「凛君が、戻ってくる?」
「はい」
だいぶ寒さが身にしみるようになってきた頃。
急に八十治から告げられて、私はつい聞き返した。
じゃあ、凛君がお仕事で衛士に行っていたのは本当だったんだ。いや、凛君を疑っていた訳じゃないんだけど…。
ああでも、もうすぐまた会えるなんて…
「楽しみ…とでも思ってはいませんか?」
「え?」
「一ノ瀬は、確かに新選組に戻ってきます。
が、もも姉とはあまり関わらないよう、土方…副長からの配慮がありますからね」
配慮?
きょとん、と首をかしげる私に、八十治は眉をひそめる。
「だからもう……もも姉には危機感が無さすぎます。例えこの前何もなかったとしても、それで安心していいという訳ではありません」
「…そ、それはそうだけど……」
「とにかく、もも姉の方からもあまり関わろうとしないように。良いですね?」
八十治の深い赤色の瞳に見つめられて、私はつい言葉に詰まった。
「……はい…」
こういう時、八十治は兄なんじゃないかって思うなあ…。
「坂本龍馬が暗殺されたぁ?」
素っ頓狂な声を上げた原田さんを、土方さんはジロリと睨みつけた。
現在、幹部の皆さんは広間に集まって会議をしているのだ。
「声が大きい。静かにしろ」
「でも大声出したくなる気もわかりますよ。何で急に?」
沖田さんの言葉に、斎藤さんも控えめに頷く。
土方さんは原田さんの刀をチラリと見た後、話し始めた。
「坂本が殺された現場にな、原田の鞘が落ちてたみてぇなんだよ」
「はあ?」
因みに今更坂本龍馬さんが誰だか聞くわけにもいかないので、私はひたすらお茶を淹れることに徹している。
「何で俺がそんなヘマしたんだ…」
「そもそもそこに鞘があるだろ。冗談を言うな」
「そう怒るなって斎藤」
むっすりとした顔で注意した斎藤さんの頭をぽんぽんと撫でてから、原田さんは改めて土方さんの方を向く。
「まあとにかく、それってつまり俺たちを陥れようとしたやつがいるってことか?」
「そういうことになるだろうな」
土方さんは一つ、大きなため息を吐いた。
「…あと、話しておくことがある」
「話しておくこと?」
永倉さんが怪訝そうに聞き返すと、土方さんはおもむろに廊下の方を向いた。
「おい、入って良いぞ」
ーー少しの間があって、静かに障子が開く。
そちらを向いた幹部の皆さんは、そろって驚いたように目を見開いた。
「……は?」
「え?」
「一ノ瀬?」
「へっ?」
「あ?」
「お?」
「何ですかその反応。一人くらいおかえりとか言ってくださいよ」
苦笑しながらこの部屋に入ってきた、凛君。
私、八十治、土方さん、近藤さん以外の皆は妖でも見たかのようにピクリとも動かない。
「ふ、副長………これは?」
斎藤さんが目を見開きながら問うと、土方さんはため息を吐く。
「…まあ、な。それはこれから説明する」
「…で、ついでに一ノ瀬の部屋のことだが」
説明が終わって、皆さん呆然としているのには気にせず土方さんは続ける。
「麻木の部屋の隣に八十治と二人で同室にする」
「「…………はあ?」」
あまりにも予想外すぎる言葉に、八十治と凛君はそろって口を開けた。
「…おい待て土方…………副長。もも兄と一ノ瀬はあまり関わらないようにするんじゃないのか」
殺気立って立ち上がろうとする八十治をなんとか止めつつ、私も土方さんの方を向く。
関わらないようにする…のなら、お部屋も遠くなるだろうし、八十治と凛君が同室ということもあり得ない。
凛君も不満げにほおを膨らませた。
「そうですよ、何でボクがこんな野蛮人と…」
「野蛮人とは何だ!」
「野蛮人じゃないですか!」
「あ!?」
「〜〜〜っ!!!」
あ。
声を出すより先に、二人の頭に土方さんの拳骨が落ちた。
相当痛いらしく、二人は頭を押さえてうずくまる。
「総司や、山野や、こいつからの話的にな。一ノ瀬の嫉妬心がどうも関係してるように思えたんだ。なら離さないでまずは様子見したほうが良い。…が、流石に二人だと不安もあるんでな。こいつも同室になったんだ」
嫉妬心?
