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浅葱色の華
- 第十九話 町 -





あれから一週間ほど。
「…これくらいで大丈夫かな…」
何を買うか記した紙を見ながら、私は一人呟いた。
時はお昼少し過ぎ、現在買い出し中です。
「それにしても…」
言いながら上を見上げる。
「帰るまで持つかなあ。」
雨が、降りそうです。



この時期は天気が変わりやすいからなあ。
…でも、今日に限っては酷くない?
なんて空に向かって心の中で呟いても、ずっしりとした雲が消えるはずもなく。
降られたら流石に少し寒いかも…と、私は足を早める。
「…あれ、桃華ちゃん?」
そっと、聞き慣れた声が聞こえて思わず足を止めた。
そのままゆっくりと振り返り、声の主を探す。
「…あれ?」
…居ないなあ。空耳か。さあて急ご……
「待って待って桃華ちゃん。ボクだよ、ボク。」
がしっと背中を掴まれて、恐る恐るそちらに顔を向けた私に対して、「無視は酷くないかな」と声の主はむくれてみせた。
「だって…」
私は呆れたような顔をしながら、そちらを見返す。
「私の知ってる凛君は、男の子だもん…」
なんで女装してるのかな、凛君…。




「これには深いわけがあってさ。」
お団子屋さんにて、凛君はため息を吐きながら話し出した。
「…まあ簡単に言うと遊ばれた。」
「全然深くないじゃない。」
私までもため息を吐く。
「だってボクもこうなるとは思ってなかったもん。まったく……」
「衛士で?」
「そうそう。『お前なら似合うからさあ!ここ男ばっかりで華がねえんだもん!頼む!!』なあんてさ。それで逃げてきたの。」
「着てるじゃない。」
「ボクこの仕組みよくわかんなくて…」
脱げない、ということか。
でも、本当に違和感がない。
髪の毛は短いままなのを髪飾りなどで何とか誤魔化して、少しお化粧もしているのかな。
華やかな着物は薄い山吹色で、凛君が普段着るような色じゃないけれど、それがまた新鮮で綺麗。
「まあ、あそこの二人、恋仲かしら?」
「可愛い女の子ねえ……」
「…だって、桃華ちゃん。」
どこからか聞こえてきた声に、凛君が囁いてきた。
「たぶん…というか確実にそれ凛君だよ。私男装してるし…」
「あっ…」
凛君はどこか抜けてるのかもしれない。
凛君は少し気まずそうに目を逸らした後、ふと私に向き直ってくる。
何だろう。
「ねえ、桃華ちゃん…ちょっと、良い?」
「…?うん、大丈夫だよ。」
今の時期なら少しくらい長くいても野菜も傷みはしないはずだから。
そんな軽い気持ちで了承した。
「じゃあ、こっち来てくれるかな。」
もしかしたら、新選組への情報が何かかもしれない。
そう思うくらい、凛君が示した路地は薄暗く、人なんて殆ど通らなそうなところだった。




