「あれ、おかしいな」
八十治の治療をしている途中、山崎さんは不思議そうに八十治の傷口を覗き込んだ。
「ほぼ治ってる。さっきまではかなり深い傷だったんだが…」
「え?」
治って、いる?そんなことがあるの?
そう思って同じく傷口を覗き込むけれど、確かに傷はほとんど治っている。
右腕を斜めに深く斬り込まれた傷も、致命傷にもなりそうな脇腹の傷も。
布団に染みた血の量が不自然なくらい。
「…どういうこと、でしょうか…?」
「石田散薬、そう効くようには思えんけどな」
「………あはは」
否定できない。
「そういや、お前とこいつは兄弟なんだろう?」
「…?はい」
「お前もこういったことは…」
「ないですからその物騒なものをしまってください!!!」
慌てて山崎さんの手を押さえると、「冗談だ」と苦笑された。
冗談でも短刀を取り出すのはやめてほしいなあ…。
「…ん?」
「どうしました?」
「えらい慌ただしい足音が聞こえてきた。帰ってきたんか?」
山崎さんの言葉に、外へそっと耳を傾けてみる。
すると確かに、バタバタと慌ただしげな足音が聞こえてきた。何やら声も聞こえる。
その足音はどんどん近づいてきて、ついにはここの障子を勢いよく開けた。
「誰か!!誰かこの子を!」
音の正体らしい平助さんは言いながら布団にだいぶ荒々しく何かを突っ込んだ。そのもの……人は、うめき声を上げて頭を押さえている。
私たちは何事かとそっと顔を覗き込んだ。
「凛君?」
「……外傷が見当たりませんが」
「頭を思いっきり塀にぶつけたんですよ!そのまま意識がなくなっちゃって…」
それでここまで来た、と。
戦はどうなったのだろう。
その空気を察してか、平助さんは「戦をほっぽってきて訳じゃないですよ」とむくれてみせた。
「もう終わったんです。今は逃げた数名を追ったりしてますが、それもじきに終わるでしょう」
山崎さんはそんな平助さんに対してかため息を吐く。
「どんな事情であれ、障子は直してくださいね」
障子?
私たちは恐る恐る後ろを振り返る。
「「……あっ」」
見事に、はずれておりました…。
それから一分もしないうちに、凛君は薄っすらと目を開けた。
「…あれ、ボク……」
「あっ!凛君大丈夫?」
問うと、凛君はへにゃりと微笑む。
「大丈夫だよ。まだちょっと視界がぼやけてるけど……。前にも経験したことある」
「前にも?」
首をかしげた私に教えてくれようとしたのか、口を開けた凛君。
でも、その口から言葉が聞こえる前に、またもや荒々しい足音が聞こえてきた。
「おい平助ェ!!戻ってきて早々何してんだオラ!」
「だって一ノ瀬君が頭ぶつけたんですよ!?その後吐くし意識は朦朧としているみたいだし、もう僕心配で心配で…」
何やら騒ぎ始めた二人は放っておくことにして、私は凛君にそっと耳打ちする。
「戻しちゃったの?大丈夫?」
「大丈夫。もう気持ち悪くないし、軽いほうの症状だからじきに治るよ」
「軽いほうの症状…?」
「うん」
なんの症状なのかわからないけれど、治るのなら安心。
そう思ってほうと息を吐くと、凛君は嬉しそうに目を細めた。
「心配、してくれた?」
「当たり前でしょ」
凛君は「ふふっ、そっかあ…」なんて楽しげに言う。
その声色が童のようで、思わずクスリと笑ってしまった。
不思議そうにこちらを見る凛君に、慌てて「なんでもないよ」と両手を振る。
凛君は少しの間私をじっと見つめていたけれど、またふにゃりと笑って寝てしまった。
「えっ?り、凛君?」
「疲れてるんだろう。寝かせてやれ」
慌てたけれど、なるほど疲れているなら仕方がない。
私はそっと布団をかけ直し、凛君が起きないように頭を撫でてみる。
サラリと指から溢れる髪の毛には、ところどころ血がついたまま。………とりあえず起きたら湯浴みに行ってもらおう。
「……」
あれから一刻…くらい。
こうして見ると、やっぱり綺麗な顔している。
私より二つ上、だったかな?とてもそうは思えない。
透き通るように白い肌、長くて密度の濃いまつげ、桜色の頰に桃色の唇。目尻は少しだけ釣っていて、逆に眉毛は下がっている。
眉毛のせいでたれ目だと思っていたけれど、結構つり目なんだなあ。じゃあ斎藤さんもつり眉なだけで本当はたれ目なのかも。
見れば見るほど吸い込まれてしまいそうなほど美しい顔。未来の女の子たちにも好かれていたんだろうな。
「……ん?桃華ちゃん?」
「へぁっ」
あまりにも真剣に見てしまったからか、凛君が目を覚ましてしまった。いや目を覚ますのは良いことだけれど!!!
あと何今の私の声!!恥ずかしい!!!!
「……も、もう頭は大丈夫?」
「あ、うん。もう平気かな」
凛君は言ってふんわりと微笑んだ。
「ごめんね、こんな時間まで」
「ううん。どちらにしろ八十治の様子は見ておきたかったから」
「…ボクはついで?」
「そんなわけないよ」
「そっか」
凛君は「ふふふっ」なんて笑い声をあげる。
笑うことは良いことだけど、さっきから微笑んだり笑ったりしてばかりで大丈夫かな。
「……桃華ちゃん変なこと考えてない?」
「へっ!?」
「冗談だよ」
ケラケラ笑う凛君に、ほうと息を吐く。
心を読まれたのかと思った…。
「それにしても凛君、ご機嫌だね。どうしたの?」
「えー?そんなことないよー」
朗らかに返す凛君。どうもおかしい。
じいっと顔を見つめてみると、凛君はまた楽しそうに笑った。
「……………………凛君」
「ん?」
「熱、ない?」
「ねつ?」
きょとん、と首を傾げても尚凛君は笑顔のままで。
でもその顔は火照っていて、逆に今まで気づかなかった自分がすごいと思えるくらい。
凛君は無自覚なのか、ただただ不思議そうに笑っていた。
「ちょっと失礼」
一応言ってから額に手を当ててみる。
じんわりと熱を持っているけれど、そもそも普通の人がどれくらいかなんて知らなくて。
「や、山崎さーんっ」
助けを呼ぶしかなかった。知識がなくてごめんなさい。
「山崎なら手ぬぐいを洗いに行ってんぞ。
で?どうかしたか?」
そ、そうだったんだ……気づかなかった。
少し恥ずかしいな、なんて思いながら土方さんの方へ顔を向ける。
「凛君が熱ある気がするんですが、額に触っただけだとわからなくて…」
「あ?熱だぁ?」
土方さんは怪訝そうな顔をしてから「よっこいせ…」なんて立ち上がった。
土方さん、お顔が良いのでとても残念です。
「動くなよ」
凛君に囁きかけ、そのまま大きな手を凛君の額にあてる。
「……………麻木」
「はい?」
「こりゃかなりの高熱だぞ…」
「えっ………?」