その言葉に、前に沖田さんが言っていた「感情の爆発…のようなもの」という言葉が脳裏をよぎる。
「何か問題があったら直ぐに対処する。しばらくはこいつらの喧嘩がうるさそうだが…麻木、良いか?」
「いや、私は構いませんが…」
そう、私は構わない。
問題は……
「「俺(ボク)は構うんだが(ですが)!!!!」」
この人たちです……!
結局二度目の拳骨(文句を言うな!と)で決着がつき、凛君と八十治はふてくされながら荷物を持ってきた。
「部屋の真ん中に線を引かせてもらうぞ。それよりはみ出たら容赦しない」
「はみ出るもんですか」
「線は引いちゃダメだよ八十治…」
先が思いやられます…。
私は一つため息を吐く。
「もうさ、同じお部屋になったのは仕方のないことなのだから、いっそ仲良くしたらどうかな?」
「もも兄は俺に死ねと…?」
「そんなに!?」
なんでそんなにも仲が悪くなってしまったのかな。前はそんなことないように思えたのだけど。
「そうだよ桃華ちゃん……いくらなんでも仲良くなんてそんな無残なこと…」
「………とにかく、今日はもう喧嘩しないでね?」
もう色々と諦めた私は、さっさと自分の部屋に戻ることにした。たぶんこのまま言い合ってたら朝になってしまう。
ぴしゃりと障子を閉めて少ししてから、八十治たちもようやく動いたようで。布ずれの音が聞こえてきた。
そのあと、こそこそと聞こえてくる声。
「良いですか、実際に線は引かずとも線引きしますよ。こっちはボクが使うんで」
「…布団はどうする。流石にはみでるぞ」
「……ああもうこの文机邪魔だなあ……。
……………じゃあ、寝るときだけは線は無視してあげますよ」
「偉そうに」
「貴方が言えたことですか」
「は?」
「は?」
うわあ、静かに喧嘩してる…。
どうしよう。止めた方がいいかな?
なんて思って立ち上がりかけたとき、
「…まあ正直すっごい眠いんでとりあえず寝ていいですか」
「貴様と意見が合うのは不本意だが…まあ俺も眠い」
一気に気が抜けましたね会話の!!
先ほどのピリピリした空気から一転、ふにゃふにゃした雰囲気が伝わってきて、一人で呆然としてしまう。
「「………」」
…早っ!!!!もう寝てる!!二人とも寝つきが大変良いですね!!
……何だか、私一人で盛り上がって精神的にも疲れた気がする。
とろんとした視界の中、もそもそを布団を敷いて、着替えてから寝転んでみた。
「…」
考えるのは、自分の兄のこと。
記憶にあるのはおぼろげな姿だけの…、幼い頃に離れ離れになった、平助兄さま。
そして、少し前まで同じ屋根の下で暮らしていた八番組の組長さん。
あの優しい笑顔の平助さんは、自分の兄だなんて…。
…そういえば。
平助さん、八十治、私が兄弟なら、目の色も何か関係しているのかな。
平助さんが藤色、私は桃色、八十治は緋色。
……特に関係がある色には思えないけど。
そういえば、前に私たちが似てるって話にもなったなあ。兄弟なら当然といえば当然だ。
でもこれまたそっくりな凛君と斎藤さんは前世と来世の関係なんだっけ?
私がもし、自分の来世と会ったらどう思うんだろう。ああでも、凛君は斎藤さんに伝えてないって言ってたな。
悶々と考えるうちに、どんどん話はずれていく。
そして一人で考えごとをしていて、眠くならないはずもなくて…そもそも眠かったのもあるけれど………睡魔が…何度も、襲ってきて……ふわふわしてくる…………………
次に頭がハッキリしたのは、もう次の日の朝だった。
結局昨日はあのまま寝ちゃったんだ………。
そういえば、まだ隣から声が聞こえてこない。
寝ているのかな?もう起きたのかな?
つい好奇心が理性に勝ってしまい、私は息を潜めて廊下に出る。
…うん、二人ともまだ寝てる。
そっと障子に手をかけて、少しだけ良心と戦って…。
結局好奇心が負けることはなかったのでそのままゆっくりと開けた。
小さな隙間から、そっと覗いてみる。
「……!!」
驚いて、少しの間息を止めてしまった。
ふ、二人がお互いを抱き枕のようにして寝てる……!!
足まで絡んでるし、どれだけ寝相が悪いとそうなるの…!?
いやかわいいのだけど………!!
「……ふふっ」
思わず、笑みをこぼす。
意外と仲は良いのかもしれない。
でも、こんなこと言ったら怒られちゃうかな?
とにかく、二人が起きるのが楽しみだ。
ーーーー二人の悲鳴が聞こえてきたのは、それから四半刻ほど後のことでした。