「どうしたの、急に。」
その路地まで行って問いかける。
そっと凛君の顔を覗き込むと、何だか瞳に冷たい光がチラリと見えた気がした。
以前の……豹変した凛君を思い出す。
「そんな怯えた顔しないでよ。ちょっと桃華ちゃんに教えたいことがあるだけだからさ。」
しかし、凛君はにっこり笑ってみせた。
少しほっとして、私は小さくため息をつく。
暖かい凛君の手が、私の耳に優しく触れる。
凛君の吐息が耳にかかると、妙に恥ずかしくて、顔が赤くなるのがわかった。
「……あの、さ。」
凛君も緊張してる?
どことなく固い声。
「もしかして、ボクのこと………まだ優しくて可愛い子だと思ってます?」
息を飲んだ。
じわり…と恐怖が私を侵食していく。
「嫌だなあ、あの時のことが冗談だと本気で思ってたんですか?
本気に決まってますよ。本当は、衛士に潜り込むのなんて嫌だった。せっかく平ちゃんがいなくなって、独り占めできると思ったのに…」
ゆら…と体勢を元に戻した凛君。
次の瞬間、凛君の左足が私の右脇腹のすぐ横の壁を叩いた。
そのまま足を動かさず、そっと右手で私の左手を掴む。
押し付けられた壁が、凛君の手が、妙に冷たかった。
「先に言っておきますが、逃がしませんから。
………ね?」
ひっ、と喉から声が出る。
助けを求めたくても、声が出ない。
恐怖、だけじゃなく。
妖しく微笑む凛君が、凄く…綺麗で、目が反らせられなくて。女装なんて気にならない。
何でだろう。怖いだけじゃなくて、酷く魅力的に見えるんだ。
スラリ…と抜かれた小刀。いつのまに取り出したんだろう、とか、そんなの持ってきたの?とか、思うこともあるけれど、何よりも……。
美しい、と思った。
「……一ノ瀬。」
と、急に地の底を這うような声が聞こえてきた。
凛君の力が、ほんの少し緩くなる。
「桃華様に何か用か。」
何気なく聞いているようだけど、冷たい怒りがめいいっぱい込められた声。
「なぁんだ……もしかしてつけてたんですか?」
「…あいにくこちらは鼻が良いもんでね。」
その声の持ち主である八十治は、スタスタとこちらに近づいてきた。
次の瞬間、急に宙に浮くような感覚に襲われて、きゃ…なんて小さい悲鳴が出てしまう。
何事、とつい辺りを見回す。
「もも姉、じっとしててください。落ちたら危ないから。」
囁くその言葉で、やっと今、八十治に姫抱きにされて屋根の上にいるんだ、と気づいた。
下を見れば、凛君がこちらを睨みつけるように見上げているのが見える。
「今後一切、うちの姉には関わるな。」
八十治が吐き捨てるように言い放った言葉。
その言葉を合図にしたかのように、風が一筋、私たちの間を通っていった。
「もも姉…手を離したら落ちますからね。」
ちゃんと捕まっていてください、と早口で言うと、八十治はそのまま思いっきり飛び上がった。
「きゃっ!?」
「ちょ…」
凛君が手を伸ばしても、もう届かない。
街の人に見られたら、とか、なんで八十治がここにいるんだろう、とか、凛君どうしたのかな、とか思うことは色々あったけれど、何より。
先ほどとは違う恐怖に襲われた私を姫抱きにしたまま、八十治は京の街を駆け抜けていったのでした…。





「ふぅ…」
屯所の庭に軽い音を立てて降りた八十治。
続いてそっと私を降ろした。
「八十治、凄いね…」
「これくらいできますよ。して、もも兄。」
屯所だからかな、急に呼び方が変わる。
あ、もう慣れましたよ?
「一ノ瀬とは何故?」
「本当に偶然会ったんだよ。で、急にあんな状態に…」
八十治は怪訝そうに眉をひそめた。
「急に?」
「うん。」
「へえ…」
何か考えるようなそぶりを見せている。
どうしたのかな、と顔を覗き込もうとすると、急に八十治は私の肩を掴んできた。
「良いですか、ももね…兄。今後一切、一人で一ノ瀬に会ってはいけません。どうしても会わなければいけない際は、俺に声を。」
真剣な顔を、そっと見返す。
何故、と目で問うと、八十治の手の力は強くなった。
「まだわかりませんか?一度本当に危ない目にあうまでわからないのですか?
殺されてからでは遅いんです。」
「でも…」
「でもも何もありません!」
あまりの勢いに、息を飲む。
言葉が出なくなった私を見てか、八十治はハッとしたように手を離した。
「……ばったり会ってしまい、今日のような状況になったら、俺を呼んでください。
とにかく、しばらくは気をつけること。良いですね?」
軽く睨まれて、私は頷くことしかできない。
「わかった…」
「それで良いんです。
…さあ、急いで中へ入りましょう。」
急に八十治が空に目を向けるから、つられて私も上を向いてしまった。
鼻に何か冷たいものが降ってきて、慌てて袖で拭う。
「雨が降ってきました。」




その日の夜。雨は止んで、今はもう月が浮かび上がっている。
うまく寝付けなかった私は、縁側でぼんやりと月を眺めていた。
昼間の凛君が、頭をよぎる。
やっぱり、あの美しい笑顔が忘れられない。
思い出すだけで胸が高鳴ってきて、顔が熱くなってきて。
何だろう。凄く素敵な絵を見たような感じ。伝わらないか。
「眠れないの?」
そっと後ろから聞こえてきた声。
「沖田、さん…」
艶やかな黒髪は、月夜でもよく目立つ。
「少し、昼間に色々ありまして。」
私の曖昧な言い方に、何か察したのかな。
沖田さんは私の横にそっと座り、こちらを見やった。
「俺で良かったら話、聞くけど。どうかな?」
沖田さんの優しい笑み。
その笑顔に導かれるかのように、私は今日のことを少しずつ話し始めた。
「実はーー」


すっごい中途半端な感じですみません…!
そしてこの話、凛君が女装してるって考えるとものすごく台無し感あるんですよね……桃華ちゃんのスルー能力欲しいです…(笑)
<2017/06/17 12:00 水瀬 玲>消しゴム
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