年も明けて、また新たな一年が始まった。
そんなおめでたい時にも関わらず、街中にはピリピリとした緊張感が満ちている。
「やっぱり、いつもと雰囲気が違いますね」
隣を見上げて言うと、
「そうだね。もうすぐ戦も始まりそうだし」
と兄さまはため息がちに返してきた。
「おかげで余計に日々稽古、稽古、稽古。身を守るためとはいえ、組長もなかなか容赦してくれないからねえ」
そういえば、前も平助さんは笑顔で隊士さんに容赦のない一撃を食らわせていたような。稽古自体も易しいものではないだろうし、頻度が増えればそれは大変だろう。
「お疲れ様です」
平助さんはきっと、私の時だけ少し優しくしてくれているんだろうな。でも、以前よりはずっと小太刀もまともに使えるようになってきている。感謝しなくちゃ。
「戦、ですか……やはり怪我人は今までよりずっと増えますよね」
言うと、兄さまは何を言ってるんだというような顔をした。
「怪我人どころじゃないだろう。死者だってきっと出る。俺たちが、次の日には…いや、一刻後にはもう二度と会えない、なんてこともありえるぞ」
「っ…」
それもそうだ。戦はそんなに甘くない。
一刻後にはもう会えないかもしれない…なんて、考えてもいなかったことだ。
「そう…ですね。そっか……」
これから、どんどん酷くなっていくであろう争い。
私は、私たちは、どうなってしまうのだろう。
「あれ、桃華ちゃん。どうしたの?」
縁側でぼんやりとしていたら、不意に上から声が聞こえてきて。
驚きのあまり飛び上がってしまった。
「り、凛君……驚かさないでよ」
声の方を見上げて言うと、屋根からひょこっと顔を出した凛君は悪戯っ子のような笑顔を見せた。
…似合うなあ、その顔。
「んふふ、桃華ちゃんは反応が可愛いよねえ。前これ平ちゃんにやったら全然驚いてもらえなかったよ」
「まあ気配がダダ漏れでしたしね」
「ーっ!!」
今度は横から声が聞こえてきて、飛び上がりまではいかなかったけどかなり驚く。
「平助さん…!」
楽しげに細められた藤色の瞳が、私の方を向いた。
「えー?結構頑張ったつもりなんだけど」
上から見ていたからか、凛君は殆ど驚いていないようだ。平助さんは「まだまだですね」と凛君に微笑んでみせる。
二人とも、すごいなあ。私、こんなで皆さんのお役に立てるのだろうか。
「…すけー!!平助!!!」
何やら声が聞こえてきて、平助さんは軽く首を傾げてからぽんと手を叩いた。
「一君と手合わせするんだった。
じゃあ僕行きますね!」
「あっ、はい!」
ひらひらと手を振りながら走り去る姿に、思わず嵐のような人だな…と思ってしまう。
凛君もそれは同じようで、苦笑いを浮かべながら降りてきて、私の隣にストンと座った。
「…桃華ちゃんはさ」
不意に話を切り出され、何だろうと思いながら私は何となく座り直す。
「将来の夢…って、ある?」
将来の、夢?
少しの間、考えてみる。
自分の将来なんて、今までほとんど思い描いていなかった。だからこそ、突然の婚約だなんだで逃げてしまったのだろうけれど。…そういえば、あれから全く家族に会ってない。会いたいような、会いたくないような…。って今はその話じゃない。
将来の、夢……か。正直、まだよくわからない。
あまりに私が考え込んでいたせいか、凛君は不思議そうな表情を顔に浮かべた。
「…まだ、決まってない?」
「………そうだね。よくわからない」
「そっか」
凛君はぽそりと呟くように言う。
「…ボクはさ、舞台役者になりたいんだ」
「舞台役者?」
舞台役者と言われて、パッと頭に浮かぶ姿は、どうも凛君には似合わないような気がする。
私の顔でなんとなくそれを察したのか、凛君は手をひらひらと振った。
「たぶん桃華ちゃんが想像してるのとは全く違うよ。ミュージカルって言うんだけど…。
たくさんのお客さんの前で、歌ったり踊ったり演技したり…なんて言うのかな…難しいや」
みゅーじかる、と口の中で繰り返す。
聞いたことも、もちろん見たこともない。そもそもあまりお芝居は見ないから、よくわからないけれど。
でも、
「見てみたいな。凛君がお芝居しているところ」
私が言うと、凛君は嬉しそうな表情を顔に浮かべた。
「うん。
…そうだ!」
「何?」
突如明るい声をあげた凛君に、内心驚きながら聞くと、キラキラと輝くような顔で凛君は何に対してか頷いた。
「ボクさ、未来に戻れたら絶対にこの夢を叶える。
だから、だからっ、桃華ちゃんはボクの舞台を観にきて!!」
「え?」
つい、間抜けな声が出る。
「未来…って、私生きてないよね?」
首を傾げた私に対して、凛君はうん、と当たり前のように言った。
「だから、生まれ変わりに期待してみようよ」
「ふぁっ?」
「桃華ちゃんは、転生って信じてる?」
無邪気に問われ、どうだろうかと考えてみる。
「よく、わからないかなあ…」
曖昧に答えると、凛君は「そっかあ」と少しだけ残念そうに呟いた。
しかし、すぐまた明るい顔になって顔をあげる。
「ボクは信じてる。だって、いちいち人を作っていたら神様も大変でしょ?
でさ、ボクのいた未来は今より150年くらい後なんだ。桃華ちゃんが転生して、ボクと同じ時代を生きている可能性だって、限りなくゼロに近いかもしれないけどゼロじゃない。
だからさ、生まれ変わりを期待しよう。
ボク、役者になって待ってるよ」
ニッと笑いながら言う凛君の目は、とてもまっすぐで。
本当にそうなるんじゃないか、と思わずにはいられなくなってしまった。
「…あまり、期待しないでね?」
控えめに言うと、凛君は大きく頷いた。
結構期待していない?凛君、ねえ。ちょっと。
でも、あまりにも凛君が嬉しそうだから、なんとなくつられて笑ってしまう。
「じゃあ約束ね。
あっ、桃華ちゃんがこっちに来るって手もあるよ」
「…えっ」
「あははっ、でも桃華ちゃんじゃ大変そうだなあ」
ケラケラと笑い声が屯所内に響いていく。
何故だかわからないけれど、それで少しだけ戦の緊張感がほぐれたような気がして、私はまた一つ笑い声をあげた。
どうか、こんな時が少しでも長く続きますように。
