か。」
「「「!?」」」
気配が消えていた斎藤さんが廊下から入ってきて、私たちは揃って飛び上がる。
…それにしても、前まであんな不思議なものを作っていた斎藤さんが…。
「これも桃華様のお手柄じゃないですか?」
「え?」
「…麻木に教わったことを思い出して(林が)作った。野菜を切ったのは俺だ。」
「どうりで…あっ、いえ、でも私がお役に立てたのは嬉しいです。」
繋がった葱と角切りの大根を見て呟いた言葉を、何とかお粥とともに飲み込んだ。
山崎さんと八十治からの視線に、つい顔をそらす。
「…ありがとうな、麻木。」
そんな私たちに気づかず小さな声で言った斎藤さんに、また驚いてむせそうになった。
…何とかむせずには済んだけれど、熱で火照った頭にこうも刺激がきたせいか。
「あふぇ…?」
「桃華様ァーー!!」
「うるさい。」
「あだっ!!」
再び視界がぐるっと回ってしまい、私はそのまま布団に倒れこんでしまいました…。
「おっと。」
「斎藤組長、反射神経良いですね…」
あ、器は何とか斎藤さんが取ってくれたようです………
